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息子と母親とお婆ちゃん

 まさか自分に興味を持ってくれる女性がいるとは。
 その彼女から貰った弁当に箸をつけながら小次郎は思いを馳せた。
 そもそも自分は酷い扱いだった。ルートによっては、いつの間にか死んでいたり、開始当初に腹を裂かれて死んだりと散々だった。だが今は虚ろな平穏ながらもそれなりな幸せを謳歌している。戦いの喜びも良いものだが、コレも中々乙なものだと。
 なにか嫉妬と言うか悲しみと言うかそんな視線が自分を見つめている。すごく嫌な予感を抱きながら小次郎はその視線の元に目をやった。
 門の柱の影から白い骸骨の仮面がこちらをじいっと見ていた。目から涙をはらはらと流している。小次郎は愛刀の柄に手をやった。
「酷いですぞ母上……私になんの相談も無く再婚を図るなどとは!!」
「誰が母上だ!」
 ハサンの全力の叫びを、これまた小次郎も全力で否定した。

「そんな酷い。お腹を痛めて私を産んだのを忘れたのですか!?」
「全力で忘れたいのだが」
 桜ルートで小次郎がハサンさんを産むシーンは、凛ルートで金ピカが幼女の心臓を抉るシーンと並ぶ痛々しさがある。次点でセイバールートで串刺しにされるキャスターだ。狂戦士にワカメが潰されるシーンは所詮ワカメなので論外だ。
「そもそもなんでお主がここにいる。私とお前は出会えぬ運命だろうが」
 いくら虚ろな世界といえどもルールがある。どんな道を歩もうとも死んでいる言峰の存在は決して許されない。小次郎とハサンの同時存在がありえないと言うのもこれと並ぶルールだ。
「はっはっは。所詮夢オチなのですからなんでもありですぞ」
 作品の根本を全力で利用するハサン。きっと裏では全身入れ墨の少年がどうしたものかと悩んでいる。
「……だいいち私が母親なら父親は誰なのだ」
「そうですなあ、一応私のマスターである魔術師殿に」
 不可視の三ツ重の剣が空間を斬る。ハサンはそれを紙一重でよけた。
「なにをいたします母上殿! 魔術師殿が悲しみますぞ」
「物の怪の翁と夫婦にされてたまるかッ!!」
 再び襲い掛かる小次郎の物干し竿、その一撃をハサンは両手に構えたダークで受け止める。
「卑怯ですぞ、産んでおいて認知しないとは」
 小次郎めがけ無数に乱射されるダーク。しかし小次郎はそれの全てを打ち払う、その後に来たのは本体であるハサンだった。喉元を狙う刃、だが小次郎はすんでのところで刀を戻し受け止める。
「なるほど……暗殺者の語源は伊達ではないと言うことか」
「親殺しに躊躇できる身ではありませぬので」
 刃を両者は押し合う。退いたほうが喉を突き破られるか、また斬られる。そんな千日手を察知し、お互いが良いタイミングで同時に退く。二人の距離が離れると同時に、それぞれがお互いの秘策への一手をうった。
「貴様は燕より早いのかな」
 小次郎が刀をしかと構える。これが真なるツバメ返し、空を舞う燕の首と両翼を断ち切る神速の刃。神の時代の英雄とも五分に渡り合う至高の技。
「腹で済ませたのが間違いだった。今度は心の臓を確実に潰す」
 ハサンの封印してある腕が中空に伸びる。これぞ山の翁に脈々と伝わりし妄想心音。形はそれぞれ違えど暗殺者というクラスにおける最高の宝具、つまりは殺すに最も適した宝具。
「真昼間からヒトのうちの玄関でなにやってんのよ」
 その口が紡ぎだす魔術は無限。人の極限である魔法使いをも越えかねない魔術師であるキャスター。その魔力が収束し、空間に耐え切れないほどの気配を放出する。
「……む?」
「ぬ……?」
 いつの間にか一人増えている。二人がチラリと下を見やるとダークが突き刺さった手提げ袋を持ったキャスターが殺す笑みをたたえながらこちらを見ていた。


「まったく……夜ならともかく昼間から派手にやらかすんじゃないわよ。まかり間違えて宗一郎様に危害でも与えてたらあんたらまとめて細切れにしてサメの餌よ」
「もうしわけない」
「すみませぬ」
 キャスターの説教を正座して聞くダブルアサシン。昔は雑魚扱いされていたが最近設定が明かされどんどん強いことが明らかになっている彼女に逆らうのは得策ではない。あと、サメの餌辺りのリアリティがありすぎて怖い。
「まあ宗一郎様に編んであげたセーターも幸い無事だったし、とりあえず今日はこの辺で勘弁してあげるわ」
 袋をダークが貫いたが中身は無事だったらしい。ただ、片方が半そででもう片方の袖が長袖な出来の服をセーターと呼ぶかどうかには多少の議論が必要だ。
「あと小次郎はちゃんと認知すること。それが親としての最大限の責任よ」
「ちょっと待て女狐ィ!」
 どさくさまぎれに認知までされそうになり小次郎があわてて否定する。
「なに言ってるのよ。お腹を痛めて産んだんでしょ? 避妊しなかったんだから当然の話じゃない」
「どこにどう避妊の仕方があるか! もういちど腹かっさばいても良いからそれだけは認めん」
「……こんなときの為に令呪ってあるのよね」
「絶対違うわ!」
輝き始めるキャスターの令呪、彼女は本気だ。しかし当のハサンがそれを引き止めた。
「ちょっとまって下され。キャスター殿は母上殿のマスターというわけですな」
「母上言うな」
「ええ。まあそういうことかしらね」
「と言うことはですな」
ポンと手を叩きハサンが破滅の一言を言った。
「私から見ると、キャスター殿はおばあさんということですな」


その日、柳洞寺の山門が消滅した――!!


「どうしろと」
 呆然とする士郎。一成から山門の立て付けが良くない云々聞いていたので見に来たが、目の前の山門は立て付けが悪いどころか全壊していた。これは流石に自分の専門外だ。
「……絶対に認めんぞ」
「……おばあさまは厳しいお方ですな、母上……」
 当然、黒コゲになってぶっ倒れている二人のアサシンの治療も専門外なワケで。

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