- 2010.07.18 Sunday
- 小説 > クロスオーバー > デッドプール・チームアップ!
日本の夏、蒸し暑い夏。ただいるだけで汗ばむような、不快な暑さ。街を歩く人々は、なるたけの軽装を目指している。そんな風潮に反逆するかのような、全身黒タイツの若者二人が駅前を駆け回っていた。
「あれー? おかしいな、ここで待ち合わせの筈なんだけど」
「俺、あっちの方探してみるよ」
ぜぇぜぇと、息を荒げて走りまわる二人。かなり奇妙な光景なのに、何故か黒タイツの二人は、この街に馴染んでいた。
「あー食った食った。腹いっぱいだ。そして暑い! 吐き気がするくらい暑い! ついでにもう一言、ココはドコだ!?」
高島屋のデパ地下試食コーナーを荒らしてきた赤タイツ。その名は、デッドプール。げんなりと肩を落とし、日本の夏に参っている様子だ。それならばタイツを脱げばいい。だが、彼にとってタイツを脱いで素肌を満天下に晒すことは、屈辱であった。ガンのせいで醜くくなってしまった身体を、デッドプールは恥じている。出来る事なら、タイツとマスクを肌に癒着してしまいたい。それくらいに彼は、素肌をさらすことを忌み嫌っていた。彼なりの、コンプレックスである。
「それにしてもアッちいなー!」
マスクを脱ぐデッドプール。毛のたぐいが一切生えていない、スキンヘッドかつ肌が焼けただれた素顔。サングラスをかけ、空を仰ぐ。満天の空が忌々しかった。
そして、数行前の地の文での解説が、一切無駄になった。デッドプールのコンプレックスは、その日替わりの気まぐれなのだ。こんちくしょう。
「しっかし、ホント分かりにくいな、日本の地名は。武蔵ナントカって付く地名に惑わされて、すっかり迷っちまった! 円高のおかげで財布はサムいし。こりゃ何か仕事を見つけんと、のたれ死ぬな」
死にもしないくせに、よく言う。デッドプールは思い悩んだ表情で、駅名が書かれている看板を見上げていた。表情は真剣なものの、あんまり何も考えていない。どうにかなるさ、ケ・セラ・セラ。デッドプールを深刻にさせるには、まだ追い込みが足りなかった。異国の地で、財布がスッカラカン。こんな状況になっても、まだまだ余裕は有り余っていた。
「なんて読むんだろうな。この駅。ひらがなにカタカナに漢字。日本の文字は多すぎる。今度、三つを檻に放り込んで、どれが一番強いか決めればいいんだ。競技はもちろん、殺し合いだ」
看板には“溝の口駅”と書いてあった。確かに少々、読みにくい地名ではあった。
「あ。あの人ですよ、あの人!」
「本当だ。待ち合わせ場所の、看板の前にいる!」
目的の人物を見つけ、喜ぶ二人の黒タイツ。その人物は、真剣な顔で立っていた。待ち合わせの目印である看板を、じっと睨みつけている。
「ね? 言ったとおりでしょ? はぐれたときは、まず待ち合わせ場所から動くなって。君たち二人いるんだから、どっちかが待ってなきゃダメだよ。焦って動くと、逆に会えなくなるんだから」
二人を優しく諭す、新たな男。身長と同じ大きさの盾、それに長い槍。大荷物の彼もまた、暑そうだった。ハンカチで噴き出る汗を拭っている。
「す、すいません。それにしてもあの人、凄いですね。顔も雰囲気も……」
「歴戦の殺し屋って感じですね」
「こうやっててもしょうがない、まず声をかけないと。すいませ〜ん」
黒タイツこと、戦闘員1号&2号を率い、デッドプールに駆け寄る男。彼の名はヴァンプ将軍。世界征服を企む、悪の組織フロシャイムのれっきとした幹部である。たとえ、腕に特売品がぎっちり詰まった買い物袋をぶら下げていても、れっきとした悪の組織の幹部なのだ。本当に、本当だ。
「すいませ〜ん」と気の抜けた声が聞こえる。この声は自分を呼んでいる。デッドプールがそれに気づいたのは、ヴァンプ将軍が目の前についてからだった。
「ワオ! いかしたヘルメット! で、何か用? サインが欲しいなら、ペンと色紙と小銭を用意してくれよ?」
「えーとペンと色紙はありませんけど、小銭なら、さっきの買い物でのお釣りが……いやいや、そうじゃなくて。大変お待たせしました、ワタクシ、フロシャイム川崎支部長のヴァンプです」
丁寧にお辞儀をする、ヴァンプ将軍。デッドプールも釣られて頭を下げた。
「どうもどうも。スナック菓子評論家兼チャンネルの保守点検員兼ソファーの根心地調査員兼傭兵兼殺し屋のデッドプールです。以後、お見知りおきを」
ヴァンプ将軍の支部長に負けじと、デッドプールはどうでもいい職業をつらつらと並び立てた。
「殺し屋。やっぱりそうですよ、ヴァンプ様!」
「本部直々にアメリカから呼び寄せた殺し屋。これでサンレッドもおしまいですね!」
「こらこら。今から盛り上がるんじゃないの」
喜ぶ戦闘員二人を、なだめるヴァンプ将軍。どうやら彼らは勘違いしてしまったらしい。デッドプールを、フロシャイムの本部が直々に呼び寄せた殺し屋と勘違いしている。
普通、こういう状況になったら、「自分はそうでない」ということを相手に伝える。例え、自分が殺し屋だったとしても。相手の獲物を奪い取ることは仁義に反するし、よく状況も分からないまま依頼を請け負うなど、愚の骨頂だ。殺害対象であるサンレッドとは何者なのかさえ、分からないのだから。
「ハハハ! オレが来たからにはもう安心だ! そのサンレッドももうオシマイだぜ! ヒャッハー!」
マスクをかぶり直し、両手を高く上げ、戦闘員と喜びを分かち合うデッドプール。よくわかんないケド、喜びを分かち合おう。よくわかんないケド、サンレッドを殺そう。愚の骨頂など、デッドプールにとって、とうに制覇済みの頂きであった。むしろ、愚の骨頂に住み込んでいる勢いだ。
「いやあ、実に頼もしい。立ち話もなんです、ウチでレッド抹殺の計画を立てましょう。決戦は涼しい夕方になってからです」
「OKだ! 飲み物は冷たいオレンジジュースで頼むぜ!」
ヴァンプ将軍に案内され、意気揚々と川崎市部へと向かうデッドプール。金になりそうな話と、面白そうな話。どっちも、デッドプールの大好物である。
「ぶえっくしょい!」
天体戦士サンレッドこと、レッド。いつも通り、パチンコを打っているレッドを、寒気が襲った。嫌な予感や殺気とは違う、むず痒い奇妙な寒気。レッドは、マスクの上から、鼻をすする仕草をして、
「ま。いいか」
普通にまた、パチンコを打ち始めた。
動いても日射病にならない夕方まで、あと数時間。ヴァンプ将軍が指定した何時もの決闘の時刻まで、あと数時間――。
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