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近世百鬼夜行〜九〜

禍々しく燃え滾る男と、冷徹の中に苛烈な情を持ち合わせる女。
女が期待していたのは不純な黒い炎ではなく、ただ純粋に燃え盛る紅き炎を持つ男――

 那々は講堂の扉をゆっくりと開けた。葬儀の準備をする為に何人もが講堂内を駆け回っている筈だが、それらしき影は一つもなかった。明かりもなく薄暗い講堂内に鳴る甲高い指をはじく音が響く。直後、ステージに仕立てられた祭壇がライトアップされた。死者を弔う祭壇に無礼に寝転がるのは彼女を待つ者、火車。
「よう、待ってたぜ……」
 那々の記憶にある彼と多少違った姿。着込んでいるライダーズジャケットは一緒だが、着方がだらしなくなり開けた胸元から黒い炎のごとき刺青が見える。目には同じく黒炎を模したデザインの眼帯。そして、彼を纏う妖気は熱い妖気から暑苦しい妖気へと。
「短期間会わない間に、だいぶ変わったな」
「そうだなあ、色々と器用になった。こんなふうに」
 講堂のドアの取っ手がドロドロに溶け、捻じ曲がった形で固まる。こうなってしまってはドアを開ける事は不可能。随分と以前の火車には似合わぬ器用な真似。
 講堂の床を突き破り、何匹もの黒炎の蛇が那々の周りに姿を現す。蛇はのた打ち回り鎌首を那々へと向ける。しかし那々は一歩も動かない、全ての鎌首は那々を掠めるように交錯する。擦れた部分が、硫酸でも垂らしたかのように焦げた。
「すげえよ、今の俺。滅茶苦茶強くなった。なあ、今の俺なら、お前やカマイタチもブチ殺せるかな?」
 火車の愉悦そうな問いかけを受けた那々は、問いかけを鼻で笑い唾をはき捨てた。そのまま祭壇の火車へと歩いていく。ぼろ布も纏わず、手に何も持たず。妖怪であるセブンの要素を一切出さずに、那々として火車に対峙する。
「どういう事だ? おい、ちょっとまてよ」
 予想外の展開におたつく火車を気押し那々はついにステージの下に着く。ステージの上に居る火車を見上げながら、那々はちょいちょいと指で彼を招く仕草で挑発した。
「いや、なに今のオマエに武器を使うなんて勿体無いってことさ」
 つまり、素手で火車と相対するという事。セブンの得意とするのは無数の道具の召還と扱い、先日はその能力を駆使し、極限まで切る事を追求したカマイタチを葬った。得意の手を用いるなど勿体無い、彼女の出した答えは『私にもカマイタチにも勝てない』という明白な解答だった。
「正気か?」
「ああ、正気さ。きちんと円周率だって一通りいけるよ」
「そうか……」
 火車の目から溢れ出る黒い炎、炎は一閃に那々を喰らわんとす。
「なら遠慮なくズタズタにしてやるよぉ!!」
「やってみろ」
 セブンは横に跳ねるが、炎は蛇行し狙いをはずさない。駆けるセブンを追う炎、広い講堂といえど限界はある。那々の目の前に立ちふさがる壁、那々は上へと飛ぶ、炎は一気呵成に上空の彼女へ襲い掛かった。空中で起動を変えるのは翼でもなければ不可能。那々に翼は無い。ついに詰んだ。
 しかし、彼女には背後の壁と強力な足がある。
 那々は壁を蹴り炎めがけ跳ぶ、軌道は真正面ではなく斜め下。鎌首をもたげた大蛇の懐に潜り込む要領で飛び込む。炎は那々を追いきれず天井に突き刺さった。炎の下を潜るような低い体勢で那々は駆ける、狙いは炎が仕舞いきれていない火車本体。
「なっ……!?」
 火車は慌てて身を引こうとするが、間に合わなかった。那々の拳が、火車の鳩尾に突き刺さる。人造人間特有の怪力を誇る彼女の一撃をくらった火車の体はまさに『く』の字に曲がる。思わず倒れ付す火車を、那々は不適に上から見下ろす。
「前のお前なら、私の一撃から身を避ける事なんかしなかった。不適に笑って撃ちかえして来た筈だ。前のお前なら、どんな強烈な一撃を喰らっても倒れはしなかった。こらえて、私の顔面めがけて殴り返して来た筈だ」
 顔を上げた火車のアゴを蹴り飛ばす。火車の体は祭壇に叩きつけられた、衝撃を受けたのに祭壇は崩れない。まるで、祭壇が彼の葬式の為に創られたように嫌でも見えた。
「しばらく見ない間に……」
 倒れたままの火車の胸倉を掴み、引き起こす。そして那々の口から、決定的な一言が出た。
「弱くなったな、オマエ」
 屋根に突き刺さった黒い炎が、建物に延焼し始めていた。


 那々と分かれた社長は、那々の予想よりも遥かに早く葬儀会場へと戻ってきていた。
「まったく、なんであんなところにサイフが」
 ぶつくさいいながら、社長は中身を確認する。カード類に紙幣の数を慎重に数えようやく安堵した。最も、あんなところに落としたサイフを誰かが拾っているとは到底思えないが。そもそもなんで社長がこんな短時間で見つけられたのかさえ不思議だ、那々がけっこう分かりにくいところに投げ込んだというのに。
「ま、日ごろの行いが良いからあっさりサイフが、いや良かったらそもそも財布落とさないよね? うーん、こりゃあ難解だ。どっかのヒマな教授にじっくり解説して欲しいねえ」
 ブツクサ不思議な事を言いながら社長が歩く。不意にカリッというなにかを引っかく音が近くで聞こえた。
「なんの音だい?」
 音が聞こえたのは、近くの建物の中から。中で壁でも引っかいているのか。
建物は体育館、しかしここは今は健全たる運動施設でない役割を与えられている。この時間は確か進入禁止の時間帯、中には誰もいないはず。
「いやー死体置き場から、こういう音が聞こえるというのは、心臓に悪い、悪すぎるよ」
 カリ、カリ、カリ。引っかく音は段々に大きくなっていく。まるでそれは中で何か起こってますよというアピールの用で、至極心臓に悪い。
 流石の社長も息を呑み、中の様子を探ろうとする。窓には暗幕が張られている。中を見るにはドアを開けるしかない。社長は、ドアに近づきコンコンと軽くノックをした。返事は無い。再びノックする、やはり返事は無い。意を決してドアを開けようとした時、あることに気がついた。
「鍵がかかってるねえ……」
 ドアには馬鹿でかい南京錠がかけられていた。体育館には裏口とこの入り口の二つの入り口があるが、裏口はもともとドアがいかれており、まともに使えるのはこの入り口のみ。外から南京錠がかけられているということは、中には誰もいないということ。もし万が一誰かが閉じ込められたというオチだとしたら、先ほどノックした時に何らかのアクションを起こしているだろう。
「って事は、私の聞き違いかー幽霊って事だねさっきの音は」
 納得した様子で社長はヘアピンを取り出し、南京錠の鍵穴に突っ込んだ。この人にとって先ほどの音は恐怖ではなく興味の対象なのだろう。まるで専門職らしく目を細め鍵穴をいじくろうとしたその時、慌しい足音が聞こえてきた。
社長は慌ててヘアピンをしまい、こちらに近づいてくる足音を待つ。やがて来たのはバケツを抱えた数人の男衆だった。ただならぬ様子に声をかける。
「なに、どうしたんだい? ちなみに私はなにもしてないよ」
「火事だ! 講堂から火が出たってんで、急いでいるところだ!」
 彼らは立ち止まらずに講堂の方へと駆けて行く。それは一大事だと社長も彼らについて行った。結局、講堂の物音の謎は放置されたままとなった。
 コンコン。
 今更、体育館の中からノックが返ってくる。
 ゴンゴンゴンゴンゴン!!
 荒れ狂うような複数のノックの返答。扉を殴打している音は一つや二つではない。もはやノックを超え殴打、ドアが徐々に歪んできている。それはノックではなく、扉を中に居るモノが打ち砕こうとしているのか。
 幸いなのか不幸なのか。火事にごまかされ、死体置き場で起こっている異変には誰も気付けなかった。


 うつろな意識の中で、他人事のように自分の殴られる様を見つめる。無様だ、目を背けたくなるくらいに無様だ。なんだあの顔は、必死に相手に手加減を懇願するような顔は。
 そんな懇願などお構い無しに、セブン、いや今は那々は気持ちいいほどにこちらを殴り続ける。他人事で見ていると、本当に美しい。まとった冷徹さもここまで行けば涼やかに感じる。しかし反面彼女は苛烈さも持ち合わせている。ただ冷たいだけの女が、殴り殺すなどという無駄に労力がかかる手法を選ぶ筈が無い。こんな腰抜け、鉈でスパーンと首でもはねて終わりだ。
 いつからなのだろうか、自分が曖昧になってきたのは。だんだん混ざり合って、体の中に入ってきたモノと溶け合っていく感じ。あの塊は、初めからコレを狙っていたに違いない。人の悪意の結晶は相応しい小賢しい知恵で、己に迷う妖怪の全てを飲み込もうとした。そして、今、悪意は九割五部まで火車という存在を飲み込んでいる。葬儀を壊すという火車の本能の未練を終える事で、悪意は火車を完全に取り込む筈だった。
 もはや悪意に戦闘の意思は無い、完全に拳一つで己を圧倒する那々に気おされている。最初の頃は黒い炎で抵抗しようとしていたが、全て美味く避けられ……今では殴られ転がされ嘔吐し手加減を哀願しているだけだ。
 情けない。このまま撲殺されて火車という妖怪は生を終える。泣きながら相手に手加減を懇願し、死す。まあ、こんなのの口車に乗って己を見失った者の当然の末路だ。
 言葉で納得しながら、ふつふつと心の中にある消えかけてた炎に火が灯ってくるのを自覚する。こんな形で終わる一生で納得など出来るか。本来武器を持って戦う女がわざわざ自分のスタイルに合わせてくれている。そんないい女を目の前にして易々死ねるか!
 うつろな意識が、まるでスイッチでも入ったかのように一瞬で覚醒する。起きた瞬間に目に入ったのは顔面めがけ突っ込んでくる那々の硬そうなコブシ。
 避けるか? 逃げるか? そんなかったるい事、このたかぶった気持ちで出来るわけがない。
 女の拳の小ささに似合わぬ豪拳。この拳ならば、もしやダイヤモンドも砕けるのではと錯覚させるような豪快な一撃を、顔面で受け止める。足は踏ん張り仁王立ち、ここで倒れたら、俺は俺を取り戻せない!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぁ!!」
 目を見開き、喉が千切れんばかりに絶叫する。もはや他人事の目線ではない、目の前にはきょとんとこちらを見る那々の顔がある。ここからは他人の喧嘩じゃない、火車という妖怪の全てを賭けた命がけの大喧嘩。
 こちらに拳を突き出し無防備な那々の顔面にキツイ一撃を叩き込む。この女もしめたもの、あのタイミングで殴られて倒れず、二・三歩たたらを踏んだだけで持ちこたえ、見事なガンを付けてくる。この女は妖怪の種族や能力云々の次元に居ない。只のバカ強く負けず嫌いの女だ。
「お帰り」
 どうやら彼女曰く俺は帰ってきたらしい、長い混濁の意識の海の航海から。ならば返事は、
「ああ、待たせたな」
 これしかないだろうが。


 にらみ合う火車と那々。
「「いったんちょっと待て」」
 二人の言葉が見事にかぶった。数刻、無言となり那々が手で先を譲った。
「悪いな、俺はさっさとすませたいモンでよ」
 カカカと火車は明快に笑ってから、おもむろに眼帯で隠した片目に指を突っ込んだ。眼帯を弾き飛ばし、黒い炎が目から噴き出す。火車の行為に逆らわんと。炎は主であるはずの火車に襲い掛かるが、火車は苦痛の声も上げない。ただ、笑っている。笑いながら、火車は己の目に巣食うモノを抉り取った。胸の黒いタトゥーが紅い色に塗り替わった。
 火車が抉り取ったのは黒い炭の塊。塊を地面に叩きつけて、落とした眼帯を再び巻きつける。塊は落ちても細々と燃え続けるが、火車はかまわず恭しく那々に手を伸ばした。
「待たせたな。次はそちらの番だ」
「こちらはすぐに終わる」
 言うや否やいつものぼろ布を身に巻きつけ那々は本来の姿であるセブンへと化身する。しかしセブンはその手に何も持たない。ぼろ布から湧き出る無限の凶器を携えた姿こそが、彼女の真の姿であるのに彼女は無手のままゆらりと立ち尽くしている。
「いいのか?」
 思わず火車が尋ねる。しかしセブンはそれに答えず、ゆっくりと火車の方へと歩み寄ってきた。相変わらず、無手のままで。やがて両者の距離はちょうど良いものとなった、殴り合いに相応しい距離に。
「いいさ」
 ようやくセブンが口を開いた。
「今のオマエに武器を使うなんて勿体無い」
 先ほどと同じ言葉。しかし、意味合いは真逆。今のセブンは、火車の価値を認め、彼に合わせようとしている。そして、ねじり伏せようとしている。
「俺は八百万の神の弾かれモノともやりあった事があるが……」
 湧き上がる感情の激高を押さえ込むようにして、火車は言葉を紡ぐ。
「今回だけは、今回だけはまともに神に感謝する。こんなイイ女とめぐり合わせてくれた神に」
「こっちの神の事情は良く知らないが、都合のいいときにだけ感謝されては迷惑だろうに」
「日本の神は寛大なのさ。国民が不信心なだけあって」
「そうか……」
「そうだ……」
 もはや話し続けるなど、無粋の極み。いまだ黒く燃え盛り何か訴えかけようとする塊を火車は踏み潰した。
 火車のアゴを貫くセブンの拳、火車はこらえセブンの腹を殴りつける。お互いに倒れない、両者直感的にここで一度でも倒れ付したら負けだと認識していた。火炎や凶器など意味を成さない、この崇高なまでの魂の決闘には――


 社長が駆けつけたときには、もう講堂は黒い炎に覆われていた。自分の複雑な人生でも見たり聞いたりしたことの無い禍々しさに、豪胆で知られる社長も狼狽する。
「な、なんだろうねえアレは!?」
 周りで講堂を取り囲む人々も狼狽している。あんなもの、有りえる筈が無いと。そんな連中の中で、唯一狼狽ではなく明らかな恐怖を表している男が居た。確か、この街の消防署長だと一瞬で思い出してから、社長は彼へと詰め寄った。
「署長さん、あれ知ってるのかい!?」
「あんたは……ああ、知っている、アレがこの街を燃やし尽くした炎だ!」
 包帯だらけの痛々しい姿で署長は炎を見やる。あの炎で彼以外の消防署員は皆それぞれ職務をこなし、死亡した。
「火種はなんだとかどうなりゃああなるかってレベルのシロモノじゃあないねえ。私はただの大火災としか聞いていなかったよ」
 火元に不審な点があるとは聞いてはいたが、あそこまでイカれた大火事だったとは聞いては居ない。ここまで非現実的なものが蠢いているのなら、誰が通常価格で請け負ったものか。こちらは従業員の命を握る立場、たとえ十倍の相場を提示されても断固断った。
「生き残りのワシらの証言を災害にあったもの特有の幻覚と言い切ったからな、現場も見ずによ」
「ああ、会議室に移し火してやりたいねえ」
 そうこうしている間に、余所から来た消防車やはしご車が到着し放水を始めた。この街の消防車は全て消失している。各所でも有志によるバケツリレーが始まった。
「いかん、やめろ、やめろ!」
 署長が慌てて彼らを静止せんとするが、怪我した足をもつれさせ転んでしまった。
「ど、どうしたんだい? そんなに慌てて?」
 署長に肩を貸しながら、社長は尋ねる。
「あの炎は、あの炎は人を喰らうんだ!」
「喰らう炎……?」
「うわぁぁぁ! 俺の手ぇぇ!」
 強烈な絶叫が衆目の目を引く。バケツリレーの先端にいた若者の右手首が獣に食いちぎられたように欠損している。突如の惨状に気圧される連中を押し退け、社長は彼の元に駆け寄る。己の服の袖を引きちぎり、若者の上腕をきつく縛り上げる。
「退けー!!」
 後から追いついた署長は二人の襟首をつかみ無理やり引き寄せる。直後に二人のいた場所を炎がないだ。
「い、生き物かいアレ!?」
「だから言っただろう、あの炎は人を喰らうと……消火活動に勤しんでいるのはボランティアや余所から来た連中だけ。生き残りはみんな避難所でガタガタ震えているわ」
 建物の上から消火を図ったはしご車の梯子の先端が、乗っていた人ごと炎に持ってかれる。消防車に炎が燃え移り、講堂と同じように辺りの人をゆっくりと飲み込み始めた。
「……こりゃあ、早急に決断せんと、私らみんな死ぬね」
 意を決し立ち上がった社長の視線に先に、人を掻き分け疾走する自転車が見えた。自転車は器用に人の合間をぬい、車体を寝かせながら迫りくる炎を寸前で回避する。早すぎて乗っているのが何者だかは確認できないが、自転車は社長の近日の記憶にある物に似ていた。
「正面突破は無謀か!?」
「ならばどうにかできそうな箇所に突っ込むぞ!」
「前輪の、アレだ。アレを足場にするぞ!」
 何故か一人乗りの自転車から聞こえてくる三人分の声、その一人の声にも聞き覚えがあった。
 自転車は勢いを緩めず疾走し、伸びっぱなしのハシゴ車の梯子を駆け上がっていく。炎が捕らえようとするがいかんせん追いつけない、自転車はあっという間に梯子の先端辺りに到達し、黒い炎が燃え盛る講堂の中に飛び込んでしまった。
「――五木ちゃん?」
 まさかと思い、名を呼ぶが当然答えは無かった。


 屋根を突き破り、Gと輪入道達は講堂内に落下した。落下地点に椅子がてんこ盛りであったため大人しく着地は出来ず。輪入道達はバウンドし、思いっきりGは自転車から振り落とされた。受身も取れず思いっきり顔面から地面に突き刺さる。
「イタタタ……もうちょっとマシに着地したかったな!?」
 見上げたGの目に入った光景は、一歩も退かず殴りあうセブンと火車。殴りあいなぞセブンは好まないはず、なぜ二人はここで殴り合っているのか、ガシガシと拳骨の音のみが聞こえる静かな講堂内での殴りあいはGに困惑をもたらした。
 輪入道達も無言でそれを見つめている。ただ、Gと輪入道の徹底的な違いは、輪入道達は泣いていた。男気あふれる者としてこの殴り合いに感銘を受けているのか、それとも思ったよりまともなままの兄貴を見て感動しているのか、それは他人であるGには理解できなかった。
 だが、気持ちは分かる。前のカマイタチとセブンの一戦は技巧の限りを尽くした戦いだった、技巧という言葉ではこの殴り合いに評価を下す事はできない。ただ、この戦いには心を揺さぶるものがある。前回の戦いが技巧のぶつかり合いなら、この戦いは魂のぶつかり合い、誇りのぶつかり合い。
 セブンは人造人間であり、馬鹿らしいまでの身体能力を持っている。特に力は優れており、武器も持たず拳の一撃で怪物を殴り殺したのをGはその目まで見たことがある。そのセブンと一歩も退かず殴りあう火車。自分と比べれば天地の差だが、Gやカマイタチと比べれば火車は実力的に一枚落ちると思っていた。だが今セブンと火車は互角、彼の得意そうなスタイルでの相対とは言ってもそれは賞賛すべき事だ。
「しばらく見ない間に……」
 おもわず、Gがポツリと呟いた。
「強くなったな、あの男」

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