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東方大魔境 血戦 幻想郷〜6〜

 金霊が爆発した後、一枚の十円玉がころんと地面に転がった。
「うっう、こりゃあたまらん、山にでも逃げ込むか」
 この十円玉サイズこそが本来の金霊の大きさであった。妖力で身体を膨張していたものの、霊夢と鬼太郎との戦いで全て妖力を使い果たし、こうして元のサイズに戻ってしまったのだ。
 ふわふわ浮いて逃げようとする金霊の前を白魚のような指が通せんぼした。
「山は山で危険だから、オススメできないわよ?」
 大きな傘が、ふわりと揺れる。彼女の雰囲気もまた軽く。幻想郷の賢者であり、鬼太郎を幻想郷に引き込んだ張本人である、八雲紫がついに姿を表した。紫は金霊の返事を待たずに、一枚の十円玉を金霊の前に置く。
「なんなんだいったい。ぬ? コレは」
 十円玉の身体を持つ金霊と、ただの十円玉、まるで合わせ鏡のようになるはずであったが、そうはならなかった。
 金霊に比べて、この十円玉は少しシャープだ。デザインの意匠も微妙に異なっており、よく見れば全く別物であるという事が分かる。
「コレは、いま現在外の世界で流通している十円玉よ」
「なんだと? そんなバカな。なら、このワシの体と違うのはどうしてだ?」
「それは、貴方が幻想郷の金霊だからですわ。幻想郷は、幻想となったモノが行き着く場所。不要な物が行き着く場所。ここに来たという事は即ち」
 金霊にとって、紫の言葉は死刑宣告に聞こえた。
 気付いてしまったのだ、硬貨は時代と共に移ろい、変わっていく事に。幻想郷に自分が居て、外の世界の硬貨と形が違う。それは即ち。
「ワシに、もう金としての価値はないと言う事か……」
 今頃目玉の親父と鬼太郎も気がついているはずだ。弾幕に使われた硬貨や紙幣が、全て古い物であると言うことに。
 金として流通しなくなった金銭の集合体が、この金霊の正体であった。外の世界には、今の金を司る別の金霊が居る。もとより、結界を破って外に出てもこの金霊に、神としての価値も無かったのだ。
「残念だけど、それは違うわね」
 当の死刑執行人が、金霊が辿り着いた結論を否定した。
「価値が無いのは外の世界での話。幻想郷と外の世界は違うもの。それになにより、価値無きものを価値無しと蔑むのであれば、幻想郷自体に価値が無くなる。それに、幻想郷にも金銭の概念はあるのだから。外の世界に比べれば、微々たる欲だとしても」
 紫はにっこりと、包容力の有る笑みを浮かべた。魔性寸前の、優しい笑みを。
「ゆっくりしましょう? ここはアンニュイが許される空間、急ぐ事は無いんですから」
 金霊は紫の笑みと言葉だけで、救われた気持ちになった。




 ここは博麗神社。騒動が終わったらとりあえずここで飲むというのが、なんとなしに決まっていた。だが今日は、珍しいゲストが来ており、少し勝手が違う。
 神社の周りでカエル達が、ゲストである鬼太郎を称えるゲゲゲの歌を歌っていた。
「ゲゲゲー♪ ゲゲームグー!」
「なにやってんのよ、諏訪子! 蛙に混じって」
「放してよ、神奈子―! 蛙に生まれたからには、ゲゲゲの歌を歌うっていうのは一種の栄誉なのよ!」
「帰りますよ、諏訪子さま。ああ、神奈子さまが集めているカリスマがどんどんと減っていく」
「放せー放せー放してー……」
 幼女が一人、保護者二人に連れて行かれたが、それはさて置き。
「美味いですね、このお酒」
「ふふふ、そうでしょ。しかし、鬼太郎さんは正義の味方なのに飲むのね」
「正義の味方が酒を飲んじゃいけない道理はないでしょう。金さえあれば、タバコも吸いますよ」
「いいわね、かたっくるしくなくて。人間も妖怪も、それぐらいでいいのよ」
 霊夢と鬼太郎は、縁側に座り酒を飲んでいた。目玉の親父は、本殿で魅魔ら旧知の仲間とこれまた飲んでいる。いつもは見ぬ懐かしい連中が何人か連れ立って来ていた。何故かアリスもメンツに混じっていた気がするが。
「ああ、そうそう、藍がお土産だから渡してくれって、コレ」
 霊夢は唐草模様の風呂敷包みを、鬼太郎に手渡した。
「反物……」
「なんでも九尾の狐の秘術で編み上げたそうよ。あと『天狐さまによろしくね』って言ってたけど。どうしたの、微妙な顔をして」
 せっかく土産を貰ったのに、鬼太郎は本当に複雑そうな顔をしていた。
「いや、まあ、ありがとうと伝えておいてください。それにしても、幻想郷はいいところですね」
「まあね、楽園の名は伊達じゃないわよ」
 ゲゲゲの森や妖怪横丁のように、外の妖怪にも己の楽園はある。しかし、幻想郷とは広さの桁が違う。それに、外の楽園は日々人間の文明の発達に怯えている。百年後には、外の世界に妖怪の棲む場所が残っているかどうか。だが幻想郷は、百年後も在り続けるだろう。たとえ外が滅んでも、幻想郷は現の楽園として在る。
「もし僕たちが行き場を無くしたら、僕らも幻想郷に来て良いかな?」
 頼む類の物ではないのかもしれないが、鬼太郎は聞かずにいられなかった。
「大歓迎よ。幻想郷は、来る者は拒まず、去る者はおらず。いつでも優しく幻想たるモノを迎えるわ」
 霊夢は徳利を取り出し、鬼太郎の空になった杯に酒を注ぐ。鬼太郎は、ためらいなく一気に飲み干した。




 気がついたら、鬼太郎と目玉の親父の二人きりしか神社の境内にいなかった。そして社や鳥居の全てが苔むしたモノになっている。空気もなんとなく淀んで感じられた。
「戻ってきたようだの」
「そうですね」
 二人は外の世界の博麗神社に居た。さて帰るかと歩みを進めたところで、鳥居の脇に転がっているネズミ男に気がつく。
「きゅぅ〜〜〜」
 ネズミ男は完全に気絶しており、顔には大小さまざまなネコの引っかき傷をつけている。どうやらだいぶもまれたらしい。
 鬼太郎はおもむろにネズミ男のケツを蹴っ飛ばした。
「痛―! なんだ鬼太郎ちゃんかよ、いやあひどい目にあったぜ。ここは何処だい」
「ここは外の世界だよ。オマエ、幻想郷から放りだされたんだよ。金霊も僕が吹っ飛ばした」
「げげっ、マジかよ。それじゃこの金儲けもオシマイだナ」
 神と称えていた妖怪が死んでも大して気にも留めていない、ネズミ男とはそういう男だ。
「随分儲けたみたいじゃないか、帰りにビフテキでも奢れよ」
「ビフテキなんてとんでもねえ、俺は今回そんなに儲けてねえよ」
「あの四人への報酬をちょろまかしたりしてたんじゃないのか?」
「いやあ、最初はそのツモリだったんだけどよ。あの子たち、あんまりに素直に騙されるんでフビンになってよ。上手くダマせなかったのヨ」
「オマエらしくないなあ。じゃあラーメンでいいよ」
「なんて厚かましい正義のミカタでしょ」
 カランコロンとゲタを鳴らし、鬼太郎とネズミ男は並んで去っていく。たぶんこの二人は生きている限り、こんな腐れ縁を続けていくだろう。
ゲロゲロと、小さな蛙が一匹だけゲゲゲの歌を歌って鬼太郎を称えていた。




「やっぱり人の里はいいわねえ。人の活気は子供を奮わせ、老人に生気を与える。たとえ金を持っていなくても楽しい物よ」
「それはイヤミなのかしら、紫」
 幻想郷の人里を疲れた顔で歩く霊夢に、楚々とした風情の紫が付き添っていた。
「それにしても、なんで全てが終わってからノコノコ出てくるのよ。騒動のときは藍にかかりっきりにさせてさ」
 最後の美味しいところを紫が持っていったことを、霊夢は知らなかった。
「チルノたち四人と戦ったときにコンテニューしちゃったからねえ。ノーコンテニューで金霊の発狂モードを乗り越えれば、EXボスとして出番があったんだけど」
「わけがわからないわ」
 なかなかにファントムな理屈で、紫は誤魔化した。
「それにしても、やつれ巫女ねえ。栄養分とってるぅ?」
「いちおーはね、でも最近実入りが少なくてね」
「騒動後に物価は落ち着いたでしょうに」
 現にそこらへんの店先を見ても、値段は元の通りに戻っている。
「いや、物価は戻ったんだけど、なんか最近賽銭が少なくてね……」
 物価が戻っても、収入が減れば結局はジリ貧だ。霊夢は未だに追い詰められていた。
「賽銭が減った原因ねえ。あれじゃない?」
「え?」
 商店街に長い行列が出来ていた。その長さは人の里を何回もぐるりと回ってようやく行列を成形しているほどだ。
 行列の原因となっているのは、先日新たに商店街に作られた小さな社であった。
「さあさあ、幻想郷初の金運のご利益が貰える神社はここだよー」
「横入りしたら蛙といっしょに氷漬けなのさ」
「賽銭お待ちしております〜金運ご利益十倍返しはあたりまえ〜〜♪」
「げんぶつしきゅーでもいいよー。食べ物歓迎」
 リグルとチルノとミスティアとルーミアアの四人が、なんの冗談か巫女服を着て働いていた。霊夢や早苗と同じ腋巫女仕様だ。
 そして社の中に居るのは。
「どんな災難でも、金があればある程度の解決はできる。さあ、君達にご利益を与えよう。そして金を敬いたまえ」
 信仰のおかげか、一回りだけ大きさを取り戻した金霊が社に祭られていた。この行列の様子から見ると、あのバカでかい身体を取り戻すのも近いかもしれない。
 最も、もうあんな力づくはすまい。未だに彼の尻には鬼太郎に溶かされた後が残っていた。
「金運を操る程度の能力ね」
「!?」
「いや、だってまがりなりにも金の精霊だし、それぐらいできるでしょうよ」
 霊夢にできる事は呆然とする事のみだった。こんな行列、博麗神社では正月でもできやしまい。最近イケイケの、某寺院なら出来るだろうか。
「さて、貴女はこの異変をどう解決するのかしら? それ以前にこれは異変なのかしらね、でも彼らをこのまま放っておいたら、遅かれ早かれ……」
 固まった霊夢を紫がネチネチといたぶる。
 紫の日傘に一話のカラスがとまる。それは目玉の親父と共に来た化けガラスであった。彼は幻想郷に残る事を選択したのだ。
「アホー」
 そんなカラスの鳴き声が、今の霊夢にはピッタリと合っていた。

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