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オーバー・ペネトレーションズ#3−3

 喉を絞めつけられたオウルガールは、血を吐いた。赤い鮮血ではなく、どす黒い断末の黒の血を。
「フハハハ! どうやらこれで終わりのようだな、オウルガール! 余の野望は達成され、ウェイドシティだけでなく、やがて世界全土を手に入れることになる。覇業に転がる小石が、ここまで余の関心を得たこと。あの世で誇るが良い!」
 片手でオウルガールの喉を掴み、頭上高く差し上げたキリウは、自身の勝利を高らかに宣言した。あと数秒で、タイムリミットを迎える状況。数秒後、作戦は完遂され、世界は本人の言うとおり、キリウのモノとなる。バレットならともかく、オウルガールにはあまりに足りない時間。このチェックメイトの状況において、
「なんだ。その薄ら寒い笑みは」
 オウルガールは笑っていた。キリウですら、不気味がるような笑顔であった。
「これで、いいから、笑えるのさ」
 オウルガールは最後の力で、奥歯に仕込んだスイッチを、強く噛んだ。


 ヒカルが語ったのは、この世界におけるオウルガールとキリウの死に様だった。
「キリウの包囲網を突破した俺が見た物は、塵ひとつ残さず消滅したキリウのアジトだった。オウルガールが何をしたのかは知らないが、彼女がキリウと共にここで消滅したのは間違いない。おそらくここが、この世界とお前たちの世界の分岐点なんじゃないか? きっと、その時俺が死んだんだろ?」
 何よりも優先すべきことは、お互いの認識の摺り合わせだった。平行世界と言ってはいるが、互いの世界の状況は、あまりに違いすぎる。
「その話のシチュエーションには覚えがありますけど、その時、キリウもオウルガールも、ましてやバレットも死んでないですね。二人共生き残って、最後キリウがヴェリアンに送還されてオシマイです」
「あー。ヴェリアンね。この世界じゃもう、消滅した国だけど」
「ウチの世界じゃ、そこの女王やってますよ」
「マジか」
 この状況で争っては、バカ丸出しだ。
 一先ず休戦協定を結んだバレットボーイとアブソリュート、そして巻き込まれた一般人のフリをしているタリアは、ヒカルに案内され、ウェイドシティにある彼の住居へと案内されていた。
 下水道の管理室を改造したらしき部屋は、なにか臭う上に、入り口が水路経由かマンホールだけという不便利さ。あちらの世界における旧バレット現ボーイの住居である古いアパートが、セレブ用の部屋に見える。
「しかし事故とは言うけど……あのタリアさんを、こんな汚い所に連れてきて、しかも隣の部屋に一人で押し込んでおくだなんて。なんか、すげえ悪い気がする」
 ボーイはタリアのことを心配していた。この部屋にいるのは三人のみ、こういう裏の事情を一彼女は知らないほうがいいと、タリアだけは隣の部屋に入れられていた。
「いいんですよ。無知蒙昧な方がお嬢様は幸せなんですから。これもまた、処世術です」
 逆にアブソリュートは、タリアに対して厳しかった。本能的に天敵を察知しているのだろうか。
 ヒカルは何も答えず、部屋の壁に横目をじっとやっていた。



 壁に当てたコップを通して聞こえてくる話には、当然覚えがある。伝聞である二人とは違い、タリアは実体験でこの事件を知っている。結末は、当然違う物だが。
 オウルガールが死んだという話を、タリアは極めて冷静に聞いていた。まあ、こういう生き方をしていれば、そういうこともあるだろう。他人の死は納得できずとも、己の死には簡単に納得することが出来た。
 しかしこの世界の流れだと、スメラギ=ノゾミが世に出てきた理由が分からない。引き篭っていた彼が出て来たのは、バレットの死がきっかけで、彼をバレットボーイまで誘ったのはオウルガールだ。きっかけもなく、手も絶えた世界で、一体彼はどうやって部屋の外に出て来たのだろうか。


 やけに大きめの声で話すヒカルのせいで、自然と参加者皆の声のボリュームは大きくなっていた。もし誰かが盗聴でもしていたら、簡単に聞き取れそうな大きさに。
「オウルガールが死んで俺が生き残った世界。俺が死んでオウルガールが生き残った世界。分岐の理由はキリウか。アイツ、何処の世界でも強いし濃いんだなあ……」
 ヒカルは、しみじみとキリウを褒めた。
「あ。いえ。違いますよ。バレットは、キリウとの戦いとは違う場所で死んでます」
「そうなの?」
「詳細は避けるけど……まあその、中の人が先祖代々のお墓に一緒に入れてもらえないぐらいの死に様というか……」
 アブソリュートの存在を忘れないようにしながら、ボーイはオブラートにも幾重に包んだ状態で、自分の世界におけるヒカルの現在を伝えた。親戚として、大変心苦しい扱いでもある。
「そっちの俺、どんな死に方したのよ!?」
「お墓から爪弾きって、ヒドくないですか!? それは知らなかったですよ!?」
 ヒカルだけでなく、何故かアブソリュートからも責められる。言わなきゃよかったと、ボーイは後悔した。
「そこはほら、健気な親戚が一人頑張ってるから、彼に期待してくれ!」
「それならいいか」
「その人に、頑張れと伝えておいてください」
「うん。伝えておくよ……」
 頑張るのは、スメラギ=ノゾミ自身、ボーイ自身だ。
「話を元に戻しましょう。オウルガールが死んで、バレットが生き残った。そしてどんな経路かは知りませんが、バレットボーイが生まれた。人員が違うとは言え、先輩ヒーロー一人と新人ヒーロー二人という条件は変わりません。なんでそんな、クイックゴールドなんて頭が温かい名前を名乗ることになったんですか?」
 ボーイもアブソリュートと同じく、その点は疑問であった。バレットボーイの名前を捨てて一般人になるならともかく、別の全く関係ない名前を名乗って街の支配者として君臨する。いくらなんでも、それは無い。コスチュームを着続けるか脱ぐかならともかく、別の物に着替えるという選択肢は、今の今まで、最初から存在しなかった。
「違うんだよ。そこが」
 まず二人の懸念を否定するところから、ヒカルの告白は始まった。
「違う?」
「バレットとバレットボーイじゃない。バレットボーイだけなんだ。俺は、同じ力を持つバレットボーイを部屋から無理に引っ張り出してきて、全てを押し付けてしまったんだ。俺は、情けない大人だった」


 バレットの、苦い記憶である。どこまでも苦く、救いようの無い過ちの記憶。
 起きるまで、数十分かかった。それでも彼は、ずっと待っていた。雨で濡れた身体を、拭こうともせず。今日は、雨が朝から振り続けていた。
「……ノゾミか?」
 自室のベッドで眠っていたヒカルは、目をこすり無言の侵入者を確認する。抱きしめていた酒瓶を机に置き、ヒカル自身はベッドに腰掛けた。
「どうした? 俺の所に来たって、何も教えられないし、譲る物も残っていない」
「俺は、何も譲ってもらってないよ」
 ボーイのコスチュームを着たままのノゾミは、やけに力なく語り始めた。
「偶然、事故により得た光速の力。普通に走れなくなった俺に、兄さんは新たなやるべきことを教えてくれた。コスチュームを着て、ヒーローになること。俺、嬉しかったよ。この化物みたいな速さを、まともに使うための手段があるんだって。コスチュームも立場も、全部与えてくれた兄さんに、感謝していた」
 感謝という言葉は、過去形になっていた。
「だが違ったんだ。アンタは、自分が背負いきれなくなった物を、丁度いいやつに丸投げしただけだったんだ。自分で創り上げたものの責任を取ることもなく、のうのうと酒浸りで生きて。バレットは死なずに消えて、誰も、誰も……」
「お前、何があったんだ。その手は、どうした!」
 ヒカルの酔いが冷めたのは、赤い水のおかげだった。ぽたぽたと、ノゾミの腕から滴る雨水。床の染みが、一部だけ赤かった。右腕から滴るのは、雨水と血であった。ヒカルの右手は、他者の血で染まっていた。
「味方はいない。敵もいない。守るべき人もいない。誰もがボーイじゃなくて、バレットを見ているんだ。俺のことなんか、誰も気にしちゃいない。俺は所詮代役で、誰もがバレットの帰還を待ち望んでいる。生きている、バレットの帰還を!」
 ぐしゃりと、ノゾミの手の中にあった機械が潰れる。高熱を発する小型装置の断末魔は、ノゾミの手の平を焼いた。
「その機械はまさか、アブソリュートの、アブソリュートの」
 ヒカルは立ち上がろうとするものの、すぐによろけてしまう。驚きで表面上の酔いは覚めても、酒に浸りきった身体から酔いが抜けたわけではなかった。
 ノゾミは血に塗れた手で、ヒカルを突き飛ばす。ヒカルは踊るようによろけながら、腰から床に崩れ落ちた。
「走るどころか、立ち上がることもできない男を待ち続けるだなんて、どれだけ残酷で、どれだけ俺に辛い話なんだ。そこまで酒に逃げていたのかよ」
「お前に俺の気持ちが……」
「分かるわきゃねーだろ! 分かったと俺が言って、納得するのかよ!? 友達だか恋人だか知らねえが、オウルガールが死んだだけで、そんなになっちまって!」
「死んだだけとは、言ってくれるね……」
「じゃあそっちは、俺のことを先代の影の重さに悩んでいるだけ、とでも言えばいいんじゃないか? 辛さなんて、結局感じた本人にしか分からないことなんだ。だから俺も兄さんも、誰も彼も、互いの痛みや辛さを理解できないまま、ここまで来てしまったんだ」
 ノゾミから滴る水の量が、増えた気がした。目から流れ出る水を拭わぬまま、ノゾミは無言で俯くヒカルの両膝を踏み砕いた。


 誰かが、息を呑んだ。
「俺の足を砕いた後、ボーイはマスクとタイツを脱いで去って行った。そしてクイックゴールドとして帰って来たヤツは、速さを盾に街や世界を従えはじめた。キリカゼのような人種が真っ先に排除されたことにより、光速の世界はゴールドが独占。スーパーヴィランはM・マイスターのように倒される者、支配者であるゴールドに従う者に二分され」
「もう止めてください!」
 ついに、アブソリュートが懇願した。多少加工されてはいるものの、ヒカルの口から語られたのは、この世界の歪みきった経緯であった。
 聞き手の誰もが心に去来する物を抑えている中、まずはアブソリュートが限界を迎えた。
「なんですかそれ、なんですか……」
 ショックを受ける、アブソリュート。自分が敗れたことでも、友が敗れたことでもない。一番の驚きは、追いつめられたボーイの話であった。
 バレットであることへの強要どころではなく、只の邪魔者、代役としての扱い。話だけでは全てを理解できぬが、ボーイという一途な少年をそこまで追い詰めるほどの扱いとは、いかなる物なのだろうか。
 何よりアブソリュートが恐れているのは、懸念であった。同じ環境に置かれた時、自分がいかなる行動を取るのか。平行世界のアブソリュートと同じ行動を、そっくりそのまましてしまうのでは。未だにバレットとボーイの間で揺れているという事実が、高い確率を肯定していた。
「身につまされるぜ」
 本人に言ったら怒られるだろうが、ボーイはこの世界の自分であるゴールドの辛さを、多少なりとも理解していた。いくら頑張っても、認められない。立派な成果を残しても、先代ならばもっとと言われる。勢い任せで振り切っても、心が無痛となるわけではない。細かい傷は、残る。
 そして何よりも感じていたのは、皮肉だ。バレットが生き残ることにより、この世界のボーイは必要以上の艱難辛苦に潰されることとなった。
 オウルガールの厳しさや手助けが無い上に、更にラーズタウンの守護者がいないという状況。考えるだけで、恐ろしい状況だ。そんな状況で、人々を守りヒーローとしての精神を遵守しろ。正気は保てまい。
「じ、事情は大体把握出来ました。つまり、私たちを余所の世界からここに招き寄せた理由は」
 なんとかアブソリュートは、立ち直ることが出来た。
「恥ずかしい話だが、クイックゴールドを止めるのを手伝って欲しい。必死で作った転移装置で何処かの世界と繋ぎを作り、本人、ライバル、先輩の三人を呼ぶことだけが、今の俺達が打てる唯一の手だった。五体満足な俺を呼ぶのがベストなんだろうが、そっちの俺は生憎死んでいた」
「なるほど、なるほど。ではお断りしますね。わたしが、バレットの言うことを聞く義理はないですし。正直やり口も不快です」
 ライバルであるアブソリュートは、ヒカルの要請をあっさり断った。
「それならそれでいいさ。断ったから帰さないなんてこともない」
「当たり前です。ああそれと、転移装置というのは、後で見せて下さいね。科学者として興味があります」
「いいぜ」
 いくらでも悪用ができそうな装置の見学を、ヒカルはあっさり認めた。
 当然注目は、返事をしていないボーイに集まった。
「俺は……」
「あの〜。よろしいでしょうか?」
 ひょっこり現れたのは、隣の部屋に居る筈のタリアだった。
「あなたには、聞けないな」
 心配さを装いながらも、ヒカルの心は残念さに満ちていた。アブソリュートが、気に食わなそうにタリアを睨んでいる。
「ええ。わたしも、出来れば帰してもらいたいです。でもその前に、お願いがありまして」
「お願い?」
「ええ。この世界に飛ばされてしまった時、先祖代々の指輪を落としてしまったみたいで。出来れば指輪を拾ってから帰りたいんですけど」
「呑気で羨ましいですねー」
「まあまあ。それじゃあ俺が拾ってきますよ。どんなデザインの指輪ですか?」
「複雑なデザインだから、口で言うのは難しいです」
「絵でも書けばいいんじゃないですか。お嬢様はそういうの、上手いのでは?」
「敵意剥き出しだな、おい。なら、ボーイ。ラーズタウンの屋敷まで、タリアさんを担いでひとっ走り行って来てくれ。お前の足なら、時間はかからんだろ?」
「そうですね。これ以上、いじめの光景を見るのは忍びないですし」
 ボーイは答えを口にしないまま、再度のラーズタウン行きを了承した。

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