- 2013.02.24 Sunday
- 小説 > オーバー・ペネトレーションズ
女は実験の成功を噛み締めるものの、男の表情は暗かった。
「成功はしたようだけどさ。ホントにあの三人で、よかったのかねえ? そもそも、こんなことをして、よかったのか」
「あの三人ならやってくれる。こう言ってもらいたいですね。是非は今更です」
「そうだな。元より、俺はそんなことを言える立場じゃなかった」
世界を救う希望にして、自分の情けなさの代償にして象徴。死にたくなる気持ちを必死で抑え、男は物事を成すために、動き始めた。
目の前に、壁がいきなり現れた。
「え? 痛ァ!」
ベタァ!と、全身を壁にぶつけ、バレットボーイはひっくり返った。
「イテテテテ……あれ? おかしいな。こんな所に壁がなんであるんだ?」
ホコリを手で払った後、ボーイはペタペタと壁を触る。直線を走っていた筈なのに、何故かボーイは左曲がりのL字路にいた。
もう、ウェイドシティは走り慣れている。こんな油断のせいで、道を間違えでもしたのだろうか。キョロキョロと辺りを見回すボーイ。
「あ」
思わず指をさしてしまう。人通りのなさそうな裏路地に、偶然人が居た。しかも、ボーイが知っている人間だ。最も向こうは、只のヒーローとしてしか、ボーイを知らないが。
学生としてのヒカルのクラスメイト、ナカモト=ウシオが、ボーイを見て固まっていた。やけに薄汚れた格好でゴミ箱を漁る姿は、まるでホームレスだ。どういう状況か分からぬが、あまり見て良い光景とは思えない。ボーイは思わず、気まずく頬をかく。
「あ、ああああ……」
ナカモトのリアクションは、そんな物ではなかった。膝をガタガタ震わせ、震える指でボーイを指している。
「ど、どうしたんだよ」
まさかマスクでも外れているのかと、ペタペタと顔を撫でる。マスクは外れていなかった。それにだいいち、このナカモトのリアクションは、ヒーローの正体が同級生だったという次元の物ではない。
「わああああああ!」
叫び声に根付くのは、途方もない恐怖。ナカモトは全てを放り出し、あたふたと逃げ出した。途中、ポリバケツに足をぶつけてゴミをひっくり返したりもしている。あまりの必死さに驚き、ボーイは後を追うことが出来なかった。
「なんだよ、アイツ。バレットが好みじゃないとは聞いていたけど、アレはねえだろ、アレは。ヒーロー好きの異名が泣くぜ」
あれではまるで、悪党や犯罪者を見たようなリアクションではないか。最近はバレットボーイの名も売れてきたと思っていたのに。ボーイは少しだけ傷ついた。肩を落として、ゆっくり歩いて大通りに向かう。再度焦って迷っては、バカみたいだ。
表通りは、見たことのある通りだった。ただし、妙に記憶より荒れている。
「おかしいな。走り続けて、ラーズタウンに迷い込んだとしても」
場所はウェイドシティの筈なのに、荒廃具合はラーズタウン。実に奇妙な光景だった。
現在地が不明ならば、目印を探せ。目印になりそうな高い建物、市庁舎があるであろう方角に目をやった時、ボーイはとんでもない異常に気がついた。
「なんだありゃあ!?」
信じられない物を見たと、ボーイの口がポカンと開く。そんな叫び声を聞いて、元気のない通行人の視線が、全てボーイに集まる。彼らがボーイを見る目は、先程のナカモトの目に良く似ていた。
シャツを脱ぎ、スカートのホックを外す。学生らしい妙な拵えのない、上下白の清潔で清廉な下着。下着姿となったヒムロは、どちらに着替えるかで悩む。私服か、それともタイツか。
「もしマイスターが逃げ切れていなかったら、回収する必要がありますし……」
うーんと可愛らしく悩む姿は、まるでデートに望む女子高生だ。いや、彼女は女子高生なのだが。ただ、迎えに行かなければいけない相手が犯罪者なだけで。
タイツを手にしたところで、やけに背後がざわめいているような気がした。キリカゼにしてはやかましいし、キリウにしては大人しい。店長だとしても、気配が多すぎる。
「……はい?」
振り向いたヒムロの目に入ったのは、会議卓に並ぶスーツ姿の男たちだった。誰も皆、イカツく悪い顔をしている。コレはないだろうと二回ばかし振り向いてみても、代わらぬ光景。気づけばロッカーもなくなり、バックヤードは、悪党どもがツノ突き合わせる集会所に様変わりしていた。
ここまでワケが分からないと、悲鳴も上げられないし、嬌声も上げられない。下着姿のヒムロも男たちも、お互い何事だという目で見つめ合っていた。
「おい。誰だ、ストリッパーを呼んだのは? 時間と人選、間違ってねえか?」
そんな空気に構わず、高そうで趣味の悪いスーツを着たいかにもなボスが口を開いた。格好は全く違うが、ヒムロはこの男に見覚えがあった。容貌が多少様変わりしても、両手の衝撃波発生装置で誰だか分かる。
「インパクト……?」
三流の悪党インパクトが、卓の中で一番豪華な椅子にふんぞり返っていた。
「呼び捨てされるなんて久しぶりだぜ。ウェイドシティの裏社会を支配する大ボスインパクト様! みんながみんな様付けで呼ぶから、あまりに新鮮で俺のことだと分からなかった」
これは、一体何の冗談なのか。卓の人間が、笑うインパクトに愛想笑いで追従する様は、本当に街のボスのようだ。少なくともヒムロの見立てでは、インパクトより先にボス面出来る人間が、自分を含め十数人いるのだが。
「おいおいストリッパー、ここはお前の居場所じゃないんだよ。礼儀もなっていない、頭も悪い、体型が貧相。いくらストリッパーでもよお、それじゃあやってけねえだろ。さっさと外に出て、会議後の打ち上げで踊ってくれや。チェンジなんて、言わないからよ」
ゲハハと笑うインパクトに、ヒムロは微笑みを向けた。微笑んだまま、まずはゴーグルを装備する。髪を束ねるより先に、特性のゴーグルを見ただけで、インパクトは気づいた。
「あ、あれ? アンタ、ひょっとして、アブソリュート? そんな馬鹿な! だってアンタは」
台詞の途中で、インパクトは黒焦げになった。
「悪いけど、チェンジさせてもらいました」
周りが動揺している内にそそくさと髪を束ね、コスチュームを装着。ヒムロから、アブソリュートへのチェンジ。右の炎と左の氷が、薄暗い部屋を煌々と照らした。
日々冷静なオウルガールにとっても、この異常は、驚くに値する異変だった。
「……どういうことだ?」
瞬きをしただけで、世界が様変わりしてしまった。使用人の手により、毎日綺麗に磨き上げられていた部屋が、廃墟となってしまった。それどころか、自宅が廃屋となっている。見を投げ出そうとしていたベッドは、スプリングが壊れ、綿が腐食していた。
まるで、タイムワープしたかのような感覚。ここまで順当に荒れるには恐らく数年の月日が必要だ。人の手で破壊されたのではなく、時の流れで建物は朽ちている。
考えるオウルガールの後頭部に、銃口が押し当てられた。
「動くなよ、姉ちゃん」
目出し帽を被った三人の男が、オウルガールを取り囲んでいた。彼らの手には、マシンガンが。こういう直球な悪党は久しぶりだなと、オウルガールは半ば感心していた。
「おいおい、良い服着てるぜ。よくもまあ、こんないいもんが残ってたな?」
「だからっつって、普通ここで着るかね? 持ち帰れよ」
「いいじゃねえか。おかげで、楽しい楽しい剥ぎとりタイムだ。ただ盗むより、おもしれえ」
背後の男が、オウルガールの服を剥ごうとする。無防備な男の鳩尾に突き刺さる、硬い肘。男は叫び声も上げず、ただ崩れ落ちた。続けざまに、強烈な右フックが目の前の男のテンプルを貫いた。
「テメエ!」
二人気絶した所で、残り一人がやっとオウルガールに敵意を向ける。男が引き金を引くより先に、マシンガンはオウルガールに奪い取られた。一見撫でただけに見えるほどの無駄のない動きで、マシンガンは部品単位に分解された。
「マジかよ」
呆気にとられる男の膝が、オウルガールの蹴りで砕かれる。この程度の連中では、オウルガールの息を乱すことさえ出来なかった。呻く三人を放置し、オウルガールはベランダに移動した。
「なんだと……?」
街を見下ろせるベランダからの光景は、信じられない物だった。
ゴミ溜めのような街。犯罪の坩堝。様々なありがたくない異名で呼ばれるラーズタウンから、人の息吹が消えていた。崩れかけた建物や、灯りのないビルからは、廃墟という言葉しか出てこない。街は、見事に壊滅していた。
崩れ落ちそうな膝を、オウルガールはなんとか立て直す。街の守護者として、この光景は耐え難いものであった。耐えながら、壊滅の原因に繋がりそうな物を探す。妙な痕跡は、あっさりと見つかった。
街を縦横無尽に走る、妙な轍。まるでスコップで一直線に掘り続けたような痕跡が、ラーズタウンの至る所にあった。まるで、街という生物の血管のようだ。
そんな轍に沿って光速の物体が移動していた。彼はスピードを緩めず、オウルガールの居るベランダめがけ駆け上がってきた。きっと、ベランダのオウルガールを発見したのだろう。
「ウェイドシティがとんでもないことになっていると思ったら、こっちもとんでもないな! いったい、何が始まったんだ!? それとも終わったのかよ!?」
現れたバレットボーイの叫びで、彼も自分と同じ境遇に居ることを、オウルガールは瞬時に理解した。こういう状況で、認識を共有できる人間が居るのはありがたいことだ。
「ラーズタウンに足を踏み入れるなと言ってはいたが、この状況ならば約定破りは当然だ」
「はい……?」
オウルガールはボーイの独断を許すものの、ボーイの反応は鈍かった。あのような別れ方をした結果、ここまで心得ていない様子をさらされるとは思わなかった。
「君は何も悪くない。私が悪かった。私が、無様だった」
「そ、そうなんですか。良くわかんないですけど、別に気にしていませんので。てーか、何を言われたのか知らないんですけど」
「……なんだと?」
「いや、そんなことをこの間尊敬している別の人に言われたんですけど、貴女も似たようなことを言ってたんですか? ニュースとか、インタビューで。だとしたら、発言に気づかないまま、この街に来てしまい、申し訳なかったです」
どうやら。オウルガールも気がせいていたようだ。調査検証の後の、チンピラ退治。流れるように日常に至ってしまったせいで、忘れていた。
今の自分は、オウルガールでないことに。
「タリアさん……と呼んでいいですか? いったいこの街に、何があったのか、知ってますか? 知っていたら、教えて欲しいんですけど」
タリア=アズルール。ラーズタウンの名家アズルール家の当主ながら、事業や政治的な手腕は皆無であり、全権を優秀な部下に任せ、自分は慈善活動に熱中する、善き箱入りのお嬢様。熾烈な北風のオウルガールとは真逆の方向で街を良くしようとしている、太陽のような女性。
そんな彼女こそ、オウルガールの正体だった。この丘の上のお屋敷も、タリア=アズルール名義の物だ。
「タリアさんの家も、妙なことになっているみたいですねー。いや、ラーズタウンに来る度、綺麗なお屋敷だと見上げていたんですけど。ホントもう、どうなっているのやら」
この場の空気を和ませようとしているのか、明るく振る舞うボーイ。どうやら、あれだけ怪しく振舞ってしまっても、オウルガールの正体がタリアであることに気づいていないらしい。太陽と北風を繋げられないのか、それとも繋げたくないのか。
「そ、そうですね。わたしもよく、わかっていなくて。いったいなにがあったのでしょうか?」
オウルガールから、タリアへ。常日頃ナメられ動きやすい、お嬢様の雰囲気と口調に切り替える。これぐらいのタリアの剣呑さが、オウルガールとしての活動に必要とされていた。
さっきのは気の動転と誤魔化しながら、足で静かにベランダから部屋への扉を閉める。これで呻いている男たちは、見えなくなった。
フンと鼻息荒く、アブソリュートは外へ出た。其の後、燃え盛る建物の入り口が、落ちてきた瓦礫で塞がれる。怒りを表すには、やはり氷より炎が一番だ。
「建物の形が微妙に違いますが、位置や周りの風景はエル・シコシスそっくりですね」
謎のアジトの位置は、メキシカンバーであるエル・シコシスがあるべき場所と一緒だった。外に出て、まず目に入ったのは見慣れた裏路地。少し差異があっても、毎日通っている路地は路地であった。首を傾げながら、路地を抜けるアブソリュート。表通りに出たところで、彼女もまた、先ほどのバレットボーイのように目を丸くした。
「せ、石像!? なんですか、あれ! なんですか!?」
記憶より少し高い市庁舎の脇に雄々しく立つ、謎の石像。石像は、バレットに良く似ていて、バレットボーイにも良く似ている。それでいてどちらのバレットとも言えぬ、言わば前例のない第三のバレットの巨大石像が、スポットライトに照らされていた。強いて言うならば、ボーイの方に似ているが。
あんなモノ、記憶にないどころか、一朝一夕で出来る物ではない。そもそも、建設を始めた時点でおそらく、壊しに出かける。いくらバレットたちが街の象徴の一端であっても、ああ見下ろされるのは、誰とて気に食わぬだろう。
「バレットの石像に、この看板。わたしが着替えている間に何が……」
「アレはバレットじゃないぜ。あの石像をバレットなんて呼んだら、お前さん、殺されるよ?」
アブソリュートに声をかけてきたのは、車椅子に乗った青年だった。
「いやいや、多少デザインは違いますが、どう見ても」
「でも、バレットじゃあないんだあ、コレが。それにしても、懐かしい格好をしているね」
やけに色の濃いサングラスをかけた男は、怪しくアブソリュートに語りかける。アブソリュートは眉を潜めるものの、怪訝さや男の怪しさに当てられたわけではない。
どうにも、この男には見覚えがあった。声や雰囲気に、覚えがある。だがこれはおそらく、気のせいだ。己の記憶の不確かさを、アブソリュートは蔑んだ。
「ま。そりゃそうだな。普通、分かっていても理解出来ないよ。でも、これでどうかね」
男がある動作をした後、アブソリュートの頭脳は一瞬で方程式を組み立てた。単純で、自らでは作り出せぬ解であったが、一言で今現在の異変を解説できる答え。口にするのさえはばかられる、馬鹿らしい答え。
「分かったのなら、一緒に行こう。出迎えをしなければならないんでね」
男は少しだけずれたサングラスを、広げた片手で直した。
しとやかに困惑のふりをするオウルガールことタリア。ボーイはそんな素振りに騙され、優しげに語りかける。
「そうですか。あなたも気がつけば、こんな状況に……」
「ええ。同じ状況の人がいると分かっただけで、心強いですけど」
バレットボーイとタリアは情報を交換し合ったものの、この事態の原因を導き出すことは出来なかった。
なお、二人は既にベランダから移動して、廃墟のラーズタウンをゆっくり調査している。呻いている男たちは、ボーイから隠し続けて、そのまま放置してきた。生命に別状は無いので、問題ない。少なくとも、オウルガールの価値観では。
「うーん。俺に良く似た石像に、廃墟のラーズタウン。ダメだ、全然パズルのピースが足りない」
恐ろしく捻くれたピースを前にして、ボーイは悩んでいた。
タリアはそんなボーイを、表面上は心細げに見守りながら、内心凄く苛立っていた。自分がオウルガールの格好ならば、もっとつぶさに情報を伝え、ボーイの尻も上手く叩ける。こうなるならば、せめてコスチューム姿で悩んでいればよかった。チャリティーパーティーから帰って来た足でドレスも着替えず悩んでいたから、こんなややこしいことに。
「ここじゃあ、人もいないし、聴きこみも出来ないなあ。いったん、ラーズタウンに戻ります? 俺、連れてきますから」
タリアに背を向けたボーイは、そのまましゃがみ込む。おぶされということなのだろう。オウルガールでは出来ぬ、中々新鮮な体験だ。
「その必要はないですよ」
「アブソリュート!?」
崩れたビルの影から、心得た様子のアブソリュートが出てきた。ボーイが構え、思わずタリアも拳を握るものの、今は違うと慌てて引っ込めオロオロするフリをする。
そんな二人に構わず、アブソリュートは後ろを振り向き、声をかけた。
「半分正しく、半分間違いです。あなたの言うとおり、ボーイはいましたけど、オウルガールはいません。何故か、隣町の偽善者がいますけど」
「……そうだねえ、こりゃまいった。ま。二人正しく呼べただけでも奇跡、三人呼べたら奇跡を超えた宿命だ」
車椅子の青年が、物陰から遅れて出てくる。彼は自ら車椅子をこぎ、ボーイとタリアの前に姿を表す。サングラスをかけた彼を見ただけで、ボーイとタリアは彼の正体を理解した。理解したからこそ、顔を青白くさせたり、叫びたくなる感情を必死に抑えている。
「バレットボーイはともかく、そっちのタリア嬢は、こうしないと分からないだろ」
タリアに目配せした青年は、懐から灰色のマスクを取り出した。サングラスを外し、マスクを被る。一流ルチャドーラーよりも早い、光速のマスク装着。外見やマスクだけでは納得できずとも、この光速による動きは、彼が本物だという何よりの証になる。
「ヒ、ヒ……」
本名を呼ぼうとしたボーイを、青年は睨みつける。
「構いませんよ。聞いていないふりをしますから」
立ち会っているアブソリュートはこう言ったものの、だからと言って大声で彼の名前を呼ぶ訳にはいかない。たとえ名前を叫びながら、殴りつけたい気分であっても。
「バレットさん? そんな、あなたは死んだと聞きました!」
ボーイがボロを出すより先に、一市民らしい口調で、タリアは彼の名を呼ぶ。
車椅子に乗っているこの青年は、間違いなくスメラギ=ヒカル、死んだ筈のバレットであった。ボーイは当然として、タリアもバレットの素顔、ヒカルの顔を知っている。それぞれが知り得るヒカルの根本、彼が持つ雰囲気や空気を、この車椅子の男は持っていた。アブソリュートが用意した偽物とは、到底思えない。
「死んでないんですよ」
アブソリュートは、疲れた様子でタリアの発言を否定した。
「この世界では、バレットは死んでません。気付いてるか勘付いてるかは知りませんが、ここは平行世界なんですよ。バレットが死なずに生き延び、こうして無様をさらしている世界。バレットを走れなくした怪物を倒すために、私たち三人……一人、呼びそこねたようですが。ともかく、あの怪物。クイックゴールドを止めるために、わたしたちは世界線を越え、この世界に呼ばれてしまったんです」
平行世界。パラレルワールド。連立する世界の存在は、学会や夢物語で多く語られてきた。誰もが実証出来なかったことを、バレットボーイとアブソリュートとオウルガールは体験させられてしまったのだ。事前承諾もなく、いきなり。
突如の街の変貌も、それなら理解出来ないこともない。汚れたウェイドシティも、壊滅したラーズタウンも、あくまでこの世界におけるウェイドシティとラーズタウンなのだ。
「クイックゴールド?」
「ウェイドシティには行きましたか? あの趣味の悪い石像のモデルが、クイックゴールドだそうです。あの男が、この世界におけるウェイドシティの邪悪な支配者だと」
「ああ、あの俺に似たデカい石像か。生きてる内に自分の石像、しかもあんなデカいの作る奴なんざ、ロクでもないぜ」
みっともなさをああして晒している怪物を、ボーイは笑った。
「あんまり、そういうことを言わない方がいいと思いますよ。クイックゴールドは、こちらの世界における、あなただそうです。以前はあなたと同じ、バレットボーイだったとか」
「……え?」
なるほど、それならばコスチュームや容貌が、バレットやボーイに似ていてもおかしくない。いや待て、おかしい。だからこそ、ボーイの口からは間抜けな声が出たのだ。
クイックゴールドを名乗る、平行世界の邪な自分を倒せ。これはまた前例のない、とんでもない仕事だった。
二人は市庁舎と勘違いしていたが、実のところ、この建物の正体はある男の広すぎる住居であった。
最上階に設置された玉座に、街の主であり、この世界を侵す速さ、クイックゴールドが腰掛けている。玉座にかかるぐらいの長く青いマントと、金と銀の配色が入り混じったコスチュームは、バレットにもバレットボーイにもない斬新さであった。斬新すぎて、痛々しい。
「原罪が、罪なき贖罪を呼んだのか。哀れな話だ」
どうにも芝居がかっていると言うか、若者特有の妙な病気を発症していそうな呟き。部下から寄せられた多少の情報のみで、彼は有り得ぬ好敵手の出現を察知していた。彼にかしづく二人の部下は、何が起きているのかよく分かっていない。ただ、主が上機嫌であるのは理解ができた。
ゴールドが捨てた名前を持つ、別次元の自分の出現。退屈を極めたこの世界とゴールドにとって、あまりに新鮮な存在であった。
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