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A+K(フラッシュ&カブト編)

 アメリカ、セントラルシティ。現在、この地方都市の大通りでは、この街でしか見られない物、強いていうなら隣のキーストーンシティでなら時折見れるかもしれない、ある種の名物イベントが開催されていた。
「ぐわっ!?」
「あわわ!?」
 方向感覚を見失ったトリックスターのオイルガンがウェザーウィザードの顔面にかかり、暴発したウェザーウィザードの雷が、トリックスターを吹き飛ばす。目を必死で拭おうとするウェザーウィザードの首筋に、トンと手刀が落とされた。
「地球上、どこにいたって駆けつけるとはいえ、平日の昼間はやめてくれよ。本業が忙しいんだからさ」
 頭を打って気絶したトリックスターと、動かぬウェザーウィザードを、警察署の独房にに担ぎ込む。武装解除から輸送までのその間、およそ1秒。1秒後には、もう現場に戻ってきている。ただ彼は、ひたすらに速かった。
「悪いが、俺達の本業は時と場所を選ばないのよ」
 冷凍銃を振りかざし、悪役集団ローグスのリーダーである、キャプテン・コールドが吠えた。
 地上最速の男ザ・フラッシュと、彼に対する悪役が集まったチームであるローグス。この疾き善と追いつこうとする悪との戦いは、セントラルシティで長年繰り広げられている、いわば名物のような物だった。
「そりゃあそうだね。定時に出勤して、定時に帰る強盗や泥棒は居ないよね」
「減らず口もそこまでだ。ヒート・ウェーブ、かまうことはねえ! スピードスターごと、この辺りを燃やし尽くしちまえ!」
 キャプテン・コールドの目線の先、ビルの二階の突き出た場所に、火炎放射器を構えたヒート・ウェーブが立っていた。
「しまった!」
 あの位置、あの角度からなら、本当にヒート・ウェーブはこの周辺を焼き尽くしてしまう。彼の最高火力なら十分可能な上に、仲間であるキャプテン・コールドは、自身の冷凍能力で身を守り切るだろう。つまり彼を止められるのは、速さだけだ。
 引き金に手をかけたところで、崩れ落ち、二階から宙返りで落ちるヒート・ウェーブ。速さは彼を止めた。但し、止めたのはフラッシュの速さではなかった。
 地面にしたたかに身を打ち付け、動けなくなったヒート・ウェーブの近くに立つ赤い影。影は火炎放射器の銃部分を、クナイのような武器で切り裂く。赤い布製のタイツのフラッシュとは違い、この赤い影には輝きが、メタリックな部分が多々あった。
「カブト虫……赤くて速いカブト虫……?」
「誰だコイツは。新しいスピードスターか? スピードスターはフラッシュだけで十分だぜ」
 青い複眼が輝き、赤く鋭いツノが雄々しく天を突く。新たなスピードスターは、人型のカブト虫に見えた。張り付いた赤い装甲の下の黒いボディと、持っている武器のせいで、日本の忍者に見えないこともない。
 男の手が伸び、指が真上、ツノよりも高い天上に突き上げられる。唯我独尊。東洋の故事を知らぬフラッシュとコールドでも、彼の放つ自信と自我の強さはありありと感じることができた。
「俺は天の道を行き、総てを司る男。またの名を、仮面ライダーカブト」
 天道総司、仮面ライダーカブト。例え見慣れない土地であるセントラルシティに足を踏み入れても、彼は彼のまま。自分が世界で最も優れていると本気で思い込み、思い込むだけの実力を持っている男であった。

 あまりの豪胆さにより、カブトにより支配された空気。そんな状況を変えたのは、軽く頭をかく仕草であった。
「君はヒーローなのかな? それともヴィラン? 青いカブト虫の親戚? とりあえず、このヒエヒエガンを持つ男を牢屋にぶち込むから。話は、それからだ。なんなら相性がよさそうな、金色の未来人も呼んであげるよ」
 多少気圧されたものの、このセントラルシティはホームタウンである。経験と自負が、フラッシュにカブトにも劣らぬ自信をもたらす。フラッシュはそのまま、まだ気圧されたままのコールドを捕らえようとする。
「待ってもらおうか。俺はこのエスキモーに用があって、この街に来た」
 コールドに素早く伸びたフラッシュの手が、カブトに捕らえられていた。
「君は、随分と速いんだね」
 本気ではなかったものの、光速の動きにカブトは割り込んでみせた。中々大したものだと、フラッシュは称賛する。
「ああ。速いぞ。史上最速の名を、冠するべきぐらいにはな」
 カブトはそんな称賛を、真正面から受け取った上で更に自尊を加味した。
「なるほど。なんで君は、コールドに用があるのかな? 僕としては、早くこの男を警察に預けたいんだけど。なにせ、油断できない男だ」
「奴にはしてもらわねばならない仕事がある。身柄は俺が拘束させてもらう、お前より、速く」
「そうだね。僕より君が本当に速いなら、それも許されるかもな!」
「地上最速の称号。興味が無いと言えば、嘘になる。クロックアップ」
 スピードフォースとタキオン粒子が、光速の加護をそれぞれにもたらす。二人の男は、常人では見られぬ世界へと没頭し始めた。


 フラッシュのジャブの連打をカブトはかわし、フラッシュはカブトのクナイガンによる斬撃をのけぞってかわす。一発当たれば終わり、その時点で当たった方の負け。最速を自負する二人の中では、自然とこのルールが制定されていた。
 フラッシュの姿が消え、突如カブトの背後に現れる。テレポートではない。ただ街を走って一周して、回り込んだだけだ。
「やるね、君も」
 フラッシュの手は伸びきる寸前、カブトの眼前で止まっていた。
「お前もだ。俺以外のライダーなら、とうに敗北を認めていただろう」
 伸びきった足が、フラッシュに触れようとしている。後ろを見ぬままの上段回し蹴りは、見事にフラッシュの顔面を捉えていた。
 フラッシュの足が止まり、クロックオーバーの機械音声が聞こえる。二人は光速の世界を脱し、常人の世界へと帰還していた。
「終わりを決めるのは、お前らじゃないぜ!」
「いい加減、こちらを向いてもらおうか」
 熱気がフラッシュの足元のアスファルトを溶かし、冷気がカブトの足元を凍りつかせる。キャプテン・コールドと復活したヒート・ウェーブが、それぞれ対角線上で、二人のヒーローを取り囲んでいた。粘着きと凍結が、二人の足を留める。
「こう足を凍らせられては、振り向くことは出来ないが?」
「お前は関係ねえ。だが、お前のお陰で、フラッシュを捕まえられたのは事実だ。礼として、命だけは助けてやる。凍りづけでかんべんしてやろう
「でもまあ、俺の炎がフラッシュごとお前を溶かしちまうだろうがな!」
 コールドの冷気が背中からカブトを狙い、ヒート・ウェーブの炎がフラッシュを狙う。冷気と熱気の、挟み撃ちだ。
「あー……そっちは大丈夫だよね?」
「俺を誰だと思っている? お前と同じ速さを持つ男だぞ」
 こんな状況でも、二人は気楽であった。気楽なまま、それぞれがすべき仕事を行う。
 フラッシュは両手を円を書くようにして動かし始める。円は螺旋となり、やがて風を。小規模ながらも強力な二つの竜巻が、光速の力で発生する。
 ベルト部のカブトゼクターのボタンを押し、ゼクターホーンを往復させる。脚部にチャージされた力が、伝導し、カブトの足元の氷を砕いた。
「ライダーキック」
 先ほどの一撃とは違う、本気の回し蹴りが冷気を押し戻した。
「ぬわー!」
「そんなのありか!?」
 炎に巻かれたヒート・ウェーブが叫び、コールドを冷気が覆う。熱風に吹き飛ばされたヒート・ウェーブと、自身が凍りづけになってしまったコールド。二人共、防火対策や防寒対策はきっちりとしているので、死ぬことはないだろう。
「興が削がれた。どうやら光速対決は、ここまでのようだな」
「ああ。僕もこれ以上本気で走ると、時空の彼方に消し飛ばされかねなかったんでね。ここで終わってよかったよ」
「ふっ。何を言っている。お互い、時空の一つや二つ、速さで制することが出来るだろうが」
 なにやらジェット噴射のカブト虫が、カブトの間近を横切った気がした。
「結局、君はコールドに何をやらせたかったんだい?」
 溶けたアスフアルトから脱出したフラッシュは、コールドの前に移動していた。
「無限の未来を救う、大仕事だ」
 カブトは臆す事無く、言い切ってみせた。


「アイツはどこに行ったんだよ!」
 日本、天道総司宅で、一人の男が憤っていた。
「氷嚢がそろそろ切れるから買って来るって言って、一時間だぞ!? いくらひよりや樹花ちゃんが小康状態でも、万が一があったらどうするんだよ!」
 熱血漢の面目躍如とばかりに、加賀美新は熱く感情と本音を吐き出す。
 天道にいきなり呼び出された彼は、体調不良と風邪により倒れた、日下部ひよりと天道樹花、天道の妹二人を懸命に看病していた。今は二人共、多少熱があるものの、よく寝ている。
「だいたい、一流の氷を入手してくるって、何処に出かけたんだ? いやいや、そもそも、普通俺に氷を買いに行かせて、自分が看病するよな。大事な妹、しかも二人だし」
「多分ソレは、彼が君を信頼しているからじゃないかな。アレだけ自信満々な男に信頼されるだなんて、君凄いね」
「……誰ですか?」
 加賀美の目の前にいきなり現れたのは、天道ではなくフラッシュだった。
「俺はアメリカのヒーロー、フラッシュ。はい、コレ、氷。コールド削りたての氷」
 フラッシュは、ビニール袋に詰めた不恰好な氷を加賀美に渡す。
「は、はあ。有難うございます。アメリカ!? アメリカからわざわざ、氷を持ってきてくれたんですか!?」
「気にしなくていいよ。場所さえわかれば、数秒で往復できる距離だし」
「そうなんですか、凄いですね。まさか、アイツ、アメリカにいるんですか? ハイパークロックアップして?」
「ハイパークロックアップはよく分からないけど、アメリカに居るのは間違いないよ。僕は彼に頼まれて、この一流の氷を持ってきたわけだから」
 確かにキャプテン・コールドは、冷気や氷を扱わせたら、世界で五本の指に入る。でもだからと言って、彼の氷を、しかも氷嚢に使うためだけに、わざわざアメリカまで求めにやって来るとは。
 あまりの妹ラブと、一流を追求する天道の姿勢には、フラッシュですら負けた。負けたからこうして、宅配便の役目を引き受けてみせた。
「あの、天道本人は何処に? まだアメリカに?」
「夕飯までには帰ってくるって言ってたけど、どうだろうなあ……彼は速くないけど、僕より怖いし厳しいし。一流の氷が足りないから、まだ取ってくるってさ」
 平気だとは思うが、絶対トラブルが起きているのは間違いない。フラッシュは、天道の後を追うことを、既に決意していた。


 彼の唯我独尊は、この街にきても変わらなかった。
 悪徳の町、ゴッサム・シティにおいても。
 追加装甲マスク・ド・アーマーが弾け、中からカブトが姿を現す。アーマーの破片が飛び散ることにより、隙ができる。カブトが、決め台詞を言えるだけの隙が。
「お婆ちゃんが言っていた。どんな上等な湯豆腐でも、扱いを間違えれば、簡単に冷えて、不味くなると。お前は彼女との愛まで、凍りつかせる気なのか?」
「お前に何が分かる?」
 ハイテク冷凍スーツを着込んだ氷結の科学者、ミスター・フリーズの手が震えていた。
「分かるさ。俺は総てを司る男。俺の知らぬことなど、何もない」
 太陽の如き眩さを持ちながら、誇る努力を厭わない男、天道総司。あまりの眩さを目にし、フリーズも暗がりから隙を伺っている蝙蝠男も、とにかくとんでもない男だと認めるしかなかった。

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