- 2011.03.22 Tuesday
- 小説 > モンスターハンター
幸運。それはこういう巡り合わせを言うのだろう。まさか先日倒した、ハプルボッカの素材こそ、自身の求めている物に繋がるとは。必要な武器防具のリストと素材を提出し、ただ完成の時を待つ。途中、鍛冶場から使いが来た。本当に、このリストの通りでいいのかと。
「それでいいんだ。いや、それじゃなければいけないんだ」
半ば強制的に納得させられた使いは、了の返事をそのまま伝えることとなった。それからまた一両日、ようやく望みの物が完成した。真新しい装備をチェックし、装着する。真新しくも、懐かしい装備。ポッケ村に置いてきた防具を纏い、ユクモ村でしか売っていないヘビィボウガンを装備する。新旧混合、それが今のヘイヘの姿だった。
なめらかな皮を持ち、寒さを好み、電撃を吐く。これだけの情報を聞けば、誰とて怪物とはフルフルだと判断する。じめじめとした沼地や極寒の雪山を好む、雌雄同体の不気味な飛竜。あの制限知らずの怪物発電所に、一体どれだけのハンターが泣かされてきたものか。
そんなフルフルらしき生き物が、初めてユクモ近くの凍土に現れた。ビリビリするという特徴だけ聞いて、簡単に物事を判断してしまったのが第一の失策。フルフルならば、見間違いでもギギネブラなら火炎弾で十分だと判断してしまったのが第二の失策。連れているアイルー達を落ち着かせることが出来ない程、自身が驚いてしまったのが第三の失策。
失策が重なった結果、相手の姿形を見極めぬまま、撤退するハメになってしまった。予測はできている。しかし、相手を狩猟しなければ決定的な証拠にならない。証拠があってこそ、言質は真実となり、正しい記録となるのだ。
久方振りの失策が、弛緩した身体と頭に活を入れ、ギラギラと上を目指していた頃の気持ちを取り戻させる。強大な敵相手に、装備も選ばずがむしゃらに立ち向かっていた頃。あの頃小脇に抱えていたのは、ずっとヘビィボウガンだった。
失った物を取り戻す。準備完了から出立までの間、幾度も無謀だと言われた格好で、ヘイヘは一人、復讐の凍土へと向かった。
カーッと体が芯から熱くなり、しばし寒さを忘れる。ホットドリンクとはそういう飲み物だ。酒のような酔いが無い熱さは、どうしても気分を高揚させる。火照った頭で、ヘイヘは辺りを見回す。飛んできたギィギを、にべもなく踏みつぶした。
ぺたぺたぺた。粘ついた足音が洞窟を這いずっている。ギギネブラにしか出せぬ、嫌な音だ。凍土に潜む生き物の正体は、フルフルではなくギギネブラだった。しかし、その皮膚は黄色、怒れば赤色。放つ物は毒ではなく電気。亜種と呼ぶより突然変異種と呼ぶべきギギネブラの個体が、謎の正体だった。
ギギネブラは洞窟の天井を這って行く。洞窟の闇に隠れている、ヘイヘに気付かぬまま。
水冷弾が天井のギギネブラに直撃する。奇襲というお株を奪われたギギネブラは、真っ逆さまに落下してしまった。本来闇にまぎれての奇襲は、ギギネブラの得意技だ。
闇から進み出るヘイヘ。身に纏うのは、気配を殺すナルガの衣装。黒一色のナルガ装備に身を固めたヘイヘは、潜砲ハープールを撫で、リロードをする。
砂漠の海竜、ハプルボッカの素材を使ったハープールは、シビアなボウガンだ。軍用ライフルを思い起こす肉厚なデザインに、そこそこの火力と僅かながらの防御付与。水冷弾が撃てるということで作ったものの、いざ持ってみると、作る前のイメージより格段に良かった。多少遅いリロードも、いざ使ってみると、このボウガンの味として楽しめる。
起き上がったギギネブラは、帯電し咆哮を上げる。耳を塞ぐヘイヘ。毒の代わりに電気を吐くのが亜種の証か。ギギネブラの電気ブレスが、地を這う軌道でヘイヘに襲いかかった。
ヘイヘが村で正気を疑われた理由。武器には一片の不安も無い。問題は防具だ。ナルガクルガは電撃に弱く、当然その装備も電撃に弱い。対ギギネブラ亜種を考え、ナルガ装備一式を作る。雷の化身、ジンオウガ装備を所持している者が選ぶ選択肢では、到底無かった。
回復薬G二本とウチケシの実一つ。電気ブレスが直撃した代償は大きかった。全てを飲み終え、再び狙いを定める。ほんの一瞬目を逸らした隙に、ギギネブラの姿が消えていた。
前方視界にいないならば。即座に振り返るものの、背後にもギギネブラの姿は無かった。ギギネブラには、真上というギギネブラ特有の位置取りがあるのを思い出したのは、唾液が肩に滴り落ちてきた時だった。
グワンと大仰に顎を振るうギギネブラ。ヘイヘを押し倒すと、彼女を捕食せんと大口を開ける。幾重にも重なるすり鉢状の歯が、肉を齧るのではなく、肉を磨り潰そうとしていた。
蠢く口に、至近距離から投擲される悪臭。こやし玉の汚物がギギネブラの口に絡み、捕食中断以上の効果を与える。砕けて歪んだ口の下から、ヘイヘは無事に脱出した。
「雷に弱いナルガの衣装を着て、アイルーも無し。正気を疑われるのも当然か」
ヘイヘが独りごちる。ナルガ装備でなければ、雷でここまで大きなダメージは受けない。アイルーを連れていれば、もっと容易く脱出できた。
四肢をばたつかせ、飛び掛ってくるギギネブラ。ズシンと揺らぐ地面、身体を起こすギギネブラの下に、ヘイヘはいなかった。
ギギネブラの尻尾を襲う銃撃。ギギネブラは柔軟な尻尾を振るい、確認せぬまま獲物を狙う。銃撃はすぐに止んだ。直後、脇から襲いかかる再度の銃撃。振り返るギギネブラの前に、黒い影が一瞬だけ現れたものの、即座に死角に消えてしまった。再び始まる集中砲火。尻尾の肉が裂け、ギギネブララは嗚咽した。
迅竜ナルガクルガの装備が、持ち主に与える力は迅速そのもの。回避の距離を伸ばし、回避自体の性能も上げる。スタミナの管理やリロードのタイミングを熟知していれば、迅速という素養は、ヘビィボウガンを別の次元へと引き上げる。
三叉の電気ブレスを放つギギネブラ。横に避けるのが難しいそれを、ヘイヘは全く退かず、ブレスに向かって飛び込んだ。ブレスを飛び越し、そのまま乱雑な照準で撃ちまくる。遠目で見れば、ブレスすり抜けたとしか思えない動き。回避による刹那の安全を、数倍へと引き上げられるナルガ装備だからこその芸当だ。
ギギネブラは捕らえられぬヘイヘを、必死で追いかけようとする、弱点である頭をずっと晒したまま。アイルーという余計な標的が居ない状況は、ギギネブラの選択肢を狭めていた。ずっとヘイヘを狙うしかなく、彼女に攻撃は当たらない。
苦手な電気とて、当たらなければどうということはない。アイルーが居ない分、集中力を途切れさせるという甘えも出てこない。正気の狭間には、これまた並の手段とは違う、好手が潜んでいたのだ。
「ありがとう」
ヘイヘの口から漏れる感謝。だらけきっていた自分に、かつて持っていたモノを取り戻してくれた。となれば、感謝するしかあるまい。感謝の気持ちと共に放たれる、最後の一発。しゃがみ撃ちもなく、リロードの遅さに嘆くこともなく。純粋なる射手の一撃は、ギギネブラの脳天を撃ち抜いた。
ユクモ地方に現れたのは、ギギネブラの突然変異種であり、フルフルではない。様々な情報に刻まれる真実。真実を暴いたハンターは、再び酒を飲んでいた。
「甘口より辛口、やはり良い。酒はいい」
ユクモ村の至る所にあるベンチに座り、月見酒を一人楽しむヘイヘ。酒の趣味やカッコつけの性格も、ポッケ村に在住していた頃に戻っている。厨二病のぶり返しとも言える。
今日の酒代は潤沢だった。なにせ、珍しいギギネブラ種の素材を、ヘイヘは全て売り払ってしまっていた。ヘビィボウガンには使えぬし、防具もボウガン向けではない。ならいらないと、スッパリと売ってしまった。またも正気を疑われたのは、当然の話である。
「それにしても、やけに月に雲がかかっているような。嫌な予感がする」
不自然に雲がかかる月を嘆くヘイヘ。ああいう雲の掛かり方は、見たことがない。まるで雲の中に、意思を持つ獣が潜んでいるかのような。
事実この予感は、すぐに的中することとなる。凶悪にして神聖な怪物の存在を、人々は知ることとなる。
「嫌な予感をどれだけ楽しめるか。それがハンターたるものの、覚悟だな。うん」
ヘイヘは今回の相棒であったハープールを撫でると、ハープールを抱いて支えにしたまま、座り寝を初めてしまった。温泉に浸かっていた時よりも、心底心地良さそうにして。
油断するのではなく、窮地を楽しむ心意気。極端に一種類の武器を愛するような偏執さ。こういう変な人間がうじゃうじゃいるからこそ、この世界にハンターは途絶えないのだ。
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