- 2005.12.25 Sunday
- 小説
最近、町を所狭しと駆け回っている。
別にマラソンの趣味とかが有る訳ではなく、仕事柄駈けずりまわざるを得ないのだ。つい先日まで休職していたが繁忙期につき臨時で復帰。職種は数々の個人宅に荷物を届けるお仕事、いわゆる宅配業に就いている。駈けずり周る必然性はないのだが、走らなければ間に合わぬほど荷物がある。一度正式に辞めただけあって厳しい職種だ。
さて、その毎日駆け回っている街だが、至極荷物を配りにくい街としても知られている。不在率の高さと住宅の密集度に山地と評しても良いくらいの坂の多い地形とあいまって、配属された人間のうちで残るのは4割と言われる厳しい街。だが、そんな物は所詮努力で補えるものだ。だが、この町には努力でもどうしようもないものも間違いなくある。
端的に言うと“でる“のだ。
街から数十分のところには自殺のメッカとして名をはせた団地が存在し、その反対方向の都会と呼ばれる街は元々いわくつきの場所にビルを乱立させたという歴史がある。また、公園のトイレでは男性の首吊り死体の霊が出ると噂され、街道の入り口には暴行を受けた挙句に婚約者に捨てられた女性の霊がその街道を通る仲睦まじいカップルを呪うらしい。また土地自体の治安も安い地価のせいか特定アジアのタチの悪い人々や明らかにソレ系の人々が多くおり、決して良いものではない。まあアレだ、この街は何が出てもおかしくない街というわけだ。
なお、俺はそんなに霊感とかは無いと思われる、というか関らないようにしている。寝ている最中にテレビが謎の軋み音をあげようが、運転中に明らかにおかしい人影が横切ろうが、動じずに眠り、動じずに運転する。別に豪傑を気取っているのではなく、それがなんなのか理解してしまうのが怖いから関らないようにしているだけだ。神を学術的にはあまり信じていないが、宗教的に畏敬をはらうべきものにはきちんとはらう。要はあまりそっち方面への勇気が無い。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉があるが、それが枯れ尾花と理解するには相当な勇気が必要なはずだ。
そんな中で関らざるを得なかった怪異が存在するワケで。
その日はもう駄目だった。中々に大人にしては高い熱を記録し、雪は積もるし、担当の荷物も多い。正直、途中で倒れてもサボっても言い訳が通りそうなほどに駄目だった。
その日、俺はマンションを中心に配達する事となった。マンションは人が固まっており上手くいけば大量に荷物がはけて楽なのだが、一歩不在が多ければ時間もくうしやる気も無くなるという諸刃の剣。だが、この諸刃の剣の刃がこちらを向くか、相手に向かうかの一番重要な要素。それはエレベーターだ。はっきり言ってこれが有るか無いかでは大きく違う、荷物を持って階段を駆け上がるか、エレベーターという機械の力を使い上へ登るか。これはかなり大きい差だ。現実に手にもてない量の荷物では階段も登れない。
そんな中でとある古ぼけた五階建てのアパートに荷物を届けることになった。路地裏で日当たりも悪く、上階に時たま届く荷物は大きい上に届け主は偏屈、正直嫌いな配達先だ。だが、幸いなことに荷物は一つと少ないし、しかも二階だ。最も、こんな体調で働いている時点で運が悪いのだが。
とりあえず息も絶え絶えでエレベーターのボタンを押す。その後にぎょうぎょうな古い音を立ててエレベーターが到着する。乗り込もうと思ってふと気がつく、下のボタンを押していた。行きたいのは二階なので逆のボタンだ、エレベーターが行って戻ってくるのを待っていては時間がかかる。そう考えると、俺は脇の階段を迷わず上った。走れるほどに体調は良くなかったが、歩いたほうがまだ待つより早い。
何とかその後に荷物を配り終えて20時間寝ることで熱を何とか下げ、再び出勤した。こんな体調で連日出勤させるなんてどうにかしている会社だ、付き合う俺も俺だが。そして昨日と同じアパートを配達することになった。今日は荷物が5個有る上に上階だ、しかしエレベーターがあれば楽勝だろ。
このアパートにエレベーターなんか無い
昨日は熱で絶え絶えで気づかなかったが、最初からそんなもの無い。だいいち、エレベーターがあるのなら大きい荷物を階段で運んでぶつけて上の変人ににべもなく怒られたって記憶は無い筈だ。俺は昨日何を見たんだ? エレベーターを置くスペースも無い。昨日扉を見た場所には壁しかなかった。
そして気になることがもう一つ。なんであのエレベーターには下のボタンがあったんだろうか。一階に下のボタンはいらない、地下もないアパートに下のボタンはいらない。
これに気づいてから数週間、非効率だと疲れようとなんだろうと、俺は頑なにエレベーターを使わずに荷物を運んだ。
だから、こういうワケのわからない事には関りたくないんだ。色々面倒だから。
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