- 2006.10.31 Tuesday
- 小説 > Original
「ガァァァァァァァッ!」
唸り声を上げ襲い掛かってくる怪物の首をセブンは捕らえる。しかし、怪物の突進力は殺せず。一匹と一人はもつれ合ってビルの屋上から落下した。
既に時刻は夜半、繁華街は書き入れ時だとこぞって競い合い、街全体が繁盛していた。街を歩く人々は殆どがホロ酔いで、人生の春を謳歌している。 セブンと怪物はそんな街の通りに落下してしまった。何事かと集まった人々が口々に噂しあう。
「おーすげえ、リアルだなリアル」
「もう片方もすげえよな、ジェイソンというかレザーフェイスというか、ホラー映画のステレオな殺人鬼だぜ」
和気藹々とした人々。
「……?」
セブンが首を捻る。平和ボケの日本国民と呼ばれているが、いくらなんでも楽観的過ぎる。酔いや混乱を差っぴいても、和気藹々と出来るほどこの国民は幻想家なのか?
それ以上に彼らの態度に疑問を持つ、一匹が居た。怪物は強者であるセブンより、弱者である野次馬を標的に定めた。人垣へと怪物は踊りかかるが、人々は剣呑とし、逃げようともしない。
「コックローチキィィィィッック!」
セブンを追いかけてきたコックローチGの飛び蹴りが怪物に直撃する。怪物は蹴りをカウンターで喰らう形となり、人垣から外れた方へと弾き飛ばされた。
「ギャー! 足折れた!」
限界以上の力を出したGの足は、曲がってはいけない方向にポッキリ折れていた。限界以上の物を出せば何らかの形でリスクを負うものなのだ。
「すげえぞゴキブリ男!」
「ステキー!」
「こいつもやけにリアルだなぁ」
人型のゴキブリとしか評せないGを見ても人々は平然としていた。いつもなら人は雲の子を散らすように逃げるのに。
「おいG、おかしいぞ。いつもならオマエの気持ち悪い外見を見て逃げ惑う連中が平然としている」
セブンがのた打ち回るGに疑問をぶつける。
「ストレートに言いやがって、お前の心にダムは無いのか?」
「無い。で、なんだコイツら。いくらなんでも恐怖を忘れすぎだ。私達は妖怪なんだぞ」
「とりあえずダムについては後日として、日付を見てみろ」
「……10月31日?」
「ハロウィンだろうが、トリックオアトリートのよ」
「ああ、そういうことか」
子供が怪物に仮装し「お菓子か悪戯か?」と二者択一を迫る西欧の祭りハロウィン。日本にも伝わった行事だが、伝わる際に子供が仮装するという前提が忘れられ、大人だろうがなんだろうが仮装して騒ぐ、単なる仮装カーニバルと化している。
つまり、セブンやGや怪物といった本物を、彼らは良くできた仮装だなと思っているわけだ。
「ウガーーーーー!!」
起き上がった怪物が絶叫する。セブンにはそれが「俺は本物だー!」と絶叫しているように聞こえた。
「だから、思いっきりやってOKだ。むしろ派手にやっちまえ」
衆目は有るが、誰もそれを現実とは思わずに見る。むしろうそ臭いほどに派手な方が嘘らしく見えるのだろう。セブンは己の武器の中でも派手な一つ、チェンソーを懐のマントから取り出した。観衆は蠢くチェンソーを見て歓声を上げた。
「ならば、ヤツの臓物でこの通りに彩を与えてやろう」
「いらん、そんな彩いらん。とにかく俺に任せろ、観客は俺がうまくいじってごまかしてやる」
Gが足をむりやりもとの形に戻して、立ち上がる。折れた足は既に復活を遂げていた。
「ならばここは頼んだ」
チェンソーの手持ちの部分でセブンは駆けてきた怪物を殴り倒す。倒れ付す怪物へ刃を向けるが、怪物は一瞬で起き上がりそれを許さない。牙と刃が交錯した。
「えー皆様、警察に通報とかはお止めください。これは許可を取った宣伝活動です。ちょっと派手かもしれませんが、重ね返し警察に通報とかはお止めください」
死闘を背にGが観衆に向け叫ぶ。なお、許可などとっているはずが無い。重ね返しと言っている辺りに通報するなと言う必死さが見て取れる。
「宣伝ってなんのー?」
観客からの当然の疑問が投げかけられる。
「それは……イベントで販売する「肉雑炊」新刊のお知らせだ!」
「どのイベントに参加するんですか?」
「現在参加確定なのはCOMITIA78のみ! なお、コレがサークルとしての初参加となります。当選すれば冬コミにも参加します」
「殺人鬼押されてるぞ!」
「あのバケモンすげえ、チェンソーを食いちぎりやがった……」
「新刊のタイトルは?」
「現在のWEB公開版のタイトル『黒い虫と殺人鬼が』のままで行こうかという話でしたが、『近世百鬼夜行』に変更となりました」
「なんでですかー?」
「いや、なんか管理人と名乗る人物が無言で嫌がったので。なお、その人が提案したのは『ゴキゴキブーリ』でした。俺をタイトルに使ってもらったのはありがたいのですが、死ねばいいと思います」
「押し返した押し返したー」
「逆に馬乗りになって……鉈だ、こんどの武器は鉈だ!」
「だいたいどれぐらいの文量なんですか」
「120P前後の文庫サイズ。なお、挿絵などは無し、文章のみです」
「地味ですよね、絵がないと」
「彼らに書けるのはロビンマスクか水木作品によく居るメガネの人だけなんで。次回までにはどーにかしたいと言ってますが、どーだか」
「鉈が怪物の首に食い込んだ!?」
「すげーリアルだ。金かかってんじゃね?」
「販売価格は?」
「今のところ700円を予定しています、一応印刷所に出す予定なのでそれくらいには。減額、増額の可能性もあるので、あくまで目安として。正式発表はするとは言っています」
「内容は?」
「『黒い虫と殺人鬼が』と地続きというか同じ路線の話です。主人公はあそこでたけ狂っているセブンと言う名の謎の妖怪と、俺ことゴキブリ妖怪コックローチGです。登場妖怪に関しては禁則事項です。ただ、世の中敵ばかりじゃないなあと」
「キター! チェンソー来たー!」
「どっから取り出したんだアレ? さっきぶっ壊されたのに」
「野暮な事言いなさんな、そろそろ決まるぜ!」
「当日スペースには誰が居るんですか?」
「代表者&管理人の肉雑炊コンビが売り子やっています。キャッチフレーズは『コミティアで僕らと握手!』。バカですよね」
「スゲー真っ二つだッ!」
「ヒッツカラルドォ!?」
「なんつう気合入った宣伝だよ。血まで吹き出てるぜ」
怪物は死に、死骸の傍にはセブンが居た。
血まみれのチェンソーを携える殺人鬼然とした姿には、作り物の宣伝と思い込んでいた観衆の目を覚まさせる何かがあった。
緊張した空気を察し、Gはセブンの方へと寄っていく。そしてセブンの顔を隠す布をいきなり剥いだ。冷徹な美人であるセブンの素顔が露となった。
殺人鬼の中の人は美女なんだ、そんな事が明らかになり酔客たちは歓声を上げる。シリアスな空気はそこで完全に吹き飛んだ。
「いきなり何をする」
「まあいいじゃねえか。セブン、閉めの挨拶まかせたぜ」
「え……。私、そういうの苦手なんだが」
明らかに嫌がるセブンをGは観衆の前に突き出す。歓声が一層大きくなった。
「こんな歓声聞いちゃあ俺じゃ閉められねえよ。じゃあ、あとは任せたぜ」
セブンが何か言い終わる前にGは羽を広げて飛んでいってしまった。もう、セブンが閉めるしかない。セブンは観客の方を見据える。
「えーと。頑張りますので、応援してください」
ペコリと似合わぬ可愛らしいそぶりで頭を下げる。か細い声だが、何故かその声は群集に響き渡った。群集が無駄に盛り上がる。イエーイだの頑張れーだの、みんな程よく酔っていた。
顔を少し赤くしてセブンは街頭へと消え去る。怪物の死体は上手いこと勝手に燃え上がっていた。これなら証拠は残さず消える。
この一件はハロウィンの良い出し物として、人々の記憶に残った――
おまけ
「ようし、俺らもこれで同人誌デビューだぜ!」
「やりましたねアニキ。俺らもアニキを引き立てますぜえ」
「はは、嬉しいこと言ってくれるねえ。ん、どうした、そっちは難しい顔して」
「おうおう、後輪の。めでたい日になんでい、そのシケた表情は」
「アニキ、前輪の……言いにくいんだが」
「ん? どうした、何でも言ってみろよ」
「俺ら出てませんよ」
「……え?」
「いや、だから出てないんスよ」
「マジ?」
「嘘だと言ってよ、後輪の!」
「悲しい話ですが、マジなんすよ」
「……」
「……」
「アニキと前輪のが固まっちまったよう! しっかりしてくれよう!」
さもありなん。
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