- 2012.10.03 Wednesday
- 小説
「ってワケで安心してたらー……なんと、夢でも包帯女が追いかけてくる! 包丁を振りかざして! 駄目だ、もう逃げ切れない、あー! 三日後、音信不通のまま学校にやって来ない男の様子を友達が見に来たら、男はベッドの中で冷たくなってたってね」
語り終えた先輩は、得意げな顔でこちらを見てきた。ひょっとして、怖がらないといけないのだろうか。
暇だから怖い話をしてやる!と先輩が言い出した時から、嫌な予感がしていた。元々、人をグイグイ引っ張っていく、大らかで明るい先輩。大らか過ぎて話の細かい筋が微妙にあやふやで、明るい口調は怖さを半減させる。悪い人ではないんだが、この先輩、怪談の語り手としての素養は0に近い。
全部話を聞いても、怖いというかあやふやだなあ、こんな感想しか出てこななかった。
“男が土手を歩いてたら、いきなり包帯女に追いかけられる。なんとか逃げ切ったけど、夢まで追いかけてきた女に殺される”
起承転結の起の半分から先、しばらくスカスカで、結でようやく話としての体裁を整える。こんな感じだ。もうちょっと、女の足の速さや執念深さ、どうやって男が逃げ切ったのか。承と転に力を入れるだけでも、ガラリと変わるだろうに。
「どうも、あんまりビビってないみたいだな。でも、話はまだ終わってないんだ」
どうにも、あまり怖がってないことがバレてしまったらしい。いや、いくら終わりでないと言ったって、蛇足以上の効果が見込めるオチがあるのだろうか。
「この話を聞くと、聞いた奴の夢にも包丁女が出てくるんだよ! おいおい、やばいよ、やばいよ。今日、寝れないぜ?」
あなたの夢にやって来る、自己責任とは中々面白いオチを持って来てくれたものの。
「やばいよ、やばいよは流石にないですよ。台無しですよ」
思わず、そんな余計なことを口走るくらい、台無しだった。
布団に潜り込み、気づけば土手にいた。真っ暗な、夜の土手。街灯も何もないのに、何故かよく見通せる。真っ直ぐ、走りやすそうな道が土手の上を延々と続いている。
実にまいった。あんな適当な話で、呪われてしまうとは。どうやらこれから一晩中、走るハメになるようだ。あまりに導入が間抜けだったせいで、やけに冷静になってしまう。さて、包丁女は何処から出てくるのか。先輩の話だと、土手の草むらから、ガサリと出てくると聞いたが。
そして話の通り、土手脇の草むらが怪しく揺れた。だが、それだけ。揺れただけで、何も飛び出してこない。少しおののきながら、背伸びして草むらを見下ろす。
なるほど。こういうことだったのか。
草むらの中で、包帯女が唸っていた。包丁をせわしなく動かし、足をじたばたと。彼女には、片手片足がなかった。それどころか、身体の至るところが何やら不恰好に、欠けている。彼女の造形は、いい加減だった。いい加減すぎて、走るどころか動けないのだ。
先輩のいい加減な話で招き寄せられた結果、包丁女はいい加減な身体で、人の夢にやって来た。彼女は動けぬまま、真っ黒な眼窩を僕に向けている。目の玉も、彼女は欠けていた。怨みや殺意よりも、いい加減にしろよと、責め立てられている気分だ。いい加減なのは、僕じゃないのに。
それにしても。なんて、いい加減な話だ。
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