- 2012.09.02 Sunday
- 小説
ここは、極彩色の地獄であった。
中国の女官によく似た使い魔、群れる彼女らの布陣を火線が一直線に切り裂く。続けざまに放られた手製の爆弾が、使い魔を焼いた。
続けざまに降り注ぐ、矢の雨。回避不可能の豪雨を、彼女は時間を止めることでくぐり抜けた。回避成功を祝うかのような交響曲が戦場に響く。暁美ほむらは、息切らせ、辺りを見回す。彼女を取り囲む、使い魔の群れ。ももいろさんと呼ばれる弓を使う個体。ただ曲を奏でるホルガー。踊り続けるクラリッサ。多種多様な使い魔が、彼女一人を見下ろしていた。
暁美ほむらという少女の心は、極厚の包囲を目にしても揺らがなかった。この程度で心を揺らがせていたら、この地獄をくぐり抜けることは出来ない。
そんな、彼女の心を搖らがせる為に現れたのは、使い魔の主達であった。クラリッサを踏み潰し現れる、人魚の魔女オクタヴィア。虚ろな蹄の音とともに現れる、武旦の魔女オフィーリア。異形である青と赤の魔女は、それぞれが持つ武器の切っ先を、ほむらに向ける。動こうとしたほむらの足が、何かに引き止められた。
片足に絡みつくリボン。いつの間にか背後に居並んでいる、赤色の髪と槍を持つ、使い魔あかいろさんの軍団。一体のあかいろさんの手の上で、小型の魔女、おめかしの魔女キャンデロロが揺れていた。
時間停止を以ってしても、このように地面に繋ぎ止められてしまっては、脱出不可だ。オクタヴィアが剣を振りかざし、オフィーリアの馬が鳴き、使い魔が一斉に武器を構える。絶体絶命と呼ぶべき状況。それでもほむらは、悲鳴の一つも上げなかった。嘗ての仲間の殺意を、一身に浴びても。
放たれた矢が、キャンデロロを貫く。小さなキャンデロロの身体が、あかいろさんの手から落ちる。消滅していくキャンデロロを見て、ももいろさんの一人が泣いていた。
「ごめんなさい……マミさん……」
ももいろさんではなく、とてもとても、ももいろさんに似た少女がももいろさんに混じっていた。鹿目まどかは、矢を放ったままの姿勢で泣いていた。魔法少女の宿命を負ってから、何度泣いたことか。
「跳んで! まどか!」
キャンデロロの拘束が解けたほむらが、まどかに指示を飛ばす。
指示通り、高台から飛び降りたまどかが居た場所を、ももいろさんとあかいろさんの一斉攻撃が襲う。何故か主と共に消滅しなかった使い魔たち、熾烈な攻撃は旧友に殺された主の怒りに見えた。
まどかだけではない、ほむらに襲い来るのは、オフィーリアの突撃とオクタヴィアの攻撃。彼女が選んだ選択肢は簡単なものだった。自分が所持する、爆発物の一斉投擲。爆風と爆炎が、歪んだ世界とその場に居る者全てを包み込む。
爆煙が風に流され、無傷のオフィーリアとオクタヴィア、細かな傷と土埃にまみれたほむらと寄り添うまどかが現れた。時を止めても、自爆まがいの攻撃からの完全なる回避は不可能だった。使い魔は、爆発の範囲外に居たせいか、殆ど数を減らしていない。
魔女二人は、ゆっくりと動き始める。だが、二人の魔法少女が、動くことはなかった。
「これで、いいんだよね!?」
「ええ。これでいいのよ」
まどかとほむらの目線は、魔女ではなく地面に向けられていた。輝く緑色の地面に、ヒビが入っている。先ほどのほむらの自爆は、この大地を搖らがすためにあった。
この大地は、牢獄。ただ一人を捕らえるための、鉱石の牢屋。この地面の下に囚われている人物を開放する。それが、多数の魔女と無数の使い魔を突破し、ここまでやって来た二人の魔法少女の目的――。
「でも、まだ少しだけ、足りなかったみたい」
ほむらは、矢を拾う。先程、キャンデロロを貫いた、まどかの矢。足元のヒビめがけ、矢を突き立てるほむら。亀裂から光が漏れ、大地が隆起する。光の柱が、大地に現れる。柱の正体は、牢獄を破壊し現れた男の軌跡であった。力と速度が、軌跡を奇跡同然の光景へと進化させる。
地割れから逃げた二人も、魔女も使い魔も、宙に浮く奇跡の男を見上げていた。
赤いマントが、風に揺れている。優れた肉体を覆う、青の衣装。胸部には、黄色の逆三角形の上に、Sと書かれたエンブレム。人を超えた者、超人。原初にして最強と呼ばれる超人こそが、彼。
彼の名は、スーパーマン。
まず着地の衝撃だけで、使い魔の半分が消し飛んだ。スーパーマンが殴る、蹴る。それだけで、使い魔が10の単位で弾けて消える。強大な力の前に、数の暴力は無力であった。
自らの身体を変形、突進してきたオフィーリアの槍が、背後からスーパーマンを狙う。振り返ったスーパーマンの胸部を槍が突く。槍が弾け、オフィーリアの身体が乗ってる馬ごと浮く。猛進と巨大な槍を持ってしても、スーパーマンの胸筋を貫くことは不可能だった。
投擲した車輪が砕け、剣が真っ二つに折れる。武器を失ったオクタヴィアの顔面にスーパーマンのパンチが炸裂する。三つ目の仮面が砕け、中からなにやら黒い液体が溢れでてくる。オクタヴィアは液体をまき散らし、仰向けに倒れていく
ゆっくりと起き上がろうとしているオフィーリアは、四体に増えていた。幻惑の力で増えた魔女、そんな一体のオフィーリアに、スーパーマンの息吹がかかる。空気を肺で圧縮し、液体窒素と化すスーパーブレス。氷結の息は、オフィーリアを頭部の灯火や馬ごと凍りづけにする。立ち上がることなく消滅する、三体のオフィーリア。スーパーマンの目から発せられたX線により、オフィーリアの本体は見抜かれてしまっていた。 むんずと、スーパーマンはオクタヴィアの尻尾を掴む。オクタヴィアの巨体が、回転しながら宙に浮く。分銅のように、振り回されるオクタヴィアの身体。回転が限界になった所で、円の動きが縦に変わる。氷漬けのオフィーリアに、オクタヴィアの身体がさながら鞭のような勢いで叩き付けられた。二体の魔女は、力のままに粉砕される。
あまりに圧倒的な力と能力。唯一の弱点であるクリプトナイトの牢獄に閉じ込められていたのに、全く力に衰えがない。もしかしたら、あれでも力が衰えているのだろうか。だとしたら、瞬く間に魔女二人と使い魔の群れを倒した彼を称するべき言葉は、もはや超人ではなく――。
「化物ね」
破壊から逃げ延びたほむらは、率直な感想を述べた。
「ほむらちゃん。そんな言い方、ダメだよ!」
隣にいるまどかは、そんなほむらをたしなめる。しかしスーパーマンは、二人の少女に構わず、遥か上空から周囲を見回していた。超人的な視力は、世界の半分くらいならば容易に見渡せる。
「何が、あったんだ……?」
脱出から戦闘、全ての野蛮な行為を終えた後、スーパーマンが初めて口にした台詞は、困惑であった。ある事件に巻き込まれ、絶望のまま外界と遮断されて。その間に、世界は一部様変わりしていた。
まるで童話の世界のようにサイケデリックに彩られた日本列島。列島を埋め尽くす、魔女と使い魔。倒した筈のキャンデロロやオフィーリアやオクタヴィアが複数存在するというありえない事象。
「結界を破壊するほど、力を増し増殖した魔女」
ほむらの呟きを、スーパーマンの耳はしっかりと聞き取っていた。たとえ、ほむらが地球の裏で呟いていても、注意さえしていれば聞き取れる耳だ。
「オートメーション化された、ソウルジェムをグリーフシード化させる過程。膨大なエネルギーを発生させる為の狩場となった日本。同一個体の魔女が居るという矛盾」
言葉が続く度に、スーパーマンの高度が下がる。矛盾まで言葉が進んだ時、彼は二人の少女の間近にまで迫っていた。
「全ては、あの男のせいよ」
あの男という言葉に、ほむらは力を込めていた。インキュベーターが作り上げた少女のための明るい地獄を、更に拡大させた、あの男。恨みや憎しみを抱かぬ理由は無かった。
「そうか。あの男の仕業か」
テレパシーでほむらの思考を読んだ……ワケではない。スーパーマンに、テレパスとしての能力はない。超人は、万能の神でない。
これはただの直感、ここまでの物を仕上げ、自分の弱点を熟知している男と言えば、一人しか居ない。
「君達は、私に何を望む?」
「何も」
目的があっての開放ではなかったのか。ほむらの答えは、拍子抜けするものだった。
「今ここで、あなたに望むことは、ないわ」
ほむらは、手に装備した盾型の砂時計を撫でた。
「久々に、そういうことを言われたな」
スーパーマンは苦笑する。超人としての力を求められたことは多々あっても、こうして取り付く島もないくらい、求められないのは久々だ。ある意味、新鮮だった。
「あの……」
ほむらに代わり、まどかが恐る恐る話しかけてくる。
「なんだい?」
ほむらとは違い、少女らしいまどかの対応。思わず、スーパーマンの口調も優しくなった。
「わたしたちに、付き合ってもらえませんか?」
「付き合うか……別に、君達を逃がすことも出来るが」
三人を、先ほどの包囲陣が薄く思えるほどの魔女や使い魔が取り囲んでいた。それだけではない、日本全体が蠢いている。日本を住処とし、結界としている魔女や使い魔が、三人めがけ集結しているのだ。
「まだ日本には、多くの人が残っています。わたしは、その人達を助けたいんです。最後の魔法少女として」
既に、赤黒く染まった円環の理から外れ、自分の意志で行動している魔法少女は、まどかとほむらだけとなってしまっていた。
こうやって自分達が魔女を引きつけておけば、助かる人、逃げられる人も出るだろう。切なくも、勇敢な決断だ。
「分かった。ならば私も、出来る限りのことをしよう」
大きな手が、僅かに震えるまどかの頭を優しく撫でる。彼女たちのために戦いぬき、もし終わる時が来たとしたら、なんとしてでもこの二人だけは助けよう。表面上はまだ最強を保てているものの、クリプトナイトの毒は、スーパーマンの身体の奥深くを、助かりようもないぐらいに蝕んでいた。
矢をつがえ、弾倉を入れ替え、瞳を赤く輝かせる。二人の魔法少女と一人の超人、最後の戦いが始まろうとしていた。
絶望を生き抜いた少女は時を超える。もしかしたら、英雄であり超人である彼の存在により、全てが上手くいくかもしれない。そんな淡い希望を抱いて。
だが、その希望には絶望が付随していることを知っていた。だがもし、その絶望を自分が排除した場合、果たして世界はどうなるのだろうか。
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