- 2012.08.06 Monday
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この夜のNYの裏路地で、最も忙しなく動いているのは、男の口だった。
「ねえ君、子供の頃教わらなかったの? 刃物を人に向けちゃいけない、ましてや投げちゃいけないって。僕は、五歳の時には教わってたけど」
空中で身を捩りながら、自らめがけ飛んで来る黒鍵を全て回避する。スパイダーセンスがあれば、銃弾よりも速く飛んで来る剣を回避することも、不可能ではない。
「ああもう、君が投げて僕が避ける。おかげでここらのビルが、ハリネズミだ。痛いのも嫌だし、管理人に怒られるのも嫌。だからさ、いい加減、諦めてくれない?」
不可能ではないが、決して容易なことではない。神経がすり減っている様を隠し、スパイダーマンはビルの壁面に貼り付いたまま、敵を見据える。
法衣の彼女は、今までの経験に無い敵。強敵だった。なにせ、冷静な上に力強い。いくら口でからかっても、全く精神を揺らがさぬ冷徹さを持っている。きっと既に、余裕綽々という演技も、見破られてしまっている。
スパイダーマンにとって、この埋葬機関第七位、シエルは至極相性の悪い相手であった。
ニューヨークで起こった、連続ヴィラン襲撃事件。現場で目撃される、謎の男を追うスパイダーマンの前に現れた、埋葬機関の代行者、シエル。それぞれ別の目線で事件を追う二人。やがて視点が二人の視点が1点に集約したその時、何かが始まる――。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。このアングルなんか、三面どころか一面トップでも耐えうる出来ですよ?」
「ピーター。お前は街を歩いているのか? 歩いているのなら、耳を澄ませて、よく聞いてみろ。誰も、蜘蛛男の話しなんざしていない。いま話題なのは、あの男だ! あの男の写真ならば、買ってやる!」
「よく来た。早速仕事だ。このピーターと一緒に、あいつのことを調べに行け。えーと、えーと……」
「シエルです」
「そうだ! シエル! ピーターはともかく、お前には期待しているからな。頼むぞ!」
獣の声が聞こえた。事件現場から獣毛らしき物が採取された。男は銀髪で、灰色のコートを羽織っていた。これらの情報から出てくるのは、一人の男の名前。喰らうという表現が、とても似合う吸血鬼。
「コナーズ博士、僕の言う通りと言うことは」
「ああ。この物質、生命体と呼ぶべき彼の一部は、君の予想通り、あの生物と酷似した習性と生体分子を持っていたよ」
「駄目だ! 彼はもう、コナーズじゃない!」
言葉より先に、スパイダーマンのウェブがシエルめがけ発射される。ウェブにより、引っ張られるシエルの身体。彼女の居た場所を、禍々しく歪んだ爪が通過した。
「グルルルル……」
コナーズ博士の声は、もはや人の声ではなかった。
獅子、虎、豹、熊、大蛇、黒い獣達は、一斉にスパイダーマンめがけ襲いかかった。
「こんなことなら、もっとクレイヴンと仲良くしておくんだったよ」
パンチが獅子の頚椎を砕き、天井から迫っていた猿を、文字通りキックで一蹴する。
リザードは壁に張り付き、尻尾で捕まえたシエルをぶら下げ、顔を寄せた。リザードの見開かれた瞳と鋭い牙が、テラテラと光っている。
「馬鹿め、引っかかったな」
今まで、叫び声しか出て来なかったリザードの口から、突如重低音の声が出て来た。
「喋れたんですね、貴方」
「なんてこった。僕の予想も当たっていて、彼女の考えも当たっていた。せめて、両方外れていれば良かったのに」
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「あ。シエルだ。あっせんぶる!」
「なんですか、その妙な挨拶!?」
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