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ヘビィガンナーの憂鬱

 湯けむりで曇るから、ユクモ村と言うのであろうか。集会浴場やあちこちの温泉は、村の人やハンターで常に埋まっている状態。皆、和気藹々と世間話や情報交換を重ねている。
 そんな明るく煙る村で、部屋の戸や窓全てを締切り、僅かな明かりだけで作業している人間がいた。今の彼女にとっては、煙も喧騒も、作業を邪魔する雑事に他ならない。
 太刀の刃に砥石を滑らせ、ほんの僅か、窓の隙間から差し込んでくる光を反射させる。質も良く手入れも行き届いた太刀は、実用品ながらも美術品では出せない、重厚と戦歴に満ちた美しさを思うがまま放っていた。
 太刀を鞘に仕舞い、部屋を覆っていた暗幕を外す。部屋の床は、様々な武器で埋まっていた。片手剣、大剣、ランス、ガンランス、狩猟笛、双剣、スラッシュアックス、ライトボウガン、ヘビィボウガン、弓。ハンターが使うべき武器が、至る所に並んでいる。笛やランスの数が少なく、二種のボウガンがやけに多いのは、持ち主の趣味か。
 自分が所持する全ての武器の点検を終えた彼女は、こう結論づけた。
「ポッケ村とユクモ村、現状武器の技術においてはユクモ村が一歩リードしている。だが、しかし」
 急に落ちる声のトーン。先程までは武器を冷静に分析してたであろう口調だったのに、急に恨みや怒りを感じさせる、怨念溢れる重い口調に変わった。
「ボウガンの技術においては、残念ながらポッケ村の方が優れていると言わざるを得ない。なんて、悲しい話だろうか。これは、悲劇だ」
 彼女の名はヘイヘ。かつて、ヘビィボウガンを友とし、雪深きポッケ村で数々の怪物を狩猟してきた、純粋たるガンナーだ。そんな彼女にとって、優秀なユクモ村の装備群は屈辱的な品揃えだった。
 友であったヘビィボウガンの運用を諦め、ライトボウガンに転向したという事実も、彼女の妙な恨みを加速させていた。

 砂原。乾きが死を呼び、乾きをなんとも思わぬ獣が跋扈する地帯。全身をジンオウガ装備で固めたヘイヘは、じっと砂浜の真ん中で待っていた。じりじりと常時焼ける砂。砂山が隆起し、襲いかかって来たのは唐突な事だった。ヘイヘは転がることで、砂山の奇襲を回避した。
「今のボウガンに足りない物、それは。反動、装填、扱える弾数の減少、そしてなによりッ! 速さが足りない!」
 ティガレックスの顔を模した巨砲、轟砲【虎頭】から氷結弾が砂山に向け放たれる。総数、三発。舌打ちと共にリロードをするものの、その速度は遅かった。
 再び襲い来る砂山。砂が剥げ、中に潜む怪物が姿を表す。砂の海に潜む海竜種、潜口竜ハプルボッカ。嫌らしいほど巨大な口が、ヘイヘを飲み込もうとしていた。
 再びヘイヘは回避するものの、爪に引っかかり弾き飛ばされる。砂上をUターンしたハプルボッカは、弾き飛ばした獲物を今度こそ喰らわんと、更に口を大きく開け猛襲してきた。
 ゆっくり立ち上がったものの、ヘイヘは膝を着く。その姿は、もはや命叶わぬと、己の身を怪物に捧げているように見えた。
「こんなモノで、数多くの利点を捨てた言い訳になるものか」
 轟砲から放たれる氷結弾。今度は三発ではなく、無数。多少の照準のズレはあるものの、弾は全て、大口を開けたハプルボッカの喉へと吸い込まれて行った。
 ハプルボッカの猛進と、轟砲の猛射。勝負は両者の距離が限界点に到達した時に決まった。先に根尽き果てたのは、遂に喉を破壊されてしまったハプルボッカだった。嗚咽同然の鳴き声をあげ、砂浜に身を投げ出してしまう。
「特殊技法しゃがみ撃ちに、本気というスキル。悪くはないけど、安定はしないな」
 ヘイヘの右手が、激しい光を放っていた。一定の時間ごとに、持ち主に普段より一段高い力を与えるスキル、本気。現状、科学的な解明は当然なされていないものの、ジンオウガの素材や装備がこの力を宿すという点から、かの獣の放電と共に発する怒りの加護ではないかと言われている。
 再び膝を着く。いや、しゃがむヘイヘ。照準部を捨て、弾倉を直結。体勢を安定させることにより、ブレる照準を力づくで抑えこむ技法、しゃがみ撃ち。機動力を犠牲に、簡易的な自動装填を実現させるという、頭脳と経験、そして何より度胸を必要とする手法だ。
 動けぬハプルボッカに披露される、本気のしゃがみ撃ち。Lv2に威力は劣るものの、跳弾という特徴を持つ通常弾Lv3が、だらしなく広がるハプルボッカの口に叩き込まれる。口内という空間を好き放題に跳ね回る、通常弾。
 数秒後に立ち上がったヘイヘは、死亡したハプルボッカからの剥ぎ取りを始めた。


「通常弾や拡散弾の装填数はのきなみ上がり、氷結弾や斬裂弾の装填も実現。反動もやや小でしゃがみ撃ちも可能と、のきなみ性能は上がっている筈なのに。火力の減少と装填速度の低下が、持ち味を全て殺してしまっている。比較的マシな轟砲でさえこれだ、涙が出てくるね」
 ガンナーに必要なのは、“間”だ。間があるから、相手の弱点を狙え、余裕を持って回避が出来る。間をいう時間を稼ぐ基点となるのは、リロードタイムだ。リロードとは、動けず撃てず逃げられずの三重苦を背負うこととなる酷な時間だ。当然、装填速度が遅ければ遅い程、三重苦の時間は長くなり、生命線である間が減ってしまう。
 ユクモ村のボウガンは性能自体は優秀なものの、装填速度は何故か遅い物が多かった。この一点だけで、数多の利点が大きくスポイルされてしまっている。例えばヘイヘが使っている轟砲系のボウガンはポッケ村でもユクモ村でも名前と外見は一緒なものの、ポッケ村の轟砲は迅速なリロードが可能で、ユクモ村の轟砲は普通以下のリロード速度と、大きな差がある、特にヘビィボウガンに関しては、普通の装填速度さえ希少だった。
「罠の拘束時間や閃光弾の効果が昔のままならば、しゃがみ撃ちも有効活用できるんだけど、現状一人で運用するのはリスクが高すぎて。シールドを使えば安全にはなるけど、趣味じゃないしなあ」
 ヘビィボウガンにシールドというパーツは存在せず、パーツとはパワーバレルのみ。病的にも思える、ヘイヘのモットーだ。大艦巨砲主義こそ、彼女が最も好むものである。
「まあ正直、さっさとポッケ村に帰るのが吉だと思うんだけど」
 うーんと悩むヘイヘ。悩む素振りは見せているものの、彼女の中では、とうに結論は出ていた。
「いやあ、でも。温泉と酒が美味いのがねえ……。あ、すいません。お酒のお代わりお願いします。ポッケ村に温泉が出ない限り、帰る気が出てこないよ」
 ヘイヘは公共浴場の温泉に浸かり、徳利とお猪口がのったお盆を浮かべて楽しんでいた。温泉の煙や喧騒は時には邪魔だが、所詮時にはだ。武器の点検のような所用がなければ、ヘイヘも存分にユクモを楽しんでいた。
「ライトボウガンに関しては、ユクモ村の技術も悪くないしね。何か覚悟を決めなければいけない相手が居ない限り、このままでも大丈夫でしょ」
 酒と温泉のせいか、ヘイヘの矜持もいい感じで蕩けかけていた。


 その頃、集会浴場の受付では妙な議論が行われていた。
「これは、ユクモにあのモンスターが来訪したということでいいんじゃないでしょうか」
「いや。亜種でしょ、元々居るアレの亜種。新発見、新発見」
「えーでも。どう考えてもあっちのアレじゃないですか」
「うーん、埒が明かないなあ。二人ともユクモから出たことないから。他の地方から来たハンターさんに調査を頼んでみる?」
「そうですね。それがいいです。あ。あそこの温泉でご機嫌なハンターさんは、確かポッケ村にいたことがあるはずです」
「なら、あの人に頼んでみましょうか。酔いが覚めた頃に」


 彼女が覚悟を決めるべき機会は、すぐそこに迫っていた。

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