- 2010.10.31 Sunday
- 小説 > Original
「トリック・オア・トリート!」
「ほらよ」
我家の玄関に飛び込んできたカカシに、僕はチーカマを投げつけた。
「……チーカマってツマミだろ?」
「血迷ったスーパーなら、時たまお菓子売り場で売ってるぞ」
カカシは納得のいかない顔で、持ってる袋にチーカマを押し込んだ。袋には、バラエティ豊かなお菓子が沢山詰まっていた。
「一体どれだけ回ってきたんだよ」
「知り合いの家は全部だな。みんな、よく出来た仮装だって褒めてくれたぜ。なんとなく、カカシにはハロウィンのイメージがあるだろ」
「ふうん」
ハロウィンに似合うのは、ワラで出来た洋風のカカシであって、君の仮想している三度笠にどてらの和風カカシじゃないよと、正直に言ってやりたい気持ちを抑える。
まあでも言われるだけあって、カカシに仮装した彼は、カカシそのものに見えた。通学路の脇にある古びた田んぼに野ざらしのカカシそっくりだ、というか。
「ひょっとしてお前、あのカカシから色々貰ってきたんじゃないだろうな」
「い、いやー。三度笠やどてらをちょっとね! いいじゃんか、あの田んぼ、持ち主が死んでるんだし。カカシだってあのまま野ざらしにされるよりはいいだろ」
「まさか、引っこ抜いてそのまんまかよ!」
コイツ、バカだとは思っていたが、そこまでバカだとは。いくら持ち主が死んでいるとはいえ、不法侵入じゃないか。
「明日には、ちゃんと装備返して立たしておくよ。じゃあ、またな。仲間も待ってるんで!」
僕が呆れているのに気づいたのか、彼はそそくさと帰っていってしまった。それにしてもハロウィン。ウチの町は比較的ノリが良いから許されているけど、東京辺りじゃ不審者として逮捕されそうなイベントだ。
彼でなく、みんなハロウィンを楽しんでいる。そして僕は、チーカマを投げ続ける。なんてシュールな光景。
これが本当に、ハロウィンという代物なのだろうか。
「ただいま……ってこら」
帰ってきた姉に、ついチーカマを投げてしまった。姉はチーカマをキャッチすると、僕の顔面に叩きつけた。なんでこう、冷めた口調のクセして、反撃だけはやけに感情的なのだろうか。
「いつの間に、ウチの挨拶はチーカマを投げつける挨拶に変わったの?」
「今日限定だよ、姉さん。今日はハロウィンじゃないか」
「……まあ、あんたはそうやって生きればいいさ」
なにやら姉は、可哀想な人を見る目をしている。どうやら、姉はチーカマをお菓子と認められないらしい。相変わらず、認識と胸囲が狭い人だ。
「それにしたってハロウィンかあ。いいねえ、若いっていうのは。吸血鬼やミイラ男や魔女、珍しいものにみんな仮装すればいい。ありきたりな物はダメ。個人的には、和風より洋風のほうがいいけど」
まだ若いのに、年寄り臭いことを言う姉だ。
「洋風どころか、和風のカカシで来たバカもいるけどね。ほら、学校の途中にあるカカシ。アレの真似をして来たバカもいたし」
はははと笑うと、姉は急に真剣な顔をしていた。何かカカシに思うところでもあるのだろうか。
「カカシって……あのカカシの真似をしたの?」
「あ、ああ。笠やどてらを勝手に借りてきたって」
あまりの真剣な表情に気圧される。こんな姉の様子、早々見たことがない。就職試験の前日でも、もっとマシな顔をしていた。
「ちょっと電話かけてみなさい」
反論さえ許されぬ迫力。言われたとおりに、問題のカカシに電話をかける。留守番電話センターには繋がれなかったものの、何度鳴らしても彼は出なかった。
「仲間と一緒って言ってたから、遊んでるのかも」
「それならいいんだけどね。どうやら今日は、良く眠れそうにないよ。疲れてるのに」
そう言って、姉は風呂へと向かった。
「そうそう。明日、そのカカシの彼が行方不明になってたら、教えてね。そうでなくても、なるたけ早く帰ってくるから」
やけに気になる一言を残して。
「行方不明だ!」
「やっぱりね」
驚いて報告する僕と、気怠そうな姉。昨日、カカシは家に帰ってこなかった。先程、ご両親が何か心当たりがないかと訪ねてきたばかりだ。姉も今日は、早く仕事から帰ってきた。
「まったく。ありきたりな物に仮装なんかするからよ」
溜息をつき、嘆く姉。
「ありきたり?」
「だってそうでしょ。ハロウィンは百鬼夜行が公的に許される唯一の日。西洋の連中ならともかく、日本の、しかもカカシなんかに化けたら仲間と思われるに決まってるじゃないか。アレだって、九十九神みたいな物だし」
「いや。仲間って……」
いくら人型とは言え、カカシなんて物じゃないか。ハロウィンだろうが盆暮れ正月だろうが、動くはずがない。
「行くよ」
「何処へ?」
「カカシを見に」
姉は僕の襟首を捕まえると、部屋を飛び出した。
全速力で10分少々、姉と僕は、身ぐるみ剥がされたカカシがいるであろう、荒れた田んぼに到着した。他の青々とした田んぼにも、多少真新しいカカシが立っていた。
「あれ?」
見れば、目的の田んぼにもカカシが立っていた。それも、前より新しいカカシが。周りの田んぼのカカシよりも新しく見えるぐらいだ。
姉は止める間もなく、他人の畑にずかずかと入って行った。俺の手を引っ張ったまま。頼むから、犯罪行為に実の弟を巻き込まないでくれ。せめて一言聞いてくれ。
「カカシを後ろから抱えていて。私は、この縛ってあるのを外すから」
「姉さん!?」
ハロウィンは昨日終わったのに、この人は何をしようとしているのか。なんで後追いで、カカシの衣装をひん剥く、それどころかカカシを盗もうとしているのか。
「あーもう、よく見なさい。ガリガリすぎて分からないんだろうけど。なんなら触りなさい」
姉は俺の手を、カカシにピッタリと貼り付けた。カサカサだ。でも、やけにリアルな肌触りだ。カカシといえば、木っ端や余り物で作るものじゃあなかろうか。これではまるで、剥製……。
「うわっ!?」
そういうことかと俺は気づいた。急いで姉の指示に従い、カカシを引っこ抜き地面に寝かす。
「まさかカカシから物を頂いただけじゃなくて、壊していただなんてね」
田んぼのあちこちに散らばる残骸。どうやらあいつは、元のカカシから物を貰った後、そのカカシを壊したらしい。たぶん、その場のノリで壊したのだろう。こんなもん、直してやるのはめんどくせえと。
「だからバチが当たったとでも言うのかよ。でもこれは、やりすぎだろ!」
彼は、壊したカカシの代わりになっていた。血も水分も全て抜き取られカサカサに、目も口も荒い糸で縫いつけられてる。一応脈はあるものの、生の気配を一切感じ取れない。こんな状態で彼は、田んぼにカカシとして立たされていた。地面に刺さった木の十字架に、仮装のまま貼付けにされ。
「バチなんかじゃないよ。彼を仲間だと思った連中が、彼をカカシとして、カカシ不在の田んぼに刺して行った。それだけ」
「それだけって、なんでこんなにカサカサなんだよ!」
「そりゃあ、カカシが瑞々しくちゃあ、おかしいでしょ」
「目と口が縫いつけられているのは!」
「カカシに目と口が必要なの?」
そりゃあ、カカシに目と口は必要ないけど……そういう問題じゃあないだろ。話が通じてるようで、全く通じてない。というか大きくズレている。
「ほら、病院に担ぎ込むから、背負って。一生カカシもどきだろうけど、カカシになるよりマシだろうし。ここは野ざらし、あっちは病室。まだマシだ。明日までほっとけば、私でも気づけなかったかもね」
ほらほらと促され、僕はカカシとなった友達を背負う。彼は、昨日までは僕より重かったのに、今日はワラのように軽かった。
「ところで姉さん」
最後に、一つ聞いておきたいことがあった。
「なんだい?」
「その……コイツをカカシにした仲間って、誰さ?」
「周りを見渡しなさい。以上」
それ以上、姉は答えてくれなかった。
僕はぐるりと辺りを見回す。田んぼにつったって居るカカシたち。粗雑な人形である彼らが動くことは絶対にない筈。でも何故か、記憶の中のカカシと違う。向いてる方向も、落書きのような顔も微妙に違う。
どのカカシも、この古い田んぼに向いている。まるで、包囲されているみたいだ。そしてどのカカシも、へのへのもへじも子供の落書きもマネキンっぽいのも、満面の笑みを浮かべていた。新しい仲間を、歓迎するかのように笑っていた。
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