邪神邂逅-第三話

 夜になり真っ暗となった路地裏をとぼとぼと歩くカルロス、アルクェイドとシエルの追跡は何とか振り切ったようだ。
「長年の旅の末、やっと目的の物を発見したというのにそこは真祖が居る町…有る意味最高に不運でーす。」
 それほど深刻そうに聞こえない呟きを吐きながらあてどなく歩く。
「まあ細工は流々仕上はゴロージロー…ん?」
 立ち止まるカルロス、その目の前にはなかなか賑やかなゴミ捨て場があった。
 骸骨柄のシャツにマスク、白覆面白装束の怪しい人変身セット、数々のイリミネーショングッズ…なかにはヤカンとキノコの着ぐるみというワケのわからない 物も有る。
「おーお祭りの道具ですか。勿体無いです、捨てるなんて。ここは私が一つ再利用してあげましょーう。」
 嬉々としてゴミ箱をあさるカルロス、その姿はいまいち迫力がない。
 だがその眼はゴーグルの内で怪しいほどに輝いていた。

 別に今日は誰かと約束したわけではない、現に何時も約束する二人は夕方から姿を見せていない。なのに気が付くと屋敷を抜け出していた。
 使命感だろうか?この町を荒らさせないという。
 そんな物じゃない様な気がするが他に答えが思いつかない。
 じゃあなんなんだろうな?と、どうでもいいことを考えながら遠野志貴は夜の街を歩いていた。
 もう何度目になるのだろうか、夜中の徘徊は。
 なれた仕草で辺りを見渡すと―――
 とんでもないものを見つけた。
 思わず足が止まり、度の無い眼鏡を意味なくかけ直す。
 視線の先には、ハンマーを持ち、よたよたと歩くお化けキノコの後姿があった。
 脳裏に蘇る文化祭の忌まわしき思い出、まだネロやワラキアと再会したほうが性質が良い様な気がする。
 それに第一にあの着ぐるみは確か昨年に生徒会の手によって有彦ごと、いや有彦から引き剥がされ火にくべられた筈…先日の文化祭で再度開発され復活したのを忘れていた。最も生徒会に没収されたはずだが
 アレは2世なんだな…そこまで考えてから結局2世だろうとなんだろうと夜中に出歩くのはどう考えてもおかしい事に気づいた。
 取り合えず近寄ってみて肩を叩いてみる。
「有彦?」
 専用装着者の悪友の名を呼ぶ、夜中だろうとなんだろうとあんな物を装着して平気なのは奴しかいない。
 しかし振り返ったキノコの顔出し口に有ったのは悪友の顔ではなかった、いや、人間の顔でさえなかった。
 固まるように群れている幾種もの虫達、両眼のところに鈍く光るカナブンが配置されているのは悪い冗談としか思えない。
 本物の化け物と化したお化けキノコは鈍重な仕草でハンマーを持ち上げ志貴に向って振り下ろす、動揺しながらもそれを避ける志貴、ハンマーは路上にぶつか りアスファルトを荒く砕いた。
 志貴は一反距離をとり、小太刀『七夜』をとりだし眼鏡を外す。
 それは戦闘態勢へと入った証、いつも通り死の線と命を示す点が眼に入ってくる…
 !
 驚愕と共に眼をつぶり思わず眼を押さえる。
 恐る恐る目を開ける、目の前には体中を点で光らせたお化けキノコの姿だった。
(一寸の虫にも五分の魂か…)
 昔の格言を思い出す。
 あの点の数は体全体が虫で構成されている証明、その数は数千を楽に越えている。
 いままでの身体を構成する命の数の記録666を遥かに凌駕する数だ。
 はっきり言ってあそこまでの点を凝視した事は今までに無い、おもわず吐き気を催す。
 そんな中、背後に別の殺気が近づいてきた。
 後ろを振り返ると、体中が不気味に胎動する白装束の覆面男と不気味な歩調で歩く骸骨男の姿があった、確かあれは文化祭でどこぞのクラスがやっていたお化 け屋敷で使っていたものだ。
 骸骨と白装束がこちらに近寄ってくる、お化けキノコと同じ様に身体には無数の点が見て取れる。
 だが、しかし骸骨と白装束にはお化けキノコとは決定的な違いが有った。
 無数の点の中に大きく輝く点がある、それはネロ=カオス戦で見た光景を思い起こすものだった。
(あれが奴らのコア…)
 666の命を持つネロ=カオス、だがその命は大本の点を絶つことによって灰燼と帰した。
 その大元の点はあんな風に多数の命の中で光り輝いていた…
 考えが纏まらないうちに骸骨男が殴りかかってきた、ちかちかする眼を抑えながら脇腹に見える大きな点をすれ違いざまに刺す。
 そしてそのまま、何かしようとしている白装束の懐にもぐりこみ、今度は顔に見える大きな点を突く、それを期に一度目を休めるために眼鏡をかけなおす。
 動きを止める二体の化け物、その直後に身体のあちこちが弾ける様に胎動し、服の隙間や眼の穴の部分から無数の昆虫が湧いてきた。
 同時に骸骨のスーツや白装束が風船がしぼむ様に身体を縮めていき、虫の放出が終わった頃には二体の怪物は二枚の布と化していた。
 莚を失った虫たちは何か意思に引かれて行くように闇の一方向へと消えてゆく。
 ポロロ〜〜〜〜〜〜〜〜ン♪
「一体何者なんですかミスター志貴?ビートルヒューマンの弱点を一瞬で見抜くとは。」
 すこし呆れた雰囲気のカルロスがバンジョーをかき鳴らし、虫が消えた方角から静かに歩いてくる、それを見たお化けキノコは主を出迎えるかのように動きを 止めた。
「ビートルヒューマンは人間の心臓を核とし虫を寄せ集めて創り出すクリーチャー、その核の位置はクリーチャーにより千差万別。なのにアナタは一瞬で二体の コアを見切った。教えてください、アナタは何者なんですか?」
「…………………………」
 この様子だと志貴の直死の魔眼の事をカルロスは気付いていない。
 勿論ながらこちらの能力を知られていない方が戦いやすい。
「それはこっちの台詞だ、こんな化け物を作り出して一体何をたくらんでいる。」
 話をそらせる為少し強引に、そして冷徹な口調で話を変える。
 それを聞いたカルロスは少し冷めた口調で切り替えした。
「アナタと最初に会ったときはいい人でした。でも今のアナタは怖い人、正に凄まじい二面性でーす。でもアナタに教える事、私無い。ここで死んでくださー い。」
 ズン…と重量感ある音が響き、お化けキノコの後ろから巨大なヤカン型の着ぐるみが出てきた。
「や、ヤカンズル…」
 志貴は思わずかつての相棒の名を呼んでしまう。
『お前の分も用意してある』と有彦は言っていたが本気で再生していたとは思わなかった。これもうち捨てられていたのかと思うと、なぜか目頭が熱くなる。
「ハハ!!驚きましたか!?さらにこうです!!」
 志貴の驚きを何か勘違いしたカルロスが高笑いしてバンジョーをかき鳴らす。
 それを期にヤカンズルとお化けキノコが何か組み体操のように身体を寄せ合い、何か言葉にしにくい物体へと合体を遂げる。
「まさか合体機能が付いた着ぐるみが捨てられているとは思いませんでした!!見てください、このキメラと化した着ぐるみを!!」
「ブンブクチャガマだ。」
「…はっ?」
「ブンブクチャガマ。」
 凄まじいほどの自信ある口調で志貴が言い切る。
「ブンブクチャガーマ…いいです、気に入りました。GO!!ブンブクチャガーマ!!」
 キメラ改め真の名ブンブクチャガマへと変化した着ぐるみに向けカルロスが号令をかけるが、既に志貴は眼鏡を外しブンブクチャガマの懐にもぐりこんでい た。
 そのままヤカンヅルの中央部に見える巨大な点を穿ち、そのままお化けキノコの顔面に見える巨大な点も突く。
 2匹は組み体操のような体制を維持できず、そのままもつれ合って崩れ落ちていった。
 お化けキノコの体からいち早く身体を構成していた虫たちが飛び去ってゆく。
「ホワイ?!」
 あまりにあっさりしたやられ方にカルロスの口から疑問符が飛び出す。
「ブンブクチャガマは機動性に欠ける、懐にもぐりこまれたら何もできない。いや、むしろ動けない。合体しなければ少しはヤカンも動けたのにな。」
 眼鏡を直し冷酷に告げる志貴、ブンブクチャガマの弱点は昔に着たときに身体で実感していた。
「いや、せっかくある合体機能を使わないのも損じゃないですか…それはともかく!!まだ終わりじゃ有りませーん、はあ!!」
 いったん凹んだ後に急にテンションを上げたカルロスは手に持っていたバンジョーを熱くかき鳴らす、直後にヤカンヅルの体の隙間から大量の糸が出てきた。
「!」
 驚く志貴を尻目に糸は志貴の身体に纏わり付き、その身体を拘束していく。
 一瞬の間に志貴の身体は白い糸で全身を包まれて白い繭のようになってしまった。
「はーはっは!そのポットの身体を構成していたのは蜘蛛達です!!一つ一つは弱くとも、その糸は合わされば象でさえ…」
 スーと志貴を包んでいた白い繭に一閃の亀裂が走る。
「へっ?」
 間抜けな声を上げるカルロス、その隙に亀裂は大きくなり繭は粉微塵に切り刻まれた。
 服に付いた繭のカスを払いながら身を整える志貴、それを見たカルロスは珍しく動揺してあとずさる。
「あ、ありえません。こんな易々と糸を切るなんて…」
「現実を見なさい、二十七死徒前五位アンリ・カルロック。」
「…夕方にも言いました。私はカルロス=サント、それ以上でもそれ以下でもありません。」
 飄々とした口調ながらもカルロスの体が軽く震える、その背後には夕刻別れた時と全く変わらない姿のアルクェイドがいた。
「ちょっと待て!!アルクェイド!いまなんつった!?」
 思わず素に戻り動揺する志貴、いま聞き捨てならない単語があった。
「私も気付きませんでしたよ、教会の資料には前五位は現五位オルトにより瞬殺としか残されていませんでしたからね。まさかこんな東洋の島国を放浪してると は。」
 街灯の上からの声がその単語を強調する、こちらには夕方とは違い法衣姿へと変身したシエルが佇んで居た。
「こいつが第五位…」
 思わず志貴のカルロスを見る眼が変わる。
 確か聞いた話によるとネロが第十位、タタリが十三位、そしてロアが番外…
 つまり目の前に居るのは今まで自分が死闘を繰り広げて来た死徒より高位の存在という事になる。
「くくく…そんな眼で見ないで下さい、前五位ですよ。私は所詮ね。」
 自嘲気味な笑声を上げながらカルロスが話し始めた。
「ガイアの怪物に朱い月に魔法使い…上位に比べて私の力は余りに貧弱でした。しかし今の五位『タイプマアキュリー』オルトは違います。彼は上位と比べても 見劣りしない実力者です、私なんかでは足元に及ばないほどにね!!」
 急に声を荒げるカルロス、この男の今までの薄笑いの仮面が剥げて生の感情が吹き出たように見えた。
「私はオルトの手によりいったん死にました、そして神に会ったんですよ。死徒の神ともいえる存在にね。」
「正気?吸血鬼の神なんて幻想にしては性質が悪すぎるわよ。」
 黙って聞いていたアルクェイドが呟く。
「血を喰らい、日を嫌えば吸血鬼。その定義に当てはめれば我が神は吸血鬼の神ということになりますね。」
「で、その神様がどうかしたんですか?まさかこんな危機的な状況で自分が信じる神様の自慢をするとしたら呑気すぎる。」
 黒鍵を構えるシエルの言葉を期にアルクエイドが爪を構え志貴が眼鏡に手をかける、一寸でもカルロスが動けばそれは死を意味していた。
「ははは、私は呑気者ではありません。これは時間稼ぎですからね。ところで真祖の姫君、体が熱くないですか?」
「か…ら…だ…?」
 アルクェイドの声が急に虚ろになっていく、そしてそのまま膝を付き倒れこんでしまった。
「アルクェイド!!」
 志貴がカルロスを無視してアルクェイドに駆け寄ろうとする。
 しかし無言で街灯から飛び降りたシエルがそれを押しとめた。
「落ち着いてください、見えないんですか?アレが!!」
 シエルが物陰を指差す、その先には気持ち悪いほどの虫が蠢いていた。
 もし無防備で飛び出したならばどんな事になるかわからない。
 それを見て満足げな顔をしたカルロスが言葉を続ける。
「夕方の蚊にちょっとした薬を混ぜさせていただきました。」
「そんな!夜の真祖に効く毒なんて…」
「毒と誰が言いましたか?薬ですよ、ちょっとした滋養の薬です。血が飲みたくなるというね、本来の吸血鬼の本能を呼び起こす薬を身体が拒否できるわけ無 い!!」
 動揺するシエルを鼻で笑ってカルロスは身近な脇道へと駆け込んでゆく、同時に陰に潜んでいた虫たちも三々五々に散らばっていった。
「本能を呼び起こすって事は…まさか!」
 志貴の脳裏にかつての悪夢が蘇る。
「ええ、アルクェイドは吸血衝動を滾らせるという事です。遠野君、貴方はあのカルロスを追って下さい。私は彼女を止めますから。」
 深刻な口調のシエル、それを聞いていたかのようなタイミングでアルクェイドがゆらりと立ち上がる。
 息は荒く、眼は狂おしいまでに金に染まっている。その様子はいつか見た狂気に彩られし彼女だった。
「先輩、俺も…」
「夜の彼女には線も点も見えないんですよね?だったら遠野君がここに居ても意味はない、彼を追い、滅する事が貴方の使命です。」
 法衣での初対面を思い出す冷たい口調、その裏には共闘を拒否する明確な意思が見えた。
 そう言った後にシエルは黒鍵を両手に構え、はちきれんばかりの殺気を放つアルクェイドに向け飛び掛っていく。
 志貴にはそれを見ることができなかった、なぜなら既にカルロスを追うために路地に入っていたのだから。
 今までいた場所から無数の炸裂音や爆音が響いてくるが、その追従を拳を握り締める事で振り切った。
 戻りたくなる感情、しかし戻ってしまえばシエルの想いを無駄にしてしまう、理性が全力で感情を押し止める。
 そのまま脇道を全力で疾走していく。
 その先には自分の住家であり、家族が居るところである…
 遠野家の屋敷があった

第二話 NOVEL 第四話