邪神邂逅-第四話

「アァァァァァァァァァァァ!!」
 悲鳴とも咆哮ともつかぬ声でアルクェイドが右手を傷だらけのシエルに向け振り下ろす。
 黒鍵でガードするが衝撃は逃せない、骨の砕ける感触と共に体が大きく揺らいだ。
 その一瞬の隙を逃さずにアルクェイドは足を動かし、ノーモーションのトラースキックをシエルの腹に打ち込む。
 強烈なインパクトと共に、シエルの身体は遙か先の民家の塀まで吹き飛んだ。
 満身創痍の動きを止めたシエルに無傷のアルクェイドがにじみ寄る、戦いの情勢は素人目にも明らかだった。

 目の前に見える高い塀を一足で簡単に飛び越えていくカルロス。
 一足とは行かないが、塀のわずかな出っ張りに足を引っ掛け簡単に塀を超える志貴。
 二人の追いつ追われつの攻防はついに遠野家の庭へと舞台を移す――と思われた。
 庭としては広大な規模の森林に駆け込むカルロス、志貴も臆せずに夜の森へと駆け込む、次の瞬間カルロスの姿が闇の中に掻き消えた。
「!」
 思わず足が止まる、奇襲があるのかと思い辺りを見回すが物音一つしない。
 身体を霧に変えたとか身を隠したとかそういうレベルではない、文字通り『消えた』のだ。
 急いでいた足を静め、慎重な歩幅で辺りに気を張る、徐々に徐々にゆっくりとカルロスが消えた場所へと歩を進めてゆく。
「……………………」
 思わず頭を抱えてカルロスの消えた辺りの地面を見つめる。
 天然自然の森の地面、何故かそこの部分だけは土ではなく鉄の板が貼られていた。

 目的の物を見つけここの街に長期滞在する事になった。
 だがこの街に住み着くには一つ問題があった、自然が少ないのだ。
 まあ元々自分の力の源となる虫達は世界全土の何処にだろうと住んでいるので、別に自然等なくてもどうにかなると言えばどうにかなるレベルだ。
 しかし、自分がこれから行おうとする事はかなり大掛かりな儀式となる、下手をすれば教会に嗅ぎ付かれ埋葬機関辺りと戦闘になる可能性は高い。
 負ける気はさらさら無いが万が一もある、準備は万全に備えたい。
 実際町に住んでいる昆虫達だけでは攻撃のバリエーションが減るし、取って置きの自分が飼っている虫たちのコンディションも自然に触れていた方が良いに決 まってる。
 そんな中、この森を見つけた。
 ほぼ自然のままの草木に素晴しいまでの広大な敷地無機質な街の中にあって希少とも言える存在―――
 周りを高い塀で囲み監視カメラで警戒している所から誰かの敷地なのは察知できたが、塀など本気になれば楽に越えられる上に監視カメラなんぞは細かい虫た ちを入り込ませれば動作不良にする事など造作も無い。
 住人には悪いがここの森に住み着くことにさせてもらった。
 さらに大いなる幸運がもう一つあった。
 虫たちに周りを探らせていた時の事だった、虫の一匹が大木に埋め込まれた何かのボタンを見つけたのだ。
 警報装置の類かとも思ったが違うようだった、取り合えず押してみると地面に急に穴が開いた。
 穴には階段が見え、そこを下ってみると…
 中には血の臭いに覆われた広大な空間があった。
 血の臭い芳しいアイアンメイデン、鋭く輝く素晴しい質の振り子鎌、無造作に散らばった薬瓶から漏れる薬の臭いも素晴しいアクセントだ、漢字が彫ってある 巨大な門もオリエンタル風味で素晴しい。
 最高な事に本来の入り口と思われる扉は頑丈に外から封印がなされていた。
 つまりここには誰も入ってこれないと言う事だ、秘密の入り口を見つけた自分以外には。
 おかげであの奇妙な志貴と言う少年から逃げ切る事ができた。
 自分も1000年クラスの吸血鬼だが、あんな不思議な能力を持った少年は見た事が無い。
 まあ多分彼は追ってこれまい、真祖に見つかったのは計算外だったがその分計画を早めればいい事だ。
 虫たちにとって最高の環境の環境の森に、吸血鬼である自分にとって最高に住み易い地下の空間、カルロス=サントこそアンリ=カルロックは満足だった。
 ガシャン!!
 その幸せを砕く音は急に聞こえてきた、おもわず休息の為閉じかけていた眼を開け音の発生源を見やる。
 発生源は厳重に封印されているはずの扉から聞こえてきた、直後鈍い音がして封印されていた扉が鈍い音を立てて開く、その先には――
 追尾をまいたはずの少年、遠野志貴がいた。

 動きを止めたシエルを見下ろすように、眼を黄金色に光らせたアルクェイドが立ちはだかる、その表情は髪に隠れうかがえないが体からにじみ出る膨大な意思 はそんな外面的なものを確認する必要はなかった。
 息の荒いアルクェイドはそのまま力無いシエルの腕を取り法衣を引きちぎる、隠し持っていた黒鍵が音を立てて地面に落ちた。
 その黒鍵をアルクェイドは拾う、退魔の呪詛がアルクェイドの手を焼くがそんな物は彼女にとってはそんな物は些細な抵抗に過ぎない、事実焼ける手など気に せずに黒鍵高々と頭上に掲げる。
 意思だけは生きているシエルの脳裏に『死』と言う単語が重くのしかかる。
 『死』、昔は望んでいたもの、しかしそれが間近に近づくと全力でつき返したくなって来る。
 人間なんて勝手なものだ、思わず皮肉な笑みを浮かべる。
 直後にトスと肉を軽く刺す音が聞こえ鉄砲水にも近い水の噴出音が響いた。
(ああ・・・刺されたんですね。この音からすると心臓ですか、ああ良かった、コレなら綺麗な死に顔で遠野君に会えます・・・)
「なに妄想にふけってるのよ、馬鹿シエル」
「!」
 虚ろな意思の中、軽い妄想にふけっていたシエルの意識をアルクェイドが完全に呼び戻す。
 アルクェイドの持っていた黒鍵はシエルに振り下ろされてはいなかった。
 当然だ、シエルには痛みが無かったのだから、最も妄想と恐怖と虚ろな意識のせいで全く本人は気が付いていなかったが。
「痛いのは私よ、こうでもしないと毒が抜けなくて・・・ね・・・・・」
 言葉をとぎらせ赤目へと戻ったアルクェイドが地面へと倒れ伏せる、心臓部に黒鍵を刺したままで。
 先程振り上げられた黒鍵はシエルでは無い、紛れも無く自分の心臓に向けて振り下ろしたものだったのだ。
 殺気に似ていた膨大な意思は葛藤、理性と本能の葛藤、あの時点で彼女は吸血衝動を六割方押さえ込んでいた。
 しかし興奮剤の効果は抜けなかったために、そのまま荒療治として心臓に黒鍵を打ち込み血ごと毒を流す方法を選んだ。
 法具を心臓=生命のコアに打ち込む、今は正確には夜と言うより明け方に近い時刻、もとより不死身の身でも荒すぎる治療法、だがその効果は恐ろしいほどに 即効で効果的だった。
「・・まさか衝動を無理矢理抑えるとは・・彼女も成長してるんですね・・究極の存在が成長・・・よくよく考えてみれば矛盾ですが」
 疲れた顔でクスリと笑うシエル、そのまま動かぬはずの身体を無理やり動かす。
 このままここで寝ていたら早朝の新聞配達員にでも見つかりかねない、女二人が血まみれで倒れている姿は警察モノだ。
 とりあえず倒れふすアルクェイドを無理矢理起こし、肩で抱き止め引き摺っていく。
 この様子だとまだ自分の身体は何とか動くし、アルクェイドは放って置けばそのうち再生する。
 自然と足は病院ではなく志貴の消えた方向へと向っていた。

 なぜ?と言う問いは双方すでに無駄な気もする、もう驚き飽きた。
 飽きれば対象への興味は薄れ、両者の間でぶつけられるのは殺意のみとなる。
 先手を取ったのはカルロス、片手を無造作に振ると同時にカナブンのような虫が服の袖から飛び出し、志貴へと正確に襲い掛かる。
 襲い掛かってきた虫は約十匹、形は小振りだが弾速はかなり早い。
 だが志貴は引かずにそのままカルロスの方へと駆け込んで行く、同時に懐の七夜を取り出した。
 襲い掛かって来る虫たちは七夜で叩き落してゆく、一匹二匹三匹…次々に潰れてゆく虫達。
 最後の一匹を潰しカルロスの姿を視認する、その姿は予想より遙かに近い距離、接近戦の距離だった。
 虫たちの陰に隠れて近づいたカルロス、その手には何時も抱えている巨大なバンジョー、それを苦も無く志貴に向い振り下ろす。
 当たれば必殺クラスの一撃、しかし志貴は避ける事をせずにそのままダッシュの体制を崩さない。
 唸りを上げ頭上に直撃するバンジョー、しかし直撃の瞬間、志貴の姿は魔法のように掻き消えてしまった。
 バンジョーは地面の岩肌を音を立て砕け散らせる。
 しかしカルロスは動揺することなくバンジョーを引き戻し、両端をそれぞれの手で抱え頭上に上げた。
 カキン!! と何かがぶつかる音が地下に響く、カルロスの頭上背後には七夜を空中から不安定な体制で突き出す志貴の姿があった、刃はバンジョーで止めら れている。
 音と同時に又もカルロスの袖から虫が飛び出す、今度は羽虫ではなくムカデの形をした昆虫、その色は毒々しく口蓋の牙には御丁寧に粘着性の唾液が滴ってい る。
 志貴はそのまま落下して逃れようとするが、ムカデはそのまま軌道を変え襲い掛かる。
 志貴がカルロスの背後に着地したその時にはムカデは手首動脈に極限まで近い位置まで近づいていた。
 流石に放っておく事はできずにムカデの頭を切り裂く、その一瞬の隙にカルロスの後ろ蹴りが志貴の腹部へと突き刺さった。
 豪快に吹っ飛ぶ志貴、しかしバク転というある意味華麗すぎる受身で勢いを殺し、そのまま片膝を付いた状態で着地、服についた足跡を払いながら平然と立ち 上がる。
 再び距離が開き対峙する二人、振り出しに戻ったかのように見えたが――――
「ワタシの勝ちです」
 先程の無言状態とは違い、カルロスがさらりと一言付け加える、直後に周りの岩壁360度から無数のアリたちが姿を現した。

「志貴が一人で追って行った?まずいわね、志貴とアンリの相性は最悪よ」
「なぜですか?いくら前5位とはいえ直死の魔眼は侮れるものでは……」
「志貴はどちらかと言うと一対一に強いタイプ、対するアンリは物量で押すタイプ」
「……最悪ですね」
「そうね。だから急いでるんじゃない、ほら! 足をもっと早く! 早く行かないと志貴が……」
「だー!! 解ってます! 貴女と違って再生が効かないんです」
 そう言いながらもスピードを上げるシエル、先行するアルクェイドと並ぶ位置まであっさりと追いつく。
 先程まで心臓から血を流していた女と全身がくがくだった女の夜明けのデッドヒート、エネルギーは両者のプライド、明らかに時速は車を越えている。
 彼女達は凄まじい勢いで遠野屋敷に着々と近づいていた。

 ナイフで払う、踏み潰す、転がる……
 様々な手段を凝らし、アリを殺していくがその数は一向に減らない、無数のアリが肉を食いちぎる感触は痛覚を過敏に刺激した。
「くぁ……! 」
 思わず口から悲鳴に近い嗚咽が漏れる。
「ハハハハハ! どうです? いくらなんでもナイフ一本では無限のアリは殺しきれないでしょう!? 」
 高らかに笑うカルロス、勝利を確信したのか、バンジョーを抱えて弦に手をやる。
 弾く曲は明るい曲、しかし彼にとってそれは最上の葬送曲だった。

 しばらく無言で駆けた後、思い出したかのようにシエルが口を開く。
「と言う事は相性がいいのは広範囲の攻撃ができるタイプということですか? 」
「うん・・ねえシエル、私アイツと相性がいい人一人知ってんだけど」
「奇遇ですね、私にも一人心当たりがあります」
 口には出さないが双方考えている人物が一緒だと言う事は何となく察知した。

 カルロスの弾く曲が佳境に入った瞬間、いきなり志貴を取り囲んでいた蟻達が炎上した。
 しかもただの炎ではなかったらしく、志貴は少し服が焦げただけで他には一切火傷の後は無い。
 無数の蟻達はほんの数秒で跡形も無く燃え尽きた。
「ホワイ!? 」
 バンジョーを奏でていた手が思わずぶれ、曲も大きく外す。
「あら? せっかくいい演奏でしたのに、もっとお続けになったらいかがですか? 」
 封印が解かれた入り口から泰然とした女性の声が聞こえる、おもわず二人同時に声の元を凝視した。
「まったく、先日の一件で封印した地下帝国から音が聞こえると聞いて来て見れば……兄さん、その方はどなたですか? 」
 どなたかと聞きながらも、すでに髪が軽く赤に染まっている時点で本能的に目の前のメキシコ人が敵であることを察知しているのだろうが。
 一応儀式的なものだと考えればいい、志貴は割り切ってあっさり答える。
「不法侵入者兼敵兼吸血鬼だ」
 志貴が言い切ったと同時に秋葉の髪が輝きを増し、カルロスに向い襲い掛かった。
「ちぃ! 」
 先程の初手と同じように袖を振るカルロス、再び数匹のカナブンが姿を現し秋葉に襲い掛かった。
 だが赤い髪はカナブンなど苦にせずにカルロスに向かい襲い掛かり、カナブンは効果を全く示さずに燃え尽きる、同時にカルロスの身体も余すところ無く赤色 の火炎に包まれた。
「秋葉、ありがとな」
 無言で転げ周り火を消そうとするカルロスを見ながら志貴が呟く。
「その言葉は夜中の徘徊の理由も含めて後でゆっくり話して下さい」
「ああ、どうやら予想以上に質が悪いらしいな、こいつは……」
 入り口から歩きカルロスを志貴と挟み込むような立ち位置に立つ秋葉、志貴も再び気を入れなおすように顔を軽く叩いて七夜を構える。
「ククククク……ハーッハッハッハッ!!! 」
 目に付けていたゴーグルのガラス部が溶け吸血鬼独特の赤眼が姿を現す、ケープ状のマントも一枚焦げ数匹の虫たちが灰となって落ちた。
 まるで火事場から逃げてきたような格好、しかしその笑いからは衰退という言葉は全く浮かんでこない。
 あえて付けるなら高揚、久々の本気の戦いに血が滾ってきている。
 伝説にも残らなかった男。
 否、伝説から消された男。
 二十七死徒五位アンリ=カルロック。
 焼け尽きたかけたハットを脱ぎ捨てる、姿を現したきめ細かい金色の長髪が風も無いのにたなびいた。

第三話 NOVEL 第五話