邪神邂逅-第二話
喧騒の昼休みの食堂のなか、二人の男女が向かい合って座っている。
「へーメキシコ人のミュージシャンですか。」
カレーうどんをすすりながら返事をするシエル。
汁が全く飛ばないのはカレーマスターの面目躍如だ。
「なかなか上手いですよ、明るい曲調で。」
かたや食後のお茶を呑気に冷ましながら志貴が話す。
「私もメキシコの方はあまり行った事がありませんからね、興味があります。放課後にでも一緒に聴きに行きませんか?遠野君。」
カレーうどんを完食してカレーライスへと移るシエル、手元にはまだカレーパンが残っている。
「そうですねー俺は…」
「俺ならいつでもOKですよ!!」
少し躊躇する志貴の後ろから迷いない力強い声が響く。
「有彦君、おはようございます。」
「どっから湧いて出たんだ?てっきり今日は発生しないと思ってたんだが」
「ははは、親友。友情あふれる挨拶を有難う。」
有彦が掛け蕎麦を持ってシエルの脇へと腰掛ける。
そしてポケットから細かい細工が施されたペンダントを取り出した。
おもわず二人の視線はそのペンダントへと移る。
シエルは真剣な瞳でペンダントを見つめる、対照的に少しいぶかしげな瞳でペンダントを見つめる志貴。
「これは?」
「ペンダントだよ。」
そう聞いた瞬間、志貴は妙に悲しげな顔になる。
「…有彦、お前どんなに悪ぶっても犯罪だけは犯さないと思ったのに。」
「アホか!買ったんだよ、ちゃんと。」
「嘘言うなよ、お前のこずかいでこんな立派な物は買えないだろ。」
「ははは、それが安かったんだよ。あ、先輩。これプレゼントです。」
「…おまえ安物をプレゼントにするのか?」
「こう言うのは気持ちだよ、気持ち。」
いつもの馬鹿な会話をしている最中、シエルはペンダントを真摯に凝視していた。
そんな雰囲気に志貴が気付く。
「先輩…?」
「あ、いえ。ありがとうございます、乾君。」
慌てた感じで礼を言い、カレーパンを急いで口に詰め込むシエル。
そして懐に大事そうにペンダントを入れ席を立つ。
「私、用事を思い出したんで先に失礼します。」
そう言うや否や早足で食堂から出て行ってしまった。
残された二人はなんとなしに見つめあう。
「どうしたんだ先輩?」
「さあ?」
志貴は観念したかのように茶を啜り呟く。
「だいたいあの人があんな顔したときは碌な事が起こらないんだ。お前とんでもないもんプレゼントしてくれたな。」
カルロスが先程有彦に言った言葉通りに駅前で歌っている。
昨日より幾分早い時間帯の所為か帰り道のサラリーマンや暇な学生がおらず観衆は少ない。
「〜〜〜♪〜〜〜♪」
だがカルロスはそんな事は気にしていないのか別に昨日と変わりなく演奏をしている。
「〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜!」
急に音を外す。だが、復帰しようともせずに曲を奏でる手を止めてしまった
数少ない観衆からどよめきが起きる。
「ハハハ私、急に用事ができてしまいました。途中で済みませんがここで失礼いたしまーす。ご清聴ありがとうございました。」
ぺこりと礼をし、そのまま片づけを始めるカルロス。
観衆もぞろぞろとその場を去っていく。
だがその観衆の流れに逆らうように一人の女性が立ち止まりカルロスを凝視していた。
金髪赤目に白い服の麗敏な女性、アルクェイドは何をするでなくカルロスを見つめている。
しかしカルロスはアルクェイドに声をかけずにそのまま片付けを終え、スタスタと歩いていってしまった。
アルクェイドは彼の後に付いて行く、そのまま二人は無言でしばらく歩き、人通りの無い裏通りまでたどり着いた。
「…なぜアナタがここに居るのですか?」
「それはこっちの台詞よ。なんでアンタが生きてんの?まさか亡霊って訳でもないだろうしね。」
二人は今までの無言の状態から一変し、急に口を開く。
「かつての私は死にました。私はカルロス=サント、流しのミュージシャンです。」
「ふーん、まあどうでもいいわ。かつての貴方は死んだ?だったら…」
アルクェイドの体勢が戦闘体勢へと移り変わる、それを察知しカルロスも手に持っていた楽器を背中に背負い警戒態勢へと入る。
「もう一度死になさい。」
「ははは…アレは痛い、ゴメンですね。」
暗闇の路地で二つの影がぶつかり合った。
「これ骨ですよ。ちゃんと調べましたから間違いありません。」
「は…?」
放課後、シエルに拉致同然の形で連れ去られた志貴は事態を回避する事を諦め、素直にペンダントの正体を聞いていた。
「ボーンアクセサリーってやつですね。世界的には別に珍しいものでも何でもありません。」
「へー骨ねぇ…」
しげしげと手渡されたペンダントを見つめる、光沢と細工のせいで言われてみないと多分骨だと認知できないだろう。
「問題はその骨にはまだ新鮮な死臭がわずかながら付いている事です。具合からして…2〜3日前、下手をすれば昨日。」
「昨日!?それって…」
「ええ、その露天商は材料となる骨をこの町で手に入れたことになる。なので調査です、遠野君が言ってたミュージシャンのカルロスさんと乾君が言っていたメ
キシコ風露天商は多分同一人物だと思います。なので昨日遠野君がそのカルロスさんとあった場所に行ってみましょう。もしかしたら死体処理の一環としてこの
アクセサリーを売っていたのかもしれません。」
「あの人が…」
思わず疑問符が出る、楽器を軽快にかき鳴らしていたあの陽気な雰囲気からは殺人と言うのは到底想像出来ないイメージだ。
「外見で騙されちゃ駄目ですよ。世の中にはアーパーの皮を被った真祖や凶悪略奪能力を保持するお嬢様がいるんですから。」
「…そうですね。」
エセ女子高生のカレー尼に言われ、外見で全てを判断してはいけない事をなんとなく納得する。
そんなこんなの話をしているうちに昨日カルロスが演奏していた場所へとたどり着いた。
だがそこにカルロスの姿はない、次の行動を模索しようとしたその時、
ドガァァァァァァァァァァァァ!!
なにか壁の崩壊する音が路地裏の方からわずかに聞こえた。
ドガァァァァァァァァァァァァ!!
カルロスの身体が吹き飛ばされ、壁に思い切り叩きつけられる。
「がっ…流石ですね…だが貴女は衰えている、あの頃の貴女なら今の一撃で私を消し飛ばしてた…」
よろよろと立ち上がりながら何故か余裕のあるセリフを吐く。それを悠然と見下ろしながらアルクェイドもまた答える。
「まあ確かに衰えてるわね、でもあんたを殺す事ぐらいはできるわ。」
「ははは、それは無理です。」
ブオンと何か無数の羽音と共にカルロスの身体の各所から黒い霧のようなものが噴き出す。
「なぜなら私は逃げるからです、ではサヨウナラ。」
黒い霧は一まとめに固まり、アルクェイドを多大な量で飲み込む。
一瞬隠れる視界、その霧の向こう側で遠ざかっていく足音が聞こえる。
同時に幾つもの細かい刺激がアルクェイドへと襲い掛かった。
「ちっ…」
手で払うが黒い霧は意思を持っているかのように避ける。
いい加減うっとうしくなって周りごと吹き飛ばそうと思ったその時、黒鍵が飛来しアルクェイドの周りの地面に突き刺り、
ドゴーーーーン!!
爆発し黒い霧をアルクェイドごと吹き飛ばした。
綺麗に吹き飛んだアルクェイドの身体はバウンドし、近くの廃墟の窓へと突っ込む。
ドンガラガッシャーンという何か愉快な音が響いた。
「アルクェイドーー!!」
志貴が思わず叫ぶ。
「彼女なら大丈夫です!!それより遠野君、注意してください!!」
勢いでごまかすシエル、だが確かに黒い霧の燃え残りが志貴とシエルに向い襲い掛かってきている。
シエルが黒鍵を取り出し投げつけるが霧は先程と同じように完璧に避けた。
霧はそのままシエルへと襲い掛かる。
だがその時、ドガシャゴン!!と廃墟の壁の一部が崩落した。
崩落した壁はそのまま落下し霧とシエルの元へと落下した。
砂埃がホコリの噴煙がシエルと霧の姿を隠す。
「先輩ーー!!」
先程と同じような状況になり志貴が叫ぶ。
そんな中、噴煙から何匹かの力ない蚊が志貴に向って飛んできた。
「蚊?」
訝しがりながらも手を叩き蚊を落とす。
パンパンパンと拍手の音が鳴り蚊が落ちてゆく…
「志貴ーー!!」
アルクェイドの声が上から聞こえ志貴が上を見る、するとアルクェイドが壁の崩落跡から飛び降りて志貴の目の前に着地、そのまま抱きつく。
所々服が焦げているが怪我が無いのは流石といったところだ。
「さっすがー、私が苦戦してた奴をあっさり殺すなんて。」
「殺すって…まさかさっきのあの変なもやもやしたヤツってって蚊だったのか?」
アルクェイドを引き離して自分が叩き落した蚊を見る。
確かにこれが集まれば黒い霧に見えないことも無いが…
「そうよ。あの蚊はアイツの固有結界『昆虫支配』によって操られてたのよ。」
「アイツって…もしかして、いかにもメキシコ風の怪しい男の事か?」
「へー志貴はもうアレに会ってたんだ。流石トラブルに巻き込まれる天才ね。」
「ほっとけ!!…ところで昆虫支配って?」
「うん、本能で動く昆虫を自分の意のままに支配する力の事。カブト虫だろうが蝿だろうがありとあらゆる昆虫を操れるわ。」
「虫をねー」
おもわず気の抜けた返事をする志貴。
どうも今まで対峙してきた666の獣や噂の現象化に比べると取るに足らない能力に思える。
「馬鹿にしてるでしょ志貴。でもアイツはね全盛期にはヨーロッパ中をイナゴの大群で覆ってとてつもない大飢饉を引き起こした事もあるのよ。死徒のなかでも
能力の範囲で見れば最高レベルだったんだから、最も今はそこまでの力は無いみたいだけど。」
「何でヨーロッパなんだ?」
その能力の大きさよりもヨーロッパで暴れていた事が気にかかる、あの格好でヨーロッパ在住だったら詐欺な事この上ない。
「昔に私があったときは貴族風の服でバイオリンかき鳴らしてたわ。」
「ば、ばいおりん?」
「だいぶあの頃とは変わってたわねー多分南米で一回消滅してから人生観が変わったんじゃない?」
どうやらカルロスとアルクェイドは面識があるらしい、志貴がもっと突っ込んだ事を聞こうとしたその時。
「こ、このクソ吸血鬼が…」
瓦礫の中から誇りまみれのシエルが復活した。両手に黒鍵を構え、戦闘体制へと突入している。
「わーシエルーこわーい。と言う事で私はあいつを追いかけるから、シエルのほうは任せたわよ。」
「へっ…?」
志貴が言葉を確認しないうちにアルクェイドは何処かへと消えてしまった。
「待ちなさい!!アーパーが!!」
シエルが黒鍵を廃ビルの上階に投げているところを見るとアルクェイドはビルの壁伝いに跳んで行ったらしい。
シエルも跳んでビルの壁伝いに着地、そのままアルクェイドの後を追って消えてしまった。
あの動きを見てると実はまだ不死身なんじゃないだろーかと疑うときも有る。
まああれは日々の訓練の賜物なんだろうと今更な事を考えてからふと思い出す。
アルクェイドはカルロスのことを死徒と呼んだ。
有彦は真昼に露天商をやっていたカルロスからペンダントを買ったらしい。
だとしたらカルロスは太陽の光にも耐えられる死徒ということになる。
太陽を克服した死徒、それは得して強力だと聞いた事がある。
つまり奴は、カルロスはかなり強力な死徒…
(また変な騒動に巻き込まれるのか…)
理性は明らかに嫌がっている、しかし何故か血は滾ってくる。
本能は明らかに戦いを望んでいるのが解る。
胸の七夜が僅かながら胎動したように思えた。