邪神邂逅-第一話

「ふー買いすぎちゃいましたね、大丈夫ですか?志貴さん?」
「はは、大丈夫ですよ琥珀さん。近頃調子もいいから貧血もありませんしね。」
 夕方の路地、学生服の少年と着物を着た女性が仲睦まじく談笑しながら歩いている。
 男性、志貴の手には大きな米袋が。女性、琥珀は少し小さめの買い物袋を抱えている。
「セール中に大量に買い込むのは当然ですから、安いときに買わないと。」
 資産家の名家の長男とは思えないほどの庶民的な発言だ。
「有難うございます。じゃあ今日はご褒美として夕飯は志貴さんのリクエストメニューです、何か食べたい物はありますか?」
「えっ本当ですか?そうですね、最近食べてない物といえば…」
「私ですか?」
「ええ確かにご無沙汰…って何言わせるんですか!!」
 たわいのない話をしながら大通りに入ったその時、軽快なリズムの弦楽器と陽気な歌声が流れてきた。
 思わず話を止めて音の発信源に眼をやる。
 そこでは一人の男が、演奏をしていた。
 つばが広く派手な帽子を被り、鮮やかな色のスカーフで口を隠して黒いゴーグルをかけている為素顔は見えない。
 また身体には派手なマントを羽織り、両手で変わった形の弦楽器…確かバンジョーとか言ったメキシコの民族楽器を演奏している。
 まさに絵に描いたようなメキシコの民族演奏者といったところだ。
 辺りには軽い人垣ができており、男の前においてある空き缶には結構な量の小銭が入っている。
「へー珍しいな、いまどき路上で歌ってるなんて。」
「いい歌ですね…明るくて。ねえ志貴さん、ちょっと聞いていきません?」
 笑顔で誘う琥珀、確かにいい歌だしちょっと聴いて帰る分には問題もない。
 気が付いたら、いつの間にか二人はそろって人垣に混ざり歌を聞いていた。
「〜〜〜〜♪」
 歌はその後も曲を変えながら続き、日が落ちるか否かの時になった時に男は楽器を弾く手を止めた。
 それと同時に路地は拍手で包まれ、缶に溢れんばかりのの小銭が投げ込まれる。
 気付いたときには二人もそれぞれ小銭を投げていた。
「ども、ありがとございます。」
 片言ながら聞き取れるレベルの日本語を喋りながら缶を手に持ち、男は小銭を拾い集めていく。
 それを期に観衆はそれぞれ口々に感想を言いながら別々の方向へ散っていった。
 その波に飲み込まれるように琥珀と志貴の二人もメキシコ男に背を向ける。
「いい歌でしたね。」
「ええ、こう言うラテン調の曲は中々本場に行かない限り聞けませんよねー。」
「…そんなにいい曲だったんですか?」
「うん。翡翠ちゃんもきっと気に入ると…?」
 二人同時に後ろを勢いよく振り返る、視線の先にはいつも通りにメイド服に身を包み無表情の翡翠が居た。
 屋敷ならともかく、街角でのメイド姿はかなり目立つ。
「ひ、翡翠?」
 志貴が思わずどもる、翡翠が屋敷の外に出かけるのはかなり珍しい事であり、なぜここに居るのかが掴めない。
「あまりにお帰りが遅いのでお迎えに上がりました。姉さん、秋葉様のご機嫌がそろそろ…夕食の方は…」
 志貴の表情を読み何が聞きたいのかを読み取る、以心伝心まさにメイドの鏡。
「うそ!?もうそんな時間ですか!!」
 慌てて琥珀が時計を見る、確かにもう準備を始めないと夕食の支度に間に合わない時刻だ。
「はい、急いで帰らないと間に合いません。」
「翡翠ちゃん、荷物お願い!!志貴さん、お先に失礼します!!」
 冷徹に言い切る翡翠に荷物を渡し、着物とは思えないスピードで大通りを駆けていった。
 後に残されたのは呆然とする志貴といつも通りの翡翠のみ…
「あー…じゃあ俺たちも行こうか。」
「はい。」
「ちょと待って下さい。」
「「?」」
 なんとなく気だるくなって後を追おうとした二人に、再び背後から声がかかった。
 振り返ると、そこには先程のメキシコ男が片手に缶を持ったまま突っ立っていた。
「あの、何か?」
「これ落としました」
 メキシコ男が懐からがま口の財布を取り出し翡翠に差し出す、その財布は琥珀の財布だった。
 先程、小銭を投げ込んだときにでも落としたらしい。
 財布を琥珀に差し出しているということはどうやら翡翠の事を琥珀だと思っているようだ。
「?おじょうさん感じ変わた、服も変わってる。」
 潔癖症の上、事情がわからずおどおどする翡翠を見てメキシコ男は怪訝そうな顔をし、同伴者である志貴の顔を凝視する。
「いや、その娘はさっき演奏を聞いてた娘とは別人で…」
 なんとなく志貴が混乱しているメキシコ男に解説をしてやった。
「おお、そか。でも良く似てるな。」
「双子なんですよ。」
「双子?美人ぞろいでうらやまし、あなた二人のお友達。だったら財布渡しとくよ。」
 財布を受け取るのに抵抗がありそうな翡翠から矛先を変え、志貴に財布を渡すメキシコ男。
 その一瞬、何者かの手がメキシコ男の手に持つ缶を奪い取った。
「オウ!?」
 メキシコ男が叫んでいるうちに、缶を奪い取った何者かは路地裏へと駆け込み姿を消してしまった。
「まいった、これじゃあ今日ご飯食べれないよ。追いかけるからこれでサヨナラね、また会いましょ。」
 そういうや否や返事も聞かずにメキシコ男は泥棒の後を追うようにして路地裏へと走っていってしまった。
「あっ待って…」
 目の前で不幸にあった人間を見捨てて行くのも気が引けるので志貴も後についていこうとする。
「志貴様?」
「翡翠は先に屋敷に帰ってくれ、俺もすぐ戻る!!」
 後についてこようとする翡翠に一言投げかけ、志貴も裏路地へと駆け込んでいった。

 日も落ち、光無い路地を慣れしたんだ道のように駆けていく。
 なんだかんだ言ってここには幾度も来ている様な気がする、大体ろくでもない事ばかりだが。
 今回もろくでもない事が起こるのだろうか?詮無き事を考えた時、路地の先に突っ立っているメキシコ男がいた。
 メキシコ男が志貴に気付き顔をそちらに向ける。
「おー!?あなたどうしたのですか?」
 陽気な声で歩み寄りながら話し続けるメキシコ男、
「まさか助けに来てくれたのですか?お〜信じられない、貴方いい人ね。」
「いや、まあ…」
 場に似合わぬ明るい声に思わず2〜3歩引きながら志貴が答える。
「でも残念、逃げられてしまた。あの人、道慣れしてる。」
 そこで立ち止まりメキシコ男は志貴の顔をジーと見る。
「貴方いい人ね、名前知りたい、教えて下さい。」
「と、遠野志貴…」
「おお!志貴?いい名前ね。覚えたよ!!貴方に幸あるように祈ってます〜!私の名前はカルロス=サント言います、またお会いしましょう!!」
「はあ…」
「それではバイバイ、失礼ね〜♪」
 メキシコ男=カルロスは何故か上機嫌でバンジョーをかき鳴らしながら、唖然とする志貴を置いて路地から出て行ってしまった。
「なんだったんだ…あれ?」
 志貴が思わず呟く。
 カルロスが立ち去った後に残されたのはその名に似合わぬ不可思議でなにか不気味な雰囲気。
 別に血に染まってもいないし、殺したはずの吸血鬼もいない、なのになぜか裏路地の空気は今までに無いほど淀んだ臭いがした。

 裏路地を少し進んだ先の荒廃したビル、主無し建物に下卑た声が響く。
「おい!あの馬鹿外人思ったより金持ってたぞ!!」
 ジャラジャラと響く小銭の音、重ねて聞こえる幾つもの笑い声。
 ボロ〜〜〜〜ン♪
 それをかき消すように綺麗な楽器の音が響いた。
「うーん、見つけましたね。大人しくしてくれると助かります。」
 廃墟の入り口にはバンジョーをかき鳴らすカルロスの姿があった。
「あ!?さっきの馬鹿外人じゃねえか?」
 先程の声の主がカルロスへと歩み寄り胸倉を掴む。
「テメエ一人が来たってなんにもなんねえんだよ!!また路上に行って稼げ!馬鹿が!」
 バンジョーが手から落ちる。
 下卑た幾つもの笑い声が再び響くと思われたその時、
「ハーッハハハ!!」
 それを駆逐するほどの大きさのカルロスの笑い声が響き渡った。
「金は路上で歌えば幾らでも手に入りまーす。今、私が欲しいのは…」
 言うと同時に胸倉を掴んでいる手を逆に握り返し、思いっきり捻りあげる。
 悲鳴と共に男の格好はカルロスに背を向ける形となった。
 空いた手で男の髪を掴み、近くの窓から顔を出させる。
 窓枠のガラスは破壊されており、端に所々付くのは営利に尖ったガラスの破片…
「貴方方の命です。」
 そのまま男の頭を下の窓枠へ叩きつける。
 肉の裂ける音と何かが噴き出す音が同時にその場にいる人間の聴覚を支配した。
 しばしの沈黙の直後―――
「う、うわ〜〜〜〜!!!」
 運良く思考をいち早く取り戻した男が暗闇の奥へと逃げ出す。
 それを期に、追従するように幾人も駆け出した。
 しかし男達の身体は何か網のようなものに捕われた様に動きを止める。
 闇の中にうっすらと白い糸が見えた。
「ハハハ、逃がしません。」
「アーーーー!!!」
 今までの不可思議な展開に狂ったのか、網に捕われなかった男の一人が懐からナイフを取り出し、声にならない絶叫と共にカルロスへと襲い掛かる。
「おう!ピンチね!!」
 口ではそう言いながらもカルロスは動かない、替わりに彼の足元から無数の黒い粒が湧いてきた。
 粒は胎動し、ナイフを持った男の足下によっていき、そのまま身体を飲み込んでいく。
「ギャアーーーーーーーー!!!!!!」
 男の叫び声と共に黒い粒が再びカルロスの足元へと帰って行く。
「おおーいけない子達ね。私、心臓欲しいのに全部喰ってしまったよ。」
 男の姿は臓器や肉等一欠けらも無い綺麗な白骨になっていた。
 ガラガラと元人間の白骨が崩れ落ちると同時に、残りの男達も一人残らず不可視の網に捕まる。
 阿鼻叫喚の叫び声が辺りを包んだ。
「ん〜いいバックミュージック、心臓取るのは一曲歌ってからにしましょう。」
 落ちたバンジョーを手に取り、再び演奏を始めるカルロス。
 曲目は葬送歌でも悲哀の曲でもなく、明るい曲調の愉快な曲。
 観衆のいない奇妙なセッションが廃墟に響き渡った。

 一夜明けた、平日の真昼直前の大通り。
 人の少ない時間帯に、赤髪にピアスの学生がのったらのったら気だるそうに歩いていた。
「あ〜いらしゃい、いらしゃい。安いよ安いよ。」
 明るい声が路上に響く。
 ふと視線を向けてみると、カルロスが路上に白く輝く綺麗なアクセサリーを並べ商売していた。
「メキシコ特産のアクセサリー、私手造りの本場モノ、買わなきゃそんよー。」
 いかにも怪しい風貌の露天商。
 学生は無視してそのままその場を立ち去ろうとする
「想い人に贈れば効果は抜群、居並ぶライバルを蹴落とし彼女ゲットよ〜」
「ほんとか?」
 いつの間にか学生はカルロスの前に立ち止まり品定めをしていた。
 何だかんだいって珍しい素材で作られ綺麗だし、別に高価なわけでもない、これなら学食のランクを一つ落とすだけで買える。
「ハハハ!間違いありません!アナタ第一号のお客様、サービスとして送り先のお名前お入れしますよ?」
「じゃあ…これくれ。」
 少し悩んだ後、細かい細工が施されたペンダントを指差し小銭を渡す。
「はい!了解ね〜〜えーと、お名前は?」
「シエルで。」
「シエルさん?変わったお名前ね。ローマ字でよろしいか?」
「ああ。」
 器用な手つきでアクセサリーに名前を入れていくカルロス。
 興味を持った学生がなんとなしに語りかける。
「これって、あんたが全部作ったのか?」
「はい、昨日材料が手に入ったから急いで作りました。私、本業はミュージシャンです。
 お暇でしたら駅前とかで歌っているので聞きに来てください…できました、どうぞ。」
「あいよ。」
「ありがとございました。」
 受け取った学生は背を向け学校へと向っていく、それを見送るカルロス。
 学生が見えなくなったころカルロスがポツリと呟く。
「シエルさんですか…ハハハ、ありえませんね。噂に聞く彼女はもう学生という年ではありません。
 きっと名前の空似ですね。」
 その呟きは自分を納得させるような言い訳がましい呟きだった。

Prologue NOVEL 第二話