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或る欠けた世界で〜一〜

  • 2006.01.19 Thursday
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「貴女を正職員として採用するのは難しい」
意を決し面接に望んだバゼットに向かい初老の面接官はそう告げた。

戦争が終わったその時、自分は無職だった。
終戦後に兵士が抱える第一の難題。戦うことで生計を立ててきたものは、戦いが無くなった直後から職探しという新たな戦いに挑むこととなる。
永遠の四日が終わった直後にバゼットに必要なものは職だった。
魔術協会から出た彼女は組織の後ろ盾という社会保障と共に収入を失った。仕事一辺倒で生きてきた彼女にはこれから先の人生を怠惰に送るに十分な蓄えがあったが、いかんせん彼女に怠惰という言葉は縁遠き言葉だ。無職と言う状態はいかんせん耐えがたい。
それに彼女には義務がある。従者を養うという義務が。
紆余曲折の末に自分の従者は他人の従者となり、飄々と世を渡っている。彼は無職の自分を蔑むような事はないだろうが、従者と名が付く以上、自分が働いて彼を養うのは主人としての義務だ。
幸いにして住居は快く貸してくれる人間に出会い調達することができたが、仕事に限ってはどうも上手くいかない。就職難の今、外人であり女性である彼女が職を求めるには厳しすぎる情勢だった。
そんな彼女に或る人物が、
「アンタには図書館の司書とかが似合っているんじゃないのかなあ」
と言ったので、ダメもとで冬木市の図書館職員に応募してみた。
幸いにして書類選考や筆記試験で落とされることはなかったが、面接官の第一声が冒頭のコレである。


書類選考や筆記試験という数々の難関を越えてのこの仕打ちに怒りを感じるが、バゼットは無言でそれを受け止める。
「第一に、貴女は外国人だ。外国の方との仕事は職員に多大な気遣いを与える。そして第二に貴女は司書の資格がない上に図書館勤務の経験が無いときている。雇用者としてはやはり経験者を優遇していきたい」
冬木図書館の責任者を名乗る老人は次々に現実をバゼットへと突きつけていく。
外国人という条件の悪さはバゼットも熟知していた。そして、司書の資格もない事も。資格の一つや二つ、魔術だの非合法的手段でどうにかなるものなのだが彼女はあえてそれをしなかった。虚偽を含んで職場に入る事は、その職場に勤めている人間への侮辱だし、なんせ性根がそれを許さない。すべてに対して実直かつ誠実。それが彼女の美点でもあり、就職に当たっての彼女のアキレス腱でもあった。
しかし、いま面接官が上げたこれらの問題は――
「ならば何故私をここに呼んだのですか?」
全て書類選考の時点でわかっている問題だ。第一次選考の時点ではねるべき汚点。ならば何故最終選考である面接に彼女を呼んだのか、それは当然の疑問だ。
その疑問をしっかとした視線でぶつけられた面接官は、自分の顎の白い髭をいったん撫でてからこう言った。
「ふむ……確かにそれは当然の疑問ですな」
そして手元にある数枚の紙を見ながら彼は言葉を続けた。
「貴女の履歴書はとても綺麗な日本語で書かれている。そして、国語も含めた筆記試験も高得点であり、いまの受け答えも綺麗なもの、外国人によく見られる日本語の不備は一切無いとみえる。そしてきちんとした身だしなみに、私の意地の悪い発言に対して動揺も見せずに対応する精神力。これだけの人物は私の長い人生でもそれほどいない」
先ほどとは打って変わっての賛美。
「なので、貴女を正職員としてでなく、仮職員として採用したい」
「……仮ですか?」
仮という文字が付くとどうも職業が軽く見える。彼女が求めているのは正業であり、決してその場しのぎのアルバイトではない。
「もちろん、正採用を前提とした仮採用です。先ほど上げた問題ですが、外人だからといって、異国で過ごす優秀な若者を認めないほど私は頑固者ではない。確かに求職者が多い図書館業務は経験者採用に傾きがちです。しかし、それでは新人が育つ環境が無くなってしまう。私はそれはよくないと考える。なに、資格などは勤めながらとればいい」
カラカラと笑いながら老人は言葉を続ける。
好々爺というほどに年老いてはいないが、その言葉が似合う人。
思わずバゼットの雰囲気も少し揺るんでくる。
「で、どうです、仮職員という採用でもよろしいですかな? それでもよろしければ面接を続けさせていただきますが」
「ええ。お願いします」
仮という文字が付くが、彼女に冷淡な対応をとる就職世界からみればこの申し出は非常にありがたい。それに、この老人の対応から見てこの職場自体にも希望が持てる。
「わかりました。では面接をはじめさせていただきます。まず、貴女の志望動機をお願いできますかな?」
ようやく始まった面接。
言いよどみなく質問に答えていくバゼットの姿を老人は満足そうに見つめていた。


冬木の街は異常さをはらんだまま動き続けている。
世界に名を刻む英雄たちが、人外の中でも特異な力を持った者たちが、日常の中で平穏に生きている。日常を生きるに罪は無いが、やはりこれは知識の有る他者から見れば異常と断ぜられる。
その危ういバランスで保たれた平穏。それは危険と紙一重のもの。
衛宮邸の庭で響く無数の剣撃音はそれが崩れた証か。


蛇行して襲い掛かるチェーンをセイバーが紙一重で避ける。その避けた身体に向かい、本命であるダガーが襲い掛かった。
「……そこだ!」
頬をかすめる位の距離で再びそれを避け、ダガーの飛んできた方向に目掛けて剣を掲げ、駆ける。
「なぜ、なぜ貴女がこんな事をする!! 答えろライダー!!」
ライダーに目掛けて振り下ろされる刃。それをライダーは余った鎖で受け止める、風王結界の風がその長髪を揺らした。
「なぜと聞きますか、セイバー。簡単な話です。私はライダーで貴女はセイバー。戦うことになんの疑問が有るというのですか?」
それは当然の答え。
マスターにより召還されたサーヴァントは殺し合い、勝利の証である聖杯を主に捧げる義務が有る。
だが、それは聖杯戦争という環境でのみ成り立つ理論で有り――
「すでに聖杯戦争は終わった。今更持ち出す理屈ではない……!」
あの聖杯戦争が終わってから幾月が経つのか。
戦争はとうに終わり、生き残ったサーヴァント達はそれぞれ自分の道を模索し始めた。束の間の平穏。それにセイバーは、いや、数多の英霊は満足してそれを楽しんできた。それはライダーも同じ筈だ。いくらなんでも、平穏のバランスを崩し今まで数ヶ月一緒に暮らして来た者に対し刃をいきなり向けた動機にはならない。
「……マスターの為に戦い続けるのが私達の役割の筈。それまで忘れたわけではないでしょう」
「当然だ。戦争は終わっても私はシロウの剣であり続ける。それは変わらぬ誓いだ」
「私も同じです。マスターの為に戦い続ける。それがサーヴァントたるものの務め」
先ほど避けたはずのダガーがセイバーの背後より襲い掛かる。それを横に跳んでかわすセイバー。それと同時にライダーも後ろに跳び、屋根へと着地する。
対峙する、甲冑に身を包んだセイバーと聖杯戦争の際に好んで身に着けていた黒い長けの短い衣装をまとったライダー。それはまるであの新都の夜での戦いの再現だった。
「ならば私が最も優先すべきは……己のマスターです」
ライダーの手が目の眼帯――自己封印・暗黒神殿へと伸びる。それはライダーの切り札を封じる枷。これを解き放つこと、すなわちそれは。
「本気……なのですね」
「ええ。貴女と私の戦績は一勝一敗、ここで油断できるほど、私は傲慢ではない」
顔から落ちる眼帯。そして露になるライダーの美しい素顔と、病的なまでに輝く瞳。石化の魔眼。人を石に変えるという生命論理を無視したその目は、数多の宝具を持つライダーの持ち札の中でも秘奥の切り札である。
「ここまでの戦い。貴女のマスターが望むとでも?」
魔力抵抗のおかげで石化は避けているが、身体に襲い掛かる重圧までは避けられない。その重圧に耐えながらのセイバーの問い、それに対してのライダーの答えはその重圧以上に重いものだった。
「セイバー。貴女に問います、貴女がいま口にした私のマスター。それは誰ですか?」
簡単極まりないはずの問い。
「決まっているではないですか、貴女の主は――」
共に暮らした彼女の名を誰が忘れるか。
脆弱ながらも、それに耐え、人として新たな強さを手に入れた彼女。その名は……?


「思い出せない」
セイバーの答えは正直なものだった。
人の存在を忘れる、これほど無礼なことはあるまい。主が無礼を受ければ、従者にはそれを晴らす権利が有る。ライダーがセイバーに怒りをぶつけるのも当然の話だ。
「そうでしょう。仕方の無いことです」
だが、ライダーはその無礼をあっさりと許す。
そして、信じられないことを口にした。
「私もです。あの人の事が記憶からすっぽり抜け落ちたかのように思いだせない。まるで、あの人がはじめから居なかったのではないかと思うように。それが――なにより恐ろしい。だから私は狂うのです」
と。

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