ついに満月の晩が来た。

 タタリが本格的に覚醒するのは数時間後、止められなかった。

 いや、止める術を知らなかったと言うべきか。

 駆ける、彼女は。

 この町で最も高い建物へと、天に近い場所へと。

 そしてたどり着いた決戦の場、高層ビルシュラインの入り口には―――

 捨て去ったはずの過去がいた。


 

舞台袖の死闘



「な、なんで…」

 おもわず口にしてしまった言葉。

 彼女、シエルは動揺していた。

「ふふふ…」

 困惑の元凶が妖しく笑い言葉を続ける。

「なんで?愚かな問いね。今、私がここに居る事実、それを認識しなさい。ねえ私?」

 少し長めの青い髪に紅い眼を持った――若いシエルが口を開く。

 白き裸体に黒いマントを一枚だけ羽織った姿、

 それはまさしく『転生無限者』ミハイル=ロア・バルダムヨォンに憑かれていたときの彼女だった。

「タタリは噂を具現化する死徒、決して悪夢を具現化する使徒ではない筈…」

「タタリは恐怖を具現化する死徒でもある、特定の人間のね。」

 動揺するシエルに向かい、シエル…いや、ロアが妖しい笑みを浮かべたまま答える。

「貴方もタタリのターゲットの一人よ、埋葬機関第7位シエル=エレイシア。」

「…うかつでしたね。何も仕掛けてこないと思って安心していたら、こんな不愉快な物を作り出していたなんて。」

 黒鍵を取り出し、両手を下げ悠然と構えるシエル。

「もはや対象者の心の奥底の悪夢をすくうまでタタリは成長した。貴方にも上の二人にも止められない…」

 両手の赤き爪を伸ばし、戦闘体制へと入るロアシエル。

 両者はじわじわと距離を詰め―――

「あああああーーーー!!!」

 天空から響いてきた女の慟哭を機に、閃光となりぶつかり合った。


 至近距離でぶつかり合う爪と黒鍵、暗闇に激音が響き渡る。

 細かい音の連鎖の後、ひときわ大きい音が鳴り響き、両者は両手同士の鍔迫り合いの体制となった。

「ははは…教会の弓らしくないわね、こんな接近戦に持ち込むなんて。」

「ええ、近距離戦じゃないと腕が届きませんから。」

 直後、いきなりシエルが身を引いた。

 思わずロアシエルの身体が前へとつんのめる、視界から一瞬シエルの姿が消えた。

 しかし予想されていた追撃は無く、カランと物の落ちる音だけが響く。

 つんのめりのロアシエルの下向きの視線の先には力なく落ちる黒鍵があった。

 シエルの姿を確認するため顔を上げた瞬間、

 バキッッ!!

 スクリューが入った渾身の右ストレートがロアシエルの顔面を直撃した。

 そのままロアシエルの身体は吹き飛ばされ、シュラインの壁面におもいっきり叩き付けられる。

 それを見届けぬうちにシエルは地面の黒鍵を拾いロアシエルの跳んだほうへと投げつけた。

 全弾命中とはいかなかったが幾本かの黒鍵は正確にロアシエルの身体に襲い掛かり、彼女の足、肩、そして心臓部を貫いた。

「貴方は一回殴り飛ばしてみたかったんです、夢をかなえてくださって有難うございました。」

 動きが止まったロアシエルに対しシエルはかるく会釈した。

 そして言葉を続ける。

「さて、まさかコレで終わりではないでしょう?だとしたら貴方は模造品として粗悪すぎる。」

「…流石にオリジナルはだませないか。」

 動きを止めていたロアシエルの唇が動いたと同時に突き刺さっていた黒鍵が腐食するように錆びていき、数秒後には黒鍵は柄ごと崩壊し消え去ってしまった。

「私は不死身…滅する事は誰にも出来ない。」

「いえ、できます。今の攻防でハッキリした、あなたはやはりデッドコピーに過ぎない。」

 悠然と立ち上がるロアシエルに対し、シエルが毅然と告げる。

「満月の夜の吸血鬼の力はこんな物ではない、特に27祖番外とまでいわれた者なら。

 本当に正確にコピーしていたのなら、鍔迫り合いの時点で私は黒鍵ごと刻まれていた。」

「ええ、そうよ。私は粗悪品…さっきまではね!!」

 咆哮の直後、ロアシエルが跳ね上がるようにシエルに高速で襲い掛かる。

 黒鍵でシエルは迎撃しようとするが―――

 シエルが構える前に赤い爪の一撃は彼女の肩をえぐっていた。

 肩から鮮血が吹き出し、黒い法衣をどす黒い赤へと染める。

 そのまま背後へと駆け抜けるロアシエル。

「ネロ=カオスにミハイル=ロア・バルダムヨォン、流石に27祖を量産するだけの力はいくらタタリでも不可能。しかし!!タタリは最高の魔力を持つ物として具現化した!!アレを見ろ!!」

 口調が女性口調から男性的な口調へと変化したロアシエルが高きシュラインの屋上を指差す。

 屋上には何か中世の城砦のようなものがアンバランスに出現していた。

「あ、あれは…千年城…まさか!!」

 いきなり出現した見覚えある城砦、それを見たシエルが何かに気付く。

「真祖を具現化させてもらったよ。最高のモデルダ…コレニテダイロッポウのカンセイヘトミチビカレル!!ジッケンノセイコウ、ソシテヒガンノジョウジュ!カカカカ…」

(暴走している…)

 理性的な男性の口調から狂気に塗れた機械的な口調へ、そして正気を失った眼、明らかに目の前の自分はもはやコピーではなく別の化け物へと化していた。

 目の前の化け物の話によればタタリ本体はアルクェイドへと変化したらしい。

 明らかに無謀すぎる変身だ。

 ロアシエルの急激な変貌の原因、末端への過大すぎる力の供給…それはタタリが完璧にアルクェイドをコピーできなかった事を暗に示していた。

「カーカッカッカッ!!」

 狂気の嘲笑と共にロアシエルが再び踊りかかってくる。

 だが今回はそれが読めている、転がって突撃をかわす。

 空を切った爪が地面のアスファルトを粉々に打ち砕いた。

(パワーは当時の私並…いえ当時の私を明らかに超えてますね。)

 飛びのいて黒鍵を放ちながらシエルは冷静に相手の戦力を分析していた。

 ロアシエルはそれを片手で払い、シエルに追撃を仕掛けようとする。

 しかし触れたところで黒鍵は爆発した。

 噴煙が辺りを覆い、その煙が消えたときにはシエルは姿を消していた。

 だがロアシエルは迷う事無くシュライン壁面に張り付くシエルの姿を確認、そのまま飛び掛る。

 距離は一瞬で詰りロアシエルが爪を振りかざしたその時、再びシエルの姿が消えた。

 直後、無数の斬激がロアシエルの肌を切り裂く。

 しかしロアシエルはそれに動じず、残激の一筋を片手で無造作に掴む。

 そしてそのまま片腕を振り抜き、掴んだ何かを思いっきり地面に叩きつけた。

 固い物が砕ける音が響き、落下した何かは地面に大きなクレーターを作る。

 クレーターの中心には仰向けで倒れるシエルの姿があった。

(パワーだけじゃない、身体能力全てが劇的な向上を見せている。)

 傷だらけになりながらも思考は止めずに相手を細かく分析する。

(しかし、それだけ。戦闘技術自体はかなり低い上に魔道技術を使いこなせるだけの知識も失っている。)

 あの当時の自分はロアの影響もあってか魔道技術を戦闘に組み込んでいた。

 だが今の攻防のロアシエルは瀑符を組み込んだ黒鍵を見抜くことが出来なかった上、その後見失った敵を知性ではなく本能で捕まえた。

 もはや昔の自分とは別物の獣…

 相手を分析しながら、思考の波に沈みかけたその時、強烈な殺気が上空から襲い掛かってきた。

 しかしシエルは動かない、直後、

 ゴキャリ!!

 骨の砕ける音が辺りに響きわたった。



「ふう…」

 嘆息し、ロアシエルの首に巻きつけた足を外し立ち上がる。

 ロアシエルの身体は垂直に近い状態で地面に突き刺さっていた、

 首が不自然な方向に曲がり、眼や鼻等の顔の穴から血を流している。

「まさかここまで簡単に引っかかるとは、いくら粗悪品とはいえ自己嫌悪です。」

 猪の様に突っ込んできたロアシエルの首を両脚で捕らえ地面に叩きつける。

 単純極まりない作戦だがまさかここまで上手くいくとは思わなかった。

 頭脳と言う中枢部を叩き割られれば幾ら吸血種と言えども再生に時間はかかる、

 その間に屋上にいるタタリの本体を破壊すれば、この不愉快な幻も消え去る。

 真祖の姿をした死徒13位、屋上に行った二人では少し荷が重いかもしれない。

 振り返り急いで駆けようとしたその時、不可視の一撃がシエルの身体を吹き飛ばした。

 そのままシエルの身体は壁面に直撃し、新築ビルの壁に真新しいヒビを作り出す。

「がっ…」

 血を吐き出すシエル、先程と違い受身も取れずにぶつかった衝撃は生易しい物ではなかった。

 虚ろになった視線で衝撃の発生方向を見やる。

「ゲッゲッゲッ…イカセンイカセンイカセン!!」

 もはや原型を止めていないロアシエルの姿があった。

 四つん這いになり、口は限界まで開き、眼は白濁し狂気を纏っている。

 あまりに不愉快な光景に意識を取り戻し、立ち上がろうとするが、その直前にロアシエルの腕が凄まじいスピードでシエルの喉をおさえつけ、じわじわと万力のような力でシエルの喉を締め上げた。

 肉と骨の砕ける音の協奏が脳に響き、味覚は血の味を感知した。

 意識は動くが身体は動かない、打つ手を失ったのが身にしみる。

 死神が近い、それを証明するかのように――――

 月が妖しく輝いた。




「グガ!アガガガガガガ…」

 ロアシエルの絶叫がシエルの意識を呼び覚ます。

 薄目を開け見えたものは――

 姿にノイズがかかったロアシエルの姿だった。

「!」

 驚きが意識を完全に呼び覚まし、辺りの異常に気付く。

 風景は赤一色に染まっている。

 その原因は天井に輝く月、朱く輝く月だった。

「ナゼダナゼダナゼダ!!アカイツキ!!ナゼアラワレル!!」

 咆哮空しくロアシエルの身体はだんだんと闇へと飲まれて行く。

「ゲンショウノシュウエン!!マダコナイハズノシュウエンガ…」

 ロアシエルの視線は天へ向う、目の前のシエルのことなど忘却して。

 わずかに動くようになった手を少しずつ動かし、瞬間、

 一気に服に手をやり、法衣を脱ぎ去った。

 布と化した法衣は風に乗り、目の前にいたロアシエルの身体にまとわり付く。

「ギイ!!」

 ロアシエルの視線が一瞬黒に飲まれる。

 その一瞬の隙を突き、のどの拘束を解いたシエルは壁を足場にしてジャンプ、一気にロアシエルの背後へ回り込んだ。

「セブン!!」

 タタリの現象は終焉に向っている、ならば放って置くだけで目の前の化け物は消えるだろう。

 しかし自分はこいつを許せない、くだらないプライドを仕事に持ち込むのは厳禁としてもだ。

 そして身体にまとわり付いた法衣を剥ぎ取ったロアシエルの目の前に現われたのは、ノースリーブの最上戦闘服へと変化したシエルと、その手にいだかれる巨大なパイルバンカー『第七聖典』だった。

 刹那、『第七聖典』の巨大な釘がロアシエルの腹にめり込む。

「ハード…スクエア!!」

 爆音と共に釘が凄まじい衝撃で打ち出され、ロアシエルのノイズが一層荒くなる。

 鈍いリロード音と共に弾となった聖書のページが舞う。

 それと同時にロアシエルの身体は荒いノイズに呑まれ消えていった。

「ふぅ…」

 怒りや悲しみ、全てを吐き出すように嘆息する。

 空を見るといつの間にか月は消え去り、変わって天空の主となった太陽が目覚めの光を放っていた。

「朱い月が消えた…」

 気が付けば、町を覆っていたむせ返るほどの邪気も消え去っている。

 千年周期の朱い月の出現にタタリの完全消滅。

 こんな奇跡みたいな出来事の原因として考えられる事は一つ。

 タタリ、いや吸血鬼ズェピア・エルトナム・オベローンは怒らせすぎた。

 直死の魔眼を持つ物を、今世最高クラスの天才錬金術師を。

 そして彼女、アルクェイド=ブリュンスタッドを。




 遠目でシュラインの入り口を見やる、先頭を切って出て来たのは遠野志貴とシオン・エルトナム・アトラシアだった。

 そして少し不機嫌な顔でアルクェイドが後についてくる。

 ああ拗ねている姿を見ていると、とても齢3桁の吸血鬼には見えない。

 そしてアルクェイドは立ち止まり、先行していた二人は入り口前の広場の中央で何か話し込む。

「いいんですか?マスター?あの人捕まえなくて?」

 いつの間にか背後に現われていた『第七聖典』の精霊セブンがシオンを指差しながらこっそりと呟く。

「ああ、そう言えば捕獲の依頼が出てましたね、忘れてました。」

「もーマスター、ボケですか?しっかりしてくださいよ〜もう四捨五入すれば三十台とはいえ、まだ若いんですから。」

 バキ!グキ!ボキ!グシャ!ゴツ!グサグサ!!

「あくまで協力依頼ですからね、遠野君に恨まれることを覚悟してまで果たす義理はありません。」

 シエルはなんかもう本気で死ぬんじゃないかと思える状態のセブンに諭すように語り掛ける。

「それに今回、私はなんだかんだ言ってタタリとの決戦に間に合いませんでした。どのツラ下げてあそこへ行けと言うのですか?」

「マスターは脇が似合うからいつの間にか混ざってても誰も文句言いませんよ…」

「そんなこと言うのはこの口ですか?」

 セブンの下あごを片手で掴み、思い切り締め上げる。

 何か固い物が砕ける音と声にならない悲鳴が協奏がしばらく続いた後、ぐったりしたセブンのエリを掴んだシエルは踵を返し朝焼けの町へと消えていく。

 露払いの役者は静かに去るのが似合う、なんとなく言い訳がましい考えがシエルの中に浮かぶ。

 そんな事は関係無しに、日の光はやわらかく穏やかに脅威が消えた町を優しく包んでいった。


 後書き

「メルティで先輩は中盤に出たっきり。カレーでも食ってサボってたのだろうか?」

 という思いつきとバトルが書きたい!!と言う欲望が合わさってこの作品が出来ました。

 ちなみにメルティのシナリオK「幻影の夏 虚言の王」のシナリオと並行しているので、プレイ直後に読むとこの文章の拙さが幾分中和されます(爆)




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