覚悟


 気が付くと見慣れた路地にいた。

 大事な人に出会った路地、大事な人を失った路地、ここの薄暗く狭い路地には想いが充満している。

 自分がここになぜいるか?

 答えは簡単、夢だからだ。

 そう断言できる理由、アイツが目の前にいる。

 アイツが口を開く。

 「久しぶりだな、志貴。」

 遠野志貴、いやそれは俺だ。

 だとしたらアイツは…

「俺も遠野志貴だよ。それはこの間あったときに身をもって知っただろ?」

 アイツが皮肉げに呟く。

 全く同じ顔に同じ服装、違いといえば眼鏡をかけていないことか?

 でもお前はあの時死んだはずだよな。

「俺はお前の悪夢、お前が生きている限り死ぬことは無い。」

「心が読めるのか?」

「顔を見ればそれぐらいはわかる。」

 嫌な笑みだ、自分もあんな笑みを浮かべる事があるのだろうか?

 それだけでむかっ腹が立ってくる。

「俺はお前を助けに来たんだぜ?そう邪険に扱う事は無いだろう?」

 は?助けに?

 何を言っているんだコイツは?

「何もわかっていないのかお前は?自分を取り巻いている異常な状況に。」

 異常か。

 それこそ今更の話だ。

 混沌の表現者に悪夢の具現者、それに元兄弟の身体に宿った転生者。

 こんな連中と対峙して生き残っている時点で異常だ。

 平穏な人生が懐かしい。

「本当に何もわかっていないんだな、お前は。そいつらの事じゃあない、お前の隣に立とうとしている女たちのことだよ。」

 やっぱりアイツ俺の心を読んでいるんじゃないか?

 まあ元々俺が生み出したものだから当然か。

 えーと…彼女達?アルクェイドや先輩の事か?

「吸血鬼最上級の真祖に教会の第七位…この場合真祖の方が対象かな?」

 クククと声を低くして笑うアイツ。

 本気で頭にくるな、自分の顔をしたやつのこういう仕草は。

「他にもアトラスの学者様に異端のエリート遠野家当主。おっと一応屋敷の使用人どもも対象か、感応者だなんだといっても結局は魔の血に連なるものだからな。後は貴様の飼い猫か。こう考えてみると貴様は本当に自分のおかれた状況に気付いてないんだな。」

 シオンに秋葉。それに翡翠に琥珀にレン。

 なんとなくアイツの言いたい事がわかってきた。

「なにか忘れていないか?お前は遠野志貴?違う、それは自分の子も捨てられぬ阿呆からもらった名だ。おまえは異端を狩る七夜家最後の生き残り。七夜志貴だ。」

 とりあえずアイツのご高説を聞かせてもらうか。

「それが異端どもと馴れ合いの生活?笑わせてくれる、狩る対象を慈しむ猟師が何処の世界にいるんだ?真祖に吸血鬼、異端の頭領に感応者、それに淫魔。お前は耐えられるのか?狩る事を。いやそれ以前に貴様が狩られるのかもしれない。」

「いつか寝首をかかれるかもしれない相手を隣に置くのか?危険この上ないな。」

「むしろ狩れ、早く、迅速に。そうしなければ殺られるのはお前だぞ?決断しろ。殺すんだ、奴らを、魔物達を!!」

 俺は俯き静かに聞く、アイツが異変に気付くまで。

 いや、限界だ。

「ハハハハハ。」

 もう駄目だ、思わず笑い声が溢れ出てしまった。

「な、何がおかしい!!」

 珍しくアイツが動揺する。

「今更出てきやがって何を言うのかと思ったら…そんな事かよ?」

「い、今更だと…」

 動揺を通り越して困惑するアイツ。

 我ながら情けないツラだ。

「宿命だとかなんだに流されるのはやめたんだ。

 遠野だろうが七夜だろうが志貴は志貴。俺は俺なんだよ。」

 そう言いながら懐に手をやり、愛用のナイフが入っている事を確認する。

 俺は俺、アルクはアルク、秋葉は秋葉、シオンは…

 吸血鬼や異端のモノであることなんてその次に来るべきものだ。

 だいたい、ただの人間でも汚い連中なんて腐るほどいるのだから。

 そんな生まれや種族なんて些細な事だ。

「もうとっくに割り切った気でいたんだがな。お前が出てくるって事は完全に割り切れてなかったんだな…」

 ナイフを取り出し差し込み式の刃を出す。

「だったらお前を殺して、完全に割り切る…!!」

 眼鏡を外す、それと同時に無数の線が周りを覆う。

 今回は大丈夫だ、前みたいな不覚は取らない。

 …と言うか取るはずが無いんだが。

 はやる気持ちを抑えずに相手へと踊りかかる。

 アイツは

 跳ぶ事も

 ナイフを出す事も

 何もせずに俺を迎え撃った。

 俺のナイフは点を正確に穿つ。

 直後、ヤツの身体が薄れるようにして消えて行く。

 あっさりとした簡単な決着だった。

 当然だ、ここは俺の夢の中、アイツは悪夢だなんだと言っても所詮イメージに過ぎない。

 強固な意志を持つ、そうすればアイツは出来の悪い模造品にしか過ぎない。

 一回理解し、タネが割れていれば、アイツは最も弱い最弱の存在へと簡単に堕ちる。

 眼鏡をかけなおす。

 もしかしたら眼鏡を外さなくても勝てたかもしれない、それほど弱かった。

「ふふふふ…」

 消え去りながらもアイツが口を開く。

「今日は俺の負けだ…また会おうぜ志貴…」

 捨て台詞を残し、アイツは霧のように風に流れ消えて行く。

 また会おうか。

 そうだな、オマエは悪夢。

 俺が悩んだり苦しんだ時に現れるオレ。

 今度現れる時は、また別の命題をもって嫌みったらしく現れるのだろう。

「その時は…」

 俺が口を開くと同時に世界が明るくなって行く。

「また何度でも殺してやるさ。」

 言葉が終わると同時に世界が光一色で包まれる。

 目覚めの時だ。

 翡翠に起こされて。

 レンの頭でも撫でて。

 琥珀さんの朝食を食べて。

 秋葉の小言を聞いて。

 アルクとでも遊んで。

 たまにはシオンに手紙でも書こう。

 なんでもない一日、そして平穏で幸せな一日が始まる。



 後書き

 メルティの真エンディングの後ぐらいですかね(ワラキアがラストのやつです)時間的に。

 …『レンがいるんだからこんな悪夢見ないのでは?』とかの突っ込みはおやめください(笑)

 そうしてくれれば私は平穏で幸せな一日を遅れます(超爆)



INDEX NOVEL