天国と地獄〜未来視協奏曲〜休日の昼下がりの公園、子供達が駆け回り鳥が囀る。 平和な光景、まさに平穏の中の天国。 そんな中、ベンチに二人の男女が座っていた。 初々しいカップルに見えないことも無いが、カップケーキをパクつく年下の女性とそれを眺める年上の男性、どちらかと言うと仲の良い兄弟に見える。 「美味しい?晶ちゃん?」 年上の男性が、女性がカップケーキを食べきったところを見計らって声をかける。 「ふぁい、おしひいです。志貴さん。」 口にハムスターのようにほうばらせながら女性、瀬尾晶が答える。 「ははは、落ち着いてからでいいよ。それにしても…」 男性、遠野志貴が日差しがうららかな公園を見渡して言葉を続ける。 「…平和だね。」 「そ、そうですね。」 どこか周りを警戒しながら晶が答える。 「?」 いつもだったら喫茶店でケーキをそのまま席で食べるのだが、今日の日差しを見て、外で食べた方が良いんじゃないかと提案したのは志貴だ。 最初に提案したときは普通に喜んでいるように見えたが、しばらくしてから思い出したかのように周りをそれと無く警戒するようになった。 もし何か晶に不具合な事があって無理に合わせてたのだとしたら悪い気がする。 「晶ちゃん、なんか不都合な事でもあるの?」 「いえ!そんな不都合どころか凄く嬉しいですよ!!」 「?、だったら何でそんなに警戒してるの?誰かに追われてるとか?」 「…すいません志貴さん。」 晶がいきなり頭を下げ言葉を続ける。 「せっかく誘ってくれたのに、なんか志貴さんに気を使わせてしまって…」 「そんな事無いよ。」 ケーキをおごっているせいで財布の中身はピンチだが、別に悪い気はしない。 晶は本当に心底美味しそうにケーキを食べてくれるし、ころころ変わる表情は見ていて楽しい。 まさにおごり冥利に尽きるといったところだ。 「そうですか、そう言っていただけると…ウッ」 言葉を続けようとした晶がいきなり目頭を押さえてうずくまる、手に持っていたカップケーキが落ちそうになり志貴が慌てて押さえながら、同時に晶の身体を支える。 「大丈夫!?晶ちゃん!?」 大丈夫といいながらもなぜこうなったかは志貴には想像が付いていた。 「ええ、大丈夫です…」 何事も無かったかの様に晶が身体を起こす。 「見えたのかい?」 未来視…近き未来の可能性を見る眼。あくまで可能性であり、その未来そのままに絶対になるわけではない。 しかしその可能性は未来の指針とするには十分な確率を持っている。 ただその未来は万事上手い物ではなく、悲しい未来を見てしまうこともある。 その眼を晶は持っている。 何回か志貴はその兆候にあっているが、ここまで大きい兆候を見るのは初めてだった。 「ええ、見えました。凄い遠い未来でした、だからこんなに目が痛く…」 「晶ちゃん、眼が痛いのかい?」 「ええ、でも大丈夫です。」 「だったとしたら…とっても良い未来だったんだね。」 晶は心底嬉しそうに笑っていた。 もう本当に嬉しそうに。 その顔からは痛みなど全く感じられない。 「そんなにいい未来だったら教えてくれない?」 「いえ!ダメですダメです!!」 顔を赤くして手をぶんぶん振る、その仕草は見ていて飽きないが未来が気になることには変わりない。 「え〜気になるな。」 「そうですね。私も気になります。」 「遠野先輩に聞かれたら隠すわけにはいきませんよね。実はですね、なぜか市役所で自分の戸籍を見てるのが見えまして、 そこの名前がなぜか遠野晶になってたんですよ。」 「ふーん、別に家は養子を入れる予定なんて無いけど?」 「何言ってるんですか、この場合どう見ても結婚して名字がって……」 ノリノリで話していた晶が何かに気付く、周りでは走り回っていた子供が泣き叫び、囀っていた小鳥達は危険を察知したかのようにわれ先にへと飛び去ってゆく。 「あ、秋葉。」 「兄さんどうも。瀬尾もまさかこんなとこで会えるとは思わなかったわ、家の近くに来るのなら連絡を入れてくれれば良いのに。」 気楽に手を上げる志貴。 ベンチの脇には遠野志貴の実の妹、そして晶の所属する浅上女学園生徒会の直径の先輩である遠野秋葉がいた。 志貴が見ているせいか表面上の殺気は抑えたようだが、なにか心底どす黒いモノが体の中で燃え上がっているのが晶には見えた。 タイミングが悪すぎる、志貴と会う+二人きり+告白に近い未来視=最悪のタイミングだ。 「い、いや、あの、実はきゅ、急に時間が空きましてですね、この近くの画材屋にト−ンを買いにきたら偶然に志貴さんに会いまして!」 嫌な汗を掻きながら本気で必死に弁解をしてみるが… 「ふーん。偶然ね…まあいいわ、それより週明けの生徒会会議の資料の事でちょっと話したいことがあったのよ。 ちょうどいいから家に来てくれる?」 無駄だった。 「い、いえ。お宅に伺うなんてそんな…」 「遠慮しなくて良いのよ?」 赤く染まりかけた髪で晶の襟首を掴みそのまま引き摺って行こうとする。 ヤバイ、死ぬ、殺される。 そんな単語が頭の中で反芻される。 「そういう訳で兄さん、瀬尾をちょっと連れて行きますね。」 「あ、ああ…」 今まで事態を静観していた志貴に向かい、秋葉が有無を言わさぬ口調で告げる。 何だか自分では事態をよく解っていないのか、呆然しながらも志貴は晶を連れて行くことを了承する。 (やばい!ココで助けを求めなかったら死ぬ!!) 頭の中で狂気に近い叫びが響く。 そう思った瞬間、秋葉の手を振りきり、うなだれかかる様な体勢で志貴の手にすがりつく。 「志貴さん…」 潤む瞳で本気で見つめる 何か赤い髪のような物が身体にまとわり付く寸前にまで近づいているが、ココで引いたら今日死ぬ。 どうせ明日以降も秋葉とは会うのだから、結局は逃げられないような気がするが、ここで庇って貰えれば今日は生き延びられる。 「晶ちゃん…」 志貴が感極まった声で話し始める。 何か周りの気温が急激に上がって来た様な気がするが、きっと気のせいだろう。 「大丈夫だよ。そこまでしなくても、別に気にしてないから。元々俺が誘った事だしね、また今度にしよう。」 (今度は多分ありません…) 絶望という言葉が身にしみる。大体こんな事で心を動かすのならば彼にトウヘンボクの称号は与えられないだろう。 「さあ行きましょうか瀬尾。兄さん、この後のご予定は?」 混沌の熱気が首元を掴む。 「うーん、買い物の後に乾と落ち合う。大丈夫、晩飯までには帰るから。」 「そうですか、こっちの方もそれまでには片付けておきますので。」 「そうか無理するなよ。じゃあ晶ちゃんまた。今度は喫茶店でゆっくり食べよう。」 そう言って最後の希望は去って行った。 「あうあうあう…」 涙がとめどなくあふれる。 後に残るのは熱気と殺気の塊のみ。 「さて、行きましょうか瀬尾?…未来視についてゆっくり語りましょう?確かあれは絶対的な未来ではないのよね、だったら変える方法を考えて見ましょう。一番確実なのはそんな愚かな未来の当事者を消す事かしら?」 「いやーーーーーーーーー!!」 「ふふふ…そんな大きな声出しちゃって。安心しなさい、地下室は完全防音だからそんな声出しても無駄よ。」 そのままズルズルと引きずっていく、地獄へと。 時間にして10分、この中で彼女は地獄と天国を往復する事となった。 こんな体験はまれに出来ない、これは彼女の人生にとって大きな経験となるだろう。 …人生の先があるかわからないが この未来視が的中する事を切に願う… 後書き 軽いなーこの作品。 いや、瀬尾晶は俺の中で上位にランクされますよ? 月姫ヒロインのなかで一番真人間に近いような気がしますし(爆) INDEX NOVEL |