漆黒の幻夢

 王の為に己が体を捧げよ。
 新たな世の犠牲を強いられ彼は生まれた。
 肢体を千切られ、内臓をかき回され、実験という名の拷問が毎日昼夜休むことなく続けられた。
 だが彼はコレの全てに耐えた。
 その意志を支えていたのは崇高なる使命。
 自身が体を捧げた実験の結果を礎とし、新たなる王の基本となる素体が創られる。
 王となるべき男達の素体の大元に自分が成る、臣下としてこれ以上の栄光があるだろうか?
 誇りを糧にした彼は5万年という長い月日を耐え、遂にその任務にも終わりのときが来た。
 ついに迎えた約束の日、二人の世紀王は彼の体を素として第一の改造がなされた。
 その後に彼は治療と休養を兼ねて長い冬眠へと入る、起きた時に地上の覇権を握っているのは自分の献身から生まれた王だと固く信じて。
 だが彼が眠りに入ったその直後に行われた第二手術の際に世紀王の一人が脱走し反逆、長い激闘の末に男は彼が忠誠を誓った組織を絶対的な支配者である王ご と壊滅させてしまった。
 全てが終ったころ目を覚ました彼が見たものは栄華を誇る組織ではなく、崩壊し荒廃しきった基地だった。
 そして自身が寝ているときの反乱と壊滅のくだりを始めて知った時に彼は初めて泣いた。
 どのような苦痛や苦難にも全て耐えた男が始めて流した涙だった。

 「この施設は我々が占拠した! 」
 銃を小脇に抱えたクライシス帝国戦闘員チャップがホールに集められた人々に叫ぶ。
「抵抗は無駄だ。妙な動きをすれば命は無いものと思え」
 人質の周りを囲むようにして立つチャップがそれを聞き一斉に頷いた、その動きを見た人質から苦悶とも苦痛とも取れる声が漏れる。
「この施設の設備は我らクライシスの」
 ボトリ
 何かがチャップの演説中にホールに投げ込まれ、ホールにいる全員の注目を一気に集めた。
 赤く染まった不気味なボールとしか思えないソレはとてつもなく生臭くとてつもなく不気味で――
「キャーーーーー!! 」
 人質とされた女性の叫び声で一気に人々は言葉を取り戻したかのように騒ぎ始め、沈黙を保っていたホールは一気に騒音に包まれた。
 しかしチャップはその騒ぎ声を聞いても誰も静まらせようとしない、なぜなら彼らもその物体に惹かれてしまっていたからだ。
「馬鹿な」
 その物体の正体は原型も残さぬほどに殴られた怪人の首だった。
 施設占拠の司令官として派遣され、重要設備の脇でクライシスの宿敵である仮面ライダーRXの襲撃を待ち構えていた筈の怪人の見るも無残な生首、それはつ まり作戦の失敗を示す。
 ギィ……
 騒乱を抑えるかのように正面のドアが軋みながら開き、中から一人の男が姿を表す。
「お前は!? 」
 そこにはいる筈の無い人間がたたずんでいた、歴史の中にうずもれ、新たなる戦士のさなぎの皮として脱ぎ捨てられたはずの男が。
 だがチャップの同様など微塵にも気にせず男はゆっくりと人が集まっている辺りに向かってくる。
「おい、アレは……」
「仮面ライダー! 助けに来てくれたのか! 」
 先ほどまで絶望に満ちていた人質の顔に希望がともる。
 彼らは知っていた、暗黒結社ゴルゴムに占拠された日本を救った英雄の姿を。
 仮面ライダーブラック、その漆黒の体はこの国で英雄視されてきた仮面ライダーの中でもひときわ目立ち異彩を放つ。
 しかし彼らは知らない、すでにこの時ブラックであった男はその姿を捨てていた事を。
「う、動くな! 動けば人質の命は無いぞ」
 ブラックに一番近いところにいたチャップが手近にいた人質の頭に銃口を突きつけブラックを威嚇する、だがそんなことはかまわないと断言しているようにブ ラックの足は止まらない。
 そしてひと跳びに近づける位置まで近づいたブラックは踏み込みと共に足をなぎ、チャップの胴体をマッチ棒のようにへし折った。
 銃口をつきつけられた人質の首ごと。
 そしてブラックは脇にいたチャップの頭を拳で貫き、空いた手で状況が理解できず硬直する人質の心臓を貫く。
 絶命した人質の傷口から噴出される血が黒き体を紅く染める、その姿は正義の味方の要素などかけらも無く、まさに悪魔。
「アーーーーーーー!! 」
 人質があげたのかチャップがあげたのかもはや解らぬ絶叫。
 コレを期に恐怖に満ちていたホールは一人の英雄の手により。
 ――殺戮に染まった。

 「なんなんだ、これは」
 動揺と驚愕に押しつぶされそうな声で南光太郎は通路を見やる。
 クライシス強襲の連絡を受け、急行し中に潜入した光太郎の目の前に広がったのは無残に破壊されたいくつものチャップの残骸だった。
 自分以外にクライシスと戦っているゲリラなどの存在は知っているが、この惨状は異常だ。
 四肢を押しつぶされている者に頭を一撃で砕かれている者、常人の手では物理的に不可能な死に様をしているものがゴロゴロ転がっている。
 「アーーーーーー!! 」
 何者とも思えぬ絶叫が通路の奥から聞こえ、ソレを聞いた光太郎は一気に奥へと駆け出す。
 奥に近づくごとに、改造人間の過敏な聴覚はどんどんと多種多様な断末魔を聞きとっていた。  

バン!
 開けるのももどかしいほどの勢いで開かれた扉。
「――お前は」
 光太郎の視線の先に広がっているのは無数の死体で埋め尽くされた狂気の世界。
 その中央ではかつての自分が血に染まり仁王立ちで待ち受けていた。
 無言でちゃぷりちゃぷりと死体から流れる血が作り出した水溜りを重々しく踏みしめ歩いてくるブラックのその姿は黒いボディと相まって異様な迫力を放って いた。 
「貴様何者だ!? その姿で一体何をたくらむ!? 」
光太郎の問いには一切答えずに彼自身の過去の姿であるブラックは歩き続ける、その赤い目映るのは光太郎ただ一人。
そして両者の距離は一足で踏み込める程のものになった。
「チィ、変身!! 」
 両手を複雑に交差させ構えを取った瞬間、光太郎の腰のベルトのバックルから放たれる二重の光が辺りを包む。
 そしてその光の奔流が収まった時そこに現れたのは――
「仮面ライダーRX! 」
 世界征服をたくらむクライシスに一人敢然と立ち向かう南光太郎の現在進行形の姿であるRXがそこには居た。
「来い、かつての俺を真似たとていまの俺に勝てると思うなよ」
 RXが言うや否や一気に飛び込んで拳を振りかぶるブラック。
 それに呼応しRXも己の拳を振りかぶる。
 両者の中央でぶつかり合う拳、そのインパクトの音が辺りを震わす、過去と現在の邂逅というありえない戦いのゴングはとても無骨なものだった。

  腹を貫くかと思えるほどの拳を受けRXが倒れる。
 既に数度目のダウン。
 過去が現在を圧倒するという異常事態がここでは起こっていた。
 過去の象徴であるブラックが現在の象徴であるRXの胸倉を掴みそのまま肩口に担ぎ上げ回転、エアプレーンスピンでコンクリートの壁へと投げつける、突っ 込んで行くRXの体はコンクリを砕きその破片に埋もれてしまった。
 それを見たブラックは瓦礫に近づこうとするが、突如瓦礫の山から放たれた銃弾がその黒い体に命中し動きを止めさせる。
 瓦礫の山を掻き分けあらわれたのはメカニカルな体が特徴的なRXのもう一つの姿ロボライダー、その手には愛銃であるボルティックシューターが握られてい る。
 直後にブラックの体に黄金の弾丸が体中余すところなく打ち込まれ、辺りは硝煙の煙に覆われた。
 だがブラックは俊足の動きで一重でかわしながらどんどんと近づいていき跳躍、仮面ライダー伝統の必殺技であるライダーキックの体制で銃を構えるロボライ ダーへと突っ込んでいく。
 そしてエネルギーの膨張により光り輝くそのキックは重装甲であるロボライダーの胸を容易く砕いた。
 そしてその威力は胸の破砕程度では抑えきれなかった、直撃を受けたロボライダーの体は壁を突き破り施設の外まで吹き飛ばされる。
「がは……」
 苦悶の声を上げ仰向けに倒れたロボライダーはRXへと戻る、ロボライダーへの変身能力を得てから幾度もの戦いがあったが苦痛から変身が解除された事など 数える程もない。
 いま目の前に居るブラックはクライシス怪人はおろか当時の自分よりも遥かに強いと認識せざるを得なかった。
 そしてその強者が自分を追いかけ建物から出てきたのを見て光太郎は久々に強者への恐怖を感じていた、その恐怖を振り払うためには全力で戦うしかない。
 RXの体がまばゆいばかりに青く光り、黒と緑のツートンで色付けされた体を銀と青へと変化させていく。
 通称“怒りの王子”バイオライダー、体を液体化させるという反則に近い能力を備えたRXの切り札的形態だ。
 その液体化能力を最大限に利用し、瞬時に液状化し高速移動、構えを取るブラックの体を一瞬で切り刻む。
 鋭く斬り付けられた傷口から体液が噴き出しブラックが始めて膝を突く、そんなことには構わず液状化したバイオライダーは再びブラックに襲い掛かった。
 しかしブラックはそれをジャンプで振り切り、上空高く上がったところでベルトのバックルを両手でしっかりと握り、そのベルト中央の赤いシンボルを地面へ と向ける。
「キングストーンフラッシュ」
 初めて出す冷酷でどこか無機質な声と共にベルト中央から放たれた強大な光は地面ごと液状化したバイオライダーを包み込む。
 そして光が落ち着いたとき地面にはあちこちが焼け焦げたバイオライダーの姿があった。
 元々水の化身であるバイオライダーは相反する炎や熱に弱い、そして強大な太陽光であるキングストーンフラッシュは見事に液状化したバイオライダーを焼き 尽くしていた。

  ついに体が限界を向かえ変身がとけてしまった光太郎を見下ろしながらブラックがたどたどしく口を開いた。
「見ロ、世紀王。コノ体ヲ」
「世紀王だと? おまえはやはりゴルゴムの怪人――! 」
 なにか言おうとした光太郎の言葉を遮った物、それはブラックの体全体を覆うように出現した無数の傷跡だった。
 頭に胸に腹に足、その傷は全てが鮮血をいまにも噴き出しそうなほどに生々しく残酷だ。
「コノ傷ノ一ツ一ツガ、俺ノゴルゴムヘノ忠誠ノ証。ソシテコノ傷カラオマエタチハ生マレタ」
 言葉を続けるごとにブラックの肩がだんだんと震えていき、ついにはその複眼から紅い涙が溢れてきた。
「ダガ俺ノ忠誠ハオマエニ踏ミニジラレタ! ナゼダ! ナゼ貴様ハゴルゴムヲ滅ボシタ!? 」
「……俺は許せなかった、お前たちゴルゴムが弱い人々を踏みにじるのを」
「ソウカ、ソレハ立派ナ理由ダ。ダガ、世紀王誕生ヲシンジ、長い月日ヲ苦痛デ生キテキタ俺ノ無念ハドウナル!! ソシテ、王トナルベキ人間ニ殺サレタ怪人 タチノ悲シミハダレガハラス!! 」
「それは……」
 光太郎は思わず言葉に詰まってしまう。
 確かに自分は怒りと使命感に燃え数多の怪人達と彼らの指揮官であった三神官のビシュムにバラオムにダロム、そして世紀王シャドームーンと支配者創世王を 倒し暗黒結社ゴルゴムを完全に壊滅させた。
 だがその後に自分が得たものはどうしょうもない虚無感。
 誰の祝福もなく何の栄光もない、心に響くのはかつての親友を自分の手で殺した罪悪感と血塗られた両手。
 勝者である自分でさえここまでの物を抱いている、なら敗者である彼らはどこまでのものを背負えばいい?
 王である自分の裏切りへの怒りに種族壊滅の無念さに敗者としての哀しみ、この傷だらけの自分のフェイクの涙は重すぎる。
「ソウカ、ソウダッタナ。今ノオマエハRX、俺タチノ無念サハ世紀王ブラックサンノ姿ト一緒ニ捨テテシマッタワケダ」
 悲しい笑い声を上げながらブラックが手刀を頭上高く上げる、その狙いは足元の光太郎の首を正確に狙っていた。
 その光景はまるで練磨の処刑者と苦悶にさいなまれる受刑者の様。
 二人の間で世界が張り詰めそれぞれが相手から目が離せなくなる、だからなのだろうブラックが遠くから聞こえ近づいてくるエンジン音に気付かなかったの は。
 RX所有の四輪自動車『ライドロン』命と意志を持つその機械は主の危機を感知し命令されることなく動くことが可能、そして主の危機を感じれば次元を超え てでも馳せ参じる。
「! 」
 ブラックがソレの来襲に気付いた時にはもう遅く、ブラックの体は重量級の突撃を喰らい木の葉の様に吹き飛ばされた。
 しかしブラックは不安定な体勢を空中で立て直しながらなんとか体勢を崩しながらも着地する。
 だがその視線の先に映ったのは全速力で走るライドロンの後姿、当然倒れていた光太郎の姿など微塵もない。
「逃ガサンゾ世紀王」
 駆け出そうとするブラックだが、突如その足取りの勢いが急激に衰えていき遂には膝を付き動きを止めてしまった。
「グァァァァァァァァァァァァ!! 」
 絶叫しのた打ち回るその姿には先程までの強者としての迫力は微塵も無い。
 そしてその絶叫に呼応したのか体中の傷跡からまるで今しがた傷を受けたように体液が噴き出す。
 ひとしきり苦しんだ後にようやく体液の噴出も収まり危なげな足取りで立ち上がる、当然ながらライドロンの姿はすでに遠くへと消えている。
「ハァ……ハァ……ブラックサン、イヤRX。俺ノ命ト引キ換エニシテデモ貴様ニ罪ヲツグナワセテヤルゾ」
 呪言とも聞こえるほどの苦痛と怨念にまみれた言葉を吐き消えていくその黒き姿は、宿敵への妄念で復活し復讐鬼と化した銀色の世紀王の姿をなぜか思い起こ させた。

 傷の痛みが体中に響き一気に覚醒する。
 目が覚めたときに目の前に見えたのはライドロンの天井、かつての自分を模した悪魔の姿は影も形も無い。
「助かったのか俺は」
 とりあえず命が助かった事に安堵するがそれも一瞬のうち、すぐにどうしょうも無いほどの敗北感と恐怖が身を襲ってくる。
 かつての自分の姿を真似てゴルゴムを名乗り襲い掛かってきたあの謎の怪人は確かに強かった、だがそれ以上に恐ろしかったのは背中に背負うもの。
 怨念、盲執、執念、まるでゴルゴムという滅んだ組織の全て無念をぶつけて来た様なあの姿の前では正義を背負い戦う自分の姿がとても頼りなく見える。
 はたして自分はあの偽者ほどに重く何かを背負っているのだろうか?
 少なくとも今は本物である筈の男が偽者に気おされている――
「く……」
 痛みがどんどんと酷くなっていき、体の節々も悲鳴を上げ始める、手早い治療をしなければ流石に体が持たないかもしれない。
 そしてライドロンを降りる光太郎だが、おもわず立ち止まってしまう。
「ここは」
 かつてブラックとして戦っていた時の唯一のふるさととも呼べる場所。
 そして全ての戦いを終えた後に独りで孤独に泣いた場所。
 もう帰って来る事は無いと思っていた場所である筈の喫茶キャピトラがそこには有った。 

INDEX/ NOVEL