ザ・サムライ/ミステリアスパートナー

 目が覚めぬイリヤを抱えて駆け込んだ教会。
 深夜に近い時間の来訪にも関わらず言峰は平然と起きており、俺達から事情を聞くやいなや直ぐにイリヤの治療に取り掛かった。
 なんでも遠坂が言うには言峰は屈指の魔術治療の専門家だとか、奴に任せておけばとりあえず大丈夫だと。
 イリヤの回復への光明が見えたのは正直嬉しいんだが……
 その代わりとは言えないが大きな犠牲が出てしまった。 
「すまない遠坂。俺達がもっと気をつけていればこんなことには……」
「いいのよ。あいつだってある程度の事は覚悟の上で一人残ったんだから。貴方達に責任はないわ」
 深い森でのネプチューンキングに意志を乗っ取られたバーサーカーとの死闘の後に、アーチャーは俺達を先に行かせて一人森に残った。
 森で発生した謎の泥の調査の為なのか、それとも何者かの気配を察知して残ったのか、それはもうわからない。
 帰りがあまりに遅いため、泥が引けた後に様子を見に行ったネプチューンマンが見つけた物は地面に染み付いた大量の血痕に断たれたアーチャーの片腕と片足。
 その事を遠坂に継げた時、彼女の口から出た言葉は
「アーチャー、死んだみたい」
 何処までも冷たく何処までも感情を感じさせない一言。
 自分の従者が死んだのにこの抑揚の無さ、知らない人間が見たら遠坂は稀代の冷血の悪女だ。
 だが彼女は冷血でも悪女でもない。
 理解しているから、ここで取り乱しても意味が無いことを。
 知っているから、もし女々しく自分が泣いていたら消えた自分の従者が情けない女だと嘲笑する事を。
 だから彼女は感情を抑える、どこまでも冷静でどこまでも優秀な魔術師と言う人種の仮面を被り。
「しかしどうも腑に落ちない」
 ひとしきり無言で悩んでいたネプチューンマンが突然口を開く。
「なにがさ? 」
「いくら疲弊していたとは言えアーチャーとて並みの使い手ではない、相手に一矢も報いずやられるとは思えん。だが痕跡を見るとどうも一方的にやられていた としか思えん。ここまで一方的にするには達人の一人では到底足りんぞ」
「ならば相手は二人の達人だったのだろう」
 教会の奥へと繋がる扉が開き言峰が姿を現す。
 その鉄面皮は平時と変わらないものの長く手術をしていた為か疲労の色が少し見える。
「イリヤは? 大丈夫なのか?」
「峠は越えた、命に別状は無いだろう。だが意識を取り戻すには再度の治療が必要だ」
「命!? 」
 意識を取り戻さない辺りから軽症ではないと思っていたが峠やら命と言う単語が飛び出すまでに危ない事態になっていたとは。
「もともと華奢な体で無理をしていたところにバーサーカーの殺人的握力で握られたからな、凛の応急処置が無ければここまで持ったかどうか」
「そう……よかった」
 遠坂の顔にもやっと安堵の色がさす。
 なんだかんだでイリヤのことを口には出さないが気にかけていたんだな。
「少しイリヤスフィールの体を休ませてから再度治療を始める。だがその前に凛、そして衛宮士郎、お前達に話しておきたい事がある」
 問いかけときながら、こちらが返事を返す間も無く言峰はゆっくりと語り始めた。
「この戦争――想像以上の不穏分子が流れ込んできている」

 全ての始まりである衛宮邸の蔵。
 その蔵の中で何かのページをめくる音が聞こえる。
「コイツが前回のお前のマスターのキリツグとか言う奴か。この写真では穏やかな顔をしているが目の底の光は隠せない。手段の為なら目的を選ばぬ狩人の目か、どうにも親近感を感じてしまう」
 幼き士郎と切嗣が笑顔で写る古ぼけたアルバムをめくりながら呟く白衣の怪人ミステリアスパートナー2号。
 その背後には黒い甲冑で身を固めバイザーで素顔を隠した謎の剣士が物言わず静かに控える。   
「これでここでの仕事は終わりだ。あとは街をふらついている不良娘の監視と――」
 ぎらりと白衣の下の目を輝させ入り口の扉を凝視する2号。
「野良犬の始末」
 その視線の先にはかったるそうに槍を抱え壁にもたれかかったランサーがいた。
「野良犬か。まあ確かにそう言われてもしゃーないな、なんせそれ位の仕事しかしてねえ」
ランサーはそこで馬鹿にしきった様にニヤリと笑い言葉を続けた。
「だがな、泥棒猫に言われる筋合いは無え」
「そうか喧嘩を売っているんだなお前。だがいいのか? ご主人様に覗き見に徹しろと命じられて」
 チュイン!
 弾丸のごとき音がその2号の侮蔑のセリフを遮る。
 神速と呼ぶにふさわしいランサーの突きは2号の脇をかすめ、そのまま蔵の壁に鋭利な穴を開けていた。
「必要最低限の交戦は避けて諜報に徹しろという命令だ。ま、オマエの手足をぶっちぎって命乞いをさせるぐらいは最低限さ」
 覇気を体から滲ませながらにじり寄るランサー。
 その姿は正に英雄と呼ばれる存在の名を冠するにふさわしいものだった。
「荒れているなあ猟犬。カルシュウムが足りないのなら骨をくれてやろうか? 」
「調子のってんじゃねえぞテメエ。あの変なセイバーみたいに真正面からやりあうならまだしも裏でコソコソ動き回りやがって、人様の戦いを邪魔するんじゃね えよバケモノどもが」
 何処までもクレバーな2号の挑発を叩き潰す勢いで殺気を膨らませるランサーに呼応して後ろで無言のまま控えていた漆黒の騎士も構えを取るが、
「ランサーは俺が狩らせてもらう。お前はコレをもって戻っていろ」
 2号が手に持っていたアルバムを騎士に手渡す事でそれを制した。
 それを受けた騎士はチイと舌を鳴らしあきらかな不満を表してから手近な壁をわざわざ破壊し、荒っぽくその場から去っていった。
「ケケケ、悪いなあ、なんせ二人がかりじゃ分け前が少なくなっちまう。ただでさえ残っている賞金首が少ないのに金まで減らされたらたまったもんじゃねえ」
「賞金首? 」
 2号が発した妙なキーワードを思わずランサーは聞きとがめる。
「ああ、お前らサーヴァントを一人倒すごとに1000万超人ドルが俺の懐に入る。だがこの間のアーチャーとか言う奴の時は二人がかりで殺ったせいで減額さ れちまった」
「なんだその聞いたことの無い通貨は。いや、それよりテメエ金目当てでこの戦争に参加したのか? 」
 金や利益を目的に聖杯戦争に参加したマスターも歴史的には数多くいるが、ここまでストレートに賞金首という表現でサーヴァントを狙うのは前代未聞だ。
「フォーフォフォ! あたりまえじゃないか。お前らサーヴァント全員を倒した暁には一生遊んでも暮らせるだけの金が手に入るんだ! 」
 叫びと共に2号が羽織っていたローブを脱ぎ捨て真の姿を現す。
 顔にはホッケーマスクのような仮面を被り、体を黒いスーツと白いアーマーで彩った姿は近未来的なものを感じさせネプチューンマン以上にサーヴァントとは 一線を画している。
 唯一呪文や魔力の臭いを感じさせるのは背後に背負う巨大な異形の手。
 その手は怪人を覆うように肩や脇の下に指をそれぞれ這わせ、その呪術的装飾が近未来的なスタイルと合致し妙な怖さを漂わせていた。
「我こそは遠く1万6千光年宇宙のかなたオメガケンタウロス星団からお前たちサーヴァントを皆殺しにするためやってきた超人ハンターオメガマン――!!  」
「……対戦相手にどんな有名人が現れるかわからないって言うのがウリの聖杯戦争だがよ、まさか宇宙人と戦う羽目になるとは思っても見なかったぜ……」
 あきれた表情でオメガマンを見つめるランサー。その顔にはもうどうでもいいやーと言った一種の虚脱感が浮かんでいる。
「またオメガマンのΩ(オメガ)とはギリシャ語の最終文字で最後という意味がある……まさに私は完璧超人最後の刺客としてサーヴァントよ、お前たちの前に立ちふさがったのだ――ッ! 」
 絶叫と共にオメガマンがランサーに殴りかかってくる。
「チィ! 」
 その急襲を槍で捌きながら退いて行くランサー。
 熾烈な攻防を続けながらも二人はやがて蔵を出て、ひと気が無い漆黒の街へ戦場を移していった。

 真夜中の通りをあてど無しにさ迷い歩く女性、その目は熱病を侵したかのように虚ろで、足取りも酔い潰れた様に不確かなものだ。
 そんな女性を見れば大抵の人は目をそむけ関わり合いになる事を避けようとするだろう。
 だが、その女性に美人という要因が入れば話は別だ、美しさというものはそれだけで男女問わず目を惹き付けるし、ことに男にいたっては今まで抱いていた虚ろさという恐怖を儚さと言う美しさと勘違いする愚かさもある。
 自然と毎晩街をさまよう美人の噂はどんどんと広がっていき、それを狙う男達は彼女を捜し続ける、遠き視線から見ればそれはまるで誘蛾灯とそれにまとわりつく無数の蛾の様に見えただろう。 
「な、お姉ちゃん。そんなに寂しいんだったら俺達と一緒に行こうぜ、みんなであんたの寂しさ埋めてやるからさ」
 今日も女性を囲んだ無数の蛾の一人が勇気を出して声をかける。
 格好は一目見てそれと解るほどのガラの悪い衣に身を包んだ蛾たち。
 多分に美人の噂に引きつけられ度胸試しと興味本位の半々で来て見て実際それを見つけ有頂天なのだろう、これから先の自分達にとって明るい未来に向けて下衆びた笑みを浮かべている。
 無言のまま魅力の一言では済ませられないほど色気を含んだ蟲惑的な笑みを浮かべる女性。
 だがその表情をを了承と捕らえた男の一人がその肩に手をかけた瞬間に、彼女の顔は狂気を前面に押し出した悦びの表情へと変わった。
 男がその異常さに気付いたその時にはもう遅く、その背後では地面から生えた異形のワニ人間が大きく口を開け彼を飲み込もうとしていた。
グシャ! バリボリ……ガグガグ……
 男の上半身に噛み付いたワニ人間はあっという間にその上半身を飲み込み一気に食い千切った、その口から聞こえる咀嚼の音が非現実的なほどに肉感的だ。
 その音を期に次々と姿を表す異形のモノ達により集まった蛾達はその命をあっさりと潰される事となった。 
 ある男は何処からともなく飛んできた大きなリング状のカッターに首を跳ねられた。
 その隣の男は図太い針がびっしりと付いた巨大な鉄板に挟まれ人型としての原型を留めないほどに潰された。
 そしてその惨状に腰を抜かした男は背後に音無く現れた忍者の格好をした男の口から吐き出された火炎弾により体中を炎に包まれた。
 背後では集まった男達の中ではひときわ大柄だった男が彼以上に巨大な角ばった人型の彫刻に捕まえられ、その胸に付いた上下二段の巨大なローラーに無理や り押し込められている。
 唯一自我を取り戻し惨劇から逃れようとした男がいたが、それを追う様に影から発射された小型の竜巻が彼の体を遥か上空高くに舞い上げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
 あまりに高所からの落下に受身も取れずに男は頭から地面に落ちる、ゴキリと言う太い骨の折れる音が彼の絶命を辺りに告げた。
 そして累々の無残な死体は影に吸い込まれていく、その様はまるで影が喰らっているかのよう。
 これにより光に集まった蛾達は死体も残さず綺麗に全滅、すでに規模は大小ながら3日はこの惨劇が続いている。
 死人に口無しとはよく言ったもの、噂の続きとして語られるべきの『彼女に触れた者は死ぬ』という事実を語るものは居ない。
 美人が街を彷徨うと言う魅力的な噂だけが一人歩きし、餌となりし男だけがどんどんと集い喰われて行く、余りに捕食者にとっては理想的な状況。
『バゴアバゴア……体がどんどんと蘇る。桜よ、もっともっと食い続けろ。私が蘇りしあかつきには誰にも邪魔される事の無い、お前とその愛しき者の楽園を作り上げてやろう……」
 どこからともなく聞こえてくる尊大で邪な声。
 邪神とも悪神ともとれるその声に突き動かされるように女、いや間桐桜は危なげな足取りで夜の街を侵す様にその足取りを広げていった。  

 ガシャン!
「クッ……」
 一面がガラス張りの映えたビルの壁面にランサーの体が叩きつけられる、衝撃で画一垂直だった壁面が大きく円状にたゆんだ。
 感覚と身体能力を全開にした二人の超越者の攻防は移動しながら舞台を新都へと移し、止む事無く続いていた。
「ケケケー! 」
 奇妙な笑い声を上げ、壁のへこみに貼り付けられる形となったランサーに右拳を振り上げ襲い掛かるオメガマン。
 だがその拳が突き出されるところを狙い済まし振り払われた槍がオメガマンの右肘に当たり、その拳の軌道を大きくずらし壁面へと吸い込ませる。
 その隙に蹴りだされたランサーの足、だがその一撃は敵にたいした損傷も与えずに体を軽く退かせ宙空に身体を浮かせるまでに終った。
「所詮は槍兵。格闘は苦手なようだな」
 あざけりの顔でオメガマンは笑う。
「いいや、これでいいんだよ」
 だがそれを意に介さないランサーの笑みを見て、すぐに自分の危うさに気がつく。
 先程までは自分に有利だった格闘戦が栄える接近戦、だが距離が一瞬で大きく離れた今の状況は中距離。
 つまりコレは、槍が栄える距離――
「うぉぉぉぉぉぉぉ! 」
 わずかなへこみの縁を上手く足場にした、ランサーの渾身を込めた乱れ突きがオメガマンの体を余すところ無く撃ち貫く。
 そして相手が痛みに顔をゆがめる間も与えぬ速さで槍を大きく振るい、宙に浮いていたその身体を地面に向け殴り飛ばした。
「グゲーーーー! 」
 痛みの声をあげて凄まじい速度で落ちて行くオメガマンを尻目にランサーはゆっくりと息を吐き天を仰ぐ。
「やっぱいいよな、全力を振り絞った戦いって言うのはよ」
 爽快感に満ちた顔で誰と無しに呟く生粋の戦闘愛好家。
 ドゴォォォォォォォォン……
 そんな彼の爽快さの下では、その快感のパートナーとなった男が地を揺るがす轟音を巻き起こし地面に到達していた。   

「遅かった」
 桜の通った後に染み付いた血の臭いをかぎ、悲しい目を辺りに向ける女性の姿。
 長い紫の髪とクールな顔立ちに似合った眼鏡が特徴的なアインツベインの森で士郎を救った自称救世主(メシア)のサーヴァント。
「サクラ……」
 殺戮の張本人の名を悲しげに呟く。
 自身が仮のマスターに仕え彼女から目を離していた少しの間に彼女は堕とされてしまった。
 一体何が憑いているのかは知らないが、いまの彼女は常軌を逸している。
 乾きを血で満たし、空虚さを殺戮で埋める、その姿はかつての哀しさと儚さで創られていた彼女とは全くの別物。
 そしてそれ以上に悲しく空しいのはそんな彼女を止められない自分の力の無さ。
 彼女に憑いている連中は常軌を逸したモノがある、自分ひとりではせいぜい一人二人を倒したところでアウトだろう。
 一人で無理ならその他の可能性を模索する。
 その可能性の一つを大きくする為に彼女はいま動いている、一番上手く事が運ぶ可能性が大きい手を打つ為に。
 だがその手の中心人物となる人物はどうも勢いが良すぎ早く動いてしまう節が見える、こちらも早く動かなければ出遅れてしまう。
 ならばいま自分がしなければならないのは、ここで行方知れずの主を追うのでは無く、その中心人物となりし男を影ながら助ける事。
 そう考えると躊躇する間も無い速さで救世主は跳び上がり、一気に夜の闇の中へ駆け込んでいった。

「さてと、じゃあテメエの依頼主と戦争参加の細かい目的と……めんどくせえ、知ってること全部吐け」
 地面に叩きつけられボーっと天を仰ぐオメガマンの喉先に槍の切っ先を押し当てながらの質問。
 その切っ先はいつでも押し込めるほどの力と間を保っており、質問に答えなければ死と言う事を暗に示していた。
「ファファファファ、ランサーよ、お前のおかげでようやく体がほぐれてきたぜ」
 全身を刺され、動けないように武器で命を押さえられるという素晴らしいほどに不利な状況。
 だがオメガマンはその状況が見えていないかのように余裕のセリフを平然と吐く。
「なめてんのかオイ。俺は止めを躊躇するほど甘くねえぞ」
 ランサーもこれまた平然として槍先に力を入れる。
 命を取られそうなのに平然としている者に、これまた他人の命を取ろうとしているのに平然としている男、第三者から見れば双方共に命を軽く扱いすぎる狂人 だ。
「俺は数多の超人を狩ってきた超人ハンターだぜ。その中にはお前が手も足も出なかったザ・サムライことネプチューンマンの首もある」
「なんだと!? お前アレ倒したのか!? 」
 思わずランサーの顔に動揺が浮かぶ。
 召還されてから不敗浮沈の戦歴を誇るネプチューンマン。
 すでにライダーにバーサーカーと何人もの強豪サーヴァントが彼の手で敗れている、その男に勝ったとなるとこの男の力はこんな物では――
「ああ、倒したぜ。この変身能力をフルに使ってなあ!」
 絶叫と同時にオメガマンの両目がまぶしく輝き、辺りを一瞬にして光で包み込んだ。
「チィ! 」
 思わずランサーは片手で顔を覆ってしまう。
 そして、その隙を待っていたかのようにオメガマンの腹が徐々に裂け始めた。
「オメガメタモルフォーゼ! 」
 裂け目から一気に飛び出す長方形の巨大でキラキラ輝く棍のような物、その図太い先端はランサーの腹に見事にめり込んでいた。
 一寸間をおいた後に吐血し膝を付くランサー、それと同時に引っ込んでいく巨大な棍。
「ランサーよ、お前は強い、正直舐めてたぜ。今度会うときはちゃんと下準備をしてからにするとしよう 」
 そう言い残し、膝を付くランサーを尻目にさっさとオメガマンは逃げていってしまった。
「ま、まちやがれ……」
 何とかランサーはそれに追いすがろうとするが、
「ゲホ! ゴホァ! 」
 咳き込みが酷く到底追える状況ではない、至近距離で突き刺さった正体不明の何かのダメージは想像以上に大きいようだ。
(半端じゃねえ……モロに入った。しかしあの奴の腹から生えたヤツ、どっかで見た記憶が……)
 痛みで揺れる頭を無理やり振るい記憶を探る。
 そう遠くではない、確か見たのはつい最近のはず。
「あ――! 」
 その正体に気がつき、それがある筈の場所を見やる。
 先程の長方形のキラキラ輝くものは、先程ランサーが叩きつけられたガラス張りのビルに酷似していた。
 そしてそのビルはと言うと
「無い……」
 まるでそこに初めから無かったかのように綺麗さっぱりと姿を消していた。
 土台ごと姿を消したビルに、オメガマンの腹から生えてきたそのビルに酷似した巨大な棍、余りに壮大で馬鹿馬鹿しいが答えは一つ。
「奴がビルごと一瞬で吸収して自分の武器に改造しちまったっていうのか? 」
 ここに他人がいれば『そんな馬鹿な話があるか』とでも突っ込んでくれるのだろうが、あいにくここにはランサー一人しかいない。
 とりあえず、こんな馬鹿げた現象をマスターにどう報告すればいいのかという悩みを考えながら、ランサーはしばらくそこに呆然と立ち尽くすしかなかった。

「私は当然引けない。ここで引いたらなんのために生きて来たのかもわからなくなる」
「俺もだ」
 街で巻き起こっている怪現象について語った言峰は一つの問いを投げかけてきた。
 それは戦争を続けるか否かという至極単純なもの。
 すでに聖杯戦争と言う一種の儀式は混乱により形を成さなくなっていて、この状況では勝者に聖杯が与えられるかどうかも妖しいと言う事だ。
 遠坂の答えは続行、彼女の性格から見れば当然といえば当然の答えでもある。
 俺だって同じ、ここで引いて魔術協会に全てを委ねると言う手もあるらしいが、ここまで踏み込んで他人任せにするのも後味が悪すぎる。
「ならば戦争は続行となろう。参加者が残り一人になるまで終らぬのが掟、二人以上の同意が得られた以上は終結は無しだ」
 言峰の陰鬱な言葉が妙に気にかかる。
 つまりは俺と遠坂が残った場合に双方に戦闘の意志があれば当然
「ま、殺し合いは避けましょうね。もっともそっちにセイバーが残っている時点で私がやばいんだけどね」
 後ろに無言で控えるネプチューンマンをうらやましげに見つめる遠坂。
 ここまでギリギリの話題で平然としていられるのは、魔術師らしさとかでもなんでもない遠坂という一人の人間としての気質なのだろう。
 ……いや正直女性としては異常に肝が据わりすぎだと思いますが、これぞあくま的気質。
「ははは、安心しろ、できれば無傷の3カウントフォールで決めてやる」
 俺はできれば避けたい戦いなのに戦る気マンマンか、この髭親父は。


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