黒い虫と殺人鬼が

 彼は空を眺めていた。
 派手な装飾が施された大型バイクの座席を布団とし、自分の腕を枕に空を見上げる。雲に隠れていた太陽が現れ、容赦無い光をこちらに浴びせようとする。彼はとっさに手に持っていた白黒の写真でそれを遮った。
 写真に写っているのは、黒髪の若い女性。長い髪と、どこか遠くを見ている瞳が相まり、年不相応な妖しげな美しさが内包されていた。
「アニキ、それが新しい花嫁ですかい」
 どこからとも無く聞こえる男の声。
「いい女ですねい」
 また別の声がともなく聞こえてくる。その声の位置はバイクの前輪と後輪、科学的な事を忘れて簡潔に考えれば、バイクが喋っているとしか判断ができなかった。
「まあな。俺の花嫁にするには悪くない」
 バイクが喋るという非現実を彼はあっさりと見逃した。当然だ、このバイクに科学という野暮さを持ち込んでも意味はないのだから。
「アニィ、来たようですぜ!」
 再び前輪が喋る。
 バイクが置かれた崖の上、その眼下の道路を花嫁を載せた車が走っていく。
「おうし! 行くか野郎共、彼女の死に花咲かせてやろうぜ」
 一気に跳ね上がりハンドルを握る。それだけで寝ていたバイクは気を起こし、エンジンに一気に火が点いた。
「ウィッス!」
「了解ッス!」
 前輪と後輪の快活な返事の後、バイクは最初ッからギアチェンジ無視のトップスピードで発進する。道路なぞ無用と言わんばかりに、崖に向かってダイブする。崖を簡単に捉え、バイクは一気に眼下の車めがけて一直線に突き進む。
 崖下の道路を走る、霊柩車めがけて。


 人通りの少ない山道を走る霊柩車。横は切り立った崖で、もう片方は断崖絶壁と、あまり推奨される道ではないのだが、予定の火葬場に行くには最も適した道なのだから仕方が無い。
 目的地まであと数キロ、無事にたどり着くかと思われたその時、進路を塞ぐかのようにバイクが道に止められていた。横に止められたそれに、道を譲るといった謙虚さは全く感じられない。
 仕方なしに、霊柩車はそこで止まった。喪服で黒サングラスと言った黒ずくめの運転手がバイクをどうにかしようと降りてくる。
「いやあ申し訳ない。ドライブを中断させてしまって」
 突如現れたライダースーツの男が、その眼前に姿を現した。時代錯誤な黒皮のスーツ、その開かれた胸元からは鍛え抜かれた胸筋が顔をのぞかせている。
「アンタがバイクの持ち主? 困るなあ、あんな止め方されちゃあ」
 運転手が当然の文句を口にする。しかし男はそれをジロリと睨み付けた。
「テメエに話してねえよ。俺は、あの黒い車のシンデレラに話しかけているんだよ」
 男は運転手を押しのけズカズカと霊柩車に向かって歩いていく、そして車の横腹に自分の両の指を突き刺した。容易く突き刺さったそれをじわじわと外へと広げていく、霊柩車の横腹はそれに合わせどんどんと裂けて行く。
「な、なにしてるんだアンタ!? やめてくれ!」
 運転手が男を止めようとつかみ掛かるが、男の動きは止まらない。やがて完全に車の横腹は破壊されてしまった。中に品の良い桐の棺桶が見える。
「ほう、中々に気を使っているじゃねえか。家柄の良さが見て取れるぜ。
 ところで、邪魔だぜアンタ。御者ふぜいが王子様の邪魔すんなよ」
 男の片腕が運転手の下顎を捕まえる。次の瞬間、運転手の全身を強烈な炎が包み込んだ。火柱と化した運転手を投げ捨て、男は霊柩車から棺桶を引きずり出す。運転手は声も上げずに松明となり道路に転がった。
「さて、対面と行くか。俺が王子で君がシンデレラ、そう言うシチュエーションだと思ってくれよ」
 自分の憧れを死体に教え込み、棺桶の蓋に手をかける。
 その手に力が入るより先に、なにやらくぐもった機械音が聞こえてきた。その音が何か確認する前に、その発生源が姿を現した
 それは巨大なチェンソーだった。その凶悪な刃が棺桶の蓋を中から突き破り蓋を乱暴に切り裂いていく。
「なんだぁ!?」
 怒涛の展開に男が驚愕し、棺桶から一歩退く。
 棺桶の中から出てきたのは、シンデレラどころか人間でもない、
 ――明らかな怪人だった。
 ぼろ布で顔を隠し、体も似たようなボロマントで覆われている。唯一、目の部分に開けてある二つの穴から人間らしき目が覗いている。明らかに当初の予定とは違ったモノが棺おけの中には入っていた。
 怪人の持つチェンソーが凶悪に唸り続ける、その刃は明らかに男のほうを狙っていた。兇刃がその眼前にせまる。しかし、その刃が身に届くことはなかった。動きを持つチェンソーの刃を男は片手で受け止める。駆動を無理に止められたチェンソーがギシギシと悲鳴を上げた。
「まったくよお、こんなもので殺されちゃあたまんねえよ。
 人間の道具で殺せるのは人間だけだ、俺みたいな妖怪サマは殺せねえんだよ!」
 熱が空間を包み、耐え切れなかったチェンソーの鉄の部分がくにゃりと曲がる。熱源はチェンソーの刃を受け止める男の手だった。自身の獲物を溶かされそうな状況になっても怪人の動きは全く変わらない、このままではやがて自分も焼かれるというのにだ。
 優勢の男の背後にそろりとせまる影があった。


 男の背後に近寄った何者かは懐から鋼鉄製の入れ物を取り出し、その蓋を緩める。容器の中からモワンと白い煙が漂ってきた。
「アニキ!」
「アブねえ!」
 注目を集める声に男は振り返る。背後に迫っているのが何者かを確認する前に、背後の人物は爆走してきた乗り手のいないバイクに撥ねられていた。豪快に弾け飛んだその人は幾度かバウンドして岸壁に叩きつけられる。その隙に怪人は溶けかけたチェンソーを投げ捨て距離をとった。
「いててて……てっきり九十九神の一種だと思っていたんだが」
 死亡確実の跳ね飛ばされ方をした人間が、平然と立ち上がる。つまりそれはこの者は人間ではない事を如実に表していた。
「まさか、輪入道二匹をバイク代わりにしていたとはな」
 その正体は先ほど抵抗して燃やされたはずの運転手だった。ところどころに焼け焦げた跡があるが、なぜかサングラスに焼けた跡はない。その上、バイクに全力で跳ねられたのに存外に平然としている。
「アニキに燃やされて無事だったってえのか!?」
 バイクの前輪部に浮かび出る髭を生やした粗野な男の顔。
「しかも俺らがはねたのに効いてねえよ!」
 これまた後輪部に浮かび出た男が驚愕する。髭は生えていないが粗野さは前輪の顔と相通じるものがある。
 喋るバイクの正体は、二匹の輪入道だった。車輪型のこの妖怪がタイヤとなり、乗り手の意のままにバイクを操るというカラクリだ。
「チッ! テメエ妖怪だな。これは全部テメエの仕込みってわけだ」
 男が運転手の正体を看過する。この人外の丈夫さは、間違いなく自分と同じ妖怪だ。
「そうだよ死体泥棒の火車サンよ!」
 男の正体が先に明かされた。火車とは死体を横から浚うとして葬式時に最も警戒され、忌み嫌われる妖怪だ。
「アンタ目立ちすぎなんだよ、いい女の死体片っ端から派手にさらいやがって。んな事されりゃ警戒されてこうなるに決まってるだろうが」
 この数ヶ月で数体の死体が火車により略奪されていた。その死体の共通点は全てが生前の美人であったということ。死体は今回のように派手で豪快なやり方で略奪されまくっていた。
「ハン! 何が悪い。派手なのはオレの美学だ、それで人間が恐れりゃ万々歳だろうがよ。なにか、テメエは妖怪のクセして人間の味方してやがんのか?」
 妖怪>>(越えられない壁)>>人
 これが火車の、いや大体の妖怪の認識だった。妖怪は最低でも人に畏怖される立場でなくてはならない、それが暗黙の了解となっていた。最も、日本には土壌のせいなのか人間との共存をめざす妖怪も比較的多く居るのだが。
「味方じゃねえな、俺のモットーは共存共栄だ。逆に人間側がやりすぎても同じようにするからな。
ついでに、そこで殺気出しまくってるお前より恐ろしい妖怪も俺と大体同じ考えだ」
 運転手の視線の先には先ほどの怪人が居た。無言で先ほどまでのやり取りを見つめていたその姿には、恐怖というより不気味さが似つかわしかった。
「オイ、お前ら……」
「なんですかアニキ!」
「この人を舐めきった奴ら潰すぞ。俺はあの不気味なのヤるから、お前らはあのクソバカ轢き殺して来い」
 火車が怒りと共に燃え上がる。その四肢からは、断続的に火炎が溢れ出していた。それに呼応し、輪入道達のバイクもその両輪を燃え上がらせる。
「火車の名前は伊達じゃないってか。おい、セブン、俺達も負けじと燃えようぜ」
 初めて怪人の名が明かされるが、そんな妖怪は火車の知識には無かった。ただ名前からして日本の妖怪ではないことだけが予測できた。
「アツイのは苦手だ」
 初めて無言を貫き通してきた怪人が声を出す。小声のそれでは性別も年も何もかもが判別できない。
 元々黒尽くめだった運転手の体が、どんどんと黒くなっていき、顔も徐々に昆虫を連想させるものに変化し始める。正体はまだ判別できないが、戦う為に人の姿から本来の姿に変わろうとしているのは容易に想像できた。
「後輪よ、このまま待っているのは馬鹿らしい」
「ああ、さっさとひき殺ちまおうぜ!」
 前輪の輪入道の問いかけに、後輪の輪入道が血気盛んに応える。道路にタイヤ痕を残しながら、岸壁に居る運転手めがけ二匹は突っ込んでいった。
 かたやセブンは逆に火車の方へ突っ込んできた。その両手には大降りの鉈が用意されている。いつの間にアレを用意したのかと、火車はセブンに対しより一層の不気味さを感じた。


 二本の細い触角が頭から伸び、目は複眼となり、肌は服と一体化し漆黒でツヤのあるものへと変化していく。その変身の姿は誰もが何処かで見たことがある「あの」昆虫にとてもよく似ていた。
 輪入道兄弟のバイクが、変身を遂げようとする運転手の眼前に迫り来る。衝突の一歩手前で、運転手は跳び、道路脇の岸壁に張り付いた。バイクは衝突寸前で車体を斜めにし岸壁の横に止まる。
「自爆してくれれば、御の字だったんだけどな……」
 黒い昆虫と相混ざったような人間となった運転手。その黒い昆虫とは、地球上で最もしぶとく、人々の間で忌み嫌われる原始の雑食の虫。有体にいえばゴキブリだ。ゴキブリ人間と化した姿で、岸壁に張り付いている姿は中々に嫌悪感が在る。
「後輪よ、どうしよう、あんまり轢きたくないぞヤツは」
「同感だ。タイヤがバッチくなってしまう」
 どうやら妖怪としても、ゴキブリにはあまり触りたくないようだ。
「やかましい! 俺をただのゴキブリと一緒にするな、俺はコックローチGといった立派な名前がある妖怪なんだからな」
「そんな名前聞いたことがないぞ」
「きっと勝手につけたんだ、前輪」
「……ともかくだ、お前らどっちにしろ俺は轢けないだろうが、こうやって壁に張り付いている限りは」
 Gはカサカサと移動し、下にいる輪入道達を挑発する。確かにバイクではどうやっても、岸壁に這うGを轢くことはできない。そう思ってたかを括っている。だが、バイクの常識でここは安全と考えるのは非常に愚かな話であった。
「弟よ、ヤツは勘違いしているな」
「全くだ、ここは嫌悪感など忘れ、我らの恐ろしさをみせてやろうぞ」
 バイクのエンジンが鳴き始め、輪入道二匹も己の体に炎をまとわせる。火炎の車輪も持つバイクは岸壁めがけ真正面から挑んだ。本来ならば、正面衝突する筈のバイク、だがその車体は岸壁を完全に捉え、崖を地面同然に走っていく。
「ゲ……ゲゲー!!」
 Gは岸壁を這い逃げようとするが、流石に這うのと走るのでは結果が見えている。多少の無駄な抵抗の跡に、Gはバイクに再び跳ね飛ばされた。岸壁から弾かれ、地面に叩きつけられてしまう。
「ゆ、油断した……!」
 しかしGは無事だった。流石に効いているが、なんとかよろよろと立ち上がろうとする。ゴキブリの化身だけあって存外にしぶとい。
 そのGの頭上に迫る巨大な影。Gの上から迫るのは、輪入道のバイク。それに気付き、何とか逃げようとするが、流石に間に合わず――
 グシャリという虫をつぶす音が聞こえ、Gはバイクの下敷きとなった。アスファルトに血だまりができ、バイクの落ちた衝撃でできたクレーターのヒビにそれが吸い込まれていく。Gの体は殆どバイクの下に隠れ、不自然に折れ曲がった片腕だけが姿を覗かせていた。
「ううむ、嫌な感触だぜ」
「だがコイツの命はプチっと潰れた。はやくアニキの救援に行こうぜ、前輪」
「いや、待て後輪。コイツもしかして……」
 前輪の輪入道の視線の先には、ゆっくりと握り締められる、Gのコブシの姿が見えていた。


 鉛色の刃と紅の拳が交錯する。
「死ねやこらぁ!」
「……」
 燃え上がる火車の一撃をセブンは二丁の鉈を十字に合わせ、受け止める。鉈は溶けることはなかったが、ジジジと薄黒く焦げた。
 暴力的な武器を用いながらも冷静に動くセブン。かたや、火炎を両手に纏わせ荒々しく乱暴に振舞う火車。違うセンスを持ちながらも、互いの攻防は一進一退を極めていた。
「スゲエな、テメエ。俺とここまで張り合えるヤツなんか久しぶりだぜ」
「同じく。久々に、やりがいのある相手だ」
 一寸の距離で語り合う両者。互角の力が両者の間で弾け合う。だがその力の拮抗はやがて崩れ、勝者を生んだ。
 押し勝ったのは一見華奢なセブンの方だった、鉈を押し、火車の両手を弾き飛ばす。火車の両手が万歳となり、隙が生まれる……筈だった。
「俺のほうが一手先だァ!!」
 火車の足が宙に突き上げられる。そして直線的に振り下ろされる足、火車の踵はセブンの頭頂部に突き刺さった。今まで武器として使っていなかった脚での踵落としだ。
 両手に構えていた鉈を取り落とし倒れようとするセブン、その体を火車は両腕で支えた。言い方を変えれば、両腕でしっかりと捕まえた。
「消し炭にしてやるよ、テメエ……!」
 火車の体が紅い炎にじわじわと包まれる。その炎は火車の両腕を伝い、セブンの体へと広がっていく。数秒の間に、火車を包んだ炎は完全にセブンの体へと延焼した。セブンはじたばたと足を動かすが、完全な拘束はそれぐらいでは全く解けない。
「無駄だ、そんなもんでどうにかできるほど優しくはないんでな」
 ニヤリと笑う火車。すでにその心には勝ちの余裕が生まれていた。
 その余裕を持たなければ、セブンの足が地面にある鉈を不自然な場所に蹴っ飛ばしたことに気づいただろうに。


 セブンに蹴られた鉈は狙ったかのように、いや、狙って輪入道バイクめかげて地面を疾っていく。その鉈を、黒いGの手がしっかりと握った。
「やはり生きていたかッ」
 輪入道がそれに気づき、どうにかしようとするが、潰したGの体が引っかかっているのかその場から動く事ができない。
「いいところに潜り込んだみたいだな、全部丸見えだぜ!」
 すでに蘇生していたGが、バイクに押しつぶされたままながら、手に届くところにあるパイプを幾本も切断する。断たれたパイプから、オイルやガソリンといったバイクの生命の液体が流れ出す。
「ははは、無駄だ。このバイクの本体は前輪と後輪の我ら、たとえエンジンを破壊されたとて無事に動いてみせる」
 このバイクの本体はあくまで前輪と後輪の輪入道だ。本来ならば主要部品であるはずのエンジンやブレーキも、このバイクにとっては補助的なものでしかない。たとえ、骨組みだけにされても、前輪と後輪が無事ならこのバイクは動くだろう。
「そうかー立派だなあ。ところで、ちょっと地面をみてくれないか? こいつをどう思う?」
 傾斜でもあるのか、ガソリンは平地より良い勢いで一方向に流れていく。体全体を燃え上がらせる火車達のほうへ向け。
「やばいアニキ! その火を消してくれ!」
「駄目だあ! もう間に合わねえ!」
 輪入道がそれに気づいたときにはもう遅く、火はガソリンの道を走ってくる。まず先に燃え上がったのはオイルまみれでガソリンまみれのGの体、燃え上がるその体を媒介とし、火は輪入道バイクを容赦なく包み込む。
「ウギャーーー!!」
「熱すぎるぜぇ、アニキの炎はぁ、俺たちじゃ耐え切れねえ!」
 その炎は輪入道を纏う火を完全に凌駕していた。
 下敷きにしているGを無理やり引き離し、バイクは無茶苦茶に暴走する。混乱したその走りは山道を走るには危うすぎた。バイクの先にあるガードレールの向こうは、底が遠い絶壁。
「こ、後輪の! ブレーキだ、ブレーキ使え!」
「ブレーキかけてるけど、効きが遅せえよう! 前輪も止まってくれよ!」
「こっちも効かないんだ! 俺達だけの力じゃ無理だァ!」
 あくまでブレーキは本来補助的な部品であるが、補助に頼らざるを得ないほどに状況は切迫していた。輪入道たちだけの力では既に間に合わない状況だ。
「……ブレーキワイヤーも切っておいたからな、止まれるワケが無い」
 黒コゲのあげく、引きずられてボロボロになったGが呟く。まだ燃え残った火が体のあちこちでブスブスと鳴いている。こんなになっても生きているのを見ると、彼には死の概念はないのかと疑いたくなってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
「アニキィィィィィィィィィィ……」
 ガードレールを不幸にも容易く突き破り、バイクは谷底に呑まれて消えていく。断末魔にも似た二人の声がどんどんとか細くなっていき、最後のドーンという爆発音とともに、完全に音を断った。


「やばいアニキ! その火を消してくれ!」
 輪入道の声に火車が気づいた時には、既にバイクは完全に炎に侵されていた。あれよあれよという間にバイクは走り出し、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
「アニキィィィィィィィィィィ……」
 輪入道二人の断末魔とともに谷底へ呑まれてしまった。
「あ、あ、あ……すまねえ、義弟達よ! 俺としたことがぁ!!」
 義兄弟の自らが原因となった死に火車は慟哭する。その涙に消火されたのか、セブンと火車を包んでいた炎の火勢が弱まっていく。
 力を失っていたセブンの体に戻る力、その身を包むボロきれの中に手を突っ込み、中を探る。取り出したものは――
バチン! バチン!
 火車の拘束を解いて、逆にその手を捕まえてからのセブンの動きは迅速だった。懐から取り出した巨大なリベットガンで、火車の両手を無理に繋ぎあわせる。特性のリベットガンから放たれる留め具は、両腕の骨や肉を容易く貫通し、完全にその手を封じ込めた。
「ガァァァァァァッ! テメエ、まだ燃え尽きていなかったのかぁ!?」
「燃え尽きるほど安い身体ではないんでな」
 セブンは先ほど蹴り飛ばしたのとは別の鉈を懐から取り出し、手が使えなくなった火車めがけ襲い掛かる。だが、火車にまだ打つべき手は残っている。
 鉈の刃を、片足を差し上げ、ライダーブーツの裏で受け止める火車。ブーツにその刃は食い込むが、足に再び纏われた炎がその鉄刃を溶かさんとする。同時に燃え上がる両腕の炎も、自分を縛る鉄の拘束を溶かしつくそうとしていた。
「オマエ学習能力無いのか? 言っただろう、人間の道具ごときで俺は殺せないって」
 さらに燃え上がる炎。その火炎の中、刃は輝きを増し、火車の足裏を食い込んだ所から一気に断ち切った。
 足の土踏まずから先を断たれ、火車はバランスを失い倒れこむ。その両腕を繋ぎとめる留め具も炎に負けず未だに存在し続けていた。
「人間の道具。確かにそうだ、だが、私の手によって道具は武器へと昇華する」
 セブンの腕に再び在るのは、先程と同じチェンソー。先程と同じように唸りを上げ、獲物を引き裂こうと興奮し、震え続けている。一度退けた筈のそれなのに、火車は再度その兇刃を退ける事は不可能なのだと直感的に感じていた。
「以前、お前に押し負けたのは、単に道具を使っていたから。様子見だ様子見。武器として用いれば、そんな安い火炎に押し負けることは無い」
「な、ナメやがってぇぇぇぇぇ!」
 両手を封じられ、片足を使用不能にされても火車の闘志は正に火炎のごとく燃え続けていた。残された片足で立ち上がり、セブンに向けて飛び掛る。既に四肢だけではなく、全身を燃やしている。玉砕覚悟の特攻戦法、それをセブンは真正面から受けてたった。


決着は容易くついた。
「前言を撤回する。お前の炎はともかく、その闘争心は安くない」
「……こんな状況で褒められてアリガトウなんて言えるワケがねだろうがよ」
「それもそうか」
 火車の身体は、セブンまで後一寸の所に近づいていた。だが、その腹の真ん中をチェンソーの蠢く刃が貫いている。ギチギチと内臓を破壊する音と、駆動音が重なり、とても気持ち悪かった。
「う、ぐぁぁぁぁぁッ」
 抜くべき刃を腹に貫かせ、火車が前進する。しながら、自分の両手の拘束を肉ごと千切り飛ばす。その腕は当然ズタズタになるが、なんとか片手だけを目の前に突き出す。一寸の距離をさらに縮め、その腕はセブンの顔面を掴む所まで到達した。その手に力が込められ、セブンの顔を包む布がギリギリに張っていく。
「燃やし尽くしてやるよ……」
「それは、無理な願いだ」
 その手に炎が憑く前に、セブンはチェンソーを手放し、その尻の部分を蹴飛ばした。チェンソーごと押された火車はよたよたと後退していく。その手に掴んでいたセブンの覆面がボロ布らしく、雑に破れた。
「あん……!? まさか、お前、そんな、マジかよ」
 セブンの素顔を見た火車が何か言おうとするが、言葉がまとまらない。それを纏めようとしているうちに、火車の後退は終わりを告げた。ガードレールにぶつかり、後ろに倒れこむ。その先にあるのは、先ほど彼の義兄弟を呑み込んだ絶壁。
 絶叫も、断末魔も残さずに、火車の身体は崖に吸い込まれていく。
「そんなに変な顔なのか?」
 ペタペタと訝しげに自分の顔を触るセブン。その顔は火車が花嫁にしようと思っていた、写真の女性そのものだった。
「いやー大丈夫だよ、世間一般ではお前は美人だから」
 ようやく立てるとろまで回復したGがその疑問に答える。
「だから、そのボロ布も取ってだ。今度この道通る車でもヒッチハイクしてくれや、男ならまず止まるから」
「そういうものなのか?」
「そういうもんなんだよ。あ、アイツにボロボロにされた霊柩車、崖下に投げちまえ。どうせ廃車をごまかしたもんだしな」
「わかった」
 身体をまとうボロ布を剥ぎ取りながら、セブンは霊柩車の元へと向かう。その露になった身体は、色気の無い服装ながらも、立派な胸に細い腰に鋭敏な身体の線と、見事な女性の身体だった。
「自分が美人だってわかってねえ奴は損だよなあ」
 虫である姿から、人の姿に戻ったGがその身体を見て嘆息する。ボロボロの黒スーツ姿だが、その顔にかけられたサングラスだけは何故かピカピカで無事なままだった。
 セブンはやがて車の元へたどり着く。その手にはいつの間にか巨大なハンマーが握られていた。無言で息を込め、一気に霊柩車の頭を叩く。霊柩車はその一撃で吹き飛び、ガードレールを突き破り、崖下へと転げていった。
「最も、ああいうことをする美女なら、いっそゴリラみたいなブサイクな方が絵になるんだろうなあ」
 Gは自分の身体でまだ燻っていた部分を見つけ、懐に入れておいたシケモクの火種にする。気だるそうに吐き出したそれは、輪を描き、空に呑まれて行った。


(谷底にて)
「お前らー無事だったか」
「はい! なんとかバイクの部分を切り離して逃げ出した次第で」
「それよりアニキこそ大変な事になってるじゃないですか! 大丈夫なんですかい!?」
「あん? こんなんかすり傷だよ、最も、ここまでデケエかすり傷久しぶりだけどな」
「アニキをそこまで追い詰めるなんて、アイツ、なにもんなんですかね?」
「わかんね。名前からして西洋っぽいがな。まあアレだ、それはカリを返す時点ではっきりさせようぜ」
「カリですかい?」
「ここまでやられて引くほどのほほん暮らした覚えはねえよ。腕に覚えがある連中に声かけて久々に大暴れしてやる」
「それでこそアニキですよ!」
「俺ら一生着いて行きますぜ!」
ヒュゥゥゥゥゥゥゥ……
「あん? 何の音だ?」
ドゴォォォォォォォォォォォン!!

グチャ

「アニキィィィィィィ!?」
「れ、霊柩車が崖から落ちてきた!? アニキが潰されちまったよう!」

(車に押しつぶされながら)
「あ、あ、……あのアマ、絶対に死姦してやる……!」

INDEX/ NOVEL