志麻子奮戦記「ごきげんよう」 「ごきげんよう」 さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢の笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。 スカートのブリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。 私立リリアン女学園。 明治三十四年創立のこの学園は、もと華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校なのです。 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学まで一貫教育が受けられる乙女の園。 時代は移り変わり、元号が三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢様が箱入りで出荷される、という仕組みが未だに残っ ている貴重な学園なのです。 秋、銀杏並木のそば。好みの渋い両親に育てられた私、藤堂志摩子は今日もギンナンを拾い集めで忙しい。 でも、最近は別のことで心はいっぱい。 「ごきげんよう、志麻子さん」 「ご、ごきげんよう、祐巳さん」 クラスメートで紅薔薇さまのつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブトゥン)の妹(プティ・スール)の福沢祐巳さんにメロメロだから。 志麻子奮戦記 「志麻子さん、またギンナン集め?」 「ええ、そうなの祐巳さん」 寺の娘のせいでしぶい和食が好みに決められてしまった私は、ギンナンとか芋の煮っ転がしとかに目がない。 春や秋などのシーズンはギンナンを拾い集めるのが朝の私の日課だ。 ああ、寺の娘になって生まれなければ、マリア様を毎日隠れずお祈りできるのに……でも、ギンナンは毎日、食べても飽きない。甘いケーキなんかよりずっと、 私は好きだった。 「やっぱり、志麻子さんって、容姿とアンバランスな嗜好だよね」 私の容姿は西洋人形を思わせるらしい……両親はどっちも日本人なのにこういうこともあるんだと思う。 「ええ、でもそういうものじゃないですか?」 そういうものだ。私が白薔薇さまのつぼみ(ロサ・ギガンティア・アン・ブトゥン)でも祐巳さんを好きになったりする。 好きになった理由は―――― 「祐巳ちゃーん」 アレだ。 「きゃあ、聖さま!?何をするんですか」 聖さま、本名「佐藤聖」白薔薇さまであり、私のお姉さまだったりする。 「何って?祐巳ちゃんとのスキンシップ」 そう言いながら、祐巳さんの胸とか顔とかにすりすりしている…… 「や、やめてください……」 「よいではないか、ささ、ちこうよれ」 「ロサ・ギガンティア!、私の祐巳に触るなあー!!!」 天罰覿面キックを白薔薇さまの頭上に直撃させた。 放ったのは小笠原祥子、紅薔薇さまのつぼみで不本意ながら、私の祐巳さんのお姉さまである。 「お姉さまー怖かったよ…」 「大丈夫よ、祐巳。あんな、悪い女は私がいつでも倒してあげるから」 私の祐巳さんは祥子さまに抱きつく。そばに私と言うものがありながら!懐に用意してあるアレを準備して祥子さまの隙を狙う。 「いてて、祥子のヒステリーぶりは日に日に増すな〜そんなんじゃ、今からシワが増えるぜ」 「黙りなさい、白薔薇さま。白薔薇さまにはそこに志麻子さんがいるでしょ!」 祥子さまは銀杏を拾っている私を指差した。祐巳さんが非常に気にかかるが、さっと銀杏を拾っていつものように興味ない振りする。 「志麻子?いいや、志麻子より祐巳ちゃんがいいんだよ〜抱き心地がいいし、祥子の別の一面が見れて二度美味しい」 「そうですか……どうせ抱くならこれでも抱いていなさい」 祥子さまはどこからか、100トンハンマーを取り出した。 「だあ〜そんな抱いてられるか、落ち着け、落ち着け祥子〜」 「問答無用!」 さようなら、白薔薇さま。そのままつぶれてくれた方が幸せです。 この光景は、リリアン女学園で知らないものは誰もいないと言われるほど有名な光景だ。祐巳さんを襲おうとする白薔薇さま、それをハンマーで撃退する祥子さ ま。そして、泣きじゃくる祐巳さん。 たぶん、二人がくたばるまで繰り返される光景だと思う。そのせいで私は祐巳さんが好きになってしまったのだが―― きっかけは、祐巳さんが山百合会に入ったことから始まった。 男嫌いな祥子さまは、シンデレラ役をやりたくないゆえに祐巳さんを妹にした。妹を誰か作れば紅薔薇さまこと、水野蓉子さまがやらなくていいといったから だ。 SM女王蓉子さまとの賭けの商品にされた祐巳さんに最初は同情から近づきたいとは思っていた。私も白薔薇さまと祥子さまから両方に妹にならないかと言われ たからだ。 顔で選んだような、祥子さまを蹴り、私は白薔薇さまを選んだ。白薔薇さまはたしかに優しく、私にはうってつけの姉だった。 しかし、祐巳さんが山百合会に紆余曲折あったが、正式に加盟すると白薔薇さまは私に構わず、祐巳さんばかりを付け狙うセクハラ親父に成り果ててしまった。 祥子さまの反応を楽しんでいるけど、それはちがう、あれは祐巳さんを食べるつもりだ。白薔薇さまをずっ〜〜〜〜と見ていた私にはわかる。 白薔薇さまが私に構えなくなってからずっと、白い目であなたを見ていたのに気がついてなかったのだろうか? 私にぜんぜん抱きついてくれなくなり、何度寂しい夜をすごしたことか……ストレスがたまって、ゲームセンターというところで毎日、アンチキリスト教徒の吸 血鬼や神の倫理に逆らうゾンビどもを撃ちまくったことか。 おかげでバイオハザートにはまってしまったではありませんか?アンデルセン神父が尊敬する方ナンバー1に輝いてしまったではないですか白薔薇さま! それは聖さまといっしょにいたい蓉子さまも同じらしく、密命で聖さまは祐巳のどこがいいのか調べろとまで言われた。 いっしょのクラスメートの私だからの任務を申し付けたらしい。それから私は祐巳さんにクラスメートとして付きまとった。祐巳さんのどこがいいか調べつくし た。 ……そして、蓉子さま、すいませんがミイラ取りがミイラになりました。 まず第一に、祐巳さんの魅力は子だぬきであるような愛嬌のある顔だ。思わず、聖さまが抱きつきたくなっても仕方がない。 次に、生まれながらの天然ボケとその愛くるしいキャラクター性だ。感情を百面相をして出してしまうところはつまり隠し事などせず、正直な感情を出せると言 うことだ。それを天然ボケで拍車をかけ愛くるしいキャラ性を出す。これが祥子さまお気に入りだ。 完璧な女性です。リリアンかわら版「妹にしたい女性ナンバー1」に輝くわけです。リリアン年上キラーなのです彼女は。 それだけではない、同性を誘惑する魔性の女は同級生、下級生も魅了してしまうだろう。 一年後の紅薔薇さまのつぼみになったらストーカーがつかないか心配だ。 そう、調べれば、調べるほど、魅力的なことしか彼女は出てこない。ああ、祐巳さんといっしょのクラスでよかったとつくづく思ってしまった。 その間も、白薔薇さまの必要なアタックで祥子さまと全面戦争をしているわけだ。 調べ終わるまで、『聖さまはどうして私に構ってくれないのですか、くすん』と泣きながらメルブラをプレイしたものだ。 クリア後、シエルさまが憎き死徒を倒してくださいと願わざるにはいられない。死徒を倒すのは専門家が一番。でも、もう少しシスターとしての自覚は持っても らいたい。 このときお父様から「頼むから、エクソシストにだけはならないでくれ」と泣きながら懇願された。 心配要りませんお父様。ギンナンや和食が食べれない土地には住むつもりありませんから。 今では、このロザリオはお姉さまに預かったものという認識しかない。 冷めてしまったのだ。私が冷めてしまったことを蓉子さまは狂喜乱舞していたけど。 逆に、私は祐巳さんに取り付かれたわけだ。祥子さま相手だろうが、負けるつもりはない。 毎日、いざという時のアレ……黒鍵をセーラー服に入れている。地元の教会で熱心に参拝して黒鍵ってあるかと聞いたら、あったので貰ってきた……略奪したと いう方がいいかもしれない。 『私の祐巳さんを毒牙にかけようとする死徒、祥子を私は倒さなくてはいけないんです』と迫って。 「祥子〜、私は祐巳ちゅわんをあきらめないよ」 自己再生能力が非常に高い。白薔薇さまの方が死徒に見えて、本気で始末しようか迷う。 「白薔薇さま、いい加減にしなさい!」 髪が紅くなり、怒りモード全開の祥子さまも十分怖い。もし全面戦争になったら勝たないと祐巳さんの貞操が危険だ。 ああ、祐巳さんの貞操を奪うのは私と言うわけではないが、ご結婚するまで私が守ってあげないといけない。 私は祐麒さんと結婚して祐巳さんを「お義姉さま」というシナリオが用意されていますのに……由乃さんと言う友人の体験談があってよかった。 「祐巳お義姉さま」と私が呼ぶために祐巳さんを百合の世界なんて危ない世界に生かせるわけには行かない。 女同士で愛し合っても、子供はできないんです。ああ、どうして私は女性に生まれてしまったんだろう。祐麒さんがいなかったら本気で百合に走りそうな私も怖 い。 「あの、その、えっーと……」 祐巳さんはオロオロするばかり。 「待っててね〜祐巳ちゃ〜ん。今夜は寝かせないよ」 「祐巳、手癖の悪い白薔薇さまにはお仕置きしますから少し待っててね」 目が血走っている二強。どちらが勝っても祐巳さんは危険だ。 「祥子!祐巳をよこせえええー」 「死になさい、このセクハラ!」 第二ラウンド開始。リリアンかわら版のネタをまた、山百合会の二人で飾ってしまうのがわからないのかしら? 蔦子さんが、パシャパシャ写真を取っているのに。タイトルは『二薔薇対決祐巳第X争奪戦〜紅と白の源平合戦』と。 「祐巳さん、今のうちに逃げましょう」 「えっ、志麻子さん」 私は祐巳さんの手を取った。 (やわらかい……いけない、いけない、いくら祐巳さんが可愛くても私はノーマルよ) そう言い聞かせている志麻子だが、白薔薇にメロメロだった時期があったのだが。 栞、カニ、蓉子、祐巳と浮気しすぎて志麻子という妹を失ってしまった聖にとって、それは痛いことではないのか? いや、志麻子とは遊びだったのかもしれない。 後ろで二大怪獣が戦争しているが志麻子は祐巳の手を取り、銀杏並木を超え、学校へ駆け出した。 リリアン女学園は乙女の花園……百合の花園と一部化しているがおおむね、純粋なお嬢様がいる貴重な学園である。 志麻子が祐巳を『祐巳お義姉さま』というのか『祐巳、愛しているわ』というのかわからない。 あとがき 「今野先生ごめんなさい……」 マリ見てSSギャグです。志麻子さんのキャラクターはこんなのとは180度違います。 まったく誤解しないでください。白薔薇さまが構わなくってグレたらこうなるわけじゃありません。 INDEX NOVEL |