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オーバー・ペネトレーションズ

オーバー・ペネトレーションズ#2−2

「もう、勝てないねえ。次は」
 キリウの入った棺桶を見て、バレットはそんな感想を述べた。
「ならば、次がない所に送り返そう。母国に送り返してしまえば、きっとおいそれと帰ってはこれまい。どんな王でも、身内の恥の再出国は許さない」
 オウルガールも、暗に認めていた。もはや街に、この怪物を閉じ込められる檻は無いと。
「ならいいけどさ、なんかその内、パワーアップして帰って来そうで怖い。自ら、女王になっちゃったりして」
「嫌な事を言うな。もしそうだとしても、私とお前が居れば、次も大丈夫だ」
「そうだね。居れば、大丈夫だ。もう一人じゃ無理だ。一人だったら、俺は逃げるよ」
「お前にコスチュームをずり下ろされた時、キリウは本気で怒っていた。小賢しい男め、これぐらいで余が恥ずかしがるか! 次は、目が合った瞬間殺されるな」
「目があったら、死ぬより先に石になるけどね。どうもファクターズとはある程度仲良くやれても、キリウとだけは上手く行かないなー」
「犯罪者に色目を使うな」
「ヒーロー仲間には?」
「……馬鹿」
 拗ねるオウルガールを見て、バレットは嬉しそうに笑う。笑ったまま棺桶に近づくと、こっそり棺桶めがけ呟いた。
「という訳で、勝ち逃げさせてもらうよ。悪いね」
 ガタガタと、棺桶が大きく揺れる。余計なことを言うなと、オウルガールはバレットを、軽く小突いた。
 このしばらく後、バレットは見事勝ち逃げに成功した。死ぬことにより。

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オーバー・ペネトレーションズ#2−1

 ぶつかり合う、青と黒の光。数度のぶつかり合いの後、二つの光は距離をおいて対峙した。
「……やはり、速い」
「ああ。速いさ。開き直ったんでね」
 バレットボーイは、キリカゼから奪ったレーザー忍者刀を捨てる。ついこの間までならば、なんとか速さについて行けたものの、もはやキリカゼは、成長したボーイの速度に追い付けなくなっていた。
 ボーイの速さが、キリカゼを襲う。キリカゼの背後に回ったボーイは、そのままキリカゼの首を捕らえる。
「消えた!?」
 キリカゼの身体は、正に霧のように掻き消えてしまった。
「速さで負けても、使い方ではまだ負けぬ。サイバネティック忍術は未だ死なず!」
 四方八方からの苦無を、ボーイは慌てて避ける。先程捕まえたキリカゼは、残像だったのだ。体勢が崩れたボーイめがけ、キリカゼは頭上から飛びかかった。
「お命頂戴……消えた!?」
 キリカゼの苦無が身体に刺さった瞬間、ボーイの身体は霧散した。
「そうか、こうやって急にスピードを緩めれば……」
 本物のボーイは、今しがた繰り出した技の感触を確認していた。
「なんと! 拙者の忍法ホログラフィを盗んだのか!」
「工夫を考えるのは苦手だけど、こういう使えそうな物は遠慮なくいただくよ」
「若者の吸収力と、現代っ子の遠慮のなさは、げに恐ろしき!」
 ボーイは驚くキリカゼに襲いかかるが、キリカゼの身体は、再び残像となっていた。
「しかし、まだ未熟!」
 今度はキリカゼが攻撃を加えるものの、ボーイもまた残像となり消える。
「ならば、今ここで熟してやる!」
 ボーイが攻撃し、キリカゼが残像に。
「我が忍法、おいそれと習得されてたまるか」
 キリカゼが攻撃し、ボーイが残像に。
「なんかだんだん、コツが掴めてきたような」
 ボーイが攻撃し、キリカゼが残像に。
「なんの、まだまだ」
 キリカゼが攻撃し、ボーイが残像に。
 ボーイが攻撃し、キリカゼが残像に。キリカゼが攻撃し、ボーイが残像に。ボーイが攻撃し、キリカゼが残像に。キリカゼが。
 パプーーー!
「ぬう!?」
「うわっ!」
 ラッパの大音響が、終わらない残像合戦を続ける二人を纏めて吹き飛ばした。
「ややこしいわー!」 
 ラッパを手にしたM・マイスターは、大音響の後、偽らざる本音を叫んだ。

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オーバー・ペネトレーションズ#1−2

 細い指が、紙上の公式をなぞった。
「ここの公式を、こちらに代入すればいいんですよ」
「おおっ、なるほど。こうすれば、スラスラ解ける」
「でしょう? あなたは、一直線過ぎます。掛け算を使わず、足し算を連続して使うぐらいに」
「そこまで酷くは無いと思ってたんだけどなあ」
「いやいや、ヒドいですよ? でも、一直線なだけあって、きっかけを見つけた後の理解力は早い上に高いですねー。ウチの学校の先生は、きっかけよりもきっかけ後の過程をフォローするタイプが多いので、きっかけが必要なノゾミくんとは相性が良くないかもしれません」
「ふーん……ところでさ、質問なんだけど」
「なんですか?」
「なんでヒムロさん、俺向けに授業してくれてんの? いや、それ自体はすげー有り難いんだけどさ」
「保健室の授業って、ただずっと自習プリントやるだけですよ? そんなの、意味が無いじゃないですか。わたしはわたしで、お得なんですよ? 人に教えることというのは、自らを磨く、絶好の機会ですから」
「そうなんだ。じゃあ、もうひとつ聞くけど……俺の知っている保健室は、メキシカンソングが流れてて、そこらへんにサボテンのインテリアがあって、なおかつバーカウンターにこうやって座れる場所じゃないんだけど」
 保健室に連れていくと言っていたのに、そのまま学校外へ。着いた場所は、大通りの一本向こう側の裏路地にある、メキシカンバーだった。
 メキシカンバー“エル・シコシス”の名前は、聞いたことがある。目立たないが、食事も安くて美味くて量もあり、良い店だと。ただ、時折ガラの悪い客を見かけるのと、怪しげな店長のせいで、どうにも人気が伸び悩んでいる店だ。
「ハッハッハ、珍しいですネー。ヒムロっちのお友達ハ。何か飲みマスかー?」
「店長。仕事を。それと、学生に酒を進めぬように」
 室内なのに、ソンブレロとポンチョを装備し、顔をサングラスと布で隠した謎のガウチョが、この店の店長であった。自称、カルロスという名前らしいが、どうにも怪しく、偽名らしい名だ。テキーラ片手の店長は、すらりとした手足が美しいウェイトレスに怒られていた。
「消毒液の匂いも、真っ白なシーツも、美人の保険医も居なくて残念ですか?」
「美人なウェイトレスなら、ここに!」
「だから、勉学の邪魔をするなと言っておろうが」
 話に入ってこようとした可愛らしいウエイトレスを、先程店長を怒っていたウェイトレスが捕まえ、バックヤードらしきスペースに引きずっていく。どうやらあのウェイトレスが、この店の本当のまとめ役のようだ。
「お目汚しすみません。この店ぐらいしか、使えそうな場所がなくて。図書館は、この間、インパクトが暴れたせいで休業中ですし」
「ああ。アイツ、タフネスと脱走の腕前だけは一流だから、よく暴れてるんだよな。ところで、ヒムロさんは、この店の関係者? 店長も知ってる感じだし、何より今は営業時間外なのに、入れたし」
「わたしもバイトしてるんですよ。ここで」
「へー……。うん、似合いそうだ」
 思わず出た、素直な感想だった。店長の格好は怪しいが、ウェイトレスの格好はまともだ。西部劇におけるバーの格好、胸が大きく開いたドレスに似た衣装は、レトロが過ぎて、今では逆に鮮烈だ。
「え? あ。はい、どうも。似合ってますよ、私は」
 多少頬を紅くしたものの、ヒムロはノゾミの褒め言葉を受け流す。おかげで逆に、ノゾミが恥ずかしくなる。なんで自分は、こんな歯の浮くような台詞を言ってしまったのか。これではまるで、従兄弟のようではないか。
「えーっと、って事は、何時も学校に来ないで、ここでバイトしてるってことかな!」
 思わず、声が上ずってしまう。
「はい。本当は、ここのバイトと他の事だけで手一杯なんですけど、学校にも一応籍を置いてます。学歴は、それなりに大事ですからね」
「ヒムロさん、飛び級で大学行かないの? 大学の方が、自由に時間を使いやすいし、何より学歴も、さっさと付くじゃないか」
「わたしにとって学校は、一般社会と繋がる、一つの糸なんですよ。昔、ある人に、好きな事をやっていてもいいが、何かしらの世間との糸がないと、本気でダメダメになるぜ? なんてことを言われて。年でいったら、わたしは高校生ですから。飛び級しちゃうと、糸が細くなる気がするんですよ」
「なら、まともに出席すればいいのに……」
「他のことが忙しいですから。まあ、こうして成績でなんとか無理やり糸をつないでます。大丈夫、今日、あなたが学んだことは、一日の出席よりも大きいことですから」
 いい笑顔でそんなことを言われてしまっては、ノゾミにもはや言えることはなかった。
 だいたい、ノゾミはもっと前から、ヒムロに恩義がある。ヒムロが同じクラスに居なければ、オウルガールはノゾミの成績ノルマを、学年一位に設定したままだっただろう。非公式全国一位、ヒムロの存在を知って、オウルガールのノルマはグッと低くなった。
「うん。助かったよ、ありがとう。学校でじっとしているより楽だったし、何か、いいことを学べた気がする。これで今度のテストで、色々見返せそうだ」
 素直に礼を言うノゾミを、ヒムロはじいっと見つめている。値踏みというには純粋で、観察というには潤いが。ヒムロは両の眼で、しばらくノゾミを見続けた後、
「違うみたいですね」
 こんなことを口にした。
「え?」
「まだ、顔から悩みが消えてません。てっきり、勉強のことで悩んでいると思っていたんですけど、どうやら違ったみたいです。予想外です」
「そんなに悩んでいるように見える?」
「見えます。まだ」
 ノゾミは思わず顔をマッサージする。朝はともかく、ヒムロに連れ出されて以降、だいぶ顔は柔らかくなったと思っていたのだが。それに、今の保健室での勉強会は、それなりに楽しめた。アインのことなど、忘れるぐらいに。
「残ってるんだ、悩み」
「ええ。残ってますよ、悩み。わたしがあなたに声をかけたのも、あまりに酷い悩みを感じたからです。酷いって言ってますけど、褒めてますからね? 悩みというのは、魅力的なものだし、必要なものなんですから。ハッキリ言って、あの学校で、あなたほど悩んでいる人を見るのは、初めてでした。だから、声をかけたんです」
 ノゾミがヒムロを惹きつけたのは、ルックスや性格でなく、自身が抱えていた悩みだった。普通、他人の悩みなんて、避けたい物なのに、ヒムロはあえてこうして、足を突っ込んできた。きっと、彼女もノゾミのような避け得ない壁にぶつかり、同じように悩んだのだろう。
 ヒムロは、ノゾミが壁を超えることを願っている。ならば、全て正直に話せなくても、相談すべきではないか。信頼できる、クラスメイトとして。
「実は俺、バイトが上手く行ってなくて……」
「バイト?」
 副業なのか本業なのか自分でも分からないが、そういうことにしておくべきだ。素面で“実は俺、スーパーヒーローなんだ”なんて、言える筈がない。
「ちょっとした仕事で、今まで上手く行ってたんだけど、この間から壁にぶつかっちゃってさ。おかげで、この怪我だよ」
「ちょっとした仕事で負うレベルの怪我じゃないような」
「一度目は普通に失敗して、二度目はいと……前任者の真似をして、失敗。それで、三度目はどうしようかと。それで、ずっと悩んでいた」
「なるほど。話は分かりました。でも、一つ、不思議なことがあるんですけど」
「うん」
「その仕事って、そんなに傷を負ってでもすべき、魅力がある仕事なんですか? 第三者の視点だと、怪我は負うし難しいしで、結構な理由がない限り、そのバイトは止めた方がいいのではと、言ってしまいそうなんですが」
 冷静な意見だった。
 確かに、こんな仕事、余程の理由がない限り止めたほうがいい。所詮、ノゾミは成り行きでコスチュームを着た身分、ヒーローになろうと決心したのは従兄弟のヒカルであり、自分ではない。それでも一生懸命に、自分ができることを果たそうとしているが、ヒカルを知る人間は皆、ノゾミにヒカルを重ね合わせるだけだ。ボーイはあくまでボーイ、バレットではないのだ。しかも、ノゾミがヒーローを止めても、オウルガールが代わりにその立場に入るだけ。唐突に止めても、おそらくどうにかなる。
「止めたほうがいいんだろうけどさ。でも、辞められないんだ」
 しかしノゾミは、簡単な道を選べなかった。たとえ、後のペナルティも何もない、このようなやり取りの中でも。
「意地ですか? 待遇ですか? しがらみですか?」
「受け継いだ者の、責任なんだと思う。前任者と並ぶための、責任。きっと何時でも逃げられるし、逃げた方がいいけど。逃げたら、終わるんだ。色々と」
 最速の男は、責任からも光速で逃げられる立場にある。それでも、ノゾミの矜持はそんな選択肢を選ばせてくれなかった。
 ヒムロはノゾミの直視をしっかと受けた後、目を逸らしてじっくりと考え始める。初めて出会ってから今まで。天才少女が見せたことのない、悩む素振りだった。時間にして4〜5分考えた後、ヒムロは閉じていた目を開け、先ほどのノゾミと同じように、相手の目をしっかと見た。
「あなたの抱えている物を、わたしは漠然としか把握できていません。けれども、あなたが重荷を背負っていることは、十分に理解できました。理解の末、わたしに出せた答えは一つ。あなたは、自分流で行くべきです」
「自分流……でも、それをするには」
 おそらく、散々な邪魔が入る。オウルガールはいい顔をしないだろうし、ファクターズも余計な茶々を入れてくることは必須だ。
「人を継げば、当然見比べる人は現れます。でも、それが、なんなんですか? 己を貫き成果を出せば、文句は後からついてきて、やがて文句を完全に置き去る。あなたの集中力は人一倍です。悩みも重荷も全て背負って走っても、誰も追いつけないぐらいに、速くなれる」
 力強いヒムロの言い切りが、ノゾミの胸にじんと響く。この新鮮な響きは、おそらく改革。己の心中で、何かの真理が覚醒しようとしている。おそらくヒムロは速さを只の比喩として使ったのだろうが、速さを励ましに組み込まれたことでノゾミの胸腺は大きく刺激されていた。
 だが、ノゾミが真理に辿り着くより先に、彼の思考を留めるような破壊音が、ノゾミの覚醒を留めてしまった。
「爆発ですか!?」
「どうも、大通りで何かがあったようだ!」
 ウェイトレスとヒムロは、即座に店の外へ出て、大通りへ向かう。ノゾミはスクールバッグを持つと、入り口とは逆へ。店のトイレへと駆け込んだ。

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オーバー・ペネトレーションズ#1−1

 巨大な人型ロボットが、街で暴れていた。
「ガハハ! いくら最速でも、俺様のレーダーはアップグレード中だ! 見ろ、段々追えるようになって来たぞ!」
 機械らしからぬ我に満ちた声を出し、右腕に装備されたガトリングガンを乱射するロボット。射線は、ロボットを囲むように動く光の軌道を追っていた。光は、輪を描くようにロボットの周りを回っている。輪の先端に、銃弾は徐々に追いつこうとしていた。
 ロボットは自身のセンサーの確かさを信じきり、光を撃ち殺そうとしている。だが実のところ、センサーが優秀だから、光を追い詰めているのではない。包囲の輪が、一周ごとに少しずつ狭まっていて、狙いやすくなっているだけだったのだ。
「ウオオオオオオ!? 目が! 目がぁ!」
 ロボットが気づいたのは、輪が肉薄し、自身に手をかけた時だった。輪と共に、光速で回転させられるロボットの身体。数分後、ドクロに似た機械の頭がショートを起こした所で、ロボットはようやく回転から解き放たれた。ランプ状の目を点滅させている部分以外、全てが機能停止状態だ。
「センサーをアップグレードするより、バランサーをアップグレードすべきだったんじゃない?」
 最新の身体と最低の性根を持つ機械の犯罪者を制したバレットは、自身を撮るTV局のカメラに、サムズアップと笑顔を向けた。

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オーバー・ペネトレーションズ〜Prologue〜

 必要なモノは、力でも銃でも魔法でもない。速さである。どんな力も、振るう相手が居なければ空回り。どんな銃も、弾よりも速い標的には当てられない。どんな魔法も、唱えるよりも先に、口を塞がれてしまえば意味が無い。
 つまり、速さは、全てを凌駕するのだ。少なくとも、そう思い込んでいなくてはやっていられない。
「撃つな! 味方に当たるだけだ!」
「ボスはどうした!? 逃げたな! 逃げたな! 誰だよ、あのバカの口車にのったヤツは!」
「お前だろ!?」
「いや俺は、珍しく今回はあの人がバックにいるから……ギャー!」
 瞬く間に銃が奪い取られ、光速のジャブに意識さえ奪い取られる。銀行強盗を企んだ5人のチンピラは、人質が歓声を上げるより先に、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
 歓声を背に、銀行を飛び出す閃光。意思を持つ光は、逃げ出した主犯を追う。車も音も光でさえも置き去りにしかねない速さ。走っている最中の彼を、他人は光としか認識出来なかった。 
 犯罪と欲望が跋扈するウェイドシティを走る、光速のヒーロー“バレット”。弾よりも速い彼の自称か、それとも何処かの記者の他称か。数年の活動を得て、既に一般に名前が認知された今となっては、詮なき疑問だ。
 バレットは瞬時に、大通りを信号無視で走るワゴン車に追いつく。ワゴン車の後ろ扉が開き、不可視の衝撃波が彼を襲った。光速の世界から落ちて来たバレットの前に、停まったワゴンから降りてきた男が立ちふさがった。
「光速の男を止めた。これだけでも俺の価値があるでしょう? え? それだけじゃ、足りない? そんなあ……」
 両手に付けた衝撃波発生装置を誇示しても、車の中から帰ってきた言葉はつれない物だった。
「なら、光速の男を殺せば問題ないッスよね!? これはアンタらでも、出来無い事なんだから!」
 男が放つ衝撃波が、アスファルトを歪め、道行く車を吹き飛ばす。彼の名は、インパクト。両手に衝撃波発生装置を付け、象をも吹き飛ばす衝撃波を操る、
「ゲェッ!? 衝撃波を全部避けて、真正面から……ギャー!」
 三流の悪党である。
 左右交互の衝撃波をギリギリで避け、光速の突貫をしかけるバレットに対応できぬまま、インパクトはアッパーカット一発で沈んでしまった。本当に、衝撃波だけの男である。
 息つく暇もなく、バレットを襲う冷気。道路が氷結したのを見て、バレットは一歩退いた。
「速さの源は、二本の足。凍った地面を走れば転ぶ。それぐらいは学べたようですね」
 パチンと、左指を鳴らしワゴン車から降りてきたのは、左右ツートンカラーの衣装を着た少女だった。正中線から左は青で、右は赤。左手には霜がはっている。冷気を操り、道路を一瞬でアイスバーンに変えた彼女こそ、この街におけるバレットの大敵であった。
 バレットはアイスバーンを避けるようにし、大回りしての接近を図る。彼女は物足りぬようなため息を付いて、右手を地面に付けた。高熱が伝播し、硬いアスファルトが柔らかくなる。柔らかさに足元を捉えられたバレットは、悔しげに静止してしまった。
「でも、まだ足りません。もっと、クリエイティブで壮大な思考を常に意識しなきゃダメですよ? 例えば、中途半端に回りこまずに、地球を一周してのアタックとか。貴方も所詮この、衝撃波だけの男と同じで、速さだけの男なんです。やろうと思えば、一瞬で世界を一周できるだけの速さを持つ男と言うのを、自覚しないと」
 左の冷気と右の高熱、相反する二つの属性を使いこなす彼女は、プロフェッサー・アブソリュートと呼ばれる犯罪者である。彼女にとって犯罪行為とは、自分で開発したスーツやゴーグルを検証するための実験場であった。今日もまた、新開発の超硬金属で出来た金庫を溶解し、自分の技術を誇示していた。
「インパクトが左右じゃなくて、両手で攻撃してきたらどうするつもりだったんですか? いくら速くても、逃げ場がないじゃないですか。この体たらくじゃ、私達が再結集した意味も……」
 動けぬバレットに、アブソリュートは延々と文句を言い続ける。何故だか彼女は、バレットに止めを刺す気は無さそうだった。バレットも、神妙に聞いている。マスクの下からは、悪党に加減されている悔しさより、妙な苦々しさが満ち溢れていた。
「なるほど、参考になったぜ。流石はアブソリュートの姐さんだ!」
 気絶していた筈のインパクトが、突如起き上がった。両手の装置は、しっかりと合わされている。この状態で広範囲に照射すれば、足取りの重いバレットは逃げられまい。
「ちょ、ちょっと待って!」
「死ねー!」
 アブソリュートが止めるものの、インパクトは構わず衝撃波を放とうとする。
 それより先に、飛んで来た黒い羽根が、両手の衝撃波発生装置を破壊した。続けて飛んで来た巨大な鳥が、インパクトの両肩を瞬時に外した。
 口を動かし、悲鳴か呻き声を上げようとするインパクトであったが、なにか言うより先に口や身体の要所を凍結させられてしまった。
「確かにそれならバレットも避けられないけど、わたしも避けられないじゃないじゃないですか。なんでこう、この人は考えが至らないのでしょうか。見事な反面教師です」
 必死に鼻で息をするインパクトを見て、アブソリュートは呆れていた。
 インパクトを制した鳥が、大きく翼を広げる。翼は、大きなマント。嘴は鳥を模したマスク。羽の正体は、羽根手裏剣。鳥の正体は人であった。理想的な身体の線にピタリと合うスーツを着た美しい女性が、巨大な鳥の正体だった。
「アッパーで決める気なら、最低限顎を粉砕しろ。そして相手の武器は使用不能に追い込んでおけ。クリエイティブさなんて、ヒーローにはいらない。必要なのは、冷静さと冷酷さだ」
 犯罪者の心を支配する、恐怖のフクロウ。ウェイドシティの近隣都市ラーズタウンをホームとするクライムファイターが、ラーズタウンの流儀でインパクトを制した。ラーズタウンは、ウェイドシティよりも数段荒っぽい街だ。
 ホームから出てきたオウルガールは、同じヒーローの同輩である筈のバレットに、ヒーローの教示を説く。仲間からの教えであっても、バレットは苦々しいままであった。
「殴る蹴るしか脳のない人間が、何を言っているのやら」
 アブソリュートはオウルガールを鼻で笑った。
「いいか。生ぬるい悪党の妄言を、耳に入れるなよ」
 オウルガールもまた、アブソリュートを小馬鹿にしていた。
「生ぬるいという表現だけは、聞き捨てなりませんね。高温なら灼熱! 低温なら絶対零度! このアブソリュートに、生ぬるいなんて表現はありませんから! まあ、そっちには冷酷非情の冷たさしか無いみたいですけど」
「非情で結構。我々、ヒーローの友情に口出ししないでもらおうか。この悪党が」
「そっちこそ、ウェイドシティに手を出さないでくださいよ。あなたみたいな、つまらないヒーローに彼がなってしまったらどうしてくれるんですか」
「つまらなくて結構。生憎私は彼を、トムとジェリーのトムにする気は無い。貴様らの遊び相手になど、させてなるものか」
「昼間に出てくるフクロウは、目だけじゃなくて頭もボケているみたいですね。昼間に着るには、間抜けですよ? そのコスチューム」
「猛禽類であるフクロウの恐ろしさを教えてやろうか? 頭以外、性根も衣装も間の抜けた女に」
 アブソリュートとオウルガールは、睨み合いながら言い争いを続ける。バレットを巡る二人の言い争いは、平行線をずっと真っ直ぐ突き進んでいた。やがて言い争いに疲れた二人は、唯一の接点とも言える第三者に判定を求める。
「どう思いますか、バレットボーイ! このよそ者の意見を!」
「バレットになりたいのであれば、私に従え、少年!」
 二人がようやく外に気を配った時。バレットは粘っこいアスファルトから脱出した上で、逃げ出していた。
 正確には、バレットと同じ衣装、同じ速度を持つ、少年が逃げ出していた。

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