一日一アメコミ~16~

9/11 20th Anniversary Tribute: The Four Fives (2021)

《あらすじ》
 2001年9月11日。アメリカ同時多発テロ事件発生。アルカイダのテロリストにハイジャックされた旅客機がワールド・トレード・センターやペンタゴンに突入。ワシントンDCに向かっていた旅客機は乗客の反撃により当初の目的は果たせなかったものの、ペンシルバニア州の野原に墜落。多くの無辜の人命が失われたこの悲劇は、アメリカだけでなく世界の誰もが忘れ得ぬ事件となった。
 2021年9月11日。あれから、20年の時が経った。スパイダーマンとキャプテン・アメリカ、二人のヒーローは過去を思い、国を思い、人を思い。数多の思い、数多の人々と共に鎮魂の鐘を鳴らす。
 
 

 スパイダーマンとキャプテン・アメリカ。アメリカに住む人々が、20年前の悲劇に思いを馳せ、祈りを捧げ鐘を鳴らす。これだけの作品であり、これでいい作品。セリフも最小限で、派手なアクションがあるわけでもない。でも、祈るだけの余地はいくらでもある。

 9月11日をテーマとした作品としては、テロ発生後の10月31日に出たAmazing Spider-Man (1999-2013) #36 (現在無料公開中)があります。こちらはアメリカ同時多発テロ事件に直面したヒーローたちが、ワールド・トレード・センターでの救助活動に従事しつつ、己や世界を見つめ直すといったストーリー。空想の中に生きるヒーローたちは、現実の悲劇に対して何が出来るのか。これから世界はどうなってしまうのか。既に何度も読んでいる作品ではあるのですが、静かなThe Four Fivesを読んだ後だと、キャラの多さにテーマといろいろ詰め込みすぎというか、当時のアメリカ国民が持っていたであろう迷いが作中ちらほらと。9.11以後を知っている今だからこそ感じることはありますが、アフガン侵攻にイラク戦争にアフガニスタンからの米軍の完全撤退と、この先の混沌につながる迷いにも思えます。

 たった二人のヒーローが静かに祈る作品を作るには、20年の歳月を必要とした。この20年の価値が問われる昨今ですが、二度とこのようなテロ事件が起こらないように、世界がより良き方向に進めるよう、ただ静かに祈ります。

一日一アメコミ~15~

Suicide Squad#20(1988)

《あらすじ》
 スーサイド・スクワッド。それは、囚われたヴィランにより結成された特殊部隊である。彼らは恩赦のような報酬と引き替えに、ヒーローでは解決できない過酷な任務に挑む。挑む任務の難易度は極大。失敗すれば当然死亡、たとえ成功しても、上の都合で殺されることもある。すがるには細すぎる、蜘蛛の糸。それが、冷酷非情の極悪部隊のあり方なのだ。

 それはそれとして、在住地は刑務所の近所の家と、ほぼ自由の身でありつつ、スーサイド・スクワッドに参加している男がいた。その名はキャプテン・ブーメラン。多種多様なブーメランを操るブーメランの達人であり、光速ヒーローフラッシュに対抗するためのヴィランのチーム、ローグスの一員として名を馳せたヴィランである。根っからのワルである彼はやはり犯罪行為でズルして楽して儲けたいものの、スーサイド・スクワッドに参加している以上は常に上役のアマンダ・ウォラーの目が光っている。キャプテン・ブーメランは考えた。そうだ、最近ローグスの同僚だったミラーマスターが死んだんだった。アイツのコスチュームと装備を使って、ミラーマスターのフリをして悪いことすればいいんじゃないか?

 こうして新たなるミラーマスターとなったキャプテン・ブーメランは、ヴィランとしての犯罪行為とスーサイド・スクワッドの活動を両立させた二重生活に成功する。うっかり、ミラーマスターのまま、アマンダ・ウォーラーに捕まってしまうまでは。恩赦と引き換えに、スーサイド・スクワッドへの協力を強要された中身キャプテン・ブーメランのミラーマスター。腕に爆弾付きのブレスレットをつけられたものの、アマンダがミラーマスターの正体に気づいている様子はない。ひょっとして、今回の任務を乗り切れば、誤魔化せるのでは!? そんな淡い期待は、次の出撃メンバーにキャプテン・ブーメランが入っていることで、吹っ飛んでしまった。

 犯罪シンジゲートによるゾンビ騒動に駆り出されることになった、一人で二人のキャプテン・ブーメランとミラーマスター。前門のゾンビに、後門の「あれ? ミラーマスターはどこ行った?」と気軽に言ってくれるスーサイド・スクワッドの同僚たち。呼ばれるたびに、見せねばならない早着替え。今度は「そう言えばキャプテン・ブーメランは?」なんて言ってやがる! そんな中、仲間は次々と倒れゾンビ化していく。これひょっとして、誤魔化すどころか死ぬんじゃね? むしろもう、俺しか残ってないよ? 一人で二人とか言ってる場合じゃねえよ?

 空前絶後の自殺同然のミッションに(勝手に)挑むことになったキャプテン・ブーメラン。ドツボの底での四苦八苦。世の中、小狡いことをするとバチが当たるってのはこういうこった!
 
 

 映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』面白かったよ!記念で、今日取り上げるのはスーサイド・スクワッドの一冊。本当なんです、こんな「こちらルイジアナ州ベル・リーヴ刑務所内自殺部隊」みたいな話があるんですって。こち亀ならぬこちベル。

 まあもう、あらすじ書くだけでいいんじゃないって感じですが、ちょっと細かく言うと、キャプテン・ブーメランが当時死んでたミラーマスターの衣装を着て悪いことを始めたのはSuicide Squad#8なので、思いついてやって即バレってわけではないですね。いやそもそも思いつくなって話ですが。

 もうね爆弾付きのブレスレットを誤魔化すために、腕に包帯巻いて「すいません、怪我しちゃったんで出れません」って言い出したキャプテン・ブーメランに「休めないから。出て」って言い放つアマンダ・ウォーラーだけでダメ。両津ブーメラン勘吉と大原アマンダ部長って感じ。腕に包帯巻いた結果着替えにくっそ邪魔になってる。後半てんやわんやすぎて、上着はキャプテン・ブーメランでズボンはミラーマスターになってる。もうね、一人二役コメディのお約束を制覇する勢い。おかげで、今回あらすじのテンションが途中でちょっとおかしくなってますからね。

 この犯罪者を使い捨てにするタイプのスーサイド・スクワッドの連載開始※は1986年。つまり、1988年のこの時期におけるスーサイド・スクワッドはいわゆる黎明期。そんな中、創設メンバーの一員であり、長く顔出ししつつ、反逆とはいかないまでも一々ひねくれたことをするキャプテン・ブーメランは、性質上メンバーの入れ替わりが多いブランドとストーリーを支えてきた一人。ミスター・スーサイド・スクワッドを決めるなら、創設から今日まで活躍してきたキャプテン・ブーメランかデッドショットの二択でしょう。貰ってもまったく嬉しくねえ称号だな!

 この時期、ローグス筆頭ことキャプテン・コールドもスーサイド・スクワッドに付き合ってるんだけど、ブリーフィングの最中にキャプテン・ブーメランと二人並んで世間話をしつつ適当にツッコミいれてる姿は、飲み屋の昔なじみのオッサンというか久々に会ってテンション高くなった男子高校生というか。お前ら、自殺部隊をフラッシュのノリに染めるんじゃないよ。

※1959年のブレイブ&ボールド誌にて、スーサイド・スクワッドと呼ばれるチームが初登場。こちらは諜報活動を主とするエリート集団。

more

一日一アメコミ~14~

パニシャー・ウォージャーナル:シビル・ウォー

※ヴィレッジブックスではPunisherの読み方がパニシャーなのですが、本記事では耳慣れたパニッシャーを使わせてもらいます。

《あらすじ》
 超人登録法により、袂を分かったヒーローたち。推進派であるアイアンマンについた者、反対派であるキャプテン・アメリカについた者。ヒーロー同士の内戦とも呼べる戦いは、かつての南北戦争になぞらえてシビル・ウォーと呼ばれた。
 様々なヒーローやヴィランが名を連ねる中、最も異彩と呼べる男。ヒーローでもヴィランでもなく、集団に属することすら無いと思われていた男。男の名はパニッシャー。いったい何故彼が、ヒーロー同士の戦いに身を投じたのか。何故彼は、キャプテン・アメリカの陣営についたのか。何故彼は、キャプテン・アメリカの目の前で悪党を射殺してしまったのか。これは、一人の処刑人から見たシビル・ウォー。大戦は、数多の人の意志により作られているのだ。

 

 ヒーローを法で縛り、秩序正しく管理しようとする超人登録法。この登録法への賛否を切っ掛けに巻き起こった、ヒーロー同士の大戦。それが、シビル・ウォー。シビル・ウォー本編におけるパニッシャーの動きは、かいつまむと以下のようになっております。

 推進派所属のヴィランに襲われていた、元推進派のスパイダーマンを救出→スパイダーマンと共に反対派に合流→反対派との同盟を持ちかけてきたヴィランを独断で殺害→反対派を追い出される。

 ここで注目すべきはヴィランの存在。ヒーロー同士の内戦ということもあり、シビル・ウォーではヴィランは蚊帳の外だった。そんなイメージがありますが、実際本編やタイアップ誌を読むと、推進派に雇われ参戦する者、シビル・ウォーを隠れ蓑に陰謀を練っていた者と、それなりにシビル・ウォーに関わっております。この状況で静かに出来るなら、悪党やってないわな。

 上記の出来事の前後でパニッシャーは何をしていたのか。どのような心理状況でスパイダーマンの救出や、反対派と組もうとしたヴィランを殺害したのか。それがわかるのが、この作品。パニッシャーは大事件に自分から関わるタイプのキャラではないものの、超人登録法の切っ掛けとなったスタンフォード事件に「ヒーローが敵を殺さなかったことで多くの無辜の市民が命を失った」との側面もある以上、敵を殺せる男の存在は物語を深く切り開くために必要だったということでしょう。

 
 かつて兵士としてキャプテン・アメリカに接したこともあり、反対派から半ば追放半ば離脱したパニッシャー。その視点から見るキャップは、おそらく従来のキャプテン・アメリカのイメージとは大きく違うものかと。永久不滅の理想でありつつ、その行為と行動には徐々にヒビが入っているとわかる姿。そもそも、パニッシャーの横槍がなければ、キャップはヴィランと組んでたわけで。先にヴィランを手を組んだのはアイアンマンだったとしても、目には目を歯には歯をだったとしても、それはやってはいかんことであり、見境のない破廉恥なおこない。
 反体制派かつ戦後に命を失ったこともあり、シビル・ウォーにおけるキャップは善玉って思っている人も多いのですが、時折見せる戦争ならではの見境の無さや、戦後のビジョンが無かった点と、やはりシビル・ウォーのキャップは褒められたものではないですな。だいたい、シビル・ウォー本編のエンディングが自ら過ちを認め投降するキャップである以上、当人がシビル・ウォー作中で掲げてきた正しさを否定してしまったわけで。シビル・ウォーにおけるキャップを正しいものとして扱うのは、物語のテーマからも外れてしまっていると言っても過言ではないかと。
 だいたい、アイアンマンがいいも、キャップがいいもないだろ。シビル・ウォー本編のライターはマークミラーやぞ?

 たとえ周りが全員敵でも、己の理想を汚さず、最後まで意地を貫いてみせる。キャプテン・アメリカが頑なになったことで浮き出てきた、パニッシャーとの共通点。二人はネガなのか、それとも同じ兵士なのか。この極限下で見えてきたものは、やはり深い。

 なお、このパニシャー・ウォージャーナル:シビル・ウォーは全4話であり、反対派への所属と離脱は1~3話まで。じゃあ残り1話となる4話はなんの話なのかというと、本作第1話でパニッシャーに殺されたヴィラン、スティルトマンの葬式回。足が伸びるだけのB級ヴィランのスティルトマンを弔うために、葬儀場となったバーに集まるヴィランたち。端的に言ってしまうと、全員シビル・ウォーに絡めないクラスのヴィランです。昔はよかったと思い出話にふけり、スーパーパワーを持つもの同士だからいいだろうと喧嘩を楽しむ。なんとも荒っぽさと哀愁が同居した話ですわ。
 ……まあこれが、あくまでパニッシャーの1話というだけで、大量のヴィランが集まった葬式がどうなるかってのは予想できると思うのですが。救いは……ヴィランに救いはねえのか!?

一日一アメコミ~13~

マーベル宇宙の歩き方 THE COMPLETE MARVEL COSMOS

《概要》
 地球、神界、宇宙、とにかく広いマーベルユニバース。そんな世界を旅するためのガイドブックがついに発売! クリー帝国やシーア帝国のような銀河帝国にニューヨークにワカンダといった地球の名所、更には次元の向こうにあるアスガルドや崑崙も徹底網羅! 宿、買い物、飲食、風習、旅をするために必要な情報が詰まったこの一冊。更にかのヒーローチーム、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの実体験を混じえた注釈もプラス、旅慣れた彼らのコメントは旅を更に面白くしてくれること間違いなし。無限の彼方へ、さあ行くぞ!

 

 というわけで、今回はちょっと目先を変えて資料系の本をチョイスしてみました。かの旅行ガイド、地球の歩き方を模したマーベルユニバースを旅するための旅行ガイド本。この旅行ガイドという体裁が本の個性になっており、まず前述したように宿や買い物のような旅行ガイドならではの視点でマーベルの名所や都市や惑星を分析する形に。たとえばマーベルやDCのキャラクター事典にスパイダーマン大全と、キャラクターメインの資料が多い中、惑星や都市といった場所から解説していく一冊。各地域の宿や飯や風習のような文化は必要がないと物語で語られないものでもあるので、自然と気づきにくかったりマニアックな知識が集まってる感じ。ここにガーディアンズ・オブ・ギャラクシーによる合いの手が入ることで、知識欲を満たしつつ楽しめる理想的な形に。旅行ガイドのレイアウトをなぞることで、文字やイラストがうるさすぎないってのもいい。ディープな話をしつつ、聞く側を疲れさせないってのは、なかなかの高等テクですよ。

 旅行先としてピックアップされているのは、例を挙げるとこんなラインナップです。

次元内の宇宙:クリー帝国、シーア帝国、スパルタクス、ノーウェア、タイタンetc
地球:ニューヨーク、ラトヴェリア、ワカンダ、バガリア、サベッジ・ランドetc
オルタネイト・ユニバース(別次元):アスガルド、崑崙、キャンサーバース、リンボ、ダーク・ディメンションetc

 有名な地名もあれば、マイナーな地名やここ数年の内に初登場した地名もあり。ドルマムゥの領域であるダーク・ディメンションや、ドクター・ドゥームが治めるラトヴェリアは、キャラクターを紹介する度に出てくるものの、その実態を知られていない場所ではないでしょうか。暗黒魔術の本拠地であるダーク・ディメンションや、強烈な独裁国家であるラトヴェリアも、この本に載ってる中ではまだマシな場所レベルなのがなんとも……すべての物体が食欲を持っているキャンサーバースや、悪党しかいない国家のバガリアに比べりゃそりゃマシってもんよ。

 この本に載っているのは、マーベルユニバースの各地域。つまりは、海外の複数人の創作者が長年かけて生み出した架空の世界ということです。異世界転生ものでもSFでも、架空の世界や国家や設定を作るのであれば、一読しておいて損は無し。他者のアイディアに触れることで新たなアイディアを思いついたり、時には前例があったことを知る。それが、参考にするということであり、このアイディアの原液のごとき本は、おそらく適任たる一冊。原液なのに飲みやすいのも、アピールポイントといったところ。アメコミ要素を抜きにしても、創作者なら是非とも一度目を通してみてほしい欲しい本ですね。

一日一アメコミ~12~

バットマン:ノーマンズランド3

《あらすじ》
ゴッサムシティが封鎖され、数ヶ月の時が経った。無法地帯に適応する人間、限界を迎え逃げ出そうとする人間、未だ希望を捨てていない人間。様々な問いと直面し答えを求め続けているのは、バットマンたちヒーローやジョーカーたちヴィランも、ゴッサムに居る以上同じであった。誰もが混沌に慣れ始めている。そんな状況を一人でぶち壊しかねない大嵐のような男が、ついにゴッサムに姿を表す。男は恐怖も躊躇もなくゴッサムに足を踏み入れ、バットマンたちをあしらいつつ、たった一人で勢力図を塗り替えてしまう。彼の名はベイン。かつてバットマンにも勝利した智勇兼備の怪物の来訪は、ゴッサムに何をもたらすのか。ノーマンズランドで常に刻まれる終末時計の針が、大きく動こうとしていた。

 

 全4巻のノーマンズランドも、ついに折り返し地点を突破。今巻はロビンやジョーカーを主人公とした短編やタイイン誌がメインと、いわゆるアンソロジーとしての趣が強い中、縦軸の出来事となるのは“バットマンを倒した男”ベインの襲来。ノーマンズランド発生時にはゴッサムの外にいたものの、今回ついにある目的をもって来訪することに。バットマン撃破の源となった麻薬ヴェノムとは縁を切っても、バットマンを策にハメてみせた頭脳とバットマンの背骨をへし折るほどの強靭な肉体は未だ健在。しかも銃弾一発が貴重品となったゴッサムに、大口径の重火器を大量に持ち込んでくると、もはやコーエーの三国志における蛮族よりも危険。三国志の辺境国家のお仕事は、クソ強くて無軌道な蛮族と上手く付き合っていくこと。ベインはそこにチート級の武器と何らかの計画が加わるのだから、そりゃタチが悪い。混沌に慣れきった結果、在る種の平穏となったゴッサムに一石を投じるだけの存在。それが、ベインという男の価値。このノーマンズランドの王にもなれる男が、支配欲と引き換えに巻き起こす事件とは――?

 今巻は性質上様々なキャラが主人公を務めているわけですが、まず取り上げたいのはスーパーマンならぬクラーク・ケントが主人公の『慈雨』。ノーマンズランド初期、パワーバランスを崩す存在としてゴッサムに来訪した結果、途方も無い敗北感を抱くことになったスーパーマン。自分はゴッサムでどう振る舞い、何をすべきだったのか。その答えが、ただの一市民クラーク・ケントとしてのゴッサムへの再訪。スーパーマンとして力を誇示せず、農家の息子としての知識で作物を育てようとしている人の手助けをし、争いに巻き込まれそうになったら気弱な一市民として振る舞う。たった一人ですべてを解決しようとして失敗した結果、そこで心折れること無く、何が出来るのかを数カ月間考え続けてみせ、なおかつ実行する。やはり不屈こそ、スーパーヒーローの証なのでしょう。
 それはそれとして、争いに巻き込まれた際のスーパーマンの一般人ムーブは面白い。うっかり発射された銃弾をヒートビジョンで溶かしつつ、バットマンが来ているのを理解した瞬間、暴徒に殴られた痛みで動けないふりをする。ただ弱いふりをしてやられるのではなく、演技をした上で無駄な被害が出ないように気配りできるからこそのスーパーマン。まあ、スーパーマンを殴ったヤツの手の骨は折れたがしゃあない。殴られて痛いふりをしているスーパーマンの隣で、やばい本気で痛い! 鋼鉄でも殴ったの俺!?ってなってるのはわりとシュールだけど。

 そして俺がノーマンズランドの中でももっとも好きなエピソードに挙げたい一本が、このエピソード。100ブロックの土地の守護者となった元警官のボック、通称ハードバックが、街に取り残された子供たちを救うための戦いに挑む『地下坑道』。ヒーローやヴィランよりも市民に近いボックの視点で描かれる、今のゴッサムの熾烈な日常。僅かなヒントを目にしたことから始まる、街に取り残された子供たちの脱出計画。ノーマンズランドがどんな作品であり、どんな世界観なのか説明するのに、もっとも最適な一本と言ってもいいはず。
 ボックの健闘やバットマンやロビンの手助けは称賛すべきものなのですが、この作品で大きな役割を果たすのは犯罪紳士ペンギン。ノーマンズランド初期の時点で物資をかき集め、強大な勢力を持ちつつ、物流も抑えてしまったペンギン。時には悪党として、時には商人として、時には情報屋として、とにかくいろいろなノーマンズランドのエピソードに出てくるキャラです。この『地下坑道』でも、ボックと商取引をしつつ、脱出ルートと引き換えに無理難題を押し付けてくる男として登場するのですが、このエピソードで自らの身に起こった不幸とほんの少しの偶然をきっかけに、地下坑道からの脱出に苦戦するボックを助けるために参戦。この機を狙ってボックと子供たちに襲いかかったチンピラを蹴散らしてみせると、他のノーマンズランドでのエピソードでは見られないくらいにヒーローしてます。ボックを助ける言い訳を作りつつ、作戦終了後ボックと共に意気揚々とゴッサムに凱旋する姿がまたいいんだ。ペンギンは守銭奴でロクでもないヤツだけど、ときおりこういう愛嬌や人間らしい姿を見せるから、どうにも憎めないんだよなあ。

 一人の超人では街は救えず、ほんの少しの善意が思わぬ奇跡を生む。ノーマンズランドの性質が、よく出ている巻とも言えます。逆に、一人の悪党が街を揺らし、ほんの少しの悪意が恐るべき事態を招くことも証明されてしまっているわけですが。善をなすのは難しく、悪を行うのは容易。現実世界でも言えることですね、コレは。