忘れじの圣诞老人

 カチリカチリと、時計の針が動いていく。
 12時になった瞬間、再び364日間の副業が始まる。

 たった1日の正業はハードワークではあるものの辛くはない。
 むしろ、一日中心の底から笑顔で働ける仕事の、なんと楽しいことか。
 だがこれからは、笑顔を忘れ、しかめっ面でいなければならないのだ。

 ついに時計の針が12時を指し、クリスマスが終わる。
 サンタクロースはすやすやと眠る子供の頭を撫でると、帰宅の準備を始める。

 ソリを引く姉弟のトナカイ、姉のトナカイがクリスマスの終わりとともに言葉を思い出したかのように呟く。

「今の最後の子は頭を撫でられて幸運だったけど、明日の始めの大人はきっと不幸だよね」

 

more

不変不変の圣诞节

 周囲に散らばっているのは、もはや人ではなく、ただの肉であった。
 子供と見紛うほどに小柄な兵士たちが、処理した肉を次々と袋に放り込んでいく。
 兵士たちはヘルメットとフルフェイスのマスクを装備しており、その表情は読めない。
 袋を受け取りに来たのは、双子の姉弟であった。
 彼らの格好は、全身フル装備の兵士たちとは違い、それぞれ男女のライダースーツである。
 全身を覆うぴっちりとしたレザータイプのスーツを着た姉が、兵士の一人に話しかける。
 
「オヤジは?」

「屋上です」

「行ってやった方がいいかな?」

「いらんでしょう」

「だよねー」

 ケラケラと笑う姉を尻目に、弟は複数個の袋を一人で担いで下へと運んでいく。
 弟のライダースーツは、当然男性ものである。分厚い胸筋が、襟から覗いている。
 姉弟の服の共通点は、あちこちについた角のような尖った装飾と、色が茶色であることぐらいだ。
 詰め込み作業を追えた兵士たちは、血痕や壁にへばりついた肉の掃除を始める。
 その手際の良さは、まるで熟練のライン工である。

「よっと」

 姉は楽しそうに鉄製の金庫に近づくと、なんとそのまま担ぎ上げてしまった。
 金庫の大きさは姉の身長と同じくらいあり、横幅は姉を越えている。
 それなのに、彼女は鼻歌交じりでかついでいた。

 ドン! とビルが揺れ、全員が思わず上を見る。
 震源地は地面ではなく屋上であった。

「やってるねえ」

 姉がそう言っただけで、他の人間は特にこれ以上の反応もなく、作業に戻る。
 誰もが皆、屋上にいるオヤジを信頼していた。

 

 

 そのオヤジと呼ばれる男は、まるで仁王であった。
 巨大な逆三角形の肉体と、肉体に見劣りせぬ太い手足。
 髪も眉毛もないいかつい顔には、怒りが貼り付けられている。
 ボディービルダーの頭脳による研磨と、肉体労働者の生活による研磨。
 二つの研磨を合わせたかのような見事な筋肉は、くすみきった赤色の革ジャンとロングパンツの下からもその見事さを主張していた。そんな筋肉に見合った勢いのショルダータックルは、屈強なラグビー部崩れの用心棒を一発で吹き飛ばした。

「役立たずが!」

 雇い主である組長は毒づくものの、用心棒からの反応はなかった。
 いくらラグビー部でも、ダンプ同様の破壊力と突進力を前にしては、肉塊になる以外の選択肢はなかった。

 組長はそのはしっこい頭脳で考えを巡らせる。
 このヤクザにとって冬の時代に、ドラッグに手を出したのは間違ってなかった。
 未成年に狙いを絞って、警察に見つからないよう上手く立ち回ったことに間違いもない。
 ドラッグの生産拠点と管理部門を、警察や同業者でもわからないような場所にしたのも間違いない。

 間違いはなかったのに、今現在組長が屋上で相対しているのは、破滅であった。
 このオヤジは、突如この廃ビルに見せかけた拠点に現れたかと思うと、一瞬で三人殴り殺した。
 こちらが反応するより先に、窓や扉からなだれ込んでいくる子供くらいに小さな兵士たち。
 戦闘訓練を受けたであろう兵士により、組員たちはあっさりと全滅させられた

 生き残りの少数と共に屋上に逃げ込んだ組長だったが、追ってきたたった一人のオヤジに誰も勝てなかった。
 組長は悠然とした足取りでこちらへ向かってくる男に、言葉を投げつけた。

「テメエの目的は何だ!」

 組長の言葉を聞き、このビルに現れてからずっと巌の如き表情と沈黙を守っていたオヤジの口が開く。

「商売敵を潰すためだ」

 商売敵と聞き、組長の中で情報が組み立てられる。
 なるほど、この男もおそらく売人だ。
 顔面もよく見れば彫りが深く、目も青い。汚れた肌も、その色自体は白い。
 きっとコイツは、海外の売人だ。
 アジア系ではなく、おそらくロシア、もしくは北欧系だろう。
 おそらく率いている兵士も、フランスの外人部隊のような組織で鍛え上げたのだ。
 一ヤクザとは、格が違いすぎる。

「すまんかったあ!」

 組長は恥も外聞もなく土下座する。
 もはやこうなれば、意地を張っても仕方ない。
 意地と共に死ぬ任侠の美学は、とうに廃れていた。

「二度と、あんたらの商売の邪魔はしない! いや、儲けを全部献上する! 待った待った、俺はあんたらに逆らう気はねえんだよ!」

 男がいくら言葉を重ねても、オヤジの歩みは止まらない。
 このまま土下座している組長の頭を一気に踏み砕く。
 そうしようとしているとしか思えなかった。

「俺には家に待ってる子供が居るんだ! 頼む! 助けてくれ!」

 家族をだしにした組長必死の懇願が聞いたのか、オヤジの足が止まった。
 仁王のわりに、随分と甘いじゃねえか。
 ほくそ笑んだ組長は、笑みを涙に変え顔を上げる。

「あ、ありがとうござ……」
 
 ゴクリと、組長は生唾を飲み込む。
 立ち止まり、組長を見下ろすオヤジの顔は険しいどころの騒ぎではなかった。
 怒りが渦を巻き、その顔に張り付いている。
 こんなの、仁王ではない。仁王とて、これだけの怒りを内包できるわけがない。

「お前を待っている子供などいない。お前は今、ついてはいけない嘘をついたのだ」

 組長には家庭がなく、子供も居ない。組長の嘘を、オヤジは確信を持って見抜いていた。
 こちらの本拠地だけでなく、家庭環境まで抑えているだなんて、この男はどれだけ用意周到に調べてきたのだ。
 組長の身体がガタガタと震える。
 つららで頭から尻まで串刺しになったとしても、ここまでの冷えは感じまい。
 オヤジの図太い足が、足元の組長を床のコンクリートごと踏み抜いた。

 

more

やさしいサンタさん

 クリスマス当日、家に帰ると。
「うん。お帰り」
 玄関の前で、姉さんが芋を焼いていた。枯れ葉と炎の間に見える、銀色のアルミホイル。
 ああなんて、クリスマスっぽくない光景なんだろう。そしてこの人は、適齢期と呼ばれる年代に差し掛かっている姉さんは、このロマンちっくな日になんで一人自宅で芋を頬張っているのだろう。
「どうした? 今日は帰らないって言ってたのに。フラれた? フラれた?」
 姉さんは、ワクワクした顔で負けワンコ仲間の誕生を望んでいた。
「なんでそこで、フッたって選択肢がないんだよ」
「あんないい娘をフルような贅沢者を、弟に持った覚えはないし。付き合ってるってだけで、分不相応なのに」
 チクチクチクーと、火掻き棒代わりにしている枝の先端を向けてくる。この間、偶然街で会った時、彼女のことをえらく気に入っていたからなあ。何故か俺に嫉妬の芽を向けてくるぐらいに。
「分不相応で悪かったな。でも、このまま貫かせてもらうよ。今は一回帰って来ただけだから、荷物を置いたら、改めて集合と」
 担いできたカバンを、玄関に投げ入れる。なんで今日わざわざこの日に、別れの辛さを体験しなくてはいけないのか。だいいちそんな流れを味わってたら、号泣しつつ帰って来ている。
「え? 何処に?」
「なんでソレを聞きたがるのさ」
「若者に気前よく奢る大人、欲しいと思わない?」
 いやゴメン、欲しいどころか、凄くいらない。
「弟が彼女と楽しくクリスマスを過ごす中、私は一人ホールケーキを家で。寂しすぎてウサギでなくても死んじゃいそう」
 だったら、自分も相手を……いかん、これはきっと火に油だ。僕に出来るのは、焚き火を挟んで、姉さんの向かい側にしゃがむことだけだった。
「まだ少し時間があるから付き合うよ。家族と過ごすっていうのも、大事だし」
「……うん。私は、いい弟を持ったみたい」
 姉さんは、嬉しそうに微笑んだ。実はちょっと小腹がすいてるから、芋を頂戴したくなったのがメインで、とは言えない空気だ。まあ芋はいただくけど。
 枝で枯れ葉をかき分け、アルミホイルを見つけたと思ったその時、予想外の物を見つけ、一気に肝が冷えた。
 いやゴメン、流石にコレはないや……。
「姉さん。いくらクリスマスと縁がないからって、コレは無いと思う」
 燃え盛る火の中に見えたのは、残骸。赤と白の長靴とサンタクロースを象ったブローチ、更には「サンタさんへ」との書き出しがある手紙。思い出を処分するのはアリでも、いくらなんでもクリスマス当日にやる事じゃないだろ。
「んん!? いや、違うのよ。これは焼かなきゃいけなかったと言うか、むしろ焼き芋がおまけで、サンタ関係の品を焼くのがメインで。ヒマだからって、押入れの掃除なんてするんじゃなかった」
「即座に焼くほどサンタが忌々しいって、もっと根が深いよ!?」
「うーん……あまり説明したくないというか、知って欲しくなかったんだけど」
「僕だって、実の姉のそんな一面知りたくなかったよ!?」
「ああもう、そうじゃなくて! いいわもう、1から説明するから」
 姉さんは残り一欠片の芋を頬張ると、新聞紙を追加した上で、更に火をくべた。落ち葉の中のクリスマスアイテム一式が火の中に消えて行く。時折突くため息は、最初からこうしておけばよかったと言わんばかりの、後悔を感じさせてくれた。
「この一式はね、サンタクロースへ願いを届ける手段なの。必ず、絶対、届けるための」
 クリスマスの夜、プレゼントを枕元に置いてくれるサンタクロース。そんな善き人への連絡手段。夢の様な話を語っているのに、姉さんの顔は暗い物であった。

more