一日一アメコミ~6~

バットマン:ノーマンズ・ランド 1

 致死性ウイルス、クレンチの蔓延。マグニチュード7.6の直下型地震。感染と自然災害により大きなダメージを負ったゴッサム・シティを、アメリカは見捨てた。そして、街の守護者であったはずのバットマンも姿を消した。もはやこのゴッサムであった場所はアメリカ合衆国の領土ではなく、ゴッサムにいる人間はアメリカ国民ではない。寄る辺無き土地、ノーマンズ・ランド。ゴッサムはギャングやマフィア、アーカム・アサイラムより開放されたヴィランたちにより支配された。この土地に残った警察の有志が対抗するものの、この土地に公権力も権威も存在しない。警察もまた、力による統治を求められることになる。隔離より三ヶ月、姿を消していたバットマンの帰還から物語は始まる。敵を倒すことでは終わらない、人を救うにもキリがない。延々と続く圧倒的な絶望に、バットマンはその身一つで立ち向かう。

 バットマン史における最大級の事件の一つ、ノーマンズ・ランド。全4巻の一冊目となるのがこの作品。ウイルスに地震と、複数の事件や災害を前段階とし、ほぼ一年を費やして連載。尻を拭く紙にもなりゃしない紙幣を尻目におこなわれる物々交換。力による支配が形作る擬似的な封建制度。ゴッサムが隔離されたらこうなるだろう、人々が文明を失ったらこうなる。とにかく考え抜いた痕跡があちこちにあり、力の入れようがひしひしと伝わってきます。他の終末物と大きく違うのは、封鎖されたゴッサムの外には文明が健在であること。封鎖を越えれば物資のやり取りも出来るし、この地獄からの脱出も出来る。また、何らかの目的を持ってわざわざ地獄に飛び込んでくるヤツもいる。この文明とのコンタクトが完全に切れてない状況が、物語に厚みを加えるわけです。

 さて、この本は一冊目。状況を簡単に言うなら、絶望と挫折。様々な短編や中編や長編により浮き出る、変わり果てたゴッサムの姿。ブルース・ウェインとして隔離政策に立ち向かったものの、力及ばず帰ってきたバットマン。バットマンへの不信を深め、人を率い正義を貫くことに苦慮するジム・ゴードン。いつものやり方で街を救おうとしたものの、絶望を味わうことになったスーパーマン。長年この街で活動してきたバットマンですら、街からの拒絶を感じるほどに変わり果ててしまったゴッサム。ジョーカーやトゥーフェイスやスケアクロウやペンギン、彼らですら、時には挫折と絶望を味わうほどに、今のゴッサムは恐ろしい。ある意味、ノーマンズランドにおける最大最強のヴィランは、ゴッサム・シティなのかもしれない。

 だが、バットマンは帰ってきた。そしてジム・ゴードンも諦めず、スーパーマンも一度の絶望で挫けるほどやわではない。挫折の先には模索も復活もある。ノーマンズランドにおける最も救わなければならない存在、それもまたゴッサム・シティなのだ。

  なお、ノーマンズ・ランドの2~4巻に関しても、後ほど取り上げていきます。流石に全4巻を一つの記事で纏めきるのは無理だし、もっと語らせてくれよ! 俺、このシリーズ、大好きなんだよ!

一日一アメコミ~5~

Deadpool Team-Up Vol 2 888

 団体名Unlimited Class Wrestling Federation。数多くのヒーローやヴィランが戦う超人プロレス団体、それがUCWFである。宇宙人、ミュータント、エターナルズと様々な種族がリングに上がる中、絶対王者としてその名を残したヒーローがいた。その名は、ザ・シング。ファンタスティック・フォーのメンバーであり、数多くのガチンコを経験した、ガチガチの岩石パワーファイターである。
 久々にコメンテーターとしてUCWFに登場したシングであったが、しばらくリングを離れている内に、UCWFは台本有りのエンターテイメントと化していた。だが、宇宙プロレスの強豪ザ・マックス・インテンシティが突如リングに乱入。レスラーたちを次々となぎ倒してしまう。勝ち誇るインテンシティを見て、ついに我慢の限界を迎えたシングは久方ぶりにリングに立つ。シングの一歩も引かぬ肉弾ファイト、必殺ダイビングクロスボディ(ダイビングボディアタック)によりふらふらとなるインテンシティ。だがなんと、インテンシティは二人に分裂。二対一の戦いに持ち込もうとする。ザ・マックス・インテンシティ改めザ・マックス・インテンシティ・ツインズVSザ・シング&そこらへんをうろついてたデッドプール。がんばれシング、負けるなシング! 宇宙規模のタッグマッチで鉄拳制裁タイムだ!

 というわけで、五回目にして当サイトにおける伝家の宝刀、デッドプールが解禁です。伝家の宝刀なので抜かずにおこうと思ったものの、そもそもウチの蔵書から適当に紹介するこの企画で、デッドプールをあまり取っておくとバランスを欠くというのにも気づいたわけで。なにせ、ウチの蔵書におけるデッドプールが占める割合はダントツ一位。触れないでいるとラインナップが自然に減り、かと言って頼りすぎると一日一デッドプールになってしまう。ここらへん、上手くバランスを取っていかないと。

 デッドプールとゲストヒーローが組んでの一話完結シリーズ、Deadpool Team-Up。号数が888号とえらいことになってますが、899号(第1話)からのカウントダウン方式でやってるので、実質12話目です。当時もめんどくさいと思ってたが、今になってもめんどくさいと言うかどうしてこうなった。なお900号として扱われているのはこの本です。

 軟弱なプロレスラーたちに嘆く古豪の王者! 宇宙プロレスの猛者によるリング制圧は間近! 立ち上がれ、シング! プロレスラーは本当は強いんです! どこの梶原一騎かゆでたまごかといった感じだけど、本当にこうなんだから仕方ないよね! マーベルにもプロレスをたしなむキン肉マン的超人は意外と多く、その中でも頭一つ抜けているのがシング。プロレスラーとして互角以上にやりあえるのは、ヘラクレスぐらいのもの。ハルクやジャガーノートはレスリングが出来ねえと言うか、ちょっと別ジャンルだし。

 上記あらすじだとデッドプール出番ねえの?って感じですが、ちゃんと本編だとシングのコネで無理やりUCWFに参戦し、人の顔に催涙ガスを吹きかけたり、レフェリーの注意を引きつけたりする悪役マネージャーとして大活躍しているので問題なし。あまりのデッドプールの悪役ファイトにキレるシング! あれは台本あるから!となだめるスタッフ! 「台本!?」と驚くシングとデッドプール! なんでオメエも驚いてんだよ!?

 シングやホーガンの方のハルクの真似をしてリング状でコスチュームを引きちぎったらブーイングと嗚咽、そんなデッドプールの明日はどっちだ。なにげにこの話、オチ自体は結構日本のプロレス漫画ではやりにくいとこに着地していると思うのよね。

一日一アメコミ~4~

ウォンテッド

 彼は生後すぐ、父に捨てられた。ここが彼にとって、人生の分岐点だったのだろう。将来性のない仕事、体を蝕む疾患、親友に寝取られている恋人、ウェズリー・ギブソンにとって人生はどん底であり、クソ同然だった。だが、ある日、ウェズリーに会いに来たフォックスと名乗る女により、彼の人生は一変する。ただなんとなく、大量虐殺をしてみせるフォックス。彼女にはそれが許されていた。何故ならこの世界は、フォックスのようなスーパーヴィランに支配された世界であり、ウェズリーの父はそんなスーパーヴィランの中でも一目置かれる最凶の殺し屋キラーだったのだ。先日、何者かに暗殺されたキラーは、ウェズリーに五千万ドル以上の遺産を全て譲ること、更にウェズリーを一人前の男、スーパーヴィランにするよう仲間たちに言い残していた。
 ウェズリーは正義の意志に目覚め、父親の遺産と受け継いだ能力にて、スーパーヴィランの支配を打ち破る――もし、この話がヒーローコミックなら、そうなっていただろう。だが既に、ヒーローたちの存在は戦いの記憶や痕跡ごと無かったことにされていた。この作品にヒーローなんて野暮な連中はいない。
 人生を一変させるため、支配階級たるスーパーヴィランへの道を歩むウェズリー。彼が一人前の悪党となった時、確かに人生は一変した。だが、世界もまた変わろうとしていた。狂い咲く悪の華。それは果たして、数多のヴィランなのか。それとも、二代目キラーとなったウェズリー・ギブソンなのか。

 かつて映画化されたためタイトルの知名度は高いものの、いざ原作を読むと随分違うぞとなる作品。それがウォンテッド。スーパーヒーロー成分を抜いて、そこのアンジェリーナ・ジョリーを注ぎ込んだ結果、ジャンルがスパイアクション映画になったからしょうがない。ただ、原作そのままの映像化は、制作された2008年でも、スーパーヒーロー映画に慣れた今の時代でも、おそらく難しいはず。多少別物にはなったものの、原作ネタを配置しつつのスタイリッシュなアクションで全年齢が観れる作品にして、企画をポシャらせず世に出したのは、プロの仕事と言っていいはず。主演を務めた、ジェームズ・マカヴォイの出世作と呼ばれるのは伊達じゃない。

 鬱屈とした人生を送っていた青年。だがなんと父親は、伝説の暗殺者だった! 父親から譲られた人脈に財産、そしてなんと青年には親にも負けぬ才能が眠っていたのだ! こう書くとチート物かな? という感じなのですが、そもそも親も悪党なので、修行シーンもまあヒドい。死体を撃ち屠殺場で働くことで死や命を奪うことに慣れるところから始まり、最終的には通行人を適当に殺してこいとか、なんというかGTAでとりあえず街でショットガンぶっぱなすプレイヤーのごとき修行シーン。悪党である以上、利己的であり、自己中心的であり、人の人生を奪うことこそ本望。ああ、実に教育に悪い。悪いと分かっていて、楽しめるかどうか。たぶん、もしウォンテッドがなろうやカクヨムに掲載されてバズったとしても、書籍化に手を上げる出版社は無いと思うんですよね。なにしろ、リスクも高いし、好き嫌いがハッキリ分かれる作風である以上、売上も読めない。そりゃ映像化の際、大幅な変更も入るわ。

 なお、この作品におけるスーパーヴィランは、皆何処かで見たことある設定を持っており、敗北し自分がもはや英雄であることを忘れたスーパーヒーローたちも、赤いマントにオールバック、世界最高の探偵と言われたダイナミック・ペアと、いろいろ察することができる感じで。赤いマントの超人がライバルだったプロフェッサー・ソロモンの配下のモデルはスーパーマン系ヴィラン、世界最高の探偵のライバルだったミスター・リクタスの配下のモデルはバットマン系ヴィランと、わかるとね、思わず正体を言っちゃいそうになるんですよ。分かる人には分かるってのが、ザ・ボーイズと同じウォンテッド流の気遣いなんでしょうけど。

 でも、変幻自在の泥の怪物クレイフェイスに似た、悪党のウ◯コの集合体シットヘッド。凶悪な人形に操られる腹話術師ベントリロクエストに似た、自分の悪いチ◯コに操られるジョニー・トゥーディック。若干馬鹿らしいというか、下ネタ系ヴィラン多くね? っていうのはまあね。ヒーローもヴィランも馬鹿らしいものである以上、そりゃ馬鹿らしいキャラクターがいてもいい。ウォンテッドのライター、マーク・ミラーなりの皮肉というか。これからマーク・ミラーの作品もいくつか紹介する気でいるけど……なかなかいい癖、持ってますぜ。

一日一アメコミ~3~

ダークナイト:姿なき恐怖(TheNew52!)

 アーカム・アサイラムにて暴動事件発生。謎のドラッグを注入された患者たちは、普段以上の狂気と暴力にて警戒線を突破。バットマンが駆けつけることで被害を抑えることは出来たものの、アーカムに収監されていたヴィランの大半がゴッサム・シティに解き放たれてしまう。ゴッサムだけでなく全米に行動範囲を広げようとするヴィランに苦戦するヒーローたち、一方バットマンは、この事件の謎を追跡していた。いったい、収監されてた患者たちに、どんな手段でドラッグを打ち込んだのか。この謎のドラッグの正体と成分は。捕まった患者やヴィランが口にする、白いウサギとは。
 そんなバットマンを誘うかのように現れる、謎の女ホワイトラビット。白いランジェリーを身に纏った彼女は、確かにウサギの扮装をしていた。トゥーフェイス、ジョーカー、ポイズン・アイビー、デスストローク、スケアクロウ。ホワイトラビットと共に見え隠れする、容疑者にして障害となる強敵たち。果たして黒幕は彼女なのか、彼らなのか。それとも別にいるのか。謎と暴力に染まり切った闇が、バットマンを押し包もうとしていた。

 2011年におこなわれたDCコミックスの再編企画「New52」。まず、企画の前に今までの連載は全て終了。全ての作品の舞台は52の並行世界を持つDCユニバースとなり、ここで全52本の新連載がスタート。この際、多くのキャラクターの設定やデザインが現代風に作り直され、DCユニバースに新風が吹き込むこととなった。
 このダークナイト:姿なき恐怖も、このNew52の影響で生まれた一作。多くのキャラクターが改変される中、バットマン周りはほとんど変わらなかったものの、この状況だと変わってないことも宣伝しないといけない状況。謎とアクションが同時に進行するいつものスタイル、この世界でも変わりなく存在するヴィランたち、人間関係の強調と他のシリーズの宣伝も兼ねたスーパーマンやフラッシュの顔見世。日本で発売される際、入門作と言われたのも納得の行く話。バットマンの基本を抑えつつ、アメコミの構造も透けて見える。新キャラクターと新設定、New52ならでは斬新さを担当した「バットマン:梟の法廷」に話題や人気を持っていかれたフシはあるけど、こういう今までを補強する作品があるからこそ、斬新さも栄えたわけで。それぞれを補強しあい、補完しあう。それもまた、アメコミの強さ。

 しかし作中で、様々なコスチュームを見慣れたバットマンが白いランジェリーと言うだけあって、ホワイトラビットの衣装は凄いわ。たしかにこんなんが公共の場所にいたら、俺は幻覚を見てるんじゃないか、欲求不満なのかとまず悩んでしまう域。あと、出番自体は少ないものの、解毒のため全力疾走で地球を6周以上したフラッシュに、恐怖ガスで暴走したバットマンを「しっかりしろ! 僕には勝てない! 普段の君ならそれがわかるはずだ!」と抑えにかかるスーパーマンと、顔見世しているヒーローたちはなんというか濃い。活躍してると言うより、そういうとこ!みたいに濃い。

一日一アメコミ~1~

 ここ最近、いろいろ難しいことを考えすぎてたんじゃないか?
 というわけで、唐突に始めたこの企画。本棚やタブレットに入ってるアメコミを、とにかく手当り次第ランダムに毎日紹介していきます。紹介が長かったり短かったり、邦訳だったり原書だったり、発売中だったり絶版だったり、とにかく細かいことは考えず、ガンガンやっていきます。とりあえずの目標は一ヶ月。大丈夫、楽に蔵書は30冊を超えている。
 まず一発目は、この作品で!

 

 

GET JIRO!(邦訳アリ)

 近未来、世界は音楽も映像もスポーツも失い、唯一残ったのは食文化であった。食は力となり、優れた料理の腕前を持つ者はそれだけで権力を得る。世界中の食を融合させた高級料理志向のインターナショナル派と有機野菜を使った菜食主義派、二人のシェフが争うロサンゼルス。そんなロサンゼルスにあらわれたのは、謎の寿司職人ジロー。凄腕の寿司職人であり、独自の仕入れルートを持ち、なおかつマナーを守らぬ客やカリフォルニアロールを頼んだ客の首を瞬時に断ち切るほどの戦闘力。街のパワーバランスを崩しかねないジローは、両派閥にとっても見過ごせない存在だった。インターナショナル派と菜食主義派、果たしてどちらの派閥がジローをゲットするのか。両派閥に目をつけられたジロー、果たして彼の選ぶ答えとは? 寡黙な寿司職人は、果たしてロサンゼルスの闇をもさばいてしまうのか――!

 料理研究家にして作家の故アンソニー・ボーデインがライターを務めたこの作品。料理研究家が料理をテーマにしたコミックスを書いた結果、出来上がったのは寿司職人が包丁で人の首を斬るタイプのコミックスだった。実際よくネットに流れるのはカリフォルニアロールを頼んだ客の首をズバッとやるシーンなのでニンジャスレイヤー的な作品のイメージがありますが、実際読んでいくと浮かび上がってくるのは「用心棒」の三文字。街を二分する二大勢力と、そこに現れた風来坊。構図を見れば分かるように、ゲットジローは黒澤明の用心棒のグルメ版にして近未来版、任侠や時代劇に近い作品ではないかと。近年で言うなら、用心棒のオマージュ色が強かった、ゴールデンカムイの茨戸編と同じカテゴリー。料理研究家の作品が、料理を中心に据えた作品ではなく、任侠に料理をかぶせた作品だなんて、奇襲もいいところですよ。ただオチの一部に関しては、アンソニー・ボーデインの料理感がちょっと垣間見えて面白い。純度100%の任侠モノや時代劇では、たぶん難しいオチだし。雑に言うなら、用心棒をメインにトリコとニンジャスレイヤーをスパイスとして使い、隠し味に料理感を入れた感じですね。後述する料理関係のうんちくもかけて、将太の寿司も足しちまうか?

 料理は話の添え物なんですが、ミスター味っ子でも切り札として扱われたブラッドソーセージや、ある意味とても贅沢なシラスウナギを使った料理に、日本式の活け締めの紹介と、その知識量に関しては、日本のグルメ漫画に匹敵するものがあります。ただちょっと、作中の料理があまり美味そうに見えないのはね。着色に描き方と、全体的にどうにも綺麗じゃない。たとえば、ジローが作中で見せるアナゴのさばき方は完璧なものの、アナゴがそのワタがちょっとグロくて、シン・ゴジラの蒲田くんさばいてるように見えるもの。美味そうな料理の描き方や食べ方では、やはり日本が強いね。料理を主役に据える、グルメ漫画の存在がデカいよ。