オーバー・ペネトレーションズ#1-1

 巨大な人型ロボットが、街で暴れていた。
「ガハハ! いくら最速でも、俺様のレーダーはアップグレード中だ! 見ろ、段々追えるようになって来たぞ!」
 機械らしからぬ我に満ちた声を出し、右腕に装備されたガトリングガンを乱射するロボット。射線は、ロボットを囲むように動く光の軌道を追っていた。光は、輪を描くようにロボットの周りを回っている。輪の先端に、銃弾は徐々に追いつこうとしていた。
 ロボットは自身のセンサーの確かさを信じきり、光を撃ち殺そうとしている。だが実のところ、センサーが優秀だから、光を追い詰めているのではない。包囲の輪が、一周ごとに少しずつ狭まっていて、狙いやすくなっているだけだったのだ。
「ウオオオオオオ!? 目が! 目がぁ!」
 ロボットが気づいたのは、輪が肉薄し、自身に手をかけた時だった。輪と共に、光速で回転させられるロボットの身体。数分後、ドクロに似た機械の頭がショートを起こした所で、ロボットはようやく回転から解き放たれた。ランプ状の目を点滅させている部分以外、全てが機能停止状態だ。
「センサーをアップグレードするより、バランサーをアップグレードすべきだったんじゃない?」
 最新の身体と最低の性根を持つ機械の犯罪者を制したバレットは、自身を撮るTV局のカメラに、サムズアップと笑顔を向けた。

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オーバー・ペネトレーションズ~Prologue~

 必要なモノは、力でも銃でも魔法でもない。速さである。どんな力も、振るう相手が居なければ空回り。どんな銃も、弾よりも速い標的には当てられない。どんな魔法も、唱えるよりも先に、口を塞がれてしまえば意味が無い。
 つまり、速さは、全てを凌駕するのだ。少なくとも、そう思い込んでいなくてはやっていられない。
「撃つな! 味方に当たるだけだ!」
「ボスはどうした!? 逃げたな! 逃げたな! 誰だよ、あのバカの口車にのったヤツは!」
「お前だろ!?」
「いや俺は、珍しく今回はあの人がバックにいるから……ギャー!」
 瞬く間に銃が奪い取られ、光速のジャブに意識さえ奪い取られる。銀行強盗を企んだ5人のチンピラは、人質が歓声を上げるより先に、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
 歓声を背に、銀行を飛び出す閃光。意思を持つ光は、逃げ出した主犯を追う。車も音も光でさえも置き去りにしかねない速さ。走っている最中の彼を、他人は光としか認識出来なかった。 
 犯罪と欲望が跋扈するウェイドシティを走る、光速のヒーロー“バレット”。弾よりも速い彼の自称か、それとも何処かの記者の他称か。数年の活動を得て、既に一般に名前が認知された今となっては、詮なき疑問だ。
 バレットは瞬時に、大通りを信号無視で走るワゴン車に追いつく。ワゴン車の後ろ扉が開き、不可視の衝撃波が彼を襲った。光速の世界から落ちて来たバレットの前に、停まったワゴンから降りてきた男が立ちふさがった。
「光速の男を止めた。これだけでも俺の価値があるでしょう? え? それだけじゃ、足りない? そんなあ……」
 両手に付けた衝撃波発生装置を誇示しても、車の中から帰ってきた言葉はつれない物だった。
「なら、光速の男を殺せば問題ないッスよね!? これはアンタらでも、出来無い事なんだから!」
 男が放つ衝撃波が、アスファルトを歪め、道行く車を吹き飛ばす。彼の名は、インパクト。両手に衝撃波発生装置を付け、象をも吹き飛ばす衝撃波を操る、
「ゲェッ!? 衝撃波を全部避けて、真正面から……ギャー!」
 三流の悪党である。
 左右交互の衝撃波をギリギリで避け、光速の突貫をしかけるバレットに対応できぬまま、インパクトはアッパーカット一発で沈んでしまった。本当に、衝撃波だけの男である。
 息つく暇もなく、バレットを襲う冷気。道路が氷結したのを見て、バレットは一歩退いた。
「速さの源は、二本の足。凍った地面を走れば転ぶ。それぐらいは学べたようですね」
 パチンと、左指を鳴らしワゴン車から降りてきたのは、左右ツートンカラーの衣装を着た少女だった。正中線から左は青で、右は赤。左手には霜がはっている。冷気を操り、道路を一瞬でアイスバーンに変えた彼女こそ、この街におけるバレットの大敵であった。
 バレットはアイスバーンを避けるようにし、大回りしての接近を図る。彼女は物足りぬようなため息を付いて、右手を地面に付けた。高熱が伝播し、硬いアスファルトが柔らかくなる。柔らかさに足元を捉えられたバレットは、悔しげに静止してしまった。
「でも、まだ足りません。もっと、クリエイティブで壮大な思考を常に意識しなきゃダメですよ? 例えば、中途半端に回りこまずに、地球を一周してのアタックとか。貴方も所詮この、衝撃波だけの男と同じで、速さだけの男なんです。やろうと思えば、一瞬で世界を一周できるだけの速さを持つ男と言うのを、自覚しないと」
 左の冷気と右の高熱、相反する二つの属性を使いこなす彼女は、プロフェッサー・アブソリュートと呼ばれる犯罪者である。彼女にとって犯罪行為とは、自分で開発したスーツやゴーグルを検証するための実験場であった。今日もまた、新開発の超硬金属で出来た金庫を溶解し、自分の技術を誇示していた。
「インパクトが左右じゃなくて、両手で攻撃してきたらどうするつもりだったんですか? いくら速くても、逃げ場がないじゃないですか。この体たらくじゃ、私達が再結集した意味も……」
 動けぬバレットに、アブソリュートは延々と文句を言い続ける。何故だか彼女は、バレットに止めを刺す気は無さそうだった。バレットも、神妙に聞いている。マスクの下からは、悪党に加減されている悔しさより、妙な苦々しさが満ち溢れていた。
「なるほど、参考になったぜ。流石はアブソリュートの姐さんだ!」
 気絶していた筈のインパクトが、突如起き上がった。両手の装置は、しっかりと合わされている。この状態で広範囲に照射すれば、足取りの重いバレットは逃げられまい。
「ちょ、ちょっと待って!」
「死ねー!」
 アブソリュートが止めるものの、インパクトは構わず衝撃波を放とうとする。
 それより先に、飛んで来た黒い羽根が、両手の衝撃波発生装置を破壊した。続けて飛んで来た巨大な鳥が、インパクトの両肩を瞬時に外した。
 口を動かし、悲鳴か呻き声を上げようとするインパクトであったが、なにか言うより先に口や身体の要所を凍結させられてしまった。
「確かにそれならバレットも避けられないけど、わたしも避けられないじゃないじゃないですか。なんでこう、この人は考えが至らないのでしょうか。見事な反面教師です」
 必死に鼻で息をするインパクトを見て、アブソリュートは呆れていた。
 インパクトを制した鳥が、大きく翼を広げる。翼は、大きなマント。嘴は鳥を模したマスク。羽の正体は、羽根手裏剣。鳥の正体は人であった。理想的な身体の線にピタリと合うスーツを着た美しい女性が、巨大な鳥の正体だった。
「アッパーで決める気なら、最低限顎を粉砕しろ。そして相手の武器は使用不能に追い込んでおけ。クリエイティブさなんて、ヒーローにはいらない。必要なのは、冷静さと冷酷さだ」
 犯罪者の心を支配する、恐怖のフクロウ。ウェイドシティの近隣都市ラーズタウンをホームとするクライムファイターが、ラーズタウンの流儀でインパクトを制した。ラーズタウンは、ウェイドシティよりも数段荒っぽい街だ。
 ホームから出てきたオウルガールは、同じヒーローの同輩である筈のバレットに、ヒーローの教示を説く。仲間からの教えであっても、バレットは苦々しいままであった。
「殴る蹴るしか脳のない人間が、何を言っているのやら」
 アブソリュートはオウルガールを鼻で笑った。
「いいか。生ぬるい悪党の妄言を、耳に入れるなよ」
 オウルガールもまた、アブソリュートを小馬鹿にしていた。
「生ぬるいという表現だけは、聞き捨てなりませんね。高温なら灼熱! 低温なら絶対零度! このアブソリュートに、生ぬるいなんて表現はありませんから! まあ、そっちには冷酷非情の冷たさしか無いみたいですけど」
「非情で結構。我々、ヒーローの友情に口出ししないでもらおうか。この悪党が」
「そっちこそ、ウェイドシティに手を出さないでくださいよ。あなたみたいな、つまらないヒーローに彼がなってしまったらどうしてくれるんですか」
「つまらなくて結構。生憎私は彼を、トムとジェリーのトムにする気は無い。貴様らの遊び相手になど、させてなるものか」
「昼間に出てくるフクロウは、目だけじゃなくて頭もボケているみたいですね。昼間に着るには、間抜けですよ? そのコスチューム」
「猛禽類であるフクロウの恐ろしさを教えてやろうか? 頭以外、性根も衣装も間の抜けた女に」
 アブソリュートとオウルガールは、睨み合いながら言い争いを続ける。バレットを巡る二人の言い争いは、平行線をずっと真っ直ぐ突き進んでいた。やがて言い争いに疲れた二人は、唯一の接点とも言える第三者に判定を求める。
「どう思いますか、バレットボーイ! このよそ者の意見を!」
「バレットになりたいのであれば、私に従え、少年!」
 二人がようやく外に気を配った時。バレットは粘っこいアスファルトから脱出した上で、逃げ出していた。
 正確には、バレットと同じ衣装、同じ速度を持つ、少年が逃げ出していた。

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