Amecomi Katatsuki PUNISHER VS Kiritsugu Emiya~Side P~ 2

 駆けつけた時、既に魔術師は死んでいた。だが、犯人と目される衛宮切嗣はまだ現場に居た。有無も言わさず、魔術師殺しを殺してやろうとしたものの――
 パニッシャーは、己の予想が外れた事を、認めざるを得なかった。
 この男に、魔術師らしいカッコつけなどない。その程度の相手ならば、既に第一射で蜂の巣にしている。
 だが、彼はアパートの一室から躊躇いなく逃げ出した上に、反撃を繰り返しつつ撤退。持ち込んだ武器弾薬の大半を使っても、仕留め切ることが出来なかった。
 そして、遂には――。
 暗がりから飛び出してくる影、だが警戒中のパニッシャーは、容易く影に向けナイフを突き立てる。狙いは脇腹の大動脈。即死には至らずとも、失血による致命傷に至る箇所だ。
 しかし、狙いは外れ、逆に肩口を切り刻まれる。骨にまで達した傷、押さえつけたくなる衝動を抑えこみ、代わりに影の腕を掴み上げる。冷徹を顔に貼り付けたような若造が、そこに居た。
 自らのナイフを投げ捨て、開いた手で切嗣の手にしたナイフを取り上げる。床に投げ捨てたナイフは、自分が使っているタイプと良く似ていた。
 捻り上げた腕を掴み、投げ捨てる。足元に転がった切嗣の顔面めがけ、膝を落とす。膝から伝わる、地面の硬さ。逃げおおせた切嗣は、再び物陰に消えていた。
 高さはなくとも、広さを持つスーパーマーケットの屋上。物陰も沢山あるこの場所に逃げ込まれてからずっと、大不調であった。追い詰めた獲物が、一転して牙を剥いてきている。
 何度か決められるタイミングで、するりと逃れられている体たらく。時折聞こえる、無機質な呟き。衛宮切嗣は、自身も魔術師である。そんな基本的なことを思い出す。おそらく切嗣は何らかの魔術で、自身を補強しているか、パニッシャーに負担をかけている。逃げられる度に感じる妙な違和感は、きっとその証明だ。
 いやしかし、随分とまた、地味な魔術だ。偉そうにドクターなんて冠を付けている連中は、もっと派手に偉そうに魔法を使っていた。だが、この速度への干渉は、そんな魔法よりも怖ろしい。もし、殺し合いに慣れていない超人ならば、とうに殺されている。彼の犠牲となった、数多くの魔術師のように。
 こうなれば、評価を改めるしかあるまい。彼は浪漫ではなく、実利を追求する男だ。非効率的なトンプソン・コンテンダーの使用も、おそらく必要性があるからだ。
 そんなパニッシャーの高い評価を覆すように、物陰に潜んでいた切嗣が、パニッシャーの横から無防備に現れた。横目で見れば、なんとも無機質な男だ。ただ目的や任務をこなす、血の通った機械。その顔には、不利を覆した喜びも無い。この鉄面皮を、表情が顔に出やすいスーパーヴィランたちは、見習うべきだ。
 パニッシャーの胸、髑髏の片目が弾け飛ぶ。銃弾が、左胸に直撃していた。
 切嗣に動きは無い。あの男は囮であり、本命は別の場所。あの高層ビルの屋上にいる何者かの狙撃だ。
 なるほど、自分は全く違うタイプの男を使っているが、切嗣が使っているのは、当人と似たタイプの人間か。そんな事を思いつつ、パニッシャーは背から屋上の隙間の闇に、落下してしまった。

 切嗣は警戒しつつ、パニッシャーが落ちた箇所を覗きこむ。予想通り、彼の姿は消えている。落下地点のゴミ捨て場には、落ちた跡と血痕が残っていた。
「狙撃は失敗した」
 トランシーバーにて、狙撃手に連絡を取る。
『申し訳ありません』
 帰って来るのは、切嗣に負けず劣らず、無感情な女性の声。久宇舞弥、切嗣が戦場で拾い上げた、機械たる彼をさらに機械たらしめる、道具にして補助機械だ。
「いや。これは僕のミスだ。彼は、全て読んでいた」
 切嗣は、あっさりと己の非を認める。もう少し、囮らしからぬ振る舞いをしておけばよかった。
 パニッシャーは、切嗣の姿を見た瞬間、自ら身を沈めていた。無防備な頭ではなく、おそらく最も厳重にアーマーで防護している、心臓の箇所で銃弾を受け止めるために。あの髑髏マーク自体、敵の目を引き、撃たせるための細工だろう。
 落下も、飛び降りたのではなく、自ら落ちた物。一度情勢を立て直すため、必殺の手段から逃れるためとはいえ、随分な無茶だ。もし、舞弥の使用していた銃弾の威力が、胸を貫く物だったら。もし、背から落ちて着地に失敗していたら。クッション役のゴミ捨て場に、縦になった鉄パイプや、危険な薬品がそのまま捨てられていたら。
 いったい、どれだけ自分の命を軽く見ていたら、こんな芸当が出来るのだろう。思わず、嫉妬してしまうぐらいに、機械的だ。
『周囲にらしき敵影はありません』
「ニューヨークは、彼の庭だ。こちらの、数十倍の土地勘がある」
 切嗣の身体が、突如押し倒された。トランシーバーが手元から落ち、自身の身体は屋上を転げまわる。
 強烈な拳を、必死で受け止める。指の骨に、亀裂が走った。
 隻眼の髑髏が、こちらを見下ろしている。切嗣を組み伏せたのは、パニッシャーだった。顔や身体の至るところから血を出しているが、全く意に介さず、こちらを殴りつけてくる。
 まさか、即座に戻ってくるとは。小休止も火力の補給も無しか。必死で身を捩ると、あっさり上下が入れ替わった。逆に殴りつけてみせれば、上手くいなされ、また攻守の交代。ゴロゴロと転がっている内に、こうも激しく攻守を入れ替えていては、舞弥も狙撃出来ない。気づくのに、時間はかからなかった。
 転がりつつの攻防は、すぐに屋上の限度を越え、切嗣とパニッシャーは団子状態で下へと落ちる。落ちたのは、道路側。交通量の激しい道、二人揃ってミンチになるところだったが、幸運にも彼らは、トラックの荷台の上に落ちた。
 幸運に感謝する事もなく、切嗣の肘がパニッシャーの鼻を折り、パニッシャーの頭突きが切嗣の額を激しく鳴らす。
 狭いトラックの荷台にて、第二ラウンドが始まっていた。

 千里眼の魔術にて、パニッシャーと衛宮切嗣の争いを見ていたフッド。彼の背筋に、冷たい物がはしる。元々、獣が相喰らいあうような戦いになるとは思っていた。だが、ここまで、熾烈な戦いになるとは。待機している部下たちは、先ほどの演説に当てられ、高揚したままだが、もし二人の殺し合いを目にすれば一目散に逃げ出すだろう。トラックの荷台から、路上へ。路上から、裏路地へ。裏路地から……底冷えするような戦いを振りまきつつの、激しい移動。一体何処で横入りすればいいのか。フッドの経験では、判断がつかなかった。下手に部下を差し向ければ、ただ生贄を捧げるだけだ。
 ボスに必要な素養の一つである、決断の早さ。フッドはこの点において、他の大物に大きく劣っていた。
 自らの力でのし上がってきた他のボスと違い、大悪魔より与えられている能力でボスの座に収まったフッドの脆さは、このようなタイミングで浮き彫りとなってしまう。例えばキングピンならば、スーパーの屋上に二人が転がり込んだ時点で、スーパーを吹き飛ばす火力での包囲殲滅を命じていただろう。
 そして最もマズいのは、二人の戦いを間近で見ていることで、大局的な視点を失ってしまったことにある。
 天窓が割れ、同時にワゴン車がフッドのアジトの壁を破壊し、突っ込んでくる。ガラスの破片と、車の追突、それぞれ三人ほどやられてしまった。
「あ、あああ……」
 魔術師キャラとして普段かぶっているフッドの仮面が剥がれ、情けない声が漏れている。天窓直結、二階の足場から見下ろしているのはパニッシャー。ワゴン車から出てきたのは切嗣。悪魔が二匹、フッド一味を睨みつけていた。
 何故バレた。いやそれより、いつ示し合わせていたのか。会話も交わさず、憎悪をぶつけ合うような殺し合いをしておいて。
「おい! 開かねえ! 開かねえよ!」
 恐怖に当てられ、一目散に逃げ出そうとした男が喚いている。電子ロック式のドアが、外部よりのハッキングで施錠されていた。
「こんなアジトに居られるか! 俺はここから逃げるぜ!」
 窓を壊し、逃げ出そうとした男の額に風穴が開いた。狙撃手が、外に居る。
 血と傷で塗れた顔を拭わぬまま、二人の処刑人は思うがままに動き始める。彼らが動く度に、人の命は散っていく。必死の生存本能による応戦。密室となったアジトは、生死飛び交う銃撃戦の舞台となった。
「何故、こんなことに」
 呆然とした様子で、呟くフッド。
 策を持ってして、獣を殺しあわせようとした結果、手負いの獣が懐で暴れ狂っている。
 自らの手を汚さぬ都合の良い策は、血まみれの手で引き千切られていた。

Amecomi Katatsuki PUNISHER VS Kiritsugu Emiya~Side P~ 1

 アメリカ最大の都市であり、人種の坩堝ことニューヨーク。この街には、人種という枠とは違う括りで、様々な人がいる。善人、悪人、中庸、どれも数が多い。そしてその結果、タガの外れた存在が生まれる。常識では考えられない、力を持つ者が。
 ニューヨークの裏社会を支配する悪党は、五指に余る。巨漢巨悪のキングピン。石頭ならぬ鋼鉄頭のハンマーヘッド。善悪の強烈なまでの使い分け、ミスター・ネガティブ。
 そんな悪党の中でも、異彩を放つ男が、フッドと呼ばれる男だ。近年突如出現し、瞬く間に勢力を築き上げた男。赤いクロークを目深に被る姿は、名前のとおりフッド、フードを被った者である。彼の武器は、魔術であった。弾道を曲げ、影から影を移動し、空中を気ままに散歩する。敵対勢力どころか、部下にすら何らかのトリックを使っていると思われていたが、彼の魔術は、本物であった。とある強大すぎる悪魔と契約した結果得た、怖ろしいまでの魔術だ。
 ニューヨークに確固たる地位を築き上げたフッドは、一棟丸々支配しているビルに、手下を集めていた。
「時に」
 フッドが口を開いた瞬間、緩慢だった空気が張り詰める。
「今、俺は、最大の危機を迎えている。闇が、俺に教えるんだ。あの狩人が、俺を狙っていると」
 フッドが手をかざした途端、壁に貼り付けられたNYの大地図に、炎で髑髏が描かれる。髑髏を見た途端、手下たちに動揺が走る。ニューヨークで悪党をやっている以上、髑髏は、忘れてはいけない象徴。触れてはいけない、禁忌の存在であった。
「更に、かの狩人に匹敵する恐怖が、俺を狙っている」
 フッドの手に、直接灯る炎。魔術により生み出された炎は、持ち主の肌にも肉にも無害であった。
 ざわめき半分、困惑半分。おそらく手下の多勢は、かの恐怖と同じ存在などいるのかと、疑問に思っている。それはそうだろう。チンピラでは分からない。魔術師殺しの恐怖は、魔術を使うものでないと、理解が出来ない。
「だが、恐怖が二つあるのであれば、答えは簡単だ」
 フッドの手の炎が、髑髏に焼かれる地図に投げつけられる。二つの炎は合体し、地図を一瞬で焼き尽くした。
「恐怖を、殺しあわせればいい。恐怖同士の対決は、必ずや死を招く。そして勝ち残り死にかけた恐怖を始末する。簡単な話の上に、あの災害を始末した俺達の名は、NYの新たなる恐怖として刻まれるだろう!」
 しばしの沈黙の後、誰かがフッドの名を呼ぶ。名は激しく増えていき、数秒後には大歓声と化していた。
 フッド! フッド! フッド! 色とりどりの彼らは、様々な銃火器を手にし、歓声を上げる。
 ついこの間まで、あのひと山いくらの連中と同じ場所に居たフッドは、歓声を心地よく聞く。既にフッドの思惑通り、彼らは殺し合いを始めていた。おそらくこの後に聞く歓声は、もっと熱く激しい物になるだろう。

 魔術やオカルトは嫌いだ。天使や悪魔なんて、もうコリゴリだ。だがそれでも、前に立ち塞がってきて、追いかけてくる以上、相対しないワケにはいかない。パニッシャー、フランク・キャッスルにとっての魔術とは、その程度の物だった。ミュータントだのミューテーツだのが持つ、特殊能力と何ら変わりない。
 だからこそ、最近ニューヨークで起こっている、連続殺人事件の被害者の共通点が魔術師と知った時は、多少憂鬱になった。
「どうやら彼らは、フッドに狙われていたようだね。逃亡や彼への反撃を企んでいたら、先手を打たれたと」
 複数のモニターとキーボードを同時にいじっている、小太りの男。鈍臭そうに見えるが、この電脳社会において、ネット上に構築された彼の情報網から逃げ出せる人間はおるまい。
 実戦ではなく裏方、情報収集や武器の調達を得意とする男、マイクロチップ。性格や性質の都合上、交友関係が希薄なパニッシャーにとって、珍しく縁が長く続いている相手である。
「フッドか。面倒な奴だな」
「だが、どうやら実行犯は別にいるらしい。被害者は全員、トンプソン・コンテンダーで射殺されている。弾のタイプは、30の06の、スプリングフィールド弾だね」
「なんだそりゃ」
 鉄面皮のパニッシャーにしては珍しい、呆れた表情。トンプソン・コンテンダーとは、どんな弾でも撃てる万能銃である。だが、一発ごとに装填が必要な単発銃と言うのは、武器として心もとない。しかも使っている弾は、威力重視のスプリングフィールド弾。おそらく、改造済みのモデルだ。コンテンダーの火力を嵩上げするという発想はわかるが、そ必要以上の威力を求めて、なんになるのか。どうせ、一発当てれば、人は死ぬ。超人相手なら、この程度では足りない。汎用性を捨ててまで、中途半端に威力を追求する意味が分からなかった。
 実利を求めるパニッシャーにとって、意味の分からぬ浪漫だ。
「さあ。あちらの世界の事情は分からないから。ただおかげで、犯人と目される男に、アタリをつけられた。魔術師殺し、衛宮切嗣。組織に属さない、フリーランスの魔術師で、傭兵の真似事もしているらしい」
 マイクロチップに渡された書類には、衛宮切嗣の簡単な経歴と行状。今まで彼がおこったと思われる仕事の内容が、簡潔に記されていた。
「見る限り、君と同じ容赦の無いタイプに見えるけどね。一人殺すのに、船を爆破。毒殺や狙撃もお手の物だ。それに、ヨレヨレのトレンチコートが、トレードマークだ」
「お前にもそう見えるんだな」
「ん?」
「いや。なんでもねえ。だが、魔術師殺しなんて御大層なあだ名があるんだ。奴の狙いも、絞りやすいだろうさ」
「ああ。任せろ。お膳立てをするのは、僕の仕事さ」
 自身の作業に没頭し始めたマイクロチップを背に、パニッシャーは己の仕事を始める。
 まずは、持ち込む武器の選定。この作業に浪漫の入る余地はない。目的に適しているのかどうかが、基準だ。
例え手元に伝説のエクスカリバーがあったとしても、あんなゴテゴテとしたデカい剣より、小回りが効く十把一絡げのナイフの方が何百倍もマシだ。
 こんな、ワケの分からねえ武器の選び方をする、魔術師なんてのと一緒にするんじゃねえ。パニッシャーの偽りなき本音であった。

 魔術は実利。思考は非情。戦略は悪辣。手段は外道。礼装は銃火器。何処をどう切り取っても、魔術師らしからぬ魔術師。衛宮切嗣とは、そんな魔術師であった。
 魔術師を狩る生き方を決め、遂行してきた彼に与えられた異名は、魔術師殺し。並行し、破滅的な戦場にて傭兵として生きる男でもある。
 だがそんな彼の、今日の戦場は大都会。そして殺し合っている相手は、只の人間だった。
 散弾に襲われ、切嗣は間近にあったソファーの裏に飛び込む。瞬時、転がり、壁の後ろに姿を隠す。容易く穴だらけになるソファー。アレを盾になんて思っていたら、死んでいた。
 携帯していたマシンピストルにて撃ち返す。マガジン装填数からバレルから、改造を重ねている自分用の銃を持ってしても、心もとない。なにせ相手は、ポンプ式ショットガンの二丁拳銃なんてバカをやらかしている、バケモノだ。
 本来両手で扱うショットガンを放り投げ、肩と肘の動きでリロードを実行。そのまま休みなく、こちらを狙ってくる。曲芸じみたリロードを、左右の腕で行うことにより、曲芸を通り越した実利を生み出している。速射性に優れたマシンピストルでも、あんな無茶苦茶な相手との撃ち合いは、条理の外の更に外にある。
 狭い部屋の中で飛び交う銃弾。その間には、絶息した魔術師の、切嗣をNYに呼び寄せた男の遺体があった。
 彼が依頼したのは、現在ニューヨークの裏社会を魔術で支配しようとしている男、フッドの暗殺。フリーランスの魔術師である切嗣は、今日このアパートの一室にて詳細を聞く予定であったが、訪れた彼を出迎えたのは死体であった。
 そして、何かする間もなく、ドアを蹴り放ち現れた、髑髏のマークのシャツを着たレザーコートの男。まず交わされたのは、言葉ではなく銃弾だった。
 どうやら、あの男は、自分のことを犯人だと思っているらしい。魔術師殺しが無実の魔術師を殺した。なんとも、単純な筋書きである。
 誤解だ。話を聞け。口にしようとする度に、かの男との間が縮まりそうなのが分かる。そして縮まった瞬間、訪れるのは絶命の二文字。アレに、聞く耳は無い。自分と同じように。
 残弾の切れたマシンピストルを投げ捨て、自らの身も窓から投げ出す。四階の高さであったが、転げ落ちたのは隣のビルの三階相当の屋上。あまりに相手の土俵に居る現状、距離を取らなければ、このまま飲み込まれる。
 髑髏の男は、切嗣が飛び出した窓に駆け寄ると、追って飛び出した。窓から撃つのではなく、あえて追撃する。多少の有利よりも、距離を離すこと、自分のペースが崩れることを恐れる。分かっている、彼は分かっている男だ。
 髑髏のシンボルを付けた、犯罪者を狩る自警団員、パニッシャー。所詮、自己満足の正義と悪党の焚付に長けた、ニューヨーク名物正義の味方と同程度の存在と思っていたが、それは間違いだった。
 アレは、摩耗しきった存在だ。あんなモノを、ありふれた自称正義の味方と同カテゴリーに入れてはいけない。殺害を、誇りある物ではなく、手段としか思っていない。
僅かな親近感と、妙な嫌悪感。湧き出そうな感情を抑え、切嗣は今現在、自分の周りにある武器と取れる手段の確認を始めた。

魔法少女F~1-4~

魔法少女F~1-3~

 一代で築き上げた、新築の高層ビル。一階から十五階まで、全てがWTコミュニケーションの社屋である。WTコミュニケーションで働く社員は雄に百を越え、未だ一般的には成長中と目されているだけあって、求人広告を出せば面接希望者がわんとやって来る。
 だが、立志伝中の人物とも言える社長は、最上階の社長室で俯いていた。
 ハナカゲ家を始めとした旧家が強いこの街にて、新参者としてよくやって来た。武器となったのは、自身と社員のやる気ぐらい。後は、お上品な旧家には出来ない、なりふりかまわなさだろう。
 結果、会社は急激な成長を遂げた。新参者を冷遇していた、旧家を凌駕する勢いで。こうなれば、彼らもこちらを相手にするしかあるまい。強気で居たものの、結局彼らがこっちに接触して来る事は無かった。当時は冷笑していたが、今なら彼らが接触してこなかった理由が分かる。歴史と伝統、保つ力を持つ彼らは、この会社が保てなくなることを見抜いていたのだ。
 まず牙を剥いたのは、自身が信奉していたやる気であった。目をキラキラと輝かせ、薄給にもめげず働いてくれる、愛しい社員たち。自慢の社員を外部に出した途端に来たのは、目だけをランランと輝かせ、やる気の元に洗脳されてる社員たちとの評であった。最初は何が洗脳だと憤ったものの、関連各所の売上高が目に見えて下がって来たことで、矛を収めるしか無かった。世間は、会社のやる気を認めず、不気味で異常な物と判断したのだ。
 本業が不調になれば、今まで好調の名の元に見逃されてきた、なりふり構わなさから汚濁が漏れてくる。談合、賄賂、粉飾、のし上がるためにごまかし続けてきた物が次々と顕になっていき、明日明後日には公権力の手が会社に入るだろう。
 社員は全盛期に比べ半減、社屋に空き部屋も多い。穴を埋めようと求人を出しても、やって来るのは時節に疎いヤツか何処の会社にも見捨てられた輩か。
 これでもう終わりだ。現在階下のホールに集まっている、こんな状況でも会社を見捨てない、やる気のエリートである社員たちになんと言えばいいのか。上手く立ち上げるより、上手く終わらせる方が遥かに難しい。
「それは、愛が足りないからですよ!」
 俯く社長が顔を上げると、机の前がピンクに染まっていた。
 頭から手足まですっぽりと桃色の布を被った何者かが、両腕を広げ立っていた。まるで祈りや賞賛を求める、降臨した神の如き大仰さで。
 怒鳴る気もない社長は、粛々と警備員室に連絡を取ろうとする。途中、経費削減の名の元に、既に警備員を全員クビにしていたのを思い出す。
「あなたは愛を貫いて、ここまで会社を大きくしたんじゃないですか。その大きな愛を、ここで終わらせて良いと思っているんですか?」
 布に覆われ、男だか女だかも分からぬ謎の人物は、社長の両手を捕まえ、布越しにじっと見つめる。よく見れば、布は桃色一色ではない。よく見ると分かる、微細なハート柄。小指の先ほどのハートが、ぎっちりと詰まっている。
「愛を全うしましょうよ! ラブ&ピース! あなたが本来持っている愛の激しさを、見せつけてやりましょう! まずは下で待っている皆さんに、配ってあげましょう!」
 愛の伝道師は、楽しげにくるくると回りつつ、動かぬ社長の身体にのしかかった。まるでランバダのように、情熱的なしなだれかかり。
 膝の上に見知らぬ何者かが乗っている状況。だが社長は、動かなかった。憔悴しきっていた肌に、紅色を。虚ろな目に、焔を宿しながら。

 畳んだダンボールを抱えたスーツ姿の警察官たちは、いいようにカメラのフラッシュを浴び続けていた。WTコミュニケーション本社前、手入れを予期し張り込みを続けていたマスコミの努力が実った瞬間だ。テレビに新聞に、ネット配信をメインとしたネット記者まで混ざっているのは時代だろうか。
 手でフラッシュを遮り、警察官は次々とビルに飲まれていく。おそらく数時間後、広げたダンボールに大量の証拠品を詰め込み、戻ってくるはず。マスコミにとっての次の勝負は、その瞬間だった。
 しかし、数十分後、警察官たちは戻って来てしまった。ダンボールは中身が入っているどころか、折り畳んだままで。あまりに急な帰還に、レンズ拭きやテープチェック、休憩時間として食事を取っていたマスコミが驚いたぐらいだ。
「ど、どうしたんですか? 捜査はどのように……」
 とりあえず、居並ぶマスコミの中で最も年長のリポーターが、これまた先頭に立つ最年長の警察官に尋ねる。こういう時に頼られるのは、やはりキャリアだ。
「申し訳ありませんでした!」
 返答は、いきなりの土下座であった。一人だけではない、警察官全員、一斉の土下座。なにがなんだか分からぬが、絵になるシーン。だが、通常のカメラもTVカメラもハンディカメラも、どのカメラもこの光景を撮っては居なかった。いかんせん、なにがなんだか分からなすぎるのだ。
「我々はWTコミュニケーションに疑いを持ち、こうして今日の一斉捜査に至ったのですが……全て間違いでした! 会社に足を踏み入れた瞬間に感じた熱意、浴びた瞬間、己の間違いを悟ったのです」
「いやいや、頭を上げてくださいよ。上げてくださいよ」
 リポーターは、この年長の警察官と顔見知りであった。警察が公権力である事を自覚し、例え間違いを犯しても頑なに認めようとしない警察官オブ警察官。そんな男のいきなりの土下座は、不気味すぎた。
「今となれば、無為な日々を悔いるのみです。このような素晴らしい会社の存在を知らずに、過ごしてきた人生。警察官となったことは間違いでした」
「間違いってそこからですか!? そもそもアンタが警察官になった時、WTコミュニケーション、まだ創設されてないでしょ!?」
「ですが、社長はそんな間違いを犯した我々を許してくれました。今からでも遅くない、私はあなた達を仲間として迎え入れます。むしろ、迎い入れさせて下さい。熱っぽい瞳で、我々一人一人の手を握りながら。ですから本日今日より、我々は警察官ではなく、WTコミュニケーションの一社員です!」
 ミイラ取りがミイラになる。それにしたって、ガサ入れの警察官が、いきなりその会社の社員になってしまうだなんて、前代未聞である。しかも嫌々とは真逆、目を爛々と輝かせて。
「ですがご安心ください、WTコミュニケーションは、やる気のある方なら誰でもOK、アットホームな職場ですから! 実力次第では、即管理職です。マスコミの皆さんは、やる気の時点で、我々の欲する友人です。是非とも――」
 一斉に顔を上げる警察官もとい、自称元警察官たち。彼らの顔は、目や鼻が黒く窪み、肌は真っ白に。全員がガイコツ同然の顔になっていた。
「社長の愛を、受け取ってください!」
 不気味な動きで飛び上がった先頭の警察官が、リポーターに組付き、WTコミュニケーションのビルへと連れ込む。同じように、警察官たちは次々とマスコミを捕まえていく。いつの間にか、開いていたエレベーター。エレベーターは投げ込まれたマスコミを、片っ端から上へと連れて行く。まるでわんこそばを食べているように、次々と人を吸い込んでいく。
 数分後、上からやって来た別のエレベーターの扉が開く。
「これで我々も、WTコミュニケーションの社員です!」
 ガイコツに変貌し、WTコミュニケーションの社員として戻って来たレポーターにカメラマン。彼らもまた、警察官と同じように人をビルに連れ込み始める。マスコミが全滅した今、彼らの標的は通行人であり、別の建物で働いている人々だ。
 WTコミュニケーションは、創設以来類を見ない、急成長状態へと突入した。

 
 WTビルの屋上にて、ピンク色の人物がクルクルと回っていた。
「いいですねえ、愛が広がってます! ラブは世界を救う!」
 愛を口にし、振りまき続ける。愛の伝道師は、己の仕事に満足していた。
「アクシデンタルにもう一人か二人、覚醒してくれるといいんですが。エンプティばかりというのも、味気ない話です。ああやはり、世界には愛が足りない!」
 激情の怪物アクシデンタル、感情が変貌までいかず、小さく人型に纏まってしまったエンプティ。百人以上を巻き込んで、アクシデンタルの域に達したのは一人のみ。率は、あまり良くなかった。
「やはり精神を従属で抑えてしまうと、大爆発は難しいんでしょうね。でも、舞台は整いました。さあ、私の愛を、受け取りに来てください!」
 骨を砕く音ではなく、肉を斬る音が階下から聞こえてきたのは、そんな時だった。
 音を知った瞬間、あれだけハイテンションに振舞っていた伝道師の動きが、ピタリと止まる。
「愛無き方が来てしまいましたか。最悪です」
 謎の伝道師は不機嫌そうに、屋上の配管を椅子にし座り込んだ。

 金髪の絹のような髪と、白とピンクのフリフリなドレス。いかにもな魔法少女が、WTコミュニケーションの本社ビルを、見上げていた。大きなリボンが、風に揺れている。混乱の街中、ビジネス街の魔法少女という妙な存在を視認しているのは数人ぐらいのものだ。
「エンプティというのを、相手していてよかったなーって思うことが、一つだけある」
 ビルから飛び出てきた複数匹のエンプティの手が、一人呟く少女に伸びる。腕は全て、少女に届くより先に、手首の先から吹き飛んでいた。
「なってしまったら、何をしても仕方がないってコトさ」
 大振りのサバイバルナイフを手に、少女は笑う。薄ら寒い笑みのまま、エンプティの四肢や胴体を切り刻んでいく。単にナイフの刃が鋭いだけではない、刃の使い方や刺し方、人体の刻める部分を、少女は熟知している。
 誰も観ていない、何をしてもいい、今この魔法少女に歯止めはなかった。
『おいコラ、グロは禁止だって言ってるだろうが! ユー・アー・魔法少女! OK!?』
 ミラーの大声が、通信機内蔵のイヤリングを揺らす。
「今日は、誰も見てないし」
 ふてくされたようにして、魔法少女の格好をしたアキラが返事をする。正確に言うなら、今のアキラはアキラではなく、魔法少女のアキ。エンプティやアクシデンタルを狩る、魔法少女のふりをするのが、アキのお仕事だ。
『いやいや、意外に人の目っていうのは見ているもんだよ? 天網恢恢疎にして漏らさずってヤツだ。それにオメー、せっかく俺が作った衣装の良さまで殺すんじゃないよ』
「はいはい」
 歯止めとなるミラーの声を聞きつつ、アキは太もものニーソックスに手を伸ばす。
 パン! パン! パン! 取り出されたハンドガンの銃声。銃弾は、まだ動けるエンプティにトドメを刺した。ビル周りにエンプティが居なくなったのを確認した後、アキは建物に足を踏み入れる。

 死屍累々のエンプティ。身体を包んでいたモヤが晴れ、出てきたのは素体となった人々だった。手を切り取られたり、頭を撃たれた個体も、五体満足の上、息がある。エンプティとなって日が浅い者は、エンプティを殺すことで、こうして戻れる。だからこそ、アキも手加減抜きで殺しにかかった。
 だが、長くエンプティのままでいれば、虚無が肉体を支配し、人には戻れなくなってしまう。殺されたら、塵になるのみ。そして現状、この段階のエンプティを救う手段はない。
 結局のところエンプティとは、「何をしても仕方がない」相手であった。

魔法少女F~1-3~

魔法少女F~1-2~

 シズナの長所は、自らを高め鍛えることに関しては文句ひとつ言わず付き従うこと。シズナの短所は、必要のない物と見切ってしまうと、たとえ世間一般で尊重されている物でも、必要最低限にしかこなさなくなる事だ。幸いなのは、彼女の必要最低限は世間で言うところの、一流の域に属している。お嬢様の面目を保つには十分だ。
 学業や学校生活に対し情熱を失っているシズナを学園に送った後、イスタスは車を降り、自らの足で目的地へと向かう。オールバックで硬めた髪を自ら乱し、上等な黒のスーツからオレンジ色のアロハシャツと緑色のタンパンに。サングラスを得意げにかける彼を見て、巌の如き老執事と同一化することは難しいだろう。きっと、シズナですら間近で見てようやく分かるレベルだ。
 イスタスが、自身の最も嫌う軽薄さを身にまとった理由。それは、シズナがアクシデンタル以上に危険視し敵視している、もう一人の魔法少女に会うためだった。

 元は、喫茶店だったと聞く。木造の木の香りかぐわしい喫茶店。通好みのコーヒーを出す店だったが、不況の折を受けて閉店。その後、元喫茶店の建物に入ったのはキャバレーにスナックのような水商売。数回のリニューアルを重ねた後、商売の上手く行かない場所として、数年以上空き家の看板が掛けられることになった。
 そんな呪われた土地に、久々に登場したニューチャレンジャー。新たな挑戦者は、長年の改造で様変わりした店の外見を元の喫茶店に近い形に戻すと、“ファンシーショップ ワンダーピット“の看板を掲げた。ポップ体の店名の下には「手芸用品、ケーキ、軽食」と書かれており、実際店の窓には手作りのぬいぐるみが置かれ、喫茶スペースもしつらえてある。ファンシーショップとの通り、女の子ウケする可愛らしい物を集めた店。既に喫茶店の記憶は昔、水商売の跡地という、あまりありがたく無いイメージがついているが、幸いこの店は近隣の女性客にとっての、注目の的となっていた。
 今日もまた、対象顧客層であろう女子高生がワンダーピットを訪れる。だが彼女たちの目線は、店ではなく、入り口をホウキで掃いている、一人の少年に向けられていた。
「あの……」
「はい。何か、御用ですか?」
 柔和な微笑みが、女子高生たちを蕩けさせる。話題となっているのは、この店ではなく、店でかいがいしく働く少年であった。スラリとした手足に、中性的で美しい面持ち。茶色の髪は海の向こうへの憧れを、無造作かつ懸命に働く様は母性本能を刺激させ。年若い乙女から、老いた婦人まで、数多くの女性が彼に注目している。
 ドギマギする心臓を抑えつつ、先頭の女子高生が会話を続ける。
「えーと、ここってお茶も飲めるんですよね?」
「ええ。飲めますよ。紅茶とケーキのセットを日替わりでご用意してます。今日はダージリン・ティーとシフォンケーキですね」
「それって、あなたが作ってるんですか?」
「いえ。お茶を選んでいるのも、ケーキを作っているのも店長です。僕は、下働きなので」
 扉が中からバン!と開き、続けざまにゴン!と激しい音がする。店の中から出てきたのは、身長2メートル超の、大きな男であった。
「いらっしゃいませ! お客様ですか!」
「ひぃ!?」
 筋骨隆々、半袖のシャツや顔には数多くの切り傷や銃痕が。どう見ても、カタギではない店長の朗らかな挨拶に、先頭の女子高生は悲鳴を上げた。これまた、フリルの付いた巨大エプロン(ピンク)が怪しさを引き立ててくれている。
「いえ、違います! 通っただけなので! では!」
 後ろに居た友達が、固まる友人を引っ張るようにして連れて行く。この店長のいかつさは、美少年への憧れで立ち向かえるほど、ヤワではなかった。
 客と思っていた女子高生たちの背が見えなくなった後、店長は見下ろすような視線で少年に話しかける。
「シフォンケーキだけでなく、ちゃんとホイップクリームも付いて来るって言わなくちゃ駄目だろ。アレぐらいの年の娘は、甘さが好きなんだから」
「どんだけいけしゃあしゃあなんだよ!? ったく、せっかく俺が接客トークで引きつけたのを台無しにしてさ!」
 先ほどの軟さは何処へやら。少年の口調も声のトーンも、一段荒くなっていた。
「いや待て。俺の何が悪いんだ?」
「外見」
 取り付く島も無かった。
「外見ってよお、人には言っていいことと悪いことがあるんだぜ!?」
「いやいや、アンタの外見でファンシーショップ言われても、マフィアの隠れ蓑か、都市伝説に出てくる系の店になるから。更衣室に入って、出てこない系の! そもそも、なんでファンシーショップなんだよ……隠れ蓑にするなら、バーとか本屋とかせめて喫茶店でいいじゃんよ……ファンシーショップなんかこの外見で開いたら、むっちゃ目立つじゃん」
「そりゃお前、ファンシーショップを開くのは俺の夢だったからな。あの地獄のジャングルや地図なしで砂漠の真ん中で立ち往生な状態で生き延びられたのも、この夢あってこそよ。迫撃砲をいじりながら、ガトリングガンをぶっ放しながら、ふわふわでもこもこな店を夢見たものさ」
「撃ち殺された敵がそれ知ったら、化けて出るぜ」
「お前はアレか。俺みたいな大男が、そんな夢を抱いちゃいけないと言うのか!」
「ダメじゃないかな」
「言い切りやがった!?」
 まるで兄弟のように、やいのやいのと言い合う二人。店長の名はミラー。 少年の名はアキラ。つい先日、この街に招かれ居を構えることとなった、血のつながりも無い二人であった。
「……あの二人でよかったのだろうか」
 アキラとミラーのやり取りをちょっと離れたところから見ていたイスタスは、地の固い口調で呟く。あの二人をこの街に招き、ファンシーショップ出店への出資をしたのは、他ならぬイスタスであった。

 ワンダーピットの店内は、外見通りのファンシーな造りであった。至るところにある動物のぬいぐるみは、ビルが1から作った物だ。初心者向けから玄人垂涎のアイテムまで、ワンダーピットにある手芸用品は、好きな人間が己の感性を信じ絞り抜いた、心地よい品揃えだった。
「いやあ。言ってくれれば、ちゃんと前もって好みの品を用意出来たんですがね。ローカロリーな物を」
 そしらぬ顔で店を訪れたイスタスを喫茶スペースの椅子に案内し、ミラーは厨房からケーキと紅茶を運んで来る。
 目の前に置かれたホイップクリーム抜きのシフォンケーキを、イスタスは口に運ぶ。ストイックな食生活なイスタスがクリームの類を好まないのを、ビルは良く知っていた。苺の風味が混ざったケーキは、クリーム抜きでも良い味をしていた。ふわふわでもこもこ、そんな評価が似合うケーキだ。
「悪くない。以前に比べ腕を上げた。技術とは、全てが鍛錬あっての物だからな。このケーキならば、よほどしくじらない限り、店としてやっていけるだろう」
「作り手がしくじりの理由になりそうですけど。主に、身の程知らずの外見のせいで」
 クローズの札をかけ、玄関を施錠したアキラが戻ってきた。
「お前は俺を夢ごと言葉で殺す気か」
「ビルの泡沫の如き将来設計はともかくとして、見たいものはケーキや店ではないでしょう?」
「出資者としては、店も気になるがね。一応、借金という形をとっているわけで」
「え!? 初耳なんスけど!?」
「言ってなかったからな。低利子にしておいてやるから、ちゃんと店で儲けを出して返すんだな。名目上、ハナカゲの店ということになっているから、怠惰は許さんぞ」
「一国一城の主の座すら、逃げていった!」
 例え、カモフラージュ用の店だとしても、イスタスの目は甘くない。ハナカゲ家の財産管理人として、後輩程度の縁で大きくお目こぼしをすることはなかった。むしろ、縁が深い相手にこそ、イスタスの目は厳しくなる。
 アキラはレジの脇にあるクレジットカード決済機に見せかけた裝置を、カチカチといじる。その後、棚にあるゴリラのヌイグルミの裏、場違いなコンセントを指で無造作に引き出し、そのまま捻ってみせた。
 壁が動き、地下室への階段が姿を現す。自らの大きさに合わせた階段をミラーが先頭で降り、他の二人は後に付いて行く。複数の鍵がかかった重い鉄扉を開けた先は、ファンシーショップと真逆の光景だった。
「実に、似合っている」
「こっち本業にしようぜーやっぱさー」
「うるせえよ! 俺は現実と戦い続けてやるからな!」
 完璧な防音対策が取られた総コンクリート作りの部屋にて、ミラーは置きっぱなしのガトリングガンを移動せんと持ち上げていた。ハンドガン、ショットガン、グレネードランチャー、スナイパーライフル、ロケットランチャー、対戦車ライフルのような銃器に、手榴弾やプラスチック爆弾と言った爆発物。果てはサバイバルナイフに日本刀やシミターのような癖のある刀剣類、スタングレネードやスモークグレネードのような非致死性兵器まで。とにかくワンダーピットの地下は、古今東西の様々な武器で埋まっていた。ご丁寧に、試射場まである。
「だがこちらはこちらで、よく手入れが出来ているじゃないか」
「夢を言い訳にして、貰った仕事に手を抜けるほど若くありませんよ」
 ミラーは大きな指で丁寧にマシンガンを分解。各パーツを確認し、破損したり歪んでいるパーツを真新しい物に取り替えていく。ヌイグルミを編み、ケーキを作るミラーの指は、ガンスミスとしても一流であった。
 ミラーとアキラ。イスタスが、魔法少女としての戦いに身を投じた主をサポートするために、ツテを使って戦場より呼んだ二人である。正確には、面識のあるミラーに、自身が欲する人材を頼んだ結果だが。
 巨漢ミラーの担当は、武器弾薬の手配とサポート。そして、美少年であるアキラの担当は――新たな、魔法少女になることだった。アキラもアキラで、ミラーの手により修繕されたコスチュームと、新たなカツラのチェックを始める。
「すまない」
 アキラに対し、イスタスは唐突に頭を下げた。
「本来女性に頼むべきことを、君のような少年に頼んでしまい」
「いいんですよ。慣れてますから」
 アキラは、軽く笑った。その笑みに、嫌味や拒絶は無い。
「貴方は俺に十分な敬意も報酬も払ってくれるし、それでいいんです」
 少年はどこまでも、割り切っていた。敬意も報酬も無いどころか、全てを踏みにじってくるような相手への仕事よりはずっといい。アキラもまた、シズナとは別のベクトルでおかしな若者である。だからこそ、イスタスが雇う価値がある。
「恨んでるとしたら、本来第一要項だった女性を用意できず、俺に泣きついてきたミラーですし」
「おいおい。俺を持てない男のように言うんじゃねえよ。女との付き合いは……目立たないけど、それなりにあるんだよ。だがなあ、いかんせん第二要項以降の“能力“を満たしている女が居なかった。一時期、デブラに声をかけようか悩んだが」
「ちょっと待て、デブラってあのデブラ? アンタと身長が左程変わらない、あのデブラ?」
「アイツに魔法少女させるのは無理だろ……腹筋バキバキだし、胸も筋肉だし。それもこれも、イスタスの旦那の要求ハードルが高過ぎるのがいけない。握力だの背筋力だの送られてきたが、あんなん女の記録じゃねえよ」
「お嬢様のデーターを、そのまま送っただけなのだが」
 しれっと語るイスタス。彼の欲するハードルを超えられる女性は、同年代の女性どころか、男性にまで枠を広げても、イスタスの知る限り一人しか存在しなかった。
 イスタスの持つスマートフォンが、無機質な初期設定音で鳴る。送られてきた情報を確認した後、イスタスは画面に出た地図を、二人に見せる。
「エンプティが、街中に出現した。急いで現場に急行し、排除してくれ」
 虚無人エンプティ。激情を持ちつつも、怪物アクシデンタルへの覚醒には至らなかった者達である。
「街中に!? 今、昼間ですよ!?」
「出てしまったものは、仕方ない。この情報は、お嬢様の元にも入っている。出来ればお嬢様が現場に着くより先に、仕事を終わらせておくように」
 アキラ達が常日頃からシズナを先回り出来る理由、それはイスタスのリークのせいであった。同じ情報を持つ上に、シズナの足を担当することも多い執事。彼に裏切られている以上、シズナが後手を取ってしまうのは仕方のない事だ。
「武器は?」
「市街戦じゃ、大火力なものは持って行けないぞ」
「ああ。じゃあ得意な物だけ、持って行けるな」
 ミラーとアキラは、早速出撃の準備を始める。この街にいる、もう一人の魔法少女。二人目の偽物の仕事が始まろうとしていた。

魔法少女F~1-4~

魔法少女F~1-2~

魔法少女F~1~

 先々代の当主である、亡きシズナの祖父。彼が新たな当主のために雇った、自らと同年代であり旧友でもあった男。既にオールバックの髪も鼻の下の髭も真っ白なものの、身体にはしっかりとした筋が通っており、動きにも思考にも老いは無い。巌の如き容貌から、頑固さがにじみ出ている。
 カレル・イスタス。ハナカゲの財産管理と外交を一手に担う欧州生まれのこの執事が居たからこそ、ハナカゲ家は名家としての格と財を保てているのだ。

 イスタスがハンドルを握るのは、黒塗りのベンツ。イスタス本人もそうだが、シズナの祖父もこの車の、ドイツ車の質実剛健さを愛していた。以後、何度車を乗り換えようとも、ハナカゲの車はオーダーメイドのベンツとなっている。時折、頑丈さと生存性では天下一品のボルボも混じるが。
 目的地は学校、目的は主の送迎。イスタスが運転する車の後部座席では、主であるシズナがせわしなく手を動かしていた。
「感心しませんな」
 ミラー越しにイスタスはシズナの手元を見咎める。
「先日ビルに飛び移った時、自らの身体の揺れに心もとなさを感じたので」
 シズナは握力を鍛えるハンドグリップを何度も握りしめていた。確かに握力を鍛えれば指の力にも直結し、結果クライミングの際、己の身体を上手く安定させることが出来る。だが、イスタスが見咎めたのは、そんな点ではなかった。
「シズナ様は、根本的に間違っておられます」
 確かに、執事付きの車でお嬢様が筋トレに勤しんでいる光景は、間違いである。イスタスが口を開こうとした瞬間、
「停めて!」
 シズナの言葉が、イスタスの口を塞いだ。イスタスはハザードを点け、道の脇に車を寄せて止める。
「どうされました?」
「ブレスレットが反応しています」
 シズナの左手に巻かれたブレスレット、装飾である巨大なルビーが鈍く点滅していた。上下左右、シズナは様々な方向に腕を動かす。その度に光り方の変わるルビー、最も強く反応したのは、左方向であった。
「ここで降ります」
 学生には不釣り合いなアタッシュケースを手に、シズナは車から降りる。
「学校は?」
「怪我の後遺症が出たため、遅れると言っておいてください。出席日数はちゃんと計算してありますから」
 彼女にとって、学校とは優先順位の低い物であった。止める間もなく、治安の悪い通り方角へとシズナは飛び込んでしまう。イスタスは、フンスと、不満気に鼻を鳴らした。

 ビルの二階から、路地に直接飛び降りるシズナ。格好は制服から黒の線が出るドレスに、髪型は後ろ髪をゆるく結わえただけの物から、両脇でしっかり固めたツインテールに。この格好が、彼女の魔法少女としてのコスチュームであった。魔法の力で煌めきとともに変身!という優雅な物ではなく、普通に着替えただけだ。脱いだ制服は、この衣装が入っていたアタッシュケースに詰めて、今しがた飛び出てきたトイレの個室の天井裏に隠してある。
 ゴミが散乱する路地を、ステッキを手に歩くシズナ。月の装飾がされたステッキは、実にファンシーでファンタジックである。ゴミ箱に頭を突っ込んでいた猫が、脇を通ったシズナをフギャアと威嚇し、何処かへと駆けて行った。この通りは、監視カメラのような手段で覗ける通りでは無い。だからこそ、自分の足と、このブレスレットに意味がある。ブレスレットの点滅は徐々に激しくなっており、もし音を発する機能があるならば、この裏通りから自宅のリンにまで届く音が出そうな勢いだ。
 ブレスレットが欲す、目的の物は近い。おそらく、この通りを曲がった先に。足音を殺し、慎重に通りを曲がるシズナ。通りの先にあったのは、拍子抜けする光景だった。
「やめてください! やめてください!」
 くたびれた様子のサラリーマンに、無駄に趣味の悪いブーツの爪先が何度も突き刺さる。まるでアマゾンの毒ガエルのようにケバケバしい色調のチンピラが、謝り続けるサラリーマンを何度も蹴り続けていた。こういうのは魔法少女ではなく、官憲や正義のヒーローがどうにかする物だ。シズナは唯一自分の意志が入らぬ道具であるブレスレットを疑った。
「あ? なんだ、アイツ」
「コスプレイヤーじゃね?」
「何処の店のだよって、この辺りに、あんな上玉のいる店、無えだろ」
 シズナに気づいた三人のチンピラは、濁った目でシズナの値踏みを始める。あの眼の色、どうやら妙な薬を身体に注ぎ続けているらしい。肉体は痩せていても、凶暴性は上がっている。危険な、人種であった。
「ちょっと待っててくれよ。金ならあるんだ、金なら。高い遊びも、悪くねえ」
 風貌に似合わぬ、茶色の革財布を見せつけるチンピラ。財布を見て何か言おうとしたサラリーマンの顔を、チンピラは踏みつける。
「どういうプレイが出来るんだ? 是非とも、俺はこの脚で」
 シズナのスリットが入った長いスカートを、しゃがみこんだ上で指で摘もうとするチンピラ。その身体が唐突に上に吹き飛ぶ。シズナの膝蹴りが、チンピラの顎を破壊していた。
 「何しやがる!」「テメエ!」そんな二束三文の台詞を言うより速く、シズナの手にしたステッキが、煌めきと共に男達をのしてしまう。光の力を前に、凶暴性だけがウリな痩せぎすの男達は浄化されるしか無かった。
 ステッキの外見を持つ、スタンロッドに顎や喉笛を叩かれては、こうなるしかなるまい。光の力とは電力であり、浄化とは相手を動けなくなるまで叩きのめす事である。
 シズナはチンピラの落とした財布を拾うと、横になったままのサラリーマンに投げつけた。間違った情報を示したブレスレットを軽く指で弾くと、シズナはこの場を去ろうとする。警察や正義の味方の仕事を、魔法少女がやっても咎められはすまい。やっては行けない決まりは別にない。そんな事を、考えつつ。
「ううっ……いつもこうだ……ううっ……」
 サラリーマンは泣き続けていた。
「必死に働いたのにリストラされて、家族には逃げられて、なけなしの金も取られそうになって、挙句の果てには面白い格好の変な娘に助けられて」
 聞き捨てならねえ事を言われたと、シズナは脚を止め振り返る。だがそんな事以上に、ブレスレットの点滅が度を超えて激しくなっていた。黒いシズナの身体を、赤で染めるぐらいに。
「私がいったい、何をしたんだぁぁぁぁぁ!」
 サラリーマンの身体が数倍に膨張し、身体の穴という穴から吹き出た闇が身体を包む。不遇による激情が、人の身体を化生へと変貌させる。
 喜怒哀楽、人が持つ様々な感情。感情が激情へと変貌し吐出されるとき、激情は人を心身ともに痛めつける。だがここに、ある者の思惑が入った時、激情は力となり人を怪物“アクシデンタル“へと変貌させる。このアクシデンタルこそが、シズナの敵であり、目的である。
 巨大な脚が、呻くチンピラ三人を、一緒くたに蹴り飛ばす。傷めつけるどころではない、本能のままの暴力。三人はまとめてビルの壁面にぶつかり、動かなくなってしまった。貧弱なサラリーマンは、チンピラどころか刀傷が自慢なヤクザの親分やベルトホルダーの格闘家が裸足で逃げ出す怪物に変貌していた。ケバケバしい、警戒色まがいの色彩。そのヤンキーめいた色使いは、まるで今しがた彼を痛めつけていたチンピラそのものだ。力の象徴、力の恐怖として具現化している。
 ごめんなさい。間違ってなかったんですね。
 自らに向かってくるアクシデンタルに構わず、シズナは弾いてしまったブレスレットを今度は優しく撫でる。動かぬ彼女に、アクシデンタルの無造作な蹴りが襲いかかった。
 強大な力任せの蹴りと言えば聞こえがいいが、見方を変えれば素人丸出しの足裏が見える蹴りである。空気の唸りに構わず、シズナはスライディングと見紛えるほどの低い姿勢でアクシデンタルの脚を潜り抜けると、ステッキを思いっきり丸出しの膝裏に叩きつけた。
 電撃の激しい音と、打撃の鈍い音。アクシデンタルが反応するより速く、軸足の膝頭にステッキでの一撃を加える。両足を攻撃され、揺らぐアクシデンタルの巨体。シズナは仰向けに倒れようとする巨体に、迷うことなくしがみついた。
 胸ぐらに張り付いての、執拗な殴打。何度も何度も、ただ力任せに殴り続ける。アクシデンタルが傾き、地面に着くまでの数秒。殴打の数は、100に届く勢いだった。
 動かぬアクシデンタルの身体が霧散していく。中から出てきたのは、若干の鼻血を垂らした先ほどのサラリーマン。こうして、早い段階で呪いを(力づくでも)解いてしまえば、多少の怪我で生還できる。彼は、多少運が良かったのだろう。
 本体と分かれた霧は、シズナのブレスレットに吸い込まれていく。輝きを若干増した宝石を見て、シズナは息を吐き、気を抜いてしまった。
 シズナの腕が、背後より捻り上げられる。手に持つステッキと共に、殺された片腕。即座に両の膝裏が蹴られ、シズナは地面にねじ伏せられる。襲撃者は己の身体の重さを利用し、シズナの身体を封じてしまった。先ほどまでの、シズナの冷酷なまでの速さを超える、迅速な技であった。
「安心が早すぎます。安堵とは、全てを終えて後にする物。そうですね、理想は夜寝る間際ですかね。このタイミングなら、夢でも反復出来る」
 見事なまでの技の冴えを見せつけた後の、アドバイス。シズナは地面に押さえつけられたまま、頷く。イスタスは、ゆっくりと技を解き、立ち上がったシズナの服の汚れを、手にしたブラシで掃いた。
「ついて来なくてもいいのに」
「そうはいきません。偶には、実地での貴女の強さを見ておきませんと」
 魔術魔法の力を持たぬシズナを、ここまで磨きあげたのはイスタスであった。武術で言うなら師匠、スポーツで言うならコーチとして。本来、挑む上で必要な才能が無い少女を、他の才能にて挑める領域まで引き上げる。この無茶無謀を成し遂げるには、シズナ一人の力では足りなかった。
「それに、先ほどのハンドグリップ。私も使ってみましたが、やはり良いものではありませんでした」
 イスタスの手の中にある折れたバネや崩れたプラスチック。数分前までシズナが車の中で使っていたハンドグリップだった物だ。
「常日頃から握力を鍛えるのであれば、柔らかいゴム毬が一番です。本来、人間は人工の器具に頼らず自然由来の物を使うのが一番なのですが、握力は自然に頼るのがどうも難しい。ですが、手は幾つもあります。帰宅後に、順次やっていきましょう」
 単に手段や手法を知っているのではない、彼には経験があり哲学がある。おそらく、イスタスを雇った祖父は、今の状況を予期していたわけではない。だが、祖父が戦場で知り合った、当時病的なまでに強さへの欲求を抱き自己鍛錬を続けていた男は、シズナが欲している物を完璧に所持していた。シズナが鍛えられるだけの素養を持つのも、元々はイスタスが“軽め“に長年彼女を鍛えていたことによる。
 魔法少女の衣装に着替えてから鉄面皮を貫いていたシズナが、初めて疲れた様子を見せる。
「アクシデンタルを駆逐するより、貴方の眼鏡にかなうほど鍛える方が難題ですね」
「当然です。何故なら駆逐は所詮目先のこと、鍛えることは人生が終わるまで延々と続くのですから」
 イスタスは表情を一切崩さず言い返す。鍛錬という道をずっと歩き続けている先達。この、止まらない先達に追いつく手段は、奇跡や魔法しか無いのでは? 奇跡も魔法も持たぬ魔法少女の脳裏に、そんな夢想が少しだけよぎった。

魔法少女F~1-3~