日々雑談~3530~

 実際、横浜中華街や神戸南京町にもこの大きさかつ本格台湾建築の建物はそうそう無いんだけど、ほんとポツンと田んぼの中にあるような立地なので、初詣に行ってもガラ空きという。地元の人も「なんかいきなりできたんですけどー!?」であまり価値を理解していない様子。ここを基点に、観光開発してもいいレベルだと思うんだけどねえ。

 それはそれとして、この建物の見事さと道教式の参拝がきっちりできることが気に入っているので、毎年の正月には車をビューンと走らせて初詣に出かけております。去年も行ったし、今年も実は行ってました。今年は管理者も同行。いや、管理者実は、ちょっといいカメラを買って、写真に目覚めようとしているので。これほど撮り甲斐のある上に、混雑してない建物もそうそうないわなということで、連れて行きました。実際、カメラの性能を存分確かめられたようでよかった。

 それにしても、空いているのはありがたいが、あんまり空いていても不安だよなあ……ということで、今日改めて紹介。観光地的にも飛び石だけど……川越観光のついでなら、なんとかなるかな?

日々雑談~3529~

 そろそろ正月のセールやガチャも終わって寂しくなるなあ……と思ってたら、滑り込みでゴルゴ13 1巻無料に気づく。見逃すトコだったぜ。

 まだキャラの固まっていない最初の頃のゴルゴはよく喋ると評判ですが、改めて読んでみると、ゴルゴも喋るし周りも喋る。なので、誌面が文字で埋まってガヤガヤと。ゴルゴはもともと台詞の多い漫画ですが、最初期の方がざわついてる感じですね。連載を進めていくうちに、ゴルゴは寡黙になり、周りの台詞も要所をおさえるようになり、どんどんと研鑽されていったわけで。こち亀やアメコミと、連載期間の長い作品はこうやって変化を楽しめるのがいいよね……。

 ゴルゴ13の記念すべき第一話は自分の背後に回った娼婦をぶん殴ってお縄になるシーンから始まるのですが、今のゴルゴ基準で考えると「なるほど……こうして捕まることが、ゴルゴの作戦の第一手なんだろうな。スパイ組織め、ゴルゴが凡ミスで捕まったと勘違いしてやがるぜ」と読者もニンマリですが、これ本当に凡ミスで捕まっただけというね。これは、アレだ、こち亀の両さんが昔の自分を見て「なんでワシ、あんなに苛立ってるんだろう」となる感じというか……これもまた変化で生じる面白さだ!

日々雑談~3528~

 もっとも、この直前に引いた10連ガチャは星四礼装一枚のみのグロ画像級だったので、これがなかったらしばらく体育座りで虚空を眺めていたかもしれない。しかし思わぬカルナで、ランサーの層が薄いという当カルデアの状況に光が差したな……スカサハガチャに挑戦しようかと思っていたが、戦力的な面では我慢できる状況になったかもしれん。いや、それはそれとして、師匠めっちゃ欲しいですけどね。でも、ウチにはスカディが……ヒロインの方のスカサハが居るから……耐えられる……!(問題発言

 それにしても、ガチャってのは無慈悲なもんだ。FGOは得にキツいからなあ。ただ、ガチャの排出率はよくても、同キャラを重ねることが前提だったり、ステージ構成がクリアさせる気ねえだろお前なソシャゲも多々あるので、そういうのに比べればFGOはまだ快適な方ですが。難易度が恐竜的進化を続けていくソシャゲ界隈で、なんとか難易度の成長を常識的な範囲で納めているとこはFGOの評価点だと思う。ほんとねえ、もうちょっとガチャが優しけりゃあねえ……でも、この厳しい状況でユーザーがガチャを引いてしまっている時点で、企業的には改善の必要があまりないんだよな。なんつーか、無慈悲だなあオイ。

日々雑談~3527~

 昨日は、今年初の寝落ちでした。新年早々、申し訳ないです。

 すごかったわ、今年の新年一発目の日曜朝……。モチがキーワードとして出てくる、正月ならではの鬼太郎。時を駆け巡る作品にしかできないちゃぶ台返しを見せたジオウ。今までにないクライマックス直前総集編を作ってみせたルパンレンジャーVSパトレンジャー。新年早々、いいものを見せられると、どうにも気合が入るね! その結果が、ツイッター上で消息不明寸前&寝落ちだったわけですが。いいんだか、悪いんだか……。

 実際、この違いは見ていておおっ!となった。手法は一緒でも、目的と導線が違うと、こうも変わるんだなあと。怖い話と総集編は、ある意味、両者ともに途中でチャンネルを変えられかねない鬼門。そこをくぐり抜けたのだから、こっから先の鬼太郎とルパパトは期待大ですよ。もっとも、ルパパトはもう残り数話だけど。いやー、正体バレはもっと早いと思ってたけど、ここまで引っ張るとは。最後、どうなるんだろうか。

日々雑談~3526~

 Twitterで、サイン・コサイン・タンジェントは義務教育に入れなくていいのでは?みたいな話を見て、なんとなく考えてみた結果です。◯◯だからいらないみたいな感じで学校の勉強を削り始めたら、たぶん読み書きと簡単な計算以外残らないんじゃないかな。それは、近代国家に必要な「教養」と「教育」の放棄だけど。

 最終的に知識の取捨選択は必要なものの、小・中学校辺りの教育は必要最低限の基礎レベルですからね。高校あたりからは、世界史と日本史のように、選択がちらほらと。大学はもう、完全に自分で選ぶ学問です。成長とともに、取捨選択も自分の手でしていけばいい。

 たとえその道を選ばなくても、ほんの僅かでもその分野に理解があるかどうかで、理解度はだいぶかわるわけで。美術を知らなかったら、芸術家の凄さはわからないし、家庭科が無かったら、日々家事をしてくれる人への感謝も薄くなると思うのですよ。こういうことを、ざっと教えてくれるのが学校。ほんとに、あくまで基礎。

 とりあえず、学べることはガンガン好きなように学んでいけばいいんですよ。役に立つか立たないかは、天命が知るのみ。ただ、無けりゃあそこまでだけど、持っていたら何かに使えるかもしれない。それだったら、持ってたほうがいいですな。