邪神邂逅-第八話

旧サイト初の連載作品。
シエルVSカルロス開始。
通常版


邪神邂逅-第八話

「ふうむ……マセワルと石仮面達が敗れましたカ。まあいいでしょウ、時間は十分に稼いでくれましたから」
 コップに注いだ赤い血にレモンを絞り一気に飲み干すアンリ=カルロック。
「真祖が公園、志貴サンが学校、消去法でココに来るのは……アナタですよね? 第7位? 」
 エレベーターのランプが光り、徐々に屋上へと近づいていくのを見て一人ごちる。
 数ヶ月前のタタリ発生時から余り工事が進んでいないシュラインの屋上、その中心部に描かれた魔方陣が不気味に胎動していた。

 チンと言うベルの音と同時に開かれるエレベーターの扉、そこにはカソックに身を包んだシエルが冷徹な表情で立っていた。
「ハハハーようこそ神の召還会場へ、アンリ=カルロックがお出迎えいたしまス。しかし……本来ならば手厚く歓迎したいところなのですがアナタは一応キリストの巫女、参加資格がありませーン、信仰の浮気はダメでース」
 うやうやしくこうべを垂れながら拒否の姿勢を現すアンリ、
「ではお帰りくださイ、あの世にでモ」
パチリと指を軽快に鳴らす、直後物陰に隠れていた虫達が雪崩れのようにシエルが乗るエレベーターに殺到した。
しかし虫達は止まる、シエルの体直前で。
そしてシエルは蟲の海をモーゼのように掻き分けエレベーターから無事に脱出した。
「でしょうねエ、退虫グッズ持ってますね? 所詮虫たちですからキンチョールにもバルサンにも勝てませン。この時代の退虫グッズがあれば虫達はほぼ無力でス……やな時代になりました」
 アメリカドラマの外人の様にオーバーアクションで頭を振るカルロス、しかしその目にはまだ余裕があった。
 おもむろにバイオリンを何も無い空間から取り出し演奏の構えを取る。
「この人達もその手で来ましタ……しかも御丁寧に細菌防護服まで来テ。でも、そんなもんじゃあワタシの病は防げない」
 足元にある幾つもの死体に眼をやる、どこぞの研究所の細菌室にでもいそうな防護服を着込んだ死体、その体は死の寸前まで苦しんでいたかのように節々が曲がり、中には自身の首にナイフを突きつけ自害している死体もある。
「ハハハー、生きたまま体が腐るのは苦しかったのでしょウ。ただ防護服を着ていたお陰でその病気が外に漏れる事は無かっタ、流石腐っても神の使徒!ブフゥー!! ナイスジョークですネ!! 」
 明らかに行き過ぎた挑発、しかしシエルの表情は全く動かない、怒りに燃えるよりも悲しみにふけるよりも一番気味が悪い。
 アンリは怪訝な顔をしながらもそのバイオリンを弾き始める、そのバイオリンから弾かれる曲は素晴らしいワルツ。
「何を考えているか知りませんが死んでくださイ。なあニ、一つぐらい腐乱死体が増えても臭いなど変わりませんからご安心ヲ! 」
「う……」
 ワルツが引き始められてから数秒後に体を掻きむしるシエル、口から漏れるは正に苦悶の声。
「ハーハッハハ!! 知っていますか? 近年話題になっている人喰いウイルスを! アレは人体に無数に眠る細菌が暴走しておこるモノなのでス! この症状にかかった人はワケもわからぬままに体が腐れていク、あなたもその苦しみを味わってみてくださイ!! 」
 心臓を押さえるシエル、しばらくその状態で硬直した後、おもむろに懐から黒鍵をとりだし喉元に当てた。
「ハハハ、自害ですか? らしくない、代行者なら体が腐っても最後まで闘うものでしょう? 」
「……無理です……そんな事は……」
 シエルの口から漏れる弱気な言葉、アンリが心底残念そうな顔をした直後シエルの腕がゆっくりと喉元にむけ動いた。
「だって効いてないんですから、貴方の攻撃は」
 瞬間、シエルの腕が一気に動き手に持っていた黒鍵をアンリ目掛け投げつける。
「ワッツ!? 」
 驚きながらも手に持つ弦で黒鍵を弾く、曲の演奏は当然止まりアンリの顔は落胆から驚愕へと変わる。
「あれ? 驚いたんですか? 先程まであんなに勝ち誇っていたのに? 貴方の能力はとっくにばれているんですよ」
 冷徹の表情から一転、嘲笑して片手一杯に黒鍵を構えるシエル。
「貴方の能力は『昆虫支配』、一歩踏み込んだ能力が『病気発生』。ただコレは真の能力ではない、言うならば……『音波生物誘導』と言ったところですかね?」
 無言で俯くアンリ、それは肯定である事を示している何よりの態度。
 そんな事には構わずにシエルは全ての黒鍵を投げつけ、追撃するように自らの体をアンリに向け走らす。
「貴方の能力は音を使い微小の生物を操る!! なるほど、昆虫も微小なら究極の微小は細菌!! 病気の源は細菌ですからね!! 」
 立て水のように話しながらも、鬱のアンリに対し両手に出した黒鍵で切りかかっていく。
 アンリも弦とバイオリン本体で何とか応戦するが明らかに押されている。
「そこの防具服で身を包んだ人達も音からは身を守れなかった!! 音により人体内の数億もの細菌を暴走させたのですから、どんな防護服も効かないはずです!! 」
 片手の黒鍵を振り下ろすように振るい、それを受け止めた一瞬の隙で片手の黒鍵を逆に下から切り上げる。
 競り合いの結果、宙に舞うバイオリン本体、繋がるような動きで腹部に蹴りを見舞う。
 声も漏らさずにアンリは近くの神殿様式の石柱に叩きつけられた。
 石柱はその衝撃で砕け散りアンリの体を破片で埋め尽くす、敵は消えども再び黒鍵を構えるシエル、破片はゆっくりと退けられ誇りで汚れたアンリが姿を現す。
「聞きたいことが三つありまス……」
 憔悴しきった口調でシエルへと問いかけるアンリ、問いかけてはいるものの返事を待たずに言葉を続ける。
「一つ目……なぜこの能力に気付きましたカ? 」
「ハッタリ半分の勘ですね、今の言葉で確証を持てました。そういえば遠野君から聞いた所によると地下室で自分の目的をベラベラと話していたそうですね?  アレは自慢や挑発が目的ではなく病気を移す手段として自分の声を媒介にして弱性の病気を地下室に蔓延させるための手段、うっかり喋らせる事も出来ないとは 正に最悪の死徒ですね」
 実際のところはセブンの持っていた情報を分析して導き出した結果だが、ハッタリの意味も含め自己で答えを導き出した事にする。
「二つ目……どのような手段で防御ヲ? 」
「コレですよ」
 シエルはカソックの下に忍ばせていた手の平サイズの簡易な機械をチラリと見せる。
「退虫グッズの一つで超音波を発生させる機械です、これがあれば貴方の音波も効果は無い。虫も退けられる上に効果範囲も広い、まさしく貴方の言うとおりに良い時代になりましたね」
 先程の展開を逆転させたような力関係、シエルの顔には軽い笑みが浮かんでいた。
「……三つ目、そんな防衛手段を知っているのに何故其処の人達は十分対策せずに突っ込んできたのですカ? 先に来た切り込み隊長の暗殺者とは違いこの人達はちゃんとした騎士団でしょうガ? 鉄砲弾にするには高すぎル」
 脇に転がる死体に眼をやり問いかける、シエルは嘲笑に近い笑みを止め先程の冷たい表情に戻る。
「……私のあずかり知らぬ所です。援軍だとは思いますが……何故ここまで無為に突っ込んだのか……」
 実際の所は彼等の指揮官である代行者によりその指示はなされたのだが、それを知る者はもはや居ない。
「まあそれはいいでしょウ……謎は全て解けましタ。一つ言えるのはアナタはいい女ですヨ、人を優位に立たせ一気に覆す、いい正確の悪さダ。私好みの人でス」
「残念ですが私には身を捧げる人がもういますので」
 再び笑みを浮かべ答えるシエル、情勢はもはや自分に動いてると確信しての笑み。
 アンリはその笑みを見て疲れたように立ち上がり、手に持っていたバイオリン本体をフッと消す。
 この消え方から見るとバイオリンは一種の彼の宝具だったのだろう。
「……70点」
「は? 」
 いきなり出た数字にわけが解らないと一文字で表すシエル、そんな事には構わずに疲れた口調でアンリは話し続ける。
「アナタの話からすると志貴サンは起きてしまったらしイ、何故全てを聞かなかったのですカ? 」
「……」
「私は言いましタ、『私も全快じゃあ無いんですヨ。私を復活させた人タチが制限をつけましたんでネ』制限? では制限とはなんでしょうカ? それは置いといて……私は先程名乗りました『アンリ=カルロック』と、これはですネ……」
 話している最中に瞬時にして消えるアンリの体。
「!? 」
 シエルが目標を見失い驚愕した瞬間、背後から重い一撃がシエルの体を貫いた。
 背骨を強打され膝を着くシエル、後ろに現われた人物はそのままシエルの腕を決めながら首を抱えこみ押し潰す。
「昔の名を名乗っても見劣りしなくなっタ、つまり殆んど制限が切れたという事でス」
 シエルを押さえ込むアンリ、その眼は赤みがかかった眼から完全な真紅へと染まっていた。
 そのままシエルの体はサッカーボールのように蹴られ不安定な体制のまま先程とは別の屋上の端ギリギリの石柱に叩きつけられる、先程の繰り返しのように石柱は崩れシエルの体を呑んだ。
「本来私は体術には自信がありましてネ。なにしろ私の能力は単純な力では最低クラスでス、虫達をいくら集めても石一つ砕けなイ。だとしたら答えは簡単、私 自身の力を岩をも砕くまでに引き上げル。あーシエルサン……」
 言葉を一度止め、シエルが瓦礫から起き上がった所で付け加える。
「最後の切り札を剥いでから勝ち誇るのがよいかト。とりあえず優位と不利のシーソーゲーム、満点30点足らずのアナタの不利で終了でス」

 吸血鬼の力はずば抜けている。
 筋力にスピードと言ったありとあらゆる戦いの要素が彼等は優れている。
 それに自己を鍛える事による錬度が加わった時、吸血鬼は史上最強の生物と化す――
(まさか最強のカードが素手とは……聞いてませんでしたよ、セブン……)
 自身最強のカードである使い魔に愚痴をたれながら黒鍵を構え、目の前で軽く身構えるスーツ姿のいけ好かない男に視線をぶつける。
 向こうはそのまま動かない、このまま千日手となってもいいぐらいの気楽な表情をしている。
 当然だ、時間を稼げば奴が神と呼ぶ存在が復活するのだから。
 自身の仕事は奴を倒し神の復活を止める事。
 ならばこちらが動いてでも千日手を砕く。
 素早いモーションで黒鍵を投げつけ牽制を取るが、
「無駄でス」
 あっさりと腕を振り全ての黒鍵を叩き落す。
 そしてアンリはそのままこちらへ向い無防備に頭から突っ込んでくる。
「なめ過ぎじゃあないんですか!? 」
 怒りと共に黒鍵を突き出し頭から串刺しにしようとするが、対象はあっさりと黒鍵を避けた上に空いた手で私の片腕を掴んだ。
 瞬間、片腕の手首が捻られ、合気道のような投げで仰向けに寝かされる。
「イイエ、なめすぎなどではありませン。あなたも鍛えているようですガ……所詮10年単位の物、私は数百年単位ですからネ」
 そのまま片腕を持ったまま寝転び、凄まじい速さで腕十字を極める。
 まさに惚れ惚れするぐらい見事な腕十字だ、なぜなら私の片腕は既に折られているのだから。
 手に持っていた黒鍵が落ちる音がやけに遠く聞こえる。
「フフフ、ギブですカ? 」
「……ネバーギブアップです」
 折れた腕の痛みで一瞬意識が飛びそうになるが何とか繋ぎとめ、折れた右腕を体を反転させ引き抜き、その勢いで左の拳を奴の下半身へと叩き込む。
 それを一気に体のバネを使い立ち上がることで回避するアンリ、外れた拳は地面のアスファルトを荒く砕く。
 直ぐに立ち上がる、この隙を逃がすほど目の前のバケモノは甘くない。
 予想通り私の頭が今まであった所を鋭いローキックが素通りした。
 ローキックを避けた事により生まれた隙、その0コンマクラスの間に再び拳を叩きつける。
 再び捕まれる手、しかしアンリは直ぐに先程のように手首を捻らずに私の顔をおもわず見つめる。
 それはそうだろう、折れた手で殴りかかる馬鹿とは数百年生きてても多分出会えない。
 そのアホな捨て身で生まれた隙に、隠し持っていた黒鍵で私の折れた手ごと奴の手の平を貫いた。

「一体ナニを……」
 黒鍵による傷の痛みを振り払いながらアンリはシエルを見つめる。
 手の平と折れた腕の相打ち、しかし夜の再生能力が高まった吸血鬼相手に体力勝負を挑むほど彼女は愚かな素人ではない。
 しかもこの黒鍵で繋がったせいでシエルに回避と言う選択肢はなくなった、全力で放たれる打撃を至近距離で喰らえばいくら彼女とて数発も持つまい。
 一見メリットのないこの行動、それだけに手の平に突き刺さった黒鍵に痛み以上の恐怖を感じる。
 恐怖を打ち払う方法、それは――
 目の前に居る女性を殺す。
 開いてる片手でシエルの脳天目掛け肘を打ち込む、しかしシエルはアンリの懐に潜り込む事により直撃を避ける、すかされたがエルボーは背中にぶつかり骨の破 砕音があたりに響く。
 常人なら死、よくて半身不随の一撃。
 しかしシエルは意思を止めずにアンリの体を頭と肩で思いっきり押す、まさにそれこそ予想外の行動。
 なぜならその背後は深い深い奈落。
「く、狂いましたか!? 私は生き延びられてもアナタは確実ニ……」
「そうですかね……まあ後の事は地面についてから考えましょう」
 そのまま地面を思いっきり蹴るシエル、二人の体はもつれ合うようにしてシュライン屋上から落下して行った。

「あなた馬鹿ダーーーーーーーー!! 」
「馬鹿で結構です! 」
 高速落下で既に半分以上の階層を超え落下する二人、下には地面が遠闇に見えてきた。
「うおおおおお!! 」
 絶叫と共に自由な片腕から無数の大降りの蜘蛛を数匹袖から出しビルの僅かな突起に糸を吐き出させる。
 ガクンと伝わる衝撃の後、アンリはシエルと黒鍵で繋がり合いビルの壁面ギリギリのところにぶら下がっていた。
 ビル風でギシギシと揺られる体、蜘蛛の糸もそれにあわせ力なく崩れていく。
(クッ……蜘蛛タチに何時もの力が無イ……まだシエルさんの退虫マシーンが動いてるのですカ……)
 この状態では他の虫達も殆んど無力だろう。
 片腕に繋がっているシエルを見る、正直言って重い、しかし妙に手の筋肉が発達しているせいで千切れることなく繋ぎとめてしまっている。
 ふと見るとシエルの空いた片腕が懐の機械のつまみを回している。
 当然だ、機械の効果を弱めなければ二人一緒に身投げ心中となるのだから。
 だがシエルがつまみを回した途端に蜘蛛達はより一層弱まり糸の力も弱弱しい物となる。
 彼女は機械を強めたのだ、自身の死をも覚悟して。
「……ふっ」
 思わず溜息が出る、この女は間違いない、死んでも自分を滅ぼすつもりだ。
「シエルさん……なぜアナタはここまでできるのですカ? 神のため? 誇りのため? それとも愛すべき人を痛めつけられた恨みですカ……?」
 この執念は異常だ、狂信者のような連中とは何人もやりあったがそれとは違う執念がシエルの中には見える。
「……ニンジンを食べたいというのにカレーしか食べさせずに……いやがるのに無理矢理パイルバンカー型に改造……私は良いマスターではありませんね……」
「ハ? 」
 いきなりの話の展開についていけずに間抜けな声を上げるアンリ、だがシエルは虚ろに言葉を続ける。
「でもね昨日……あの娘泣いてたんですよ、いつもは意外に冷静なあの娘が……くやしくて、悲しくて泣いてたんですよ」
「……」
「こんな時に使い魔の涙一つ拭えなくて何がマスターですか!! 」
 激昂と共に壁面を思いっきり蹴るシエル、反動で二度三度と揺られる内に二人の命綱である蜘蛛の糸が軋みを上げて千切れていく。
 ガクリと言う衝撃と共に落ちかける体、あと一度でも壁を蹴れば再びビル下の奈落への強制ダイブだ。
「よく解りませんガ、なんとドラマチックな理由……ならば結末を心中などというあっさりとした物で終わらせるわけにはいかないでしょウ」
 黙ってシエルの行動を見ていたアンリが壁に蹴りを入れる、ひび割れるアスファルトの壁にいよいよとなった糸。
 そして跳ね返った反動を使いターザンキックをひび割れの中心部にぶち込んだ。
 同時に千切れる糸、だが二人の体は落下する事無く最後の一撃で壁を破壊し凄まじい勢いでシュライン内部へと飛び込んで行った。

「チィ……」
 アンリの口から思わず漏れる舌打ち。
 衝撃によるコンマ一秒の意識の遅れ、その瞬間に右手の枷となっていた黒鍵は外され、腕に縛り付けられていたシエルの気配も遠くなる。
 舞い散る埃により隠されていた視界が徐々に晴れてくる、飛び込んだ部屋は真新しい部屋、椅子も机も無い役割を待つ無垢の部屋。
 しかしその無垢さは無粋な乱入者二人によりあっさりと破壊されてしまった。
 無数のコンクリートの欠片に、そしてボロボロになり脱ぎ捨てられた黒いカソックに。
「最終決戦ってトコですネ……」
 僅かに漏れる月明かりにうつるシエルの姿、体に輝く薄い紋様、薄い聖布の法衣、無事な手で抱えられるは無骨に輝く第7聖典。
 距離は一足の距離、一瞬で全てが決する遠くて近い距離、余計な事は出来ない距離。
(……音波は消えてル、機械がイカレタか。今なら蟲の使役も可能、蜂ならたとえ西部のガンマンとの早撃ちでも負けなイ……だが虫たちが回復していなイ、十分な使役をするには時間が足りなイ)
 ならば病気を使うか?
(無理ダ、楽器を出して曲を弾いて発動……そんな悠長な事をしていたら刺されマス……凶悪なあの鋭利な鉄の棒デ……)
 転生批判の第7聖典、転生を利していたアカシャの蛇に対しての究極兵器。
 しかしその武器としての単純な威力もかなりの物で、直撃したならば大抵の死徒は一撃で無へと還る。
(……勝負は素手で決めるしかないと言うことですカ、彼女に誘導されたみたいで癪ですがネ)
 自問自答の末に出たのは力勝負、小手先無用のぶつかり合い。
 喉もとのネクタイを外してスーツを脱ぐ、こうなったからには蟲を身に着けている意味は無い。
 ネクタイとスーツを上に投げ、軽く体を構える、勝負は一瞬の間に決まる。
 宙に舞うスーツ、それが地面に落ちると同時に双方が地を蹴り駆け出した。
 第7聖典を構え地を這うように駆けるシエル、対するアンリは防御等考えていないような大振りな走りでシエルへと向う。
 交じり合う二つの人影、直後に響く薬莢音と肉の砕け散る音、第7聖典の鉄芯はアンリの左足首を粉々に破砕していた。
「……しまった! 」
 シエルから出る悔恨の一声、心臓を狙った筈の一撃は銃身を踏みつけられる事により左足首の破壊だけで終わってしまった。
 アンリはバランスを崩しながらもその踏み付けを足場とし、踏みつけのインパクトで地面に先端を埋めた第7聖典を飛び越える形でシエル目掛けて無事な右足で 強烈なローリングソバットを見舞う。
 攻撃態勢に入っているせいで無防備なシエルの胸の中央に炸裂したソバットは、シエルの体を凄まじい勢いで後ろへと吹っ飛ばす。
 その瞬間、地面に落ちたスーツからアンリの勝利を確定するかのように無数の蟲達が散らばっていった。

 二人が居なくなった数分後、シュラインの屋上にたどり着いた志貴の口から思わず出た言葉は一言。
「……嘘だろ」
 誰も居ない屋上で黒色の光を放つ魔方陣。
 ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……
 地の底から響くような恨みの声、同時に這いずる様な音が魔方陣の中心から響く。
 魔方陣の中央に置かれた仮面が粉々に砕け散った瞬間、巨大な人影が魔方陣の中央から這い出てきた。
 否、これは人影と呼ぶには相応しくない。
 その身の丈は姿を現した上半身だけでも4m超、顔は髑髏をかたどったサイケな色取りの仮面で覆われ、体はどす黒い血の様な色取りの流動形で出来ている。
 あくまで人に近いだけの凶悪な別生物がここに居た。
 ウォォォォォォォォォォォォォォ!!
 メキシコ最強の軍神と呼ばれし神、主神である太陽神ケツアルクアトルを追い出し自らが主神となった神。
 血を好み、邪神と呼ばれし神テスカポリトカ。
 神霊という最強クラスの霊体の中でも吸血鬼と言う存在に一番近いモノがここに光臨した――