妖怪百景

近世百鬼夜行の世界観を広げるためのSS。
同人誌のネタなんかも織り交ぜられているが勘弁してくれい。
とりあえず、この世界最強クラスの妖怪はこんな感じです。

 世界でも屈指のロケーションを誇ると有名なビーチ、最高の夕日が望める高級ホテルのベランダで夕日を浴びながら彼は上質のワインを味わっていた。
「まろやかな舌触りに芳醇な香り、良い、実に良い。だが……」
 水着にアロハシャツを羽織っただけの姿、しなやかだが引き締まった肉体をここまでかというほどにアピールしている。オールバックに固めた髪を一回撫でてから、彼は持っていたワイングラスを気だるそうに机の上に置いた。
「値段には見合わない。観光地というのはこれだから」
 やれやれといった感じで備え付けのチェアに横たわり目をつぶる。しばしの後、彼の脇にスーツで身を固めた秘書らしき女性が付いた。女性は、彼を起そうともせず黙したまま脇に控える。数分後、気配に気付いた彼が起きるまで彼女は沈黙を貫き通した。
「ん……んーいやあすまない。待たせてしまった、別にたたき起こしてくれても良かったのに」
「…………」
 彼に問いかけられても女性は何も答えない。無言で脇に抱えていたノートPCを机に置き起動し、必要なデーターの全てを画面に映す。動くたびに揺れる絹糸のごとき金髪が夕日を受け、綺麗に輝いていた。
「ようやくグレムリンのPCのデーターを吸い出せたか。全く、彼女が居ないと不便極まりない。彼女並みに機械に長けた妖怪はノームぐらいだからな」
 機械を操る翼の悪魔グレムリン、彼女は彼の指示を受けて日本に潜伏していた。目的は日本という国に棲む妖怪の調査と、戦力的な価値の見出し。なにしろ日本は島国という環境のせいか、閉鎖的で他国の妖怪との交流も殆どない。しかも支配者として君臨する気概の有る妖怪も居ないので、皆が好き勝手に生きている。日本を徹底的に調査し、彼につぶさに報告する。それがグレムリンに与えられた指名だったのだが。
「しかしグレムリンがまさか死ぬとは。彼女は決して強くはないが、奸智に長けていたし保身の情も強かったしねえ。ボコボコにやられて帰ってくるぐらいは予想の範疇だったが、まさか死ぬとは……」
 グレムリンは自信がかつて落とした最大の戦利品、ヒンデンブルグ号と共に太平洋上で消息を絶った。無断での帰還を試みて戦死など、グレムリンにしては有り得ない愚考だ。彼女を狂わせた原因、それは彼女自身が最後に己のPCに送信したデーターに有る筈だ。
「お! これか!」
 データーを順繰りに見た彼は一枚の写真に惹かれた。写真には、ボロ布で顔を纏い、チェンソーで戦車を寸断するセブンの姿が写っていた。
「そりゃあこんなのみたら、私の指示を待っているヒマなんか無いな。グレムリンは優れた技術者でもあったからねえ、最高の技術者の最新作を目の当たりにして冷静ではいられないだろうさ。フランケン博士の人造人間とは彼女も因縁が有るしね」
 セブンの写真には『フランケン博士謹製の七番目の人造人間』と添えられていた。パラケルススやサンジェルマンを越えたといわれる人造人間の祖であるフランケン博士。彼の製造した人造人間で確認されている固体は死亡、行方不明の者を含めて六体。七番目の固体が見つかったとなれば、それは妖怪界を揺るがすビックニュースだ。
「しかしあと一日遅ければ。遅ければよかったのにね。ヤツも運が無い」
 低く笑う彼の姿は、とても楽しそうだった。まるで、待ち焦がれていた玩具をようやく買ってもらえた子供の様に。笑う彼の脇に、秘書は無言で従い続ける。そんな中、しぶとく輝き続けていた夕日がようやく水平線の向うに沈んだ。
――日が沈むと同時に、辺り一面を絶叫が支配した。

「ん?」
 彼は興味深そうにベランダを覗き込む。地上では、派手なビキニをつけた女性が何人もの男性に囲まれている。派手なレイプだなと彼がつぶやいた瞬間、一人の男性が女性の首筋に噛み付いた。それを機に男たちは女性を貪り喰らい始める。しばしの時が流れ、彼らは別の獲物に狙いを定めた。彼らの中には先程襲われた女性の姿も有る。体のいたる所が欠けた姿は露出度が高すぎる、内臓まで見せては立てるものも立つまいよ。
 このような地獄絵図がいたるところで展開されていた。
「……」
「そんな目で見るなよ。私は今回いたってクリーンだ。最近はつまみ食いだけでもゴルゴンに睨まれるのでね」
 ジト目でみる秘書の意図を察知し男はそれを否定する。
「だいたいな。私だったらもっとエレガントに事を運ぶぞ。いたるところで増えてる連中、腐敗が酷いし食欲旺盛すぎる。えーと確かどっかで見たな」
 この惨状を見せ付けられても、男は何処までも平静だった。
 ベランダの二人を取り囲む謎の集団。全員がお揃いで腰ミノを付け、いたる所を骸骨と派手な色の羽で飾り立てているのが特徴的だ。彼らの犬歯がキラリと光った。
「ああ、そうだこの連中。ブードゥ系の吸血鬼達だ、最も彼らが生み出すものはゾンビだがね」
 ゾンビ伝説で名を知られるハイチ島の吸血鬼達。日を嫌う等の特徴は他所の吸血鬼と変わらないが、彼らは呪術でしもべを作る。そのしもべこそが動く死体ゾンビ。ゾンビは途方も無い飢えを満たすために、人を喰らい、喰らわれた人間もゾンビとなる。放っておけば、街どころか国一つ一晩でゾンビの巣となりかねないだろう。
「黙れ。下賎なる王」
 一際派手な衣装を着けた吸血鬼が、男の喉下に石槍を突きつけた。彼がリーダー格なのだろう。ちなみに、秘書の喉下には別の吸血鬼が石製のナイフを突きつけている。
「お前は只の人間から吸血鬼になった身でありながら、我らの王を気取っている。身分不相応の称号が、この惨状を招いたと知れ」
 アウアウアウと奇妙な歓声を上げる民族集団。彼らは、男を倒すために観光地を死人が喰らいあう土地へと変貌させてしまったのだ。
「身分不相応ねえ。ま、確かにそんな称号、私も貰っていてくすぐったいと思っているのだが……」
 悠然と男が笑う。彼の笑みを見てリーダー格の吸血鬼は忌々しげに歯を鳴らす。
「なんせ君ら正統な吸血鬼が、弱すぎる。なら私がしばらく王の称号を預かっているしかあるまい。世間も私を吸血鬼の始祖として認めている」
「ふはは、なら何故そんなに強い男が我らに追い詰められているのだ!」 
「追い詰められる? これぐらいでか? 舐めるなよ、未開人ども。こんなもの暇つぶしにもならない」
 男の目が真紅に輝いた瞬間、石槍ごと吸血鬼はグチャグチャに弾けとんだ。周りの吸血鬼達も突然の惨劇に動きが止まる。秘書も隙を突き、首もとのナイフを優しく退けた。
「歌え、セイレーン。彼らに文明の芸術を教えてやれ」
 指示を受けた秘書は一歩進み出て、息を軽く吸う。
 妖魔セイレーン。海に住み、歌声で人々を惑わす美しき妖怪。彼女の歌声に魅了され、命を落とした海の男たちは数知れず。一説には耳を潰してもその歌声からは逃れられないとまで言われている。
「ア――――――――」
 高音域の美声、しかし吸血鬼達は耳を押さえのた打ち回る。やがて、耳だけでなく口鼻目……体の穴という穴から血を流し彼らは絶命した。しかし、命令を下した男だけは、目から涙を流しセイレーンの美声に聞き惚れている。
「あいも変わらず素晴らしい。これぞ芸術の局地だ」
 セイレーンの独唱が終わり、男は拍手と共に彼女を労う。セイレーンは会釈で感謝の意を示した。足元には芸術を解せ無かった吸血鬼達が転がっている。
「さて。これではルームサービスも呼べまい、チェックアウトするとしよう。荷物をまとめてくれ」
 セイレーンに片づけを命じてから、男はワイングラスを手にする。直後死んだ吸血鬼達の体が震え、血をいたる所から吐き出した。吹き出た血液は、ブラックホールに吸い込まれるようにワイングラスの中に収束していく。明らかに収まる量では無いのに、ワイングラスは全ての血を吸い込んだ。吸血鬼達の体はもはやカラカラの状態。一体の吸血鬼が風に負け塵となって霧散した。
 男はワイングラスに集まった血液を口にし、直ぐに吐き出した。
「腐った葡萄の味がする。金を貰っても飲みたくないな」
 ワイングラスを逆さにし、彼は全ての血液を床に捨てた。

「これはこれは、どうしたものか」
 ホテルから出たセイレーンと男を出迎えたのは弓や斧といった原始的な武器を構える吸血鬼達と、彼らが生み出したゾンビ達。ゾンビにいたっては街の住人全てが喰らわれたかと思うほどに群れている。観光地の派手な衣装を纏ったゾンビは逆に不気味だ。
「歌を解せる脳みそも残っていまい。面倒な」
 やれやれと男が嘆息したとき、遥か上空に強大な妖気が出現した。
「ガルゥゥゥダビィィィィム!!」
 細い二本の光線が、吸血鬼とゾンビの間をすり抜ける。直後、射線に沿うように爆発が起こり、ゾンビと吸血鬼を粉微塵に吹き飛ばした。
「全く。王たる者をこんな下種の巣に呼び出すとは、良い度胸をしているな!」
 空に突如現れたのは、神鳥の異名を持つ鳥の王。その名はガルーダ、インドを根城とする魔神である。鳥をかたどった鎧は威厳を、煌びやかな大翼は栄光を、まさに王者の風格。そして、その実力も王に相応しく強大。
 ガルーダは男の側に降り立つ。王の威光に押され、吸血鬼とゾンビによる包囲の輪が少し緩まった。
「そう言うな。数時間前までは楽園だったんだ。だいたい、一時間の遅刻だ。遅刻して威張られてもなあ」
「ふん。招待された高貴な者は約束の刻限より遅れるのが約束、相手に落ち着かせる時間を与えるためにな。この遅刻は王としての責務よ」
「王としての責務と言われては、許すしかないな」
 まさに傲岸不遜なガルーダ。しかし、男はガルーダを軽く許した。ガルーダの性格は前々から知っていたし、納得していないが吸血鬼の王の異名を持つ身としてはガルーダに王としての責務と言われては強く反論も出来ない。王の責務なんて古今東西理解を得ないものが一つは含まれている物だ。
「だが、一時間遅刻していなければ話はスムーズに進んでいただろうにな」
「何を言っている。もう我の心構えはとうに出来ているぞ。『連合』の十三席に迎えられると言う、な」
 『連合』とは世界各地の妖怪によって作られた巨大組織の通称である。参加資格は単純、人間の支配する今の世界に納得していない事。参加資格の単純さと、組織を率いる者達のカリスマ性に惹かれ、組織は日進月歩で成長を続けていた。
 そして連合を実質的に運営している十三人の妖怪、通称十三使徒。連合の中でも屈指の力を持つ妖怪達で結成された連合最強の集団。一人一人が一騎当千、もし本気になれば十三使徒の誰もが簡単に世界を揺るがす事ができる。誰もが入る事を憧れるが、誰も恐れ多くて入れない。それが十三使徒という集まり。
 今回、男がガルーダを呼んだ理由は彼を欠員が出た十三使徒に迎える為だった。もともとガルーダは連合には所属しておらず、東亜大陸で独自の勢力を築いていたが、連合とは同盟を結んでいた。そして、ガルーダは傘下に入る事を頑なに拒んでいた。しかし、連合を支配する十三使徒に欠員が出たと聞き、その座に立候補した。十三使徒となれば連合を支配する妖怪の一人となり誰の傘下にも入らない上に、己の持つ組織の拡張にも繋がる。十三使徒の筆頭である男も、ガルーダを実力十分と判断し、ここで正式に打診するつもりだったのだが。
「いやーすまない。君を十三使徒に迎える話、一時間前に流れたわ」
 もはや男にそのつもりはなかった。なにせ、もっと適任な存在を見つけてしまったのだから。
「……中々に上手い冗談を言うな」
「いやいや、本気も本気。約束の時間通りに来ていれば、本決りだったのにね。惜しい、惜しい」
 ガルーダが心底冷える殺気を放つが、男は涼しくそれを受け流す。だが、彼らの仲たがいの光景を見て。吸血鬼達に再び闘志が燃え上がった。弓をたがえ、斧を構える。数秒後、勇士達は四方八方から踊りかかった。
「ガルゥゥゥダ ブゥゥメランッ!」
 ガルーダが己の手に出現させた曲刀を投げる。ブーメランの言葉通りに、輪を描き飛んだ刀は襲い掛かってきた吸血鬼の全てを真っ二つに切り裂いた。刀はブーメランの名の通り、再びガルーダの手に収まる。
 吸血鬼が死んだ事ゾンビ達は統率を失い、ふらふらと好き勝手に彷徨う。中には主人である吸血鬼の死体を喰らう連中も居たが、誰もガルーダと男とセイレーンを狙おうとしない。本能的に、あれは触れてはいけない存在だと察したのだろうか。
「返答しだいでは、この刀、次は貴様らを狙うぞ」
「それは勘弁ねがいたいね」
 男は一応セイレーンを護れる位置に着いてからプリントアウトしたセブンの写真を渡す。ガルーダは訝しげに写真を眺めていた。まさか、この狂気のテルテル坊主が王たる自分と並ぶ妖怪だとは思いもよるまい。
「彼が新たな十三使徒の候補だ。なんせフランケン博士の名はもはや神話の域に達しているからね、博士の最新作が連合に加入するとなれば、士気の向上に名声の獲得に戦力の増加と、いい事尽くめだ」
「何が神話の域だ。我は神鳥だぞ、我のなす事全ては元より神話よ!」
 激怒したガルーダは男へ斬りかかる。曲刀の刃は、男の肩口に容易く食い込んだ。控えていたセイレーンの口から美声が漏れる。
「待て、セイレーン。話は終わっていない」
 セイレーンを差し止めた男は、ゆっくりと刃を引き抜き刀をガルーダに押し戻す。明らかに致命傷だが、全くと言っていいほど男に苦痛の表情は無い。むしろ、蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「いい切込みだ。だが、相手を間違っている。君が切るべき相手は、こちらだろう」
 男が指差したのはセブンの写真。
「恫喝、決選投票、話し合いによる解決、そんな生易しい手段はNOだ。 選考に不満を持つなら、己の力で覆せ。それが十三使徒の流儀」
 求められる第一条件は力。奸智や技能で不足分を補うのもかまわないが、十三使徒ともなれば根源的な揺るがぬ力が求められる。ある意味、純粋な弱肉強食を連合は体現していた。
「ガルーダ、彼は日本に居る。君はアジアが本拠地だろう、ならば己の力の証明と並行して、国取りなんてものはどうかね」
「なるほど。流石は十三使徒の主席、我の支配欲をくすぐる言葉を吐くな」
 ガルーダは剣を納める。それはもはや敵意を持っていない証。
「いいだろう。お前の思惑に乗ってやる。このセブンとかいう者の首と共に日本を頂くとしよう。まさか、首と共に国も寄越せなどとは言うまいな?」
「言うわけがない。ただ、個人的には首と言うよりセブン自身の捕獲をお願いしたいが……無理だろうねえ」
「無理だ! きゃつめの首を取り、我の力を貴様らに証明してやる!」
 ガルーダの羽が開き、ロケットを超える勢いで天へと消えた。残されたのは、男とセイレーンと命令する者を失い途方にくれる無数のゾンビ達。
「全く、自分のルールで動いている男だ。まあ、ルールを定めるに相応しいモノは持っているがね」
 セイレーンが己の手帳にメモした名簿を男に見せる。名簿にはこの場に直ぐに馳せ参じられる妖怪がリストアップされていた。脱出するにしろ、掃討するにしろ、男自身に任せる仕事ではない。そうセイレーンは判断していた。
 だが、男は名簿には目もくれず、足元に転がっていた吸血鬼の頭を掴みこめかみに指を突き刺す。多少の念が頭部に流れ爆散した瞬間、好き勝手に動いていたゾンビ達が一斉に男めがけ殺到した。
「いやあなに、前線に立つのは久々なのでね。どうせなら派手にやって伝説を残そうかと。吸血鬼の頭を介して全てのゾンビ達に私を襲うよう命令してみた」
 実際、セイレーンには目もくれずゾンビ達は男めがけ一直線で突き進む。男の影が胎動し、己の主を包み込む。影が退いた後にあった物は。
「一晩で万に近いゾンビを惨殺。あえて特に能力を使わないのがポイントさ」
 水着とアロハシャツを脱ぎ捨てた替わりに彼の身を包むのは漆黒のマントに赤黒く染まった甲冑。ガルーダも王ならば、彼もまた王の威厳を十分に持っている。皮肉な事に、ガルーダと違い彼は王の称号を嫌っているが。
 万の死骸が男めがけ殺到する。彼の忠実な部下としてセイレーンに出来る事は只一つ。巻き添えにならない位置に移動する事だけだった。

「あ、あなたは吸血鬼の王などでは無い。吸血鬼の勇者だ」
「いいねえ、勇者。その呼び名、気に入ったよ」
 男の前にひざまずくハイチの吸血鬼達。族長とおぼしき老人が、代表して許しを請う。最初は男の命を本気で狙っていたが、この夜男が見せた力は彼らの自尊心を粉々に打ち砕いた。
 男の足元を流れる赤い川。これがゾンビ達の成れの果て、純粋な力だけで男は4桁に近いゾンビを粉々に打ち砕いた。しかも夜も未だ明けていない。もはや、族長たちに彼に逆らう気概は残っていなかった。
「王に仕える気はありませんが、勇者になら我ら従いましょう。お願いです、我ら一族をあなた様の軍団の末席に加えてくだされ」
 命を狙っておいてよく言えるセリフだと思えるが、族長たちは命乞いでもなんでもなく本気で男に惹かれていた。圧倒的な力は度を越えた憧憬を抱かせる。もしここで殺されても、かまわない。これほどの勇者に殺されるのであれば本望とまで思っていた。
「……」
 無言でマントを脱ぎ捨てた男は族長へと近寄り、おもむろにマントを族長の肩へとかけた。そして己もひざまずき族長の手を取る。
「君らの呪術は素晴らしい、連合に加入してくれるのならば喜んで迎えよう。今日の事はまあ、アレだ。手打ちの儀式として考えよう」
 手打ちの儀式ごときで喰われた人々は納得がいかないだろうが、この場の人は既に死に絶えている。つまり、文句を言うものは誰も居ない。族長は歓喜の涙を流し、残りの連中も興奮し踊り狂う。男も満足げに彼らを見つめる。唯一セイレーンだけが冷ややかに場を眺めていた。
「なんと寛大な処置、我ら一族は伝説として貴方を語り継ぎましょう。ドラキュラ様!」
「その名は敵や私を映画や物語でしか知らない連中が呼ぶ名だ。味方ならば、ヴラドと呼んでくれ」
 史上最も有名な吸血鬼、ドラキュラ。元は串刺し公の異名を取ったワラキア公国を治めた只の人間の国王ヴラド=ツェペシ。しかし、今の彼は数々の伝説級の妖怪が集まった十三使徒の筆頭と言う最も最強と言う言葉に近い立場の怪物だ。
「さあて、行くか諸君。やるべき事はたくさんあるぞ」
 ヴラドの名を絶叫し連呼する熱狂的な吸血鬼達を引き連れ、ヴラド=ツェペシは本部への帰還を図る。彼に付き従うセイレーンは、帰還後に頭の固い連中が文句をつける姿を想像して、こっそりため息を吐いた。

「マイケル! 私たち助かったのね!」
「そうさメリッサ! 悪夢は終わったんだよ!」
 死した観光地から這い出てくるカップル、彼らは必死に隠れ、悪夢の一夜を乗り越えた。このカップルの一夜の恐怖を映像化するだけで、上質のB級ホラー映画が完成するだろう。太陽の明かりが必要以上に安堵に満ちた彼らを照らす。その光景は、まさに映画のラストシーン。しかし、ホラー映画にはどんでん返しがつき物だ。
「見ろメリッサ。美しい夜明けだ、太陽も俺たちを祝福してくれている」
「ねえ、マイケル。まだ朝なのよ、なのになんであんなに太陽が照っているの? 」
 太陽が照りすぎだと察知したときには、もはや遅かった。アレが放つのは本来の太陽が放つ万物に優しい光ではない。太陽もどきが放つのは、全てを焼き尽くす極大の轟炎。
「ガルゥゥゥゥゥゥダァーサンシャインッッッ!!」
 ガルーダが放った極大の白熱球が、街ごと全てを焼き尽くす。街であった場所に新たに巨大なクレーターを眺めながら、ガルーダは先程のヴラドの勇姿を思い返していた。彼は帰ったふりをして、己以外の王の戦いぶりを見ていたのだ。
「流石は吸血鬼の王。我が頂点に立った時、最後に立ちふさがるのは彼奴だ」
 己が破壊した街をひとしきり鑑賞し、来るべき戦いへの闘志を燃え上がらせてからガルーダは目的地へ向け飛んだ。
 己が支配するべき土地である、日本へと――