邪神邂逅-第五話

旧サイト初の連載作品。
秋葉と二人でカルロスに挑む志貴だったが…。
通常版


邪神邂逅-第五話

「ハハハハハーー!! 」
 狂おしいまでに笑うカルロス、それは愉快さとも狂気とも取れる不可思議な笑い方だった。
「ココだったのですね!? アナタの家は!! 正に灯台下暗し!! 目的の物がすぐ真上にあったとは……ハハハ!! 凄すぎる偶然です!! 」
 笑みの理由は自嘲、愚かしい偶然に対するまでの嘲笑。
 探し物は自分の真上で生活していた、正に笑うしかない状況だ。
「……兄さん、この方大丈夫なんですか? 」
 いきなり人の屋敷の地下に現れて、全身を燃やされた状態で高笑い。
 眉をひそめ眼前の奇妙な人物を見つめる秋葉。
「探し物……」
 対照的に志貴はカルロスを冷静な瞳で見つめていた。
 探し物、先程からカルロスが言い続けていたキーワード。
 いわく彼はそれの為に街に残った、真祖と教会代行者がいる街にだ。
 そんな危険を冒してまでも求めた物、それが彼は遠野家に有ると言っている。
 秋葉はカルロスとは初対面、ならば接点は自分――
「そうか……」
 志貴の呟きに怒りが込められる、それを合図にカルロスの笑みが小さいものへと変わった。
 自分とカルロスとの出会いは夕方の街角、その出会いには二人の人間がが絡んでいた。
「目的は琥珀さんと翡翠か! 」
 考えてみれば二人には吸血鬼に狙われる理由がある。
 身体に流れる感応者の体液、中でも血は軽い霊力を帯びており契約者に多大な力を与える――
「ははは、その通りでーす。ビンゴですよ、志貴さん」
 いつもの口調で軽くおどけて答えるカルロス、その口調は今の緊迫した状況ではかなり癪に障る。
「私は探していました、我が神を復活させる材料を。我が神は血を好む、ならば血を魔術媒介にすれば復活は可能なのでは? そういう結論にたどり着いたのですが、問題が一つ。揮発剤となるものが無かったのです。探しました私は、高位魔術師の血に死徒の血、感応者も幾人か試したのですが駄目でした……あ、血の方は揮発剤にならなくとも、私の食事や神の媒介エネルギーとして使わせていただきましたからご心配無く」
 残酷な事を楽しそうに語るのは最悪クラスのむかつきを相手に与える。
 それはそうと『試す』この男はそう言った。
 つまり神だか何だか知らないが、そんな物を復活させるために幾人もの人間を生贄にささげてきたのだ。
「秋葉、もういいだろ?」
 怒りを無理矢理沈めて口を開く志貴。
「そうですね。まだ細かい事情はわかりませんが、これ以上この人に喋らせておくのは不快極まります」
 対照的に怒りを全く隠さない秋葉。
 なぜ琥珀と翡翠を重要視するのかはわからない、しかし問題無い、ここで殺してしまえば済む事、家人の危機を目の前に兄妹の考えは恐ろしいまでにシンクロしていた。
「ははは、私もサービスはここまでです。それでは……コンサート開幕と行きましょうか!」
焼け焦げた帽子とゴーグルを外し、素顔をさらすカルロス。
 赤い眼と金の長髪、白い肌に麗春な顔立ち――
 事前情報どおりの貴族的な印象の男が外見とは裏腹に荒々しく駆け出した。

 浅い眠り、なにしろ夜に巡回をしなければならない。
 ぼうとする意識を支え眠りから覚める。
 そろそろ姉と交代をする時間だ――
 コンコンといつも通りの音が響き、姉が顔を出す。
 ベットから起き上がり交代しようとするが、
「ああ、翡翠ちゃん。そのままで良いから」
 なぜか姉は私を引きとめ、部屋に入ってきた、そして身近な椅子に腰掛ける。
「秋葉様からの言伝で今日は見回りはいいそうよ」
「……え?」
 ここ何年も使えている主だが、そんな命令を出す事は本気で珍しい、思わず間抜けな声を上げてしまう。
「あと、二人なるべく一緒に居るようにだって……」
 ふらふらと歩き脱力したように、ベットに腰掛ける姉さん。
「姉さん?」
 近づいてきた姉の顔は赤く上気している、息も少し荒く、体調が悪いのは一瞬で見て取れた。
「ああ、大丈夫大丈夫。薬は飲んできたから」
そう言って、姉は懐から粉薬を取り出し、私に差し出してきた。
「はい、翡翠ちゃんの分」
「私に?」
「気付いてないの?」
 そう言って姉は手鏡を差し出す。
 私の顔……真っ赤だ。
 そう言われてみれば、頭も心なしか重い。
 寝起きのせいだと思っていたが、どうやら私も姉さんと同じ病気にかかったらしい。
「翡翠ちゃんもそれっぽいってことは伝染性の強い病気みたいね。まあ症状は風邪に似てるし、時期的にインフルエンザ辺りかも知れないけど……だとするとちゃんと正規の病院に行って検査してきた方が良いかもね、志貴さんや秋葉様にうつったら大変だし」
 確かに使用人として主に病気を移すのは最低だ、最も病気にかかった時点で使用人として失格なワケだが……
「ふう」
 思わず溜息が出てしまう。
 まあ折角いただいたわずかな休暇時間、少しでも寝て体力を取り戻そう。
「そうそう、病気を治すには寝るのが一番~♪」
 ……なぜさも当然のように布団に入ってくるのでしょうか?この姉は?

 慎重などと言う言葉は無く、一見無策に見えるように突っ込むカルロス。
 2対1、数の上では明らかに不利なのに足取りに迷いが無い。
「来るぞ! 」
 いち早く何かを察知した志貴が叫んだ瞬間、カルロスの懐から蛍が肥大化したような虫が飛び出す。
 虫から放たれる閃光、薄闇から一気に光に包まれた地下空間は二人の眼へ刺激を与える。
 思わず眼をつぶった志貴の腹に突き刺さる鋭い蹴り。
 胃液が逆流する感触に耐え切れず膝を付く志貴の脇をすり抜けるように遠ざかっていく足音。
 その足音は後衛の秋葉へと向っていく。
「ハハハー貰いました!!  」
 足音の主のカルロスは嬉しそうに声を上げてバンジョーを眼を押さえ無防備な秋葉に向け振り上げる。
「……何を貰ったんですか? 」
 眼を抑えながらも冷静な秋葉、その冷静さとは対照的な熱気が秋葉の周辺の地面から沸きあがる。
「ホワッツ!? 」
 アメリカ的なカルロスの驚きの直後に巻き起こる熱気、しかしバンジョーを振り下ろす手は熱気により一瞬止まっただけで、再び秋葉へ向け襲い掛かる。
 ブン……
 空しく振るわれるバンジョーの柄、その先の本体は見事にバラバラに寸断されていた。
 カルロスの背後に眼鏡を外し立つ志貴、カルロスの注意が志貴の手に持つ七つ夜にそれたその時、秋葉のハイキックがカルロスの顔面に向け炸裂した。
「がっ……」
 口蓋に近い部分に当たった蹴りは苦痛の声を絞り出させる、しかしカルロスの身体は少しも揺らがない、タイミングは完璧だったようだが根本の力が足り無かったようだ。
「合わせろ、秋葉!!」
 体を沈めて水面蹴りを放つ志貴、同時に足を戻し逆足でケンカキックを顔面にぶち込む秋葉、正確なタイミングの兄妹のツープラトンは見事に炸裂し、カルロスの体を荒々しく地面へと叩きつける。
「……貰いました」
 先程とは立場が逆転した勝利宣言。
 無表情で仰向けに倒れるカルロスに刃をつき立てようとする志貴、その反対側には髪を振り上げる秋葉、勝敗はいとも簡単に決した。

「さてと、行きますか? 」
「そうですね。でも少し待っていただけますか? 準備は万全にしたいので」
 やけに優雅なセリフの二組、パーティーにでも向うような会話だが、向う先は問答無用の死合場、アルクェイドとシエルの二人は遠野家門前に闘志満々仁王立ちで突っ立っていた。
「しかし……この屋敷も呪われていると言うか何と言うか」
「しょうがないんじゃないですか? 主がアレですし」
「まあねー、でもさ、もしかしたらここで待っているうちに志貴と妹で決めちゃうんじゃない? だって二人とも強いし」
「まあ……ありえるんでなんとも言えませんけど。あ、来たみたいですね」
 よんどころない会話の最中、シエルの前に渦巻く霊気。
 白い靄のような霊気はだんだん形を成して行き、青い服を着た金髪の少女の姿へと形を成していく。
「来ましたか、セブン」
「ああ、なるほど万全をきしってってね」
 目の前の少女を見て歩み始めるシエル、その後にアルクェイドも付いていこうとするが、
「どういうつもりですか? 」
 形を成した馬少女、第7聖典の化身セブンは俯き加減で立ち、両手をめいいっぱい広げていた、その姿はまさに通せんぼ。
「駄目なんです、このまま進んでは……」
 明朗ないつもの様子とは違い、悲壮な声でポツリと呟くセブン。
「? あの男を知ってるのですか、セブン?」
 シエルの言葉にも反応せずに、かわりに俯いたままで同意の意を示す。
「大丈夫よ、カレー狂の代行者に和製吸血鬼に志貴に私と。ここで決めなきゃ何時決めるってね」
「数百年前……」
 軽くおどけて状況を変えようとしたアルクェイドとは対照的に、セブンは暗い声でとつとつと喋りだす。
「一人の吸血鬼がいました。吸血鬼は住んでいた国の王とトラブルを起こし戦争に、王は自国の軍で立ち向かうも失敗、逆に親族郎党全てが駆逐されてしまいました……その後、それを知った教会と騎士団が吸血鬼の本拠地を囲むも全滅、それに気を悪くした吸血鬼は怒り、害虫を引き連れてヨーロッパ中を放浪、大飢饉を引き起こしてヨーロッパから姿を消しました……」
 昔話を語るかのように用件だけをすらすらと挙げる、その姿はいつもの彼女を知る者から見れば、何か憑き物に捕われているぐらいに見えた。
「……知ってましたか?アルクェイド? 」
「ううん、ここまでは。私は話に聞いただけで直接会った事は無かったから」
「私もです。そもそも、あの男の情報は教会に殆んど残っていません。元々既に滅んでいると認識されていた死徒ですからね。セブン?なぜ貴女がそこまで……」
「本拠地を取り囲んだ教会の軍勢、その指揮官は当時腕利きの代行者でした。とても責任感がある人で最後まで戦ったんですけど……死んじゃいました、体中が腐って」
 顔を上げるセブン、その両目からは涙が二線流れていた。
 涙を拭わずに言葉を続ける。
「……当時の私のマスターだったんです、その人」

「ふーむ、代行者と真祖は扉前で止まりましたか。残念です、一気に無理をして片付けようとしたんですが」
 咳の音が響く地下帝国を後にしながらカルロスが一人で喋り続ける。
「今は私も全快じゃあ無いんですよ。私を復活させた人タチが制限をつけましたんでね。まあアレです『脳あるブタは鼻隠す』と言うヤツです……違いますか? 昔のジャパアニメーションで見たんですが? 」
「ああ、咳は荒いですが大丈夫ですよ、命に別状はありませーん。ただもう少ししたら2~3日深い眠りに尽きますがね。こんな夜更けに体頑張りすぎですよ? ガーッとうごいた後の病はきついんですよ、一応志貴サンには恩もあるので殺したくありませんし……なにしろ目標のモノまで殺してしまったら本末転倒でーす」
 独り言の連打、そうこうしているうちに地下帝国出口の屋敷へと続く扉へたどり着くカルロス。
「まあ起きた頃には全てが終わっていますので安心してくださーい。それでは私はここで、まあ、もしまた会えたら」
 そこで視線を移す、咳き込み倒れ伏せる志貴と秋葉に向けて。
「本気の私に会えますよ」
 そう言い残し出口へと出て行く、その足取りは少しふらついていたがしっかりとした物だった。

「なるほど……彼はただの蟲使いではなかったということですね」
「もし、この仮定があってるとしたら……厄介ね、タチの悪さじゃ死徒の最高レベルかも」
 セブンから細かい事情を引き出し、そう結論付けるシエル。
 直後、屋敷の正門から扉の軋む音がして人影が出てきた。
 人影はゆっくりと近寄り、ついにはシエルやアルクェイドが立っている門から見える位置にまで近づいてくる。
「やーやーご無事でしたか」
 友人に挨拶するかのように気軽に声をかけるカルロス、その両肩には寝息を立てる翡翠と琥珀が担がれている、御丁寧に両首には凶悪な形をした蜂が針を付きたてようとしている。
「あ、どいて貰えますか? 下手な事したら人質が危ないですよ、この蜂の毒の致死量は一匹分でもお釣りが来ますよ」
 無言ですっと脇に避け、扉を開けるシエルとアルクェイド、ある程度展開が予測できていたとはいえ正直悔しいものが有る。
「素直は美徳でーす。代行者と真祖のエスコートが受けられるとは今年の運勢は最高ですね……アウチ!!朝です!!光がー光がー……びっくりしませんでしたか? 光は平気ですよ、特性のクスリを飲んでますのでね、苦手ですが。HAHAHA!!」
 一人芝居をしながら悠然と歩き、門を出てそのまま朝焼けに消えていくカルロス、
「尾行はしないで下さいねー、したら蜂が興奮して針を出してしまうかもしれませんから。それではサヨナラでーす」
 そう言い残すや朝もやの中に完璧に姿を消してしまった。
 無言状態の二人、まずはシエルが呟く。
「セブン、間違いありませんか? アレで」
 それを期に霊体となり姿を消していたセブンが姿を現す。
「はい、間違いありません。マスターを殺したときの顔そのままです」
「って事は能力も想像通りって事ね。私は志貴達を持ってくるからここで待ってて」
 言うや否やアルクェイドは屋敷の中に駆け出す、後に残されたシエルがセブンに優しく語り掛ける。
「大丈夫です、仇は取れますよ。奴は気付いていません、自分の能力がばれている事に。何時までもただの蟲使いとして認識され優位でいるつもりでいる。そんな裸の王様なんかに負けるつもりはありません」

 ワケが解らない。
 気が付いたら喉が焼けるように熱くなり倒れていた。
 眼をやると、兄さんも喉を押さえ倒れている。
「……咳は荒いですが大丈夫ですよ、命に別状はありませーん。ただもう少ししたら2~3日深い眠りに尽きますがね……」
 倒れ伏せる自分と兄を尻目に立ち上がった不法侵入者の声が遠くに聞こえる。
 眠り……命に別状が無いならばこのまま眠ってしまいたい、眠ろうとする意識が深くなれば深くなるほど喉の痛みが治まってくる。
「まあ起きた頃には全てが終わっていますので安心してくださーい……」
 この一言で消えかけていた意識が一気にハッキリとした。
 全てが終わるから安心しろ?
 人を舐めるにも程がある、ここで寝たら完全に負けだ。
 這うようにして兄のところへ向っていく。
 兄の眼は目はハッキリと開いていた……こんなとこで私には無い強さを見せてくれなくても良いのに。
 自分はこの変な症状からの回復は出来ない。
 しかし兄を治す、いや動けるようにすることは出来る。
「秋葉……無理するな」
「いいえ、無理をします」
 何か言おうとする兄の口に唇を重ね黙らせる。
 別にこんな事をする必要は無い。
 でも、もしかしたらこの感触を最後に一生起きられなくなるかも知れない。
 病気の略奪なんか未体験なのだから。
 徐々に眠気が増してくる、消えかける意識で共有能力を全開にし出来る限りの力を兄へと送り込む。
 徐々に離れる唇、しかし心残りは無い。
 たとえ、ここで死んだとしても――
 ――この感触と兄……いや、愛しい人をを救ったという充実感があれば地獄の鬼とて怖くない