東方大魔境 血戦 幻想郷~2~

幻想郷の森の片隅と人間の郷の片隅の間にある、大きな倉庫。誰かが何かしようと作ったのだろうが、頓挫したのか倉庫は長年空き廃屋寸前の建物と化していた。しかも森の木々に覆われたせいで、人間どころか森の妖怪でさえ存在を忘れかけている。だがこの建物は今、廃屋という呼び名を捨て、新たに工場という名の意味を獲得していた。

 

えっちらおっちらと荷物を運ぶ毛玉から荷物を受け取った妖精が適当に箱詰めする。ちゃんときっちり箱詰めとかは無理だ。働いているだけ奇跡なのだから。他にも虫たちがベルトコンベアのように列を作り、大きい荷物を運んでいる。
「意外となんとかなるものだね」
腕に『工じょう長』の腕章をつけたリグル。惜しい事に『場』の字だけ書けなかったらしい。
「そうね、はじめに聞いたときは夢物語と思ってたけど、やってみる物よね」
『工場超』の腕章をつけているのはミスティアだ。全て漢字で書いてみたが、『長』の字を間違ってしまったようだ。
「そうなのだー」
『こうじょうちょう』と無駄に背伸びしていない、ひらがなオンリーの腕章をつけているのはルーミア。出来立てホヤホヤの蒲焼をこっそりと頂戴している。
「ふっ、これでアタイ達は他の妖怪を差し置いて名実共にさいきょーの座に付くワケなのさ。けーざいりょくという力を手に入れることでアタイのさいきょーを疑うヤツもいなくなるはず」
『こうじようちよお』と書かれた腕章を付けて胸をはるのはチルノ。ひらがなは書けても小文字は書けない辺り、他の三人を二馬身ほどぶっちぎっている。微妙に読みにくいし。むしろひらがなをちゃんと書けただけでも奇跡か。流石は女王の貫禄だ、バカの。
「まー確かにねえ、経済力があれば、気兼ねなく歌えて、毎晩捕食者に怯えずぐっすり寝られるおうちが建てられるものね」
「かわしそうな、みすちー。なら私が泊り込みで守ってあげるよ」
「アンタ入れたら、おうちの意味が無いでしょーが!」
そそそと近寄ってきたルーミアをミスティアが全力でかわす。どうみてもこの幼女は捕食側だ。脚が四本あるものなら椅子以外食べかねない。
「まあまあ、いいんじゃない。妖精も虫も日頃バカにされているようなみんなが、ここまで出来るって証明してるんだからさ」
チルノとは少し考え方が違うが、リグルも今の状況に満足はしていた。
「おおーい。帰ったぜぃ」
四人の変革のきっかけとなったネズミ男が、工場へと揚々として帰ってきた。

 

 

話は四人とネズミ男の出会いまでさかのぼる。
「いい、最強最強って言ってもね、それだけじゃダメなのヨ。最強の妖怪なら従者というかマネージャーくらい持たないとダメでしょ。アッシがね、志願しますよ」
「虫の妖怪の地位向上ね。わかりますよ、ネズミも決して高等な妖怪じゃないですからね。でも今の悠長なやり方じゃ、たとえ妖怪でも寿命が持たないんじゃないですかねぇ」
「金があればなんでも買える。当然安全もネ。なに今の商売に飽きている? せせこましいことやってるからですよ。ここはビッグにどーんといきましょう」
「お腹一杯美味しい物が食べたい。なるほどねえ、とりあえずこの懐に忍ばせた餅をば。あら食べた。……三年前の餅なのに」
舌先三寸、口八丁、二枚舌。ベラベラと喋るネズミ男はすぐに四人とうちとけ、手中に収めてしまった。こういうへりくだるやり方で弁を立てるモノは、幻想郷には中々居ない。四人が半ば騙されて当然だ。あえて上げるならば、某しあわせうさぎか、取材中の天狗がこういう騙し方をする。
「で。私たちは具体的にどうすればいいの?」
「なあに簡単さ。人手を集めてね、工場を作るのヨ」
ネズミ男が提案したことは随分と革新的だった。
「工場って、働く場所ってコト? 無理よ、あきっぽい妖精や小妖怪が仕事なんか続けられるはずがないよ」
「そうでもないんじゃない? 少なくとも、向こうの世界の妖精はピクシーだのノームだの仕事好きの妖精も居るしね。ようは飽きないようなシフトを組めばいいのさ。ここはボスたる俺たちの腕の見せどころよ。当然お金も払うしね、メリットがあればどーにかなるかもよ。それに仕事の一つでもやり遂げれば、周りの目は一気に変わるぜ」
こっそりボスの中に自分を入れたネズミ男であったが、誰もそれを気にはしなかった。もしかしたら、仲間に入れてもいいぐらいに彼女らは思ってるのかもしれない。
「虫たちだったら、大丈夫よ。私が話を通せば働いてくれるはず」
リグルがいちはやく賛成の意を示す。元々虫を率いて商売をした経験もあるリグルにとっては、そんなに難しい話ではない。
「まあ、最近ヒマだし、コンサートを開くにもお金はかかるし……。私も乗らせてもらうわ」
日頃、屋台を営んでいるミスティアもすぐに納得した。屋台にも飽き始めていたし、儲けも大きくなるのならば渡りに船だ。
「アタイはオーケー! アンタは信用できそうだし、マネージャーの言うことを聞くのもさいきょーの勤めなのさ」
もうなんというか完全にネズミ男の掌に乗せられているチルノも賛同した。
確かにあんまり賢くないが、妖精にしてはズバ抜けた力を持つチルノは妖精のボス格だ。彼女が乗ってくれれば、人数だけは多い妖精の雇用も随分とやりやすくなる。
「みんなやるなら私もやるよ」
最後の一人であるルーミアも了承し、これで手駒がそろった。現時点でルーミアにできそうな事が無いが、それはそれとして。
「おし! ならば場所と人員の確保からだな。売るのは俺がやってくるから問題はねえ。あと……」
こうして急転直下で工場が作られる事となった。なんだかんだで苦労したが、稼動したらしたでなんとか今現在、トイトイで上手くいっていた。

 

「はいよ、お給料」
ネズミ男が手渡しで各妖怪に給料を渡す。当然幻想郷で流通する金に換金はしてある。ぎりぎり金というものを認識できる妖精達までは給料を払い、虫や毛玉は食べ物や餌を現物支給で手渡ししている。
「えーと、うわあ、けっこう入ってる」
「あんだけ蒲焼焼けばねえ、そりゃあこれだけ貰わなきゃワリにあわないわよ」
「氷を作るだけでこんなにもらえるだなんて、自分の才能がこわい!」
「わーいお給料」
工場長四人衆もけっこうな額の給料を貰い、喜んでいる。
「ん? 私は虫を指揮して作業して、ミスティアが蒲焼焼いて、チルノが氷を作って。ルーミア、あんたなにしてたの?」
「えーと、お昼寝してご飯食べて」
「ちょ、アンタなにもしてないじゃない! なんでそれなのに給料貰ってるのよ」
「くれたからだけど」
「まあまあ、いいじゃねえか」
真実に気付いて、ルーミアにくってかかるリグルとミスティアをネズミ男がなだめる。
「でもいくらなんでもそれは、不公平というかなんと言うか」
「いやーまー確かにそうなんだけどよ、いやあ来れないとは思うんだけど、そろそろ来そうなんで一人でも腕の立つ妖怪を手元においておきたいと言うか……」
「そろそろ来るってなにが?」
「何をしているんだい、ネズミ男」
突如工場の屋根から聞こえてくる少年の声。
「やっぱり来たぁ!」
予想通りだとばかりに、ネズミ男は天井を見上げる。
梁の上には先程拉致された筈の鬼太郎が陣取っていた。すたっと裸足で床に飛び降りると、改めてネズミ男に問いをぶつけた。
「子供の妖怪を引き連れて、こんなところでいったいなにをしているんだい?」
「い、いやぁそれはな……。それよりなんでオマエがここにいんだよ! 幻想郷にどうやって入ってきたんだ」
「ボクにもわからないよ、寝ているところをさらわれて、気がついたらそこの梁の上に居たんだ」
「かーッ! 適当だねえ。でもよ、俺ぁ今回まっとうな商売しているんだ。オマエに文句言われる筋合いは……」
「そろそろボクが来そうだって言ってたじゃないか、それはつまり、ボクが文句をつけるような事をここでやっていたんだろ。違うか?」
「ぬ、ぬぬぬぬ」
進退窮まったネズミ男は、すばしっこく四人の妖怪の後ろに回りこむ。
「せ、先生方。コイツですよ、邪魔者ってえのは、だから俺ぁルーミアにも給料出したんだ」
「先生と呼ばれて悪い気はしないだわさ」
「でも、邪魔者って」
四人の目から見て、鬼太郎はただの少年妖怪にしか見えなかった。ここまで大の大人が恐れるような妖怪には到底に見えない。最も、この辺りでは少女妖怪がとんでも無い力をもっているので、外見で判断は出来ない。幻想郷トップクラスには、彼より年下らしき妖怪も多々いるのだ。
「全く。こんな弱そうな妖怪たちを先生だなんて、オマエも見境が無いなあ」
なんのことは無い、鬼太郎は四人以上に相手の見た目をナメていたのだ。そしてこの言葉は、四人のためらいを瞬時に消し飛ばした。
「まったく、さいきょーのアタイを弱いだなんて、わかったわよ、弾幕ごっこで勝負してあげる」
「弾幕ごっこ……?」
弾幕戦とは幻想郷の妖怪同士の決闘で用いられるローカルルールなのだが、当然外の妖怪である鬼太郎が知るはずが無い。
「おやおや、弾幕ごっこも知らないんじゃあ、ここじゃ話にならないよ。だったら、サービスでたまにはまともに戦ってあげる。みんな、やっちゃえ!」
ミスティアの号令の途端、毛玉や妖精が一斉に鬼太郎めがけ襲い掛かった。
四方八方からの急襲を鬼太郎は平気の平左とばかりに避ける。空は飛べなくとも、身の軽さはズバぬけている。
「髪の毛バリ!」
鬼太郎の髪の毛がバルカンのように撃ちだされ、妖精や毛玉を撃墜していく。どんどんと減っていく雑魚妖怪たちを見て、まずチルノが動いた。
「げんそーきょーの怖さをアタイが教えてやる!」
「霊毛チャンチャンコ!」
鬼太郎は縞のチャンチャンコを脱ぎ捨て盾にする。チルノが放った氷の弾幕は、全てチャンチャンコにより防がれてしまった。
今度はこちらの番だと鬼太郎の毛バリがチルノ目掛け放たれる。しかしチルノは飛ぶ事で容易く避けた。射貫きの連射も、地に張り付いていては空飛ぶ氷精に当たるはずは無い。室内というくくりがあっても、
チルノは早かった。
「くそ、素早いな」
「アンタひょっとして飛べない?」
「くっ……」
鬼太郎も工場内の壁や障害物を足場に使えばあれぐらいの高さまで跳べない事はないが、跳ぶでは飛ぶには敵わないのだ。
「えーマジ飛べないの?」
「飛べないのが許されるのは幼虫までだよねー」
「そうなのかー」
ミスティアもリグルもルーミアもびゅんびゅん飛んでいた。幻想郷では空を飛べてナンボということを、ここでようやく思い知る。向こうの世界では、飛ぶことは立派な能力の一つだというに。
幻想郷の常識は世間の非常識。ついに現世の妖怪の常識まで幻想郷は飲み込んだ。
「やれやれ、どうやら私たちと戦うレベルじゃないみたいね。向こうの世界まで蹴り飛ばしてあげる!」
毛バリの途切れの隙間を狙って急襲したのはリグルであった。ふいうちキックで鬼太郎の後頭部めがけ襲い掛かる。
「リモコンゲタ……!?」
すかっとからぶる鬼太郎の足。ゲタを家に忘れてきてしまった事をついつい忘れていた。おかげで、リグルのキックをまともに喰らってしまう。
「うわっ」
頭を蹴られたせいで、一瞬視界がぼやける。だが、それは一瞬ではなかった。視界が歪んだとたんに、まるで部屋の電気が切れたかのように鬼太郎の視界が闇で支配される。
「まあ、お金の分ははたらくよ」
ルーミアの闇の魔力が鬼太郎の視界を闇で支配する。しかし、まだ鬼太郎の目には薄ぼんやりではあるが、ルーミアの姿が見えていた。闇を恐れる妖怪がいるものか。
「そうはさせない。さあ、私のリサイタルにご招待♪」
ラララと音階を無視したミスティアの歌声が聞こえてくる。聴覚を狂わせそうな滅茶苦茶さだが、この滅茶苦茶差が奪う物は聴覚ではなく視力だ。
「しまった! み、見えない」
闇に包まれた上に鳥目とされてしまい、鬼太郎は完全に視力を失う。
視力を失った鬼太郎には、自分の首に突き刺さった鋭い感触の正体をすぐに知る事ができなかった。
ぞわぞわと鬼太郎にまとわりつくのはリグルに指揮された毒虫軍団であった。毒には強い抗体を持つ鬼太郎ではあったが、既に現世に居ないような虫の毒のちゃんぽんには耐え切れず、力を徐々に失い毒虫の海へと沈んでいく。
「さあて、仕上げはアタイね。あんたなんか英吉利牛と一緒に凍ればいいのさ!」
チルノが放つ氷のマシンガンが、動けぬ鬼太郎に全弾命中する。当たったところがどんどんと凍り付いていき、あっというまに鬼太郎は氷塊になってしまった。
氷塊となった鬼太郎に近寄るチルノ。つんつんと木の棒で氷塊を突っつくが、氷塊はピクリとも動かない。
「フフフ……どうやらアタイたちの勝利のようね!」
黄色と黒のストライプ柄の氷の塊。これが鬼太郎という妖怪の末路であった。
いくら四人がかりだったとはいえ、あまりに脆弱すぎる。あの賢いネズミ男が警戒していたわりに弱すぎる。簡単すぎる勝利は、喜び以上に疑念を勝者に与える。
「これで本当に終わりなのかな」
「どうなんだろう。でもこうなったら、あの焼き鳥屋でも簡単には生き返れないんじゃないかなあ」
バカルテットの中ではそれなりの知能であるリグルとミスティアは、疑念にとらわれている。
しかし反面、疑念なんぞなんのそのの妖怪も二人いた。
「向こう側の妖怪をこんなにあっさりと……。どうしよう天国のレティ、アタイさいきょーすぎるよ」
疑念ってオイシイの? と言わんばかりにチルノは勝利に酔っていた。思わず冬眠中のレティを脳内で殺してしまうぐらいに。
さっきから空を眺めて笑っているが、チルノの目には大空一杯に笑顔のレティの顔が映っているのだろう。
「じゅる……」
疑念より先に、まず食欲。ルーミアはストライプの氷塊をよだれも垂らさんばかりの様子で見ていた。
「ちょ、ちょっとルーミア?」
「元が妖怪の氷でカキ氷作ったら美味しいかな?」
「いやいや、その色合いはマズいでしょ。絶対お腹壊すから、食べちゃダメよ」
「うん。我慢するー」
我慢すると言いながらも、ルーミアの目
は氷に釘付けとなっていた。
「いやースゲエなアンタら。まさか鬼太郎を倒すとは思わなかったぜ」
どこに隠れていたのか、今更ノコノコとネズミ男が出てくる。
「ふん。向こうの妖怪もたいしたことないね。これであたいがさいきょーなのわかったでしょ」
「いやー存分に。流石はチルノ先生でさぁ」
「オッホン!」
「調子のってるなあ。あれ、ネズミ男さん、それは?」
ミスティアが、ネズミ男が持つ大きいスコップに気がついた。
「ああ。この氷砕いて埋めてこようかと思ってよ」
「えー勿体無い」
微妙にニュアエンスが怪しい、ルーミアの意見。
「そんな事しなくても、アタイの氷はおいそれと溶けないよ。隅にでも置いておぶじぇにするだわさ」
鳥目にされて、毒のてんこ盛りを喰らって、全身氷漬け。チルノの氷云々以前に、普通ここまでされれば、妖怪でもおいそれと動けない。普通の妖怪ならば。
「俺はこいつとの付き合いは長いが、ハッキリ言える。これぐらいだったら、明日には甦るぜ」
「これぐらいって……」
ここまで追い込まれては、蓬莱人とて中々帰って来れまい。
「睡眠薬を飲ませてコンクリ漬けにしても、妖力を奪って漬物にしても、身体をバラバラにして冷蔵庫に入れて海に投棄しても、コイツは甦ってきた。これぐらいじゃ甘い甘い、恐ろしいヤツなんだよ」
「私は長い付き合いなのに、そこまでしてきたアンタが怖いよ」
「それはともかくだ! つまり安心できる状況じゃねえんだよ。後は俺がやるから今日はお開きだ。金もあるんだし、人里で買い物でもしてきな。さあさあ」
有無も言わさぬ雰囲気のネズミ男に押し切られ、四人と雑魚妖怪連中は外へと追いやられる。広い工場に残ったのは、ネズミ男と氷漬けの鬼太郎だけであった。
「悪いなあ鬼太郎。今は人を使うやつが強い時代なのヨ。ま、せめて粉々にして川に流すくらいで我慢してやるよ」
ネズミ男がスコップを振りかざす。
「ちょっと待ったー」
「うぉ!? だ、誰でえって、なんだルーミアかよ、驚かせんなよ」
ネズミ男に背後から声をかけたのは、戻ってきたルーミアであった。スコップは鬼太郎を砕く寸前で止まっていた。
「どうした? みんなで里に行ったんじゃねえのか」
「その氷を始末する為に戻ってきたんだ」
「始末って、いいよ俺がやるよ」
ネズミ男は再びスコップを振り上げるが。
「さっきみすちー達に言われた事が気になって」
珍しくしおらしげなルーミアの雰囲気が、再びネズミ男を押しとどめる。
「私、本当に何もしてないのにお金だけ貰ってる。それじゃいけないのはわかってるんだ。でも、私にはみすちーみたいな腕もチルノやリグルみたいな友達も居ない。だから、これぐらいはやらせてもらおうと思って」
「でもなあ、自分でやらないとどうも不安で」
「時間外労働とか言わないよー」
「おうし、オマエさんの気持ちは分かったぜ。鬼太郎砕いて山に捨ててきてくれ、くれぐれも加減するなよ!」
追加料金無しと知った途端に、ネズミ男はあっさり仕事をスコップと共にルーミアに譲った。そしてルーミアの作業を見ぬまま、さっさと工場にある自分の部屋に篭もってしまった。
ルーミアは、とにかく嬉しそうにしていた。

 

ペラペラ、ジャラジャラ、紙幣や小銭が机の上で踊る。
「ちゅうちゅうタコかいなっと」
ネズミ男は楽しそうに金を数えていた。今数えている金は外の世界の物だ。
「コスト分にアイツらへの給料さっぴいても随分あるぜ。へへっ、いい商売だ」
思わぬ儲けに喜ぶネズミ男。
『ワシへの奉納を忘れてもらっては困る……』
工場の別室内にあるネズミ男の部屋においてある、小さな金庫。この金庫が喋っていた。
「あ、いや、その。わかっております、忘れるわけがないじゃないですか。神様のおかげで、アッシは幻想郷に来れたんですから」
ネズミ男は金の大半をへりくだりながらも残念そうに注ぎ込む。明らかに、この金庫のサイズでは飲みきれぬ量であったが、金庫は容易く全ての札と硬貨を飲み込んでしまった。
『よろしい』
「神様、神様」
『なんだ?』
「この先の事なんですがね、商売の先が向こうの世界って言うのが儲けが良い反面、換金やら輸送やらで手間がかかって。ここは商売の先を幻想郷の人里にも広げるって言うのはどうです? 幻想郷の中ならば、アイツらに荷物運びとかもさせられますし」
『ならん。幻想郷の名を、世間に知らしめるから意味があるのだ。幻想郷の名が現世に知れ渡ったとき、幻想郷に手を広げるのはそれからだ』
「でも」
『ならんといったらならんのだ!』
金庫から一枚の十円玉が飛び出し、ネズミ男の額に当たる。
「イター!」
『良いか、焦ってはならん。儲けることに関してワシの脇に並ぶ妖怪はおらん。黙ってオマエはワシの言う事を聞いておけ。良いな』
「ヘヘー!」
土下座し称えるネズミ男に満足したのか、金庫は蓋を閉じるとそれ以上喋る事は無く黙したままであった。