咲き誇る裁鬼

強さとは不適当なものである。
相手を殲滅すれば強いのか、はたまた相手を信服させれば強いのか。
その強いという言葉は状況により千差万別に意味を変化させる。

そんな中、揺ぎ無い強さを奮い、オロチ鎮魂の為に太鼓を叩き続ける最強の鬼『響鬼』。その信念に力といい、彼は最強という言葉の具現者に成れる男だ。
だが、彼に負けない強さをオロチ鎮魂の激闘の裏で魅せた鬼がいた。
これはそんな彼の物語……

鬼になってから何年経っただろう。
そして、何人と死に別れたのだろうか。
人の生死に関わる生業である『鬼』。
魔化魍の手にかかり死した犠牲者。
そして、志半ばで死んでいった仲間の鬼達……
そんな中で自分は生き続けている。
『生き汚い鬼』
たいした戦果も上げずに、戦い続ける自分に対しての声。
それは正しい。自分の先輩だけでなく、同僚、そして後輩までもが自分を追い抜く勢いで磨耗し、命を散らす。
だが、偶に思う。
命を散らす人間と、それを幾度も見続ける人間のどちらが幸せなのだろうかと。

「うおぉぉぉぉぉ!!」
鬼爪で目の前のバケネコの心臓を貫く。
その際に生じた隙を狙うテングの顔面に頭突きを叩き込み、音撃鼓を顔面に貼り付けフルスイングで音撃棒を叩きつける。たった一撃で音撃棒の鬼石が砕け散るが、同時にテングの身体も塵となり消えうせた。
「普段なら、テング倒したら大事なんだけどな」
魔化魍の中でも強豪に数えられるテング。負けが込んでる自分が平時にでも倒したら嘘だと思われても仕方が無い。
だが、今の状況では……
「……チィ!!」
後ろから襲い掛かってきた二体のテングが裁鬼の背中を切り裂く。
今はオロチ。魔化魍が際限無く湧き出し、人々を喰らい尽くすといわれる魔の大波。こんな状況では魔化魍の一体を倒したところで誇れまい。
「どうした、俺はこんなことじゃ死ねん、死ねないんだよ!!」
傷をかばう事もせずに足元に置いてある無数の武器の中から音撃管を選び、鬼石をテングに撃ち込む。そして後ろも見ずに空いた手の鬼爪を突き出す、背後で剣を振るおうとしていたコダマは顔面を貫かれ動きを止めた。
裁鬼めがけ殺到する魔化魍の群れ。彼らはそこらで震える人々を無視して、一心不乱に裁鬼へと襲い掛かる。
だがそんな暴力の洪水の中でも、裁鬼は生き続けていた……!!

「呪術にはさまざまな種類がある、ディスクアニマルにも流用されている式神の使役に斬鬼さんが使用していた返魂の術とかね。裁鬼さんが使用したのは口寄せの術。コレはね、自分にかける事により魔化魍の注意を全て自分に向ける術なんだ。これで魔化魍の注意を自分だけに向ける、確かにこれなら一人で魔化魍と戦いながら街の人を守れる」
「だから、どうしたんですか……」
「ん?」
「だからどうしたっていうんですか! 街に沸いた無数の魔化魍と一人で戦い抜けるわけ無いじゃないですか!! 一匹の魔化魍だって倒すのがやっとなのに!!」
「それは違うよ。石割君」
「え……?」
「サバキさんは無理をしない。なぜなら生き残って自分の知識を伝えることを大事にするからだ。生き汚いと他人に言われ続けても、生き残って自分の学んできた知識や技、そして受け継いだ想いを現場で後進に伝え続ける。僕や石割君にね」
「バンキさん……」
「サバキさんは無理ならば無理という。あの人ができると言ったんだ、ならば必ずあの人はやり遂げる。必死に戦えばあの人は……決して負けない人だ」

足元に山のように積んであった音撃武器もすでにほとんど無い。替わりに鬼石が砕け、残骸となった武器が足元に散らばる。
だが、一つだけ残った音撃武器がある。自分が使用できる無数の音撃武器の中でも最も信用できる武器。そして最も愛着のある武器。
音撃弦・地獄。斬鬼の烈斬や轟鬼の烈雷と同系統の音撃弦。本来ならば旧型のコレより、新型の小型音撃弦を切り札に残しておくべきだったのだろうが、やはり最後に頼るのは自分が最も共に戦ってきたこの武器しかない。
「音撃斬! 閻魔裁き!!」
爆発四散する巨大なオトロシの体。息つく暇も無く、音撃弦地獄を振るい迫っていた人型魔化魍を切り倒していく。
「先輩なんか殆ど残ってない。もう引退か、死んでいった」
皆、自分に笑顔を向けて、目の前から去っていった。
あとはたのむという笑顔を残して。
「そして、同僚も死んでいく……」
禁忌を犯してまで、自分の弟子に大切なことを伝えて散っていった愛すべき同僚。誇るべき、偉大な親友だ。
「そんな連中の中で生き残った俺が……これくらいで死んでちゃしょうがないだろ!?」
幾体もの魔化魍の腹を一気に貫き、地獄に沿う音撃震・極楽をかき鳴らす。
動きが止まった一瞬を狙ってツチグモが裁鬼に前脚を突き立てる。その爪先は裁鬼の肩を大きく貫くが、裁鬼の演奏は止まらない。
撥ねる裁鬼の指。甲高い音を奏でた極楽が一気にその身で突き刺した魔化魍を葬り去った。
「どうした、こんなもので止まれるほど今日の俺は優しくないんだ。なんせ、珍しく後先考えてないんでな」
裁鬼の身体を覆うように湧き上がる黒い炎。その地獄を連想させる炎は裁鬼と繋がったツチグモの身体を覆いつくし、その身体を炭となるまで焼き尽くす。
そこに居るのは関東最弱のポンコツの鬼ではない。
弦と太鼓と管に精通した最も技量の高き鬼。死と炎を司る鬼。
そして、道を退いた鬼達の意思を継ぐ最も生き汚い鬼。
その生き汚い鬼の命を喰らうべく、地から沸き、天から降りる魔化魍達。
戦い始めて早数刻、オロチの終焉の兆しは全くと言っていいほど見えなかった。

半年後……

「ま、まだまだやれるぞ俺は」
「そう言っても童子と姫、魔化魍連れて逃げちゃいましたよ」
石割が全裸で仰向けに地面にぶっ倒れるサバキの額に濡れタオル、股間にバスタオルを置く。
「石割……」
「ディスクアニマルはもう放っておきました。猿の5番が今、それを見つけたようです」
サバキが頼むより先に、冷静にてきぱきと石割は仕事をこなしていく。元々仕事が早い男ではあったが、オロチの一件以来その仕事の早さはサポーター1では無いかと言うほどに成長していた。
「ようし。再戦をいどむか!」
「その必要はありません」
「え?」
起き上がろうとするサバキの身体を、石割が押しとどめた。
それを見て、サバキが察知する。
「あ、そうか響鬼にもう連絡したのか。遊撃班っていいよなあ、俺の若い頃は」
「違います」
「え?」
キィィィィン……と辺りに響く音叉の音。
「あれ? 石割、お前変身できたっけ?」
「ええ。蛮鬼さんに見てもらって。もう後は名前を決めるだけだって、おやっさんのお墨付きですよ」
「俺の知らないところで弟子が巣立ちかけてるよ!! ちょっとは俺にも頼ろうよ!!」
「……これ以上裁鬼さんに負担をかけたくなかったんですよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。別に。それじゃちょっと行ってきます。駄目そうになったら響鬼さんに連絡しますんで」
「え、俺スルー? それくらい頼ってもよくない?」
変身し、サバキの持つ二刀の小型弦を拾い石割は森深き山へと消えていく。
それを虚脱したような感じでサバキは見送った。
「まいったなあ。何人育ててもこの瞬間はキツい」
弟子が自分の下を巣立つ瞬間。この時だけは寂しくもあり、嬉しくもある。そして、どうしても力が抜けてしまう。
「だが、この瞬間は満足でもあるんだよな。……ところで俺の着替えをアイツは何処に置いたんだ?」
それから数時間後、童子と姫と魔化魍を一人で殲滅し戻ってきた石割が見たものは全裸でベースキャンプをうろつくサバキの姿だった。

立花のおやっさんが目の前の書類に必要事項を書き込んでいく。
「で、石割君の装備は名前と共に裁鬼君のを受け継ぐ形でいいんだよね?」
「俺は引退しないですよ!?」
新たに鬼となる石割の装備申請と共に裁鬼の引退報告も書こうとするおやっさんをサバキが必死で止める。
「え、いや悪い悪い……そろそろかなと思ってね。弟子の巣立ちで区切りが付いたからこのへんで」
「いや。俺は生涯現役を貫きますから。また適当な奴でも育てます」
「でも、もう前線に立たないトレーナーになってもいいんじゃないかい? 君のあの姿はオロチに関わったもの皆の心を打った。もう、戦うことで伝える必要もないだろう」
オロチが発生した半年前の事。
本来、街の魔化魍はオロチ鎮魂に向かった三人の鬼を除いた全員で望む予定だった。しかし、裁鬼はその鬼達をサポーター含めオロチ鎮魂へと向かわせ、自分一人で街を守り抜いた。実際、オロチ鎮魂に向かった三人も相当にジリ貧になっており、他の鬼の増援が無ければ儀式の遂行自体が危うかったのだ。
「あの時の傷も完全に癒えてないんだろう? だったら後ろから見守る立場になっても」
「俺がベットで寝ている間にも魔化魍は湧いて来ます。なあに、まだ若いですよ」
半死半生の重症を負いながらもサバキは二ヶ月入院しただけで前線に復帰した。弦の鬼である轟鬼や蛮鬼に無理をさせないように、そして自分が生き汚くあり続けるために。
「なら、まだ現役で?」
「当然です。俺は生涯現役で行きますから」
笑みを浮かべるサバキ。
生き汚い鬼である裁鬼。
しかし、その笑顔は対照的にどこまでも澄んで綺麗な笑みだった。