デッドプール殺人事件

 孤島の屋敷で、男が殺されていた。自室に篭っていた男は、頭を撃たれて死亡。床に巨大な血溜まりを作っていた。後頭部から額を貫いた銃痕に、この出血量。確認せずとも、男が死んでいるのは明白だった。
「さ、殺人事件だと!? 嵐で島が封鎖された状況でか!?」
「まるで小説か漫画のようですわ……」
 メイドの叫びを聞きつけてやってきた、屋敷の人びとがそれぞれ呟く。
「この男は、一番最後に島にやってきた男ではないですかな。ずっと怪しい覆面を被っていた、あの」
「確かに見覚えがない顔ですなあ。いやはやそれにしても、酷い素顔だ。これならば、覆面を脱がなかったのも納得です。確か、食事の時も脱いでませんでしたな?」
 大火事にでもあったのか、薬品でも被ったのか。とにかく、男の素顔は醜いものだった。自室だから、気を抜いて素顔でいたのだろう。まさか彼も生前、その素顔をこうやって衆目に晒すハメになるとは、思ってもいなかったに違いない。
「とにかく皆様、一度ロビーに戻りましょう。ひょっとしたら、彼を殺した殺人鬼が、まだうろついているかもしれません」
「殺人鬼だなんて、恐ろしい!」
 屋敷の支配人が提案し、全員ロビーへと向かう。
「殺人鬼だなんて……わたしたちも早く行かないと」
 発見のショックで気絶していたメイドを介抱していた少女が、最期まで残っていた少年を促す。だがしかし、少年は動かなかった。
「どうしたの? 早く行こうよ」
「殺人鬼なんて、ホラー映画の存在がいるわけない。これは殺人事件だ」
「……それってつまり!?」
「ああ。犯人は、あの中にいる!」
 正体不明の殺人鬼などではない。もっと狡猾で残酷な犯人は今、リビングで一般人の皮を被って震えたフリをしているのだ――。

 探偵役の少年と少女も立ち去り、被害者以外無人となった部屋。
 むくりと、唐突に起き上がる死んだ筈の被害者。血で汚れた服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる被害者。シャワーを浴びた後、パンツ一丁の格好で冷蔵庫のコーラを飲む被害者。一息ついてから、部屋を見渡す被害者。とりあえず、本当に殺人鬼が歩き回っていると危ないので、ドアや窓の鍵をきっちり締め直す被害者。すっかり忘れてたと、脱いでいたマスクをかぶり直す被害者。
「いやー、孤島で殺人事件だってさ。なんとなく空気を壊しちゃいけないなって、思わず死んだふりをしちゃったぜ! しかしアレだなあ。一体オレは、誰に殺されたんだ?」
 被害者のウェイド・ウィルソン氏、すなわちデッドプールはコーラを飲み干し、率直な感想を述べた。
「この事件こそが、後に名探偵デッドプールと呼ばれる男にとって、900番目の事件だった……」
 後々不安になるようなナレーションを、わざわざ自分で付け加えて。

「えーと、なんでオレはこの島に来たんだっけかな? ああ、そうそう、最近色々なトコロで忙しいから、孤島でのバカンスに来たんだった。もうねえ、マーベルもカプコンも、あんまりオレを頼らないでほしいよなあ。大スターにだって、限界はあるんだぜ」
 ドヤ顔で部屋をうろつきまわる、デッドプール。うろうろして数分、ようやくピタリとはまる位置を見つけた。自分が銃で撃たれた時に、立っていたであろう場所だ。
「雨の音が下手くそなラッパーみたいだなあと思って窓の方を見ていたら、ズドンとやられたんだよな。ワオ、ちょうど部屋の入り口が真後ろだ」
 部屋で油断していたところを後ろから撃たれた。なんてことはない、簡単な事件だ。トリックや推理といった、面白ポイントを挟む余地もない。
「トリックが無いなら、動機だ動機。きっと動機に面白ポイントがある筈だ。あんまり普通の事件だと、名探偵デッドプールさんの経歴に傷がつくからね。今のところ、第一の容疑者は下手くそなラッパーだな」
 いつの間にか、名探偵の仕事は事件解決から面白ポイントの発掘へと移行していた。第一の被害者が平然と探偵を気取っているのは、中々の面白ポイントに思えるが。あとラッパーは、多分無実だ。そもそも存在してない。
「確か三日前は秘密結社ヒドラの支部をノリで壊滅させて、一昨日は学園都市とか言う所で、変なヤツに説教くらってブルーになったんだよな。殴りかかってきたのを、カウンターで切っておとしたけど。イカっぽいのをイジメてたのがシャクに触ったのかなー。それで、昨日は本物のイカっぽい人と侵略活動について会議してー……なんで最終的に、海の家で働くハメになったんだろう。それで疲れたのでバカンスに来たワケだ。以上、最近の回想終わり!」
 なんという、破天荒な三日間か。思い出すだけ思い出して、デッドプールは結論付けた。
「こんな典型的一般人のオレが、他人の恨みを買うだなんて到底考えられないな。きっと、人間違いだ。人間違い。探偵モノではよくあるオチだ! SHINEを死ね!って読んで殺した犯人もいるらしいしね。犯人って人種は、ホントに見境ないよな。まさか本当に殺人鬼の仕業とかだったら……怖いよな、マジ。早く捕まってほしいぜ」
 お前がそう思うんならそうなんだろう、お前んの中ではな。
 とりあえず現状、名探偵は真実にたどり着けそうになかった。秘密結社の支部壊滅が、今のところ一番怪しい。
 ふと気がつくと、外からなにやら激しい物音が聞こえてきた。ついでに、叫び声も。
「なんだなんだ、騒がしいなあ……あ。やべっ」

 犯人に辿り着く鍵は、現場に残っている。それに、死体をこのままにしておくわけにはいかない。殺害現場に戻って来た屋敷の人々を出迎えたのは、鍵のかかった現場だった。そして、鍵をマスターキーで開けた先の光景、それはもはや戦慄の二文字でしか表せない物だったのだ。
「イヤーーーー!」
 再び卒倒するメイド。うつ伏せで死んでいた筈の被害者が、仰向けになっていた。しかも、パンツ一丁にされた挙句、生前のトレードマークであった妙なマスクも被されている。その上、今度は胸に軍用のナイフが刺さっていた。
「なんということだ! 被害者がまた殺されているぞ!」
「しかも、今度は密室殺人ですわ。見てくださいませ、窓を。全て鍵がかかっています! ああ、なんてことなの。あんなにあった血溜まりも、綺麗に拭き取られているわ!」
「こっちにはコーラの空き瓶があるぞ。犯人は、この部屋に再び戻って来て、前回の痕跡を消してから、殺した相手にナイフを刺して、コーラを飲んで一息ついて、煙のように部屋から消えた……なんという偏執狂だ!」
 もはやみんな、あまりの異常な事態を前にパニック状態だ。
「ど、どういうことなんだ……! ロビーから誰も出ていないのは確認しているのに! は、犯人は、あの中には居なかったのか?」
 先程の決め台詞を否定するくらい、追い詰められた少年探偵。殺人鬼ではなくとも、屋敷の住人ではない第三者が居なければ、不可能な犯罪だった。
「とにかく。またロビーに集まって、籠城しましょう! 皆で集まっていれば、たとえ殺人鬼でも……」
「ロビーなんかで防げるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!」
 ケンケンガクガク、やいのやいの。事態は謎の殺人事件から、偏執狂な殺人鬼による密室殺人事件へ、完全に推移しようとしていた。

 再び誰もいなくなった部屋で、ムクリと起き上がるデッドプール。自分で胸に刺したナイフを、ズポっと引っこ抜いた。
「人間、慌てると何をするか分からないもんだ。殺人現場に戻さなきゃ!と思って、つい」
 デッドプールはやっちまったぜと、ポリポリ頬をかいている。おかげで只の殺人事件が、殺人鬼の密室殺人事件にランクアップしてしまった。
「まいったなー。今の俺はまるで、二度死んだ少年だぜ。犯人はヤスだ! なんて勢いでロビーに入ったら、失禁脱糞嘔吐のオンパレードですよ。ああちくしょう、どうやって探偵としてあの輪の中に入ればいいのやら。そうだ、いいこと思いついた。この間見た、漫画の真似をしよう」
 なにやら余計なことを思いついたデッドプールは、窓を開けると屋敷の外へと出て行った。
 ……被害者の死体が消えたのを見て、三度メイドが気絶するのは、もう少し後の話である。

 屋敷の住人は、全員ロビーに集まっていた。推理どころか会話もない緊張感。誰もが殺人鬼の存在に怯え、耳を尖らせている。
 そんなロビーを窓から覗ける、屋敷から少し離れた小高い丘。その丘の上に、スナイパーライフルを構えたデッドプールが陣取っていた。
「ここから適当なヤツを麻酔銃で撃って眠らせて、変声機とマイクを使った吹き替えで、オレが推理をする。なんという完璧な作戦か。オレさまの頭脳に酔いな!」
 デッドプールがなんの漫画を読んだのかは、言うまでもないことであった。
「問題は、まだ犯人が分かってないんだよなー。そこをどうするかだ。とりあえず、推理を披露する手段は考えたし、適当にカンで当てるか」
 自称名探偵は、とんでもないことをのたまい始めた。
「そういやあのジジイは、確かオレを醜いとか言いやがったよな。アイツでいいかなー。いやでも、万人とイカに愛されるヒーローのデッドプールさんが、私情で犯人を決めるワケにも。そういや、なんか少年探偵らしきヤツがいたよな。よし、犯人アイツでいいや。少年探偵は、出歩くだけで人が死ぬ死神だって言うし。牢獄にぶち込んでおいたほうが、世の為だ。ジジイは、あとでどうにかしてやるけどー♪」
 デッドプールはスナイパーライフルを構え、窓に背を向け立っている男の首筋に狙いを定めた。幸い、犯人候補でもないし、いきなり冴えた推理を披露しても違和感のあまり無さそうな人間だ。
「オレは事件に最も詳しい当事者にして被害者だ。あとはアドリブでなんとかなるだろ」
 そう言って、デッドプールは引き金に指をかけた。

 窓ガラスが割れ、近くに立っていた男がもんどり撃って倒れる。誰かの叫び声をバックに、降りしきるガラスの破片。破片は絶命した男の上に、きらめきながら降り積もった。
「な、何事だ!?」
「狙撃だ! 見ろ、あの丘の上を! 銃を持った男がいるぞ!」
「キャー!」
「待ってろ殺人鬼! 俺が捕まえてやらあ!」
 殺人鬼をついに目撃し、いきり立つ屋敷の住人。男に打ち込まれた弾が麻酔弾であることを確認する余裕は、誰にもなかった。最も眠ることもなく、男は死んでしまったのだが。

 丘の上で立ち尽くすデッドプール。ふと、自分の銃の設定を確認する。
「あ。このセッティングじゃ、麻酔弾だろうがゴム弾だろうが、相手死ぬわ」
 ついうっかり。このままでは、名探偵どころか殺人鬼として捕まってしまう。自分を二度も殺した上で、狙撃なんて洒落た手法も使う殺人鬼として。
「……オレ(゚⊿゚)シラネ」
 デッドプールは丘を駆け下りると、港へ一目散。つないであったモーターボートに乗って、嵐の海へと出港してしまった。

 嵐が止んだ次の日、通報を受け島へと駆けつけた警察は、支配人から聴取していた。女性は恐怖に震え、男は夜通しの山狩で疲れ果て。まともに受け答えできる体力と精神力が残っているのは、支配人だけだった。
「なるほど。殺人鬼はモーターボートで嵐の海に出て、行方不明と」
「はい。今日の朝、誰も乗っていない破損したモーターボートが、海岸に流れつきました」
「あの嵐では、そうなるでしょうなあ。謎の殺人鬼の最後として、理想的すぎますな」
「ところで刑事さん、最初の被害者様の死体は……」
「見つかっておりませんな。最初の被害者が実は死んでいなくて、第二の被害者を殺害して逃亡。そういう事なら、つじつまが合うのですが。まあ、ありえないでしょう」
「警部ー! 大変です!」
 二人の下へやって来たのは、狙撃された被害者の身元調査をしていた刑事だった。
「どうした?」
「はい! 第二の被害者の部屋から、発砲の形跡がある拳銃が見つかりました。それと、厳重に保管されていた手帳も」
「どれ、見せてみろ。これは……まさか!?」
 手帳には、一地方警官では判断が出来ぬ程の情報が載っていた。分かるのは、手帳の持ち主が売れっ子の殺し屋であったことと、彼が最初の被害者であろう男を殺すという依頼を受けていたことだけだ。依頼主の、ヒドラと言うのは何者なのだろうか。
「どうやら、最初の被害者を殺したのは殺人鬼ではなかったようだな。じゃあ、第二の被害者を殺したのは誰なんだ? 偶然の殺人鬼? いやいや、まだナイフの謎も解けていないぞ……」
「ああ、それと。打ち込まれた弾丸は、本来非殺傷の麻酔弾だったようです」
「もうワケが分からんぞ。そういえば、宿泊客の名簿に、かの有名な少年探偵の」
「その彼でしたら、自分の推理力に自身がなくなったと言って、部屋にずっと引き篭もってますが」
「うがー!」
 警部はいら立ちを隠さず、頭を必死で掻きむしり始めた。結局、殺人鬼はいたのかいないのか。第一の被害者の死体は何処へ消えたのか。事態の解決どころか、どんどんと謎が増えていた。
「先程の警部様の冗談に、「自身が殺されたことへの復讐」という言葉を付け加えてみたらどうですか?」
「笑えませんな。そういう冗談は」
 支配人の作り笑いでのジョークを、余裕の無い警部は過去の自分ごと切って捨てた。

 畳二枚分位の広さで、椰子の木が一本だけ生えているという、漫画のような無人島。そんな島に漂着してしまったデッドプールは、椰子の木に寄りかかり、釣りをしていた。
「釣れねえ。オレの三日もののパンツの切れ端という、あまりに魅惑的な釣り餌を使っているのに。オーズなら絶対引っかかるぜ」
 そんな釣り餌に引っかかる魚が存在する筈もなく。デッドプールの釣りは、ボウズのままだった。時たま、ぷかあと死んだ魚が浮かんでくるが。
「一応、これも孤島でのバカンスか。結果オーライと考えよう」
 四方八方、全てが水平線。まさにこれこそが孤島。終わりの見えないバカンスが今始まろうとしていた。
「時間はあるし、901番目の事件のことでも考えようか。なにしろ時間は無限だー!」
 とりあえずまだ、名探偵への野望は燃え尽きていないようだった。