THE TASKM@STER~後編~

「前回のあらすじねえ。そんなモノはどうでもいい! それより、知ってるかい? デッドプールさん対タスクマスターの初対決の話を。知らないなら、教えてあげよう。超カッコいいデッドプールさんが、タスクマスターのケツめがけ、背後から吹き矢の集中砲火! プスプスプス、アーッ! コレ決まり手、コレが決まり手。デッドプールさんの大勝利! というわけで、本当にカッコいいヒーローは僕らのデッドプールさんなのを忘れちゃいけないよ、みんな。マブカプ3にタスクマスターが出るって噂もあるけど、当然偉いのは、当確が既に出ているデッドプールさんだからね」
「プーさん、何してるの? また一人でブツブツ言ってるの」
「ミキティー! 駄目じゃないか。せっかく、文章なら誰が言っているかわからないのを利用して、自画自賛の宣伝をしてたのに。台無しすぎる。アイドル育成ゲームをアニメ化したら、ロボットアニメになってたくらいに台無しすぎるぜ!」

 なにやらどうでもいい話で、無駄な時間を取った気がする。それでも仕事をこなし、ピリオドを打ちかけた今となってはどうでもいい。
「いくら鍛えても、結果を出せないのなら、意味はない。戦場で力を発揮してこその傭兵よ!」
「「サー! イエッサー!」」
 猛るタスクマスターに付き従う真と千早。直接タスクマスターの指導を受けた二人は、やけに軍人風に感化されていた。
「いやあの、わたし達アイドルなんですけど!?」
 タスクマスターと一定の距離を保ち、それでいて技術は習得して。都合の良いことをやり通した律子がツッコむ。
 ここはオーディション会場。律子と真と千早を引き連れ、タスクマスターは三人をオーディションに参加させようとしていた。
「戦争もオーディションも、勝つという一点に置いては変わらない。急成長した実力を相手に見せつけることで、余所の事務所を威圧。765は強いという空気を作り出し、今後のオーディションで常に優位に立てるようにする。今日の勝利の価値は、きっと図りしれぬ物となるだろう」
「何時もなら言えないことを言ってみます! 今日は勝てます、あれだけ鍛えた今なら、ボクたち絶対に勝てます!」
「ええ。慢心は己の敵というのはよく知ってますが、タスクさんの指導を受けて、わたしの歌唱力は目に見えて高くなりました。少しぐらいは慢心させてほしいぐらいに」
 タスクマスターも真も千早も強気だ。指導者としての成果と鍛え上げられたという自負が三人を後押ししている。けれども、律子だけはイマイチ浮かぬ顔をしていた。
「タスクマスターさん。不安材料、無いワケじゃないんですからね」
「そうだったな。忘れてた」
 タスクマスターもそれを思い出し、浮かぬ表情を浮かべる。実はいま、765プロはとんでもない不安材料を抱えていた。
「まあ、そっちはいいです。心配するだけ無駄ですし。今のところ、当面の不安はあの人です」
「あの人?」
 律子が隠して指さしたのは、これまた黒い人だった。黒い人は、オーディション関係者らしき人物と談笑している。もし黒い人が事務所関係者ならば、多少なりとも不公平を感じさせる光景だ。
「随分とまた黒いな。あいつは誰だ? 765の社長の親戚か?」
「確かに黒いですけど、親戚ではありません。あの人は、961プロの黒井社長です。ウチの事務所を目の敵にしてまして、よくつっかかってくるんですよ。昔、高木社長と色々あったみたいなんですけど。961プロのアイドルが出るとしたら、色々やっかいなことになるかも」
「あの男、悪党のニオイもするな。あれくらいの悪党が、一番組みし難い。大胆な手を打たず、堅実な嫌がらせをしてくる。実に組みし難い。だが、特に気にすることもあるまい。なにせ、匂いがする。あの匂いがするなら、大丈夫だ」
 関係者と別れ去っていく黒井社長の背を、タスクマスターは目で追った。
「匂い、ですか? わたしは何も感じませんけど」
 比喩的な言葉を、千早は真面目に捉えていた。
「破滅だよ。破滅の匂い。本気で根まで黒くないのか、あの社長、微妙に脇が甘い。脇の甘さは破滅を招く。生憎、破滅の匂いに鼻が慣れててな。カカカ……」
 力なく笑うタスクマスター。その笑いには哀愁が含まれていた。

「大変だー! トイレで黒井さんが倒れてるぞ! 何者かに襲われたんだ!」
「凶器はトイレのスッポン!? 黒井社長の顔に張り付いていた!? くそ、いったい誰がこんなフザけた真似を!」
 数分後、会場では大事件が起きていた。事件は会議室ではない、便所で起きている。
「これが破滅の匂い……!」
「なんて恐ろしい」
「これをタスクマスターさんは予想していたんですね。なんという鼻の良さ」
「してねえよ!? こういう意味じゃないから!」
 生唾を飲み戦慄するアイドル達を、タスクマスターは必死に否定する。これではまるで、破滅の匂い=トイレの匂い=トイレに鼻が利くタスクマスター、のようではないか。破滅の匂いは、もうちょっとシリアスな匂いだ。
「しかし、コレでハッキリしたな。あの野郎、会場に来てやがる」
「あー……やっぱり犯人は」
「間違いないな」
 不安が的中した。警戒していたタスクマスターと律子は予想の的中を確認しあう。
「飽きて家でTVでも見てくれているのがベストだったんだけどなあ。来ちゃったか」
「まったく。プロデューサーが今まで行方不明だなんて、前代未聞ですよ。今日来てくれただけ、マシだと考えましょう。きっと美希も一緒です」
 現在最大の不安材料。それはデッドプールPが先日より行方不明なことだった。多分、現在765プロで最もビジュアルに優れた美希を連れての。これにより、タスクマスターのボーカル・ダンス・ビジュアルが最も優れた三人を集中して鍛えあげるといった計画は頓挫した。美希の代わりに、平均値が優れた律子を鍛えることで軌道修正は出来たが。
「気をつけろ。あいつは予想の斜め下どころか、そのまま掘削して地球の裏側から襲いかかってくるぞ。どういう登場をしても、驚くな」
「いったいどんだけなんですか、ウチのプロデューサーは」

「大変長らくお待たせしました。予期せぬ事故により遅れましたが、オーディションを開催します。それでは1番の方、意気込みをどうぞ!」
「どうも、ユニット“デッドプールカップ”のリーダーのデッドプールです! 絶対勝ちます! ライバル事務所の社長をスッポンで襲撃してでも勝ってみせます!」
「お、いいねぇ気に入っちゃったよオレ!」
 デッドプールPのどんだけさを律子が知ったのは、オーディション開催前の顔合わせ、代表挨拶の時だった。

「フッ。まさか同じ765プロで争うことになるとはな。一つの花瓶に二つの花はいらない、勝負だ!」
 オーディション開始直前、腐りきったラフレシアが何か言っていた。
「よおし。受けて立ちますよ、プロデューサー!」
「真、頼むから受けて立たないで! えーと、どこから説明してもらえばいいのやら……」
 律子は頭を抱える。まず第一に、デッドプールPがなんでアイドルデビューしているのか。第二に、なんでタイツを脱いでピンクのボーカル衣装を着ているのか。第三に、なんでユニットを組んでいるのか。
「いやさあ、オレ、765プロの社長になりたいんだけど、絶対リッチャンが妨害してくるじゃん。裏方兼アイドルのリッチャンに勝つには、オレも裏方兼アイドルになるしかないないな。そう思って。ほら、アレだよアレ。男の娘アイドル」
 スカートの裾をぴらぴらさせるという萌えアクション。アクションの主がデッドプールPであるのが惜しまれる。
 おかしい、質問に答えてもらったのに、別の疑問がまた生まれた。なんでこの人は、会社乗っ取りを企んでいるのかという、第四の疑問。
「リツコ、交代だ」
 よろける律子の代わりに、デッドプールPに慣れたタスクマスターが出てきた。
「社長ねえ。めんどくさい職業としか思えん。なにせ、何者かに通水カップで襲われる職業だぞ」
「でもさあ、社長になるぐらいのインパクトが無いと、ダメだと思うんだよ。運命の人としては」
「運命の人?」
「ほら。社長と一緒に、長期ロケに出てるアイドルのあずさ。オレ、あの人の運命の人だと確信してるんだよ。だからさ、彼女が帰ってくるまでに社長になって驚かせようかと。運命の人なら、それぐらいのインパクトがないとダメだろ」
 モジモジと恥ずかしそうにするデッドプールP。ミニのボーカル衣装でそんな仕草をしているのが、実に腹立たしい。チラチラ見えそうなのが、これまたカチンとくる。
「なるほど。女のために俺をわざわざ呼んだのか。やるじゃん」
 イエーイと両手の親指を立てるタスクマスター。意外とこの人、他人の恋愛沙汰が好物だ。
「だろ? そんなオレの野望を聞いてさ、ミキティとユキホも協力してくれたのよ。765のアイドル、マジ優しい」
 三人ユニット、デッドプールカップの残りの二人。まずミキが挨拶をする。
「お久しぶりなの、ガイコツさん」
「殆ど初めましてだけどな。そうか、お前がホシイミキ……。どうやら、俺の育成方針には合わない人材だったようだ。代役律子が正解だったのかもな」
「だろ? だろ? そう思ってオレは、わざとミキを連れて消えたんだよ!」
 デッドプールPは偉そうに胸を張った。
「律子、どう思う?」
「おおかた、プロデューサーの方が楽出来ると思ったんじゃない?」
「でも確かに、結果的には良かったのかもしれませんね。人事塞翁が馬とは、よく言ったものです」
 三人のアイドルは、真相をなんなく見抜いていた。こいつどうしょもねーなーという顔をしている時点で、タスクマスターも気づいているのだろうが。
「そして、もう一人のメンバーは、765の隠し玉ことユキホだ! オレたちは、この三人で険しいアイドル坂を登り切ってみせる! たとえ打ち切りをくらっても、オレ達の冒険はこれからだ! えいえいオー!」
「オーなの」
「……オー」
 気勢を上げるデッドプールPと美希の後ろで静かに手を上げる雪歩。三人はそのまま意気揚々とステージに向かって行った。オーディションの順番は、デッドプールカップが先である。
「なあ、リツコ。聞きたいことがある」
 デッドプールカップの三人が居なくなった所で、タスクマスターが口を開いた。
「なんでしょうか」
「ユキホって、あんなに熟れてたっけ?」
「せめてそこは、成長してたっけ? にしてあげておいてください」
 デッドプールPが連れている雪歩?はやけに大きくなっていた。まるで、ちょっとよく似た別人のように。
「わたしの知っている雪歩は、髪が緑色じゃなくてインカムも付けてないですけど。そもそも、雪歩はプロデューサーに埋められてから行方不明じゃありませんか。あの人はどう見ても音無……」
 千早が空気を読まず雪歩?の正体を口にしようとしたものの、タスクマスターと律子と真が、揃って首を振って止めた。
「千早。気づかないフリをしてやろう。たとえ、765の事務員に似ていたとしてもだ」
「千早。気づいてあげない優しさもあるのよ」
「というか、なんであの人を連れているんでしょうかね……」
 みんな、やけに雪歩?に優しかった。
 ちなみに真相は、“あ。そういやオレ、ピヨちゃんにも全部話したんだった! うん、巻き込もう。全力で巻き込もう。そうすりゃ大丈夫だ。なにせ一蓮托生になるから! なあに、雪歩がちょっとイメチェンしたとでも言えば、分からないって! ”という、デッドプールPのハタ迷惑で面白すぎる発想のせいである。
 小鳥さんはハタ迷惑な妄想癖があるとさんざ言われているが、デッドプールPは勝手に妄想して勝手に実行するのだから数段タチが悪かった。世の中、下には下がいる。

「こんなところにいたのかよ、タスキー」
 舞台から離れたところにいるタスクマスターの所へ、出番を終えたデッドプールPがやってきた。
 デッドプールP率いるユニット、デッドプールカップの後は、タスクマスター命名による、律子と真と千早によるユニット、ダーク・イニアシチブの番だった。ちなみに由来は、かつてタスクマスターが参加していたヒーロー育成計画のプロジェクト名である。
「別にお前に対抗して俺もアイドルに、なんて思っていないからな。裏方は、地味なところに居るべきだ」
「オレは派手なところの方が好きだけどなー。見ただろ? オレのダンス。審査員も目を白黒させてたぜ」
「そうだな。最後フィニッシュに、自分の頭を拳銃で撃ちぬく辺りは、お前にしかできない振り付けだな」
 奇妙奇天烈なダンスを繰り広げ、最後には自決まがいのフィニッシュ。ヘンテコデッドプールPに、アイドルとしての才能溢れる美希、なるべく目立たないようにしている雪歩?。なにやら妙なインパクトが、このユニットにはあった。喩えるならば、絶対身体に悪いと分かっていても、なんとなしに食べてしまうジャンクフードのような味わい。
「フッ。例えオマエがどれだけ鍛えても、オレ達には勝てないぜ」
「なんで何時の間にか、765同士の争いになっているんだか。まあでも、お前らに勝てなくても、お前には勝つよ」
「随分遠回しで気になる物言いじゃないか。でもお前らは肝心なことを忘れている。今流行のジャンルはダンスだぜ? なんでわざわざ、千早を前に出してるのさ。フツー、真だろ。こういうジャンルの見極めが勝敗を分けるって、攻略wikiにも載ってた。間違いない」
「いや、お前に千早の歌を聞かせたくて、寸前で変えたんだ」
「ふうん?」
 青い鳥が空を飛び、ボーカル審査員が目を細める。美しくも迫力ある千早の歌は、会場の全てを魅了していた。以前とは違う何か、千早の歌はある要素により、高く底上げされていた。
「随分とまた、声が出てるなー。あれ、タスキーの仕業?」
「声を武器にするヒーローやヴィランは多い。その一人の発声法を、千早に仕込んだ。千早は当然ミュータントではないものの、現に声のクオリティが格段に上がっている。ダンスが基本編なら、ボーカルは応用編といったところだな」
 千早は声量が格段に上がっていた。タスクマスターのコピー能力は万能ではない。動きを覚えられても、体質まではコピー出来ないからだ。あくまで生身のタスクマスター。目からビームは出ないし、超人的な力も持っていないし、手から爪が生えたりもしない。けれども、動きだけは覚えられる。そして、人に教えることもできる。
 千早にほどこした訓練も、真似できない相手由来の物だ。
「で、誰のコツを教えたんだ? ブラックボルト? ダズラー? バンシー?」
 デッドプールはつらつらと、声を武器に使うヒーローの名を挙げる。ちなみに、ブラックボルトは呟きさえ破壊音波となる無口なヒーロー、ダズラーは音を光に変えられる共感覚の持ち主、バンシーは喉から超音波を発す男性ミュータントだ。
「いいや。その三人じゃないが、惜しいなデッドプール。バンシーは、かなり近いぞ」
「えー、オレ、ニアピン? だったら本気で当てに行っちゃうぞー。バンシーに近いミュータント。バンシー……バンシー……駄目だ、思いつかないな」
「そんなことはないだろ。バンシーと同じ能力を持つミュータントが一人居るじゃないか。バンシーの娘の、えーとなんて言ったっけか?」
「……サイリーン」
 何故かデッドプールの声色が急に暗くなった。
「そうだ。サイリーンだ。千早にはサイリーンの発声法を教えたんだ。中々上手いもんだろ。確か、サイリーンとお前は付き合い長いんだよな。どうよ? 良く出来てるか」
「とっても、良く出来てる。色々思い出すくらい、良く出来てるよ。ああ、そうか。サイリーンか。サイリーンだ。サイリーンなのか……」
 サイリーンの名前を出すたびに、デッドプールPから勢いが消えて行く。普段の意味もなしに暴れ狂う勢いが消えて行く。珍しく彼は、憔悴していた。
「正直、歌を聞くのが辛い。いい歌なんだけど、辛い。オレ、少し自分探しの旅にでも行ってくるよ。後は、お願いしていいかな」
「分かった。と言っても、もう一月は残り少ないが」
 全てを投げ捨て、去っていくデッドプールP。いや、もうデッドプールPではない。只の何処にでもいるデッドプールだ。
「……すまんな。段々、彼女らに愛着が湧いてきて、こういう手段を取らせてもらった。悪いことをした。謝るよ」
 タスクマスターはデッドプールの背に向け、頭を下げた。
「いいってことさ。色々、思い出したオレが悪いのさ」
 背を丸め、デッドプールはオーディション会場から立ち去る。千早の歌も、ちょうどそこで終わった。
 この日以来、デッドプールの姿は765プロから消えた。

 サイリーン。女性ミュータントで、能力は父のバンシーと同じく、喉から超音波が出せること。だがしかし、彼女は一度喉を切り裂かれ、声を失った。失意の彼女を救ったのは、一人の男。彼女と相思相愛だった一人の男だ。
 男の名は、デッドプール。サイリーンは彼の狂気ごと全てを受け入れ、デッドプールも彼女の好意に応えた。しかしでも、今は違う。サイリーンは別の男の子を産み、デッドプールもサイリーンとは違う道を歩んでいる。二人の関係は、決定的な破局もなく、自然消滅した。
 まだ少し、デッドプールにはちょぴっと辛い名前だった。

 約束の日が遂に来た。
「これにて契約完了だ。鍛え抜き、オーディションにも勝ち。これで、夢の地盤は出来た。あとは、この地盤をどう使うかだ」
 支度を終えたタスクマスターが、最後に律子に挨拶をする。他のメンバーとの挨拶は既に済ませてある。名残惜しそうな真や千早、デッドプールが去ったせいでタスクマスターにシゴかれるハメになった美希、たぶん今回二番目の被害者である小鳥さん。一番は、謎の人物にトイレのスッポンで襲われた黒井社長だろう。
 流行のハンデを覆し、オーディションに激勝したダークイニアシチブの面々には、仕事が矢継ぎ早に来ていた。他の765プロの面々も、三人の活躍に触発されて、じわじわと成長の壁を壊しながらレベルを上げている。優れた連中の特徴を伸ばして、事務所全体を引っ張る。タスクマスターの計画は見事的中した。
「どうも一ヶ月間、ありがとうございました。社長の勘も鈍ったものだと思ってましたけど、結局社長がデッドプールPを引き込んだから、こういう結果が出せたんですよね。それにしてもプロデューサー、今何処にいるんでしょうかね」
「さあて、意外と近くにいるかもしれんぞ。ま、そのうち俺とは会うだろうさ。次はきちんとした任務で呼ばれたいもんだがね」
 腐れ縁は長々と続く。タスクマスターは確信していた。
 近いうちに、またデッドプールに呼ばれる日があると。きっと次の機会は生やさしくないと、確信していた。
 カッコつけていい顔をしているタスクマスターを見て、律子は思った。仕事を断る勇気は大事だと。全部請け負うと、厄介な相手とつかず離れずズブズブな蟻地獄に落ちてしまうのだなーと。

 タスクマスターが去った後、社長になるためデッドプールが経費で買った靴墨や黒タイツを処理しながら、律子は一人呟いていた。
「育成することにより、自分の能力も高める。そもそも、わたしはアイドルの育成に興味があったわけで。二足のわらじを極めれば、アイドルとしても裏方としても……」
 タスクマスターは言っていた。他人に教え始めた日から、一気に自分の能力は磨きあげられたと。育成能力も自身の戦闘力も、それぞれが触発し合い高まったと。
 自分なら、タスクマスターのように二足のわらじを履くことも出来るのではと、律子はそう考えていた。スーツなど着てみて、もう少し本格的に裏方もやってみれば、何か変わるかも。今すぐにではないが、将来的にちょっと考えておきたいことだ。
 唐突に、律子の携帯が鳴った。
「涼? いったい何かしら」
 電話してきたのは、876プロで男の娘アイドルをやっている律子の親戚、秋月涼だった。中々倒錯的な少年だ。最も、この妙な状況を作り出した責任の一端は、律子にあるのだが。
「もしもし、涼?」
「おはよう!!朝ごはん! オレオレ、みんなのアイドル、デッドプール! いやあやっぱり、兼業みたいな浮気はダメだと思ってね。876プロで改めてアイドルデビューしたんだよ! ここなら男の娘もアリだからさ、涼ちん&デッドプールの男の娘コンビで売りだそうかと。ユニット名はチンが二つということでWチンで」
 律子は躊躇いなく電話を切った。

 例え辛い過去を思い出しても、イビキをかいて寝れば忘れてしまう。デッドプールは、やはり逞しかった。